001 大降格
よろしくお願いいたします!
孤児のスノウには魔力があるとわかり、神殿に引き取られた。
神殿で魔法を学び、若くして極めて優秀な治癒魔法の使い手になった。
スノウは多くの人々を治癒魔法で癒し、治癒の聖女の称号を得た。
スノウが十六歳の時、戦争が勃発する。
治癒の聖女であるスノウは戦場に派遣された。
懸命に兵士達を励ましながら、負傷者を治癒し続けた。
約二年後、戦争が終わる。
スノウは王都に戻りながらも負傷者の治療を続け、力を使い過ぎて倒れてしまう。
目覚めた時には魔法を使えなくなっていた。
過労による一時的な魔力喪失だと思われたが、いくら休んでも魔法は使えなかった。
王都に戻って詳細な検査を受けると、魔力値はたったの一。
ゼロではないが、ないも同然だ。
恐らくは体調を崩したことが原因で体に何らかの問題が生じ、一以上の魔力にならないのだろうと診断された。
魔法が使えなければ、聖女の役目は果たせない。
とはいえ、スノウにはこれまで多くの人々を癒し、国に多大な貢献をしてきた実績がある。
王族と婚姻させ、素質のある子供を産ませることになった。
王太子はすでに政略的な相手と婚約している。
第二王子と婚約させることが決まったが、
「治癒の力を失った聖女とは結婚できない! 心から愛する女性がいる! 真実の愛を貫きたい!」
スノウと第二王子の婚約を披露するはずの舞踏会で、第二王子は婚約拒否を宣言した。
そして、自分の恋人を披露する舞踏会へと変更してしまった。
第二王子に拒絶され、治癒魔法を使えなくなったことまで暴露されたスノウは腫れ物扱い。
後日、スノウをどうするかについて話し合いが行われた。
治癒の聖女だったのは過去のこと。
今は一しか魔力しかない。魔法を使えないただの役立たず。
大勢の前で第二王子から婚約を拒否されるという不名誉な経歴も加わった。
様々な事情を考慮した結果、スノウは聖女の称号を返上させ、魔法を使えなