010 日々の中で
オクルスで過ごす日々が増えていく。
神殿での暮らしに比べれば何かと大変だとスノウは思っていたが、今はそうでもない。
むしろ、快適。怠惰ではないかと感じてしまうほどだ。
修道女は朝早く起きて奉仕活動に勤しむべきかもしれないが、ルフからはゆっくり休み、あまり早く起きないで欲しいと言われている。
なぜなら、食事の支度が間に合わないから。
スノウは未だに料理ができない。
ルフはスノウに刃物を持たせたくないため、料理は自分の担当だと言って譲らなかった。
「俺ができればいい。任せておけ」
そう言ってくれるのは嬉しい。
だが、ルフがいなければ間違いなくスノウは生活できなくなってしまう。
スノウも自分の力で色々なことをできるようになりたい。
少なくとも料理や力仕事以外のことは何でもできるようになり、ルフの負担を少しでも軽減したいと思っていた。
だって、私はもう聖女じゃない……。
聖女には誰にも真似できない特別な能力がある。
誰かができることよりも、聖女にしかできないことを優先すべき。
だからこそ、様々なことが免除されるのだと教えられた。
国王も同じだ。
国を統治するため、掃除も洗濯も料理もしない。
誰にでも自らがすべき責務と使命がある。
この世界にいる全ての人々が必ず自分の部屋を掃除し、自分の着た服を洗い、自分の食べる料理を作らなくてはいけないわけではない。
それは自分でやらなくても、別の誰かに任せることができる仕事だ。
適材適所。役割分担。分業と考えてもいい。
聖女はより多くの人々を癒し、救い、幸せにすることを優先する。それが正しい。
スノウはその考え方を理解できた。
一生懸命聖女の務めと使命を果たしたつもりだ。
でも、そうではないのであれば、別の何かをすべきだった。
だというのに、
「私にできることって……少ない」
上手下手ではない。できないのだ。
まずは知らない。知らなければできない。
やろうとしてもできない。
ルフは日常生活における家事やその他全般を魔力の活用でうまく処理することを楽しんでいた。
スノウがそういったことをすれば上手でもなければ効率も悪く、ルフの楽しみを奪ってしまう。
ルフの要望で制限や禁止もある。
包丁だけでなく刃物全般に触れてはいけない。例外はハサミだけ。
掃除は主に整理整頓。簡単にさっと掃除できるような所だけで、汚れが酷い所を掃除してはいけない。
布地が多いスノウの服が汚れると洗濯の負担が増すからだ。
土仕事もできない。
野菜を収穫したり、花を切って飾ったりするのはいい。
だが、畑仕事はほぼ魔力でできるようにルフが改善した。
雑草取りならどうかと思ったが、土で汚れたスノウの手と服を見たルフはため息をついた。
「土の汚れは落ちにくい。手や服が茶色になる。それに」
ルフはスノウの手を取ると優しく撫でた。
「俺は治癒魔法を使えない。魔法の水で汚れを取ることはできても、傷ついたスノウの手を治療することはできない」
普通に手を洗っただけでは取れなかった茶色い部分は綺麗になった。
だが、よくよく見れば細かい傷が残っていた。
土に混じった細かい石や砂粒がスノウの手を傷つけていた。
血は出ていない。だが、表面はカサカサになり荒れている。
ルフはそれさえも許したくないのだ。
「頼むから余計なことはするな。スノウのことが大事なんだ。心配させないでくれ」
頷くしかない。
スノウもルフが大事で、心配させたくもなければ困らせたくもないのだ。
「スノウは俺に魔法を教えてくれればいい。それがスノウの重要な役割だ」
そうか、それがあるとスノウは思った。
だが、ルフはあっという間にスノウが教えることができるレベルを超えた。
すでにスノウよりも魔法に詳しい。魔力にも。
知識だけではない。技能も同じく。
スノウは何でも自分でできるようになりたかったというのに、全てをルフに依存するようになってしまった。
それでいいとは思えない。甘えている。ルフの負担になっている。
報酬を貰っている、気にするなと言われても気になってしまう。
何の役にも立たなければ、見捨てられてしまうかもしれない。
聖女の力を使えなくなったスノウを田舎の修道院に派遣した神殿のように。
王子妃にすると言って、やはり無理だと言った王家のように。
ルフに見捨てられたら私は……。
スノウは怖かった。
ルフが一生側にいてくれる保証はない。
大きな力を手にしたルフであれば、二人以外誰もいないような場所で一生を終える必要はない。
もっと広く大きな世界へ羽ばたいていける。
輝かしい未来を求めて。
オクルス修道院の院長に任命され、ここを離れるわけにはいかないスノウとは違うのだ。
神殿を出ることもできない。
神殿への恩義を返すにはどれぐらいかかるのかもしれない。
ルフには側にいて欲しいが、無理をさせたくはない。
邪魔な存在にもなりたくなかった。
スノウは一人悩んでいた。