100 呼び戻す
「スノウ!」
ルフが叫んだ。
ゴードンはすぐに結界を張る。
だが、光は一瞬だけ。
徐々に収まっていく。
「総神殿長! 鍵を戻して!」
「え、あ、鍵?」
混乱している総神殿長に変わってジークフリードが魔石を奪うように掴んだ。
「右だ!」
オルフェスが位置を示す。
ジークフリードはすぐに右側にあるくぼみに魔石を戻した。
すぐにレリーフの保護結界が発動する。
だが、魔石は狂ってしまったかのように点滅状態を繰り返した。
恐らくは結界を消したことで魔石とスノウの魔力が共鳴したことによる異常。
レリーフは魔法具だけに、いつ魔法事故が起きてもおかしくない。
「魔石を外しなさい! 全部です!」
「全部は駄目だ!」
止めに行こうとした総神殿長は結界に閉じ込められた。
「ゴードン!」
邪魔はさせないという意志表示なのは明白だった。
「もう一度鍵を外しなさい!」
まずはそこから。
鍵を外して結界を消すと、ジークフリードとオルフェスは手あたり次第に魔石を外し始めた。
「やめろ! やめてくれ!」
総神殿長もまた狂ったように叫び出した。
「せめて十一個だけは残してくれ!」
「どれだ?」
振り返って尋ねたのはオルフェス。
「神の目だ!」
戦いの神の目が二つ。勝利の女神の目が二つ
「剣と盾も!」
最強と呼ばれる剣に一つ。盾に五つ。
「アヴァロスで最後だ!」
戦いの神と勝利の女神が守るのはアヴァロス。
最も大きな魔石は勝利の女神の手の中にあった。
「とにかく数を減らそう!」
「わかった!」
ジークフリードは高い場所にある魔石をはずしに浮かび上がった。
オルフェスは手の届く範囲で外した魔石をハンカチで包み込んだ。
「兄上、これを別の場所へ! できるだけ遠距離だ!」
共鳴は近くにあるほど起きやすい。
物理的な距離を取れば共鳴しにくくなり、自然と収まるはずだった。
「遠距離か」
ジークフリードの能力だと近距離転移を繰り返すしかない。
ゴードンなら遠距離転移ができるが、スノウと総神殿長をみている。
「俺が行く!」
スノウをゴードンに託したルフはオルフェスに駆け寄った。
「これを」
ルフを見たオルフェスの言葉と手が止まった。
赤い。ルフの瞳が。
「貰う」
ルフはハンカチで包まれた魔石を受け取るとすぐに転移した。
「忘れていた! 魔法だ!」
ジークフリードは外した魔石をポケットに入れながら加速魔法を自身にかけた。
その方が素早く外すことができる。
「オルフェス! 下の方を外しておけ!」
オルフェスはハッとした。
ジークフリードも魔眼に変え、ルフを追尾して転移した。
オルフェスはよろめきながらレリーフに近づくと、下の方にある魔石を外し始めた。
ルフとジークフリードが持ち出したのは半分程度。
点滅状態がなくなるまでは外し続ける必要があった。
「スノウ! しっかりしなさい!」
ゴードンは必死に叫んだ。
効果がありそうな魔法は全てかけた。
だが、スノウは動かない。
息さえもしていなかった。
「ああ、そんな……スノウ、スノウ!!!」
「ゴードン、落ち着け!」
総神殿長がようやく冷静さを取り戻し始めた。
「心臓マッサージだ! お前なら蘇生できる!」
「もうしました。しています。しているのです!」
ゴードンは泣き叫んだ。
多くの人々を治療して来た。緊急処置の経験も豊富にある。
魔法で心臓マッサージも、人工呼吸もしている。
「冷静になれ! スノウは魔法が効きにくい! 適切にしなければ駄目だ!」
「わかっています!」
ゴードンは総神殿長を睨んだ。
そして、気づいた。
「魔石で治療します! 大きな石を! それしかありません!」
総神殿長の表情が歪んだ。
しかし、スノウの命がかかっている。やめろとは言えなかった。
「早く! 投げて!」
無理だ。割れたらどうする?
