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聖女からの大降格  作者: 美雪
第八章 
102/243

102 ユージン



 アヴァロスは新年を迎えた。


 総神殿長に呼び出されたユージンは急ぎ足で廊下を歩いていた。


 なぜ自分が呼び出されたのはわかっている。


 ゴードンのことだ。


 ゴードンは人生最大級のショックを受けた。


 自分がいかに愚かで慢心していたのかを思い知ったのだ。


 ゴードンはスノウを助けるために全力であらゆる手を尽くしたつもりだったが、ルフの指摘によって試していない方法があることに気付いた。


 鍵による自己制御と詠唱による魔法行使。


 どちらも必須ではない。


 全力を出すための方法や魔力を発動させやすくするための方法ではあるが、別の方法でも構わない。


 天才であるゴードンは自分の魔力を自在に使いこなせるため、鍵による自己制御も詠唱も長らく使っていなかった。


 緊急時、ルフはゴードンの瞳が輝いていないことを指摘した。


 瞳が輝くかどうかで全力かどうかは判断できない。


 あくまでも目という場所からの魔力放出量が増えただけで、全身から均等に放出した方が安全で効果も上になることを力説する者もいる。


 だが、ゴードンは全力でもなければ集中できてもいなかったと判断した。


 忘れていたのは本当のこと。取り乱していた証拠であり、冷静になり切れていなかった。


 魔法効果が上がるかどうかはわからないが、鍵を解くという行為をすることで冷静になり、集中し、自信を持って全力を尽くしたと言えるのは事実。


 スノウは助かったが、それはルフがいたからだ。


 ゴードンだけの力だけでは助けられなかった。そう思った。


 ――私は失格です。


 スノウの保護者としても。神職者としても。指導官としても。治療者としても。魔導士としても。


 ――とにかくもう駄目です。何もできません。


 自信喪失。自己嫌悪。無力感。


 これほどの挫折と屈辱を味わったことはない。


 敗北感も。


 自分自身を見つめ直したい。


 ――オクルスに行きます。スノウと一緒に療養します。


 スノウが心配。


 心身共に不調なのも本当だ。


 ――総神殿長を結界に閉じ込めました。魔石を失った責任も取らされるでしょう。追放処分になるかもしれません。そろそろ頃合いだと思っていましたので丁度いいでしょう。


 ゴードンは神職者としての正式な誓いを立てていない。


 幼少時から多額の寄付金と引き換えに神殿で勉強や修練をしていただけ。


 今も神殿に所属しているのは学術研究・修練・奉仕のためであって、本当の意味での神職者になるためではなかった。


 ――診断書にサインを下さい。自身のサインでは客観性を疑われるので。


 ユージンは心的要因によるストレス障害等の診断書にサインをした。


 ゴードンはそれを他の書類と共に提出。オクルスへ向かったまま帰ってこない。


 だが、それでは困る。


 総神殿長も、神殿も。


「そろそろ戻って来るべきだろう」


 総神殿長の話はユージンの予想通りだった。


 ゴードンがショックを受けたのもスノウが心配なのもわかるが、長期不在は困る。


 連れ戻せ。なんとかして説得しろという内容だった。


「追放処分にならないのか?」

「話を聞いたのか?」

「スノウが体調を崩してそのまま危篤状態になったため、治療のために貴重な魔石を使ってしまったことだけは聞いた」

「……人命優先だ。魔石は仕方がない」


 スノウが神殿内で死ねば大騒ぎ。理由を問われ、責任を追及される。


 門の間のこともレリーフの魔石のことも公にしたくない。


 だが、王太子達が真実を公表してしまうかもしれない。


 そうなれば毒事件以上の騒ぎになり、暴動が起きる。


 神殿は暴徒に破壊され、総神殿長を始めとした上層部は辞職で総入れ替え。


 それを防げた。魔石は交換品を探せばいい。


 これも神のご意志。試練。


 総神殿長はそう思うことにした。


「追放はしない。この件について知っているのは一部の者だけだ。黙秘するよう厳命してある。総神殿長はアヴァロスで最も寛大な者でなければならないのだ」


 耐えに耐えて総神殿長になった。筋金入りの忍耐力があると自負している。


 仕方がない。どうしようもない。今更だ。


 気持ちの切り替えも大事。


 総神殿長は自らに言い聞かせた。


「ゼノンは勤務に戻っていると聞いた。ゴードンも十分休んだだろう」


 ゼノンは年末年始の休暇を取ったが、新年からは聖騎士団で勤務していた。


「説得は無理だぞ」


 ユージンは渋い顔になった。


「力ずくで連れ戻せるような相手でもない」


 転移魔法でいくらでも逃亡できる。追うだけ無駄。


 結界を張られたら手が出せない。


「わかっている。だからこそ、お前を呼んだ」

「どうにもできん。ただの老いぼれ診断士だ」

「弟子の責任を取れ」


 かつてユージンはゴードンの世話役や指導役を務めたことがあった。


 一応、師のようなものではある。


「魔力が減退しているというのに、これ以上の勤務は厳しい」


 ゴードンは王太子担当神官だが、人手が不足するような仕事を率先して手伝っていた。


 診断はよく手伝って貰っていただけに、いないことによる影響がかなり出ていた。


「ゴードンと交代して静養すればいい。これなら説得する気が出るだろう?」

「かなり」

 

 ユージンは即答した。


「転移士を手配させる」

「いや、勤務状況の確認もある。自分で手配する」


 ゼノンとヴェラは互いの予定を合わせて転移日や時間を調整している。


 自分もそれに合わせて一緒に転移しようとユージンは思った。






「というわけでここへ来たのだが、交代してくれんか?」


 ユージンは荷物をまとめ、ヴェラの転移魔法でオクルスに来た。


 ゼノンも一緒。週末だけオクルスで過ごす予定だった。


「嫌です」


 ゴードンは予想通り拒否した。


「療養中です」

「わしよりも元気そうだが?」

「心の問題ですので」


 ゴードンはお茶の入ったカップに手を伸ばした。


 お茶を飲めば話せない。


 つまり、話しても無駄ということ。聞き流されるだけ。


「スノウとルフも迷惑ではないか?」

「大丈夫です!」


 スノウは即答した。


「修道院は人々の避難所。療養所でもあります。ゆっくり心と体を休めて欲しいと思っています」


 ユージンから見れば合格の答え。


 神殿が喜ぶかどうかは別として。


「ルフはどうだ? 何かとうるさい者がいて大変だろう」

「魔法の指導を受けている」

「魔法騎士団で教えて貰っているのではなかったのか?」

「転移魔法の能力を伸ばしたい。ヴェラやジークの転移能力はゴードンに習ったおかげで伸びたと聞いた」


 前からルフは自力で王都に行けるようになりたいと思っていた。


 スノウが倒れた時には魔眼を使ってオクルスへ転移することができた。


 だが、まぐれ。


 魔眼を使うのは緊急時だけでもある。


 魔眼の時は確実に、また通常状態でも可能になるようゴードンから助言を受けながら修練をしていた。


「ゴードンのおかげで中距離でも転移できるようになった」

「ルフは魔力が豊富です。中距離転移の連続行使でも王都にたどり着けます」

「絶対に習得する」

「より修練を重ね、成功率を高めなくてはなりません。定員を増やしたいのであれば余計に」

「頑張る」


 ルフとゴードンの関係は良好に見えた。


 すっかり懐柔されている……。


 ユージンは予想通りだと思った。


「正直、ずっとオクルスにいて欲しい」


 ルフは村長。住人が増えるのはありがたくもある。


 ゴードンなら信頼できる。安心だ。


「短期滞在者のための施設を作るつもりだ。ゼノンと共同で運営するつもりだったが、ゴードンも資金を出してくれることになった」


 ゴードンは王家の傍系である名門貴族の出自。実家も裕福だ。


 神職者の誓いをしないのはいずれ両親から受け継ぐ財産とすでにある個人資産を神殿へ寄進しないためでもあった。


「スノウと一緒に小さな診療所を開くのもいいかもしれません。オクルスは土が良いので、薬草園も作れそうです。貴重な品種を育てることができれば、かなりの利益が出るでしょう」


 将来を見据えた話も次々と飛び出した。


「仕方がない」


 ユージンは説得を諦めた。


 元々、無理だろうとは思っていた。


 長期滞在をするため、スノウとルフを懐柔しているだろうとも。


「実はわしも相当疲れていてな。しばらくここで静養したいのだがいいか?」

「はい! ユージン先生もゆっくり体を休めて下さい!」

「スノウとルフの手料理も味わえます」

「長生きするためには休みも必要だ。童心にかえって雪遊びでもするか」

「ぜひ、ご一緒に!」


 オクルスは連日のように雪が降っている。


 大量の雪を使い、雪山・雪洞・迷路・城・聖堂などがすでに作られていた。


「雪だるまも沢山あります!」


 スノウはキラキラと瞳を輝かせた。


 光の加減で茶色い瞳が金色に見える。


 魔力のせいだ。


 しかし、誰も何も言わない。無反応。


 スノウの魔力が戻ったようだが……。


 今は魔力を行使するような状況ではないというのに瞳が輝いている。


 つまり、魔力の自己制御ができていない。感情に左右されやすく不安定。


 魔法事故が起きる可能性もゼロではない。


 だからこそ、ゴードンは帰ってこない。


 このような状態では長期滞在したくなるに決まっとる!


 ユージンはお茶のカップに手を伸ばしながら、オクルスでどのように過ごすかを考え始めた。



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