オルフェスは勝利の女神が持つ大きな魔石を持ち上げた。
その途端、強い力に引っ張られた。
態勢を崩したオルフェスは魔石を守ろうとした。
すると、魔石を抱え込んだオルフェスごとゴードンの元に連行された。
魔力で。
「離しなさい!」
ゴードンはオルフェスから魔石を奪い取った。
「スノウ、これを使いますからね。力を貸してください」
ゴードンはスノウの手を魔石にあて、更に自身の手を合わせた。
「スノウ、一緒に魔法をかけて下さい。いいですね?」
総神殿長は眉をひそめた。
「何を言っている? スノウにできるわけが」
「黙れ!」
オルフェスが叫んだ。
その迫力に総神殿長は呆然とするしかない。
「スノウ、いいですか? あの魔法ですからね?」
ゴードンはボロボロと涙を流しながら、術式を描いていく。
それはスノウに教えて貰った治癒の魔法陣。
連続魔法の一つを抜き出し、魔石の力を借りて発動させる。
単体でできるかどうかはわからない。ゴードンなりに魔法陣の切れ目は直した。
不均等な空白部分が気になるが、そのままの方がいいと判断もした。
「スノウは?」
ルフが戻って来た。
「ルフ、一緒に……」
涙を流し続けるゴードン。スノウの合わせられた手。大きな魔石。
「まさか……」
「まだです。まだ、最後にこれを……」
最後。
それはゴードンがあらゆる魔法治療を施し終えたことを意味していた。
だが、スノウは目覚めていない。
ピクリともすることなく横たわっていた。
スノウは死にかけている……。
ルフは苦しくなった。
心臓の音がやけに大きく聞こえる。
体中が冷えていく。頭も。
否定したい。目の前の光景を。自分の気持ちも感覚も。
だというのに、いつも以上によくわかる。わかってしまう。
魔眼のせいで。
ルフはスノウの側によって膝をついた。
「手を、一緒に……」
ゴードンの声も手も震えていた。
初めて見る動揺した姿。
スノウを強く想うからこそ、取り乱している。
「魔法を……治癒の……」
スノウへの魔法は効きにくい。
そこでスノウの作った魔石の力を使って治癒を試みるということだ。
ルフはゴードンの手の上に自分の手を重ねた。
「ゴードン、俺も一緒だ。一人じゃない」
ルフも怖い。
だが、一人で何もかも抱え込む必要はない。
スノウがそれをルフに教え、ルフもまたそれをスノウに教えた。
「支え合いながら力を合わせればいい。スノウが教えてくれた」
「そうですね」
ゴードンは頷いた。
「呼び戻す」
「ええ、そうですとも。スノウに伝わります。ルフの声なら!」
ゴードンは深呼吸をした。
「心を合わせて下さい。いきますよ?」
「いつでも」
《治癒》
ゴードンは発動させたつもりだった。
だが、魔法陣は輝かない。
「そんな……」
「詠唱だろう? ゼノンはそうだった」
ゴードンは冷静さを失っていたことに気付いた。
自分で使う魔法と魔石の力を使う魔法は違う。
術者の魔力に混ざることで、魔石の力に含まれる治癒効果を失わないようにしなくてはいけない。
その手段としての詠唱が必要だ。
「瞳も輝いていない。鍵を外しているのか?」
鍵は魔力だけでなく、自身の能力もまた無意識に抑えてしまう。
ゴードンは魔眼ではないが、瞳が輝くほど魔力がある。
ならば、その状態にするのが最も実力が出せるはずだった。
「ああ……!!!」
ゴードンは心底自分を愚かしいと感じた。
手を尽くしたようで、尽くしていなかった。
素早く対処することに気を取られ、魔力を解放する鍵をかけたままだった。
「すみません。気づきませんでした」
すぐにゴードンは鍵を外した。
その瞳が輝き始める。
「詠唱します。久しぶりなので間違えないか心配ですが」
「俺も一緒に詠唱する。暗記だけはしておいた」
「頼もしいですね。では、一緒に!」
ゴードンとルフは一緒に詠唱を開始した。
瞳がより強く輝き始める。
「あの者は……魔眼なのか?」
「静かにしろ。邪魔するな」
総神殿長とオルフェスにできるのは、スノウを必死で救おうとしている二人に全てを任せることだった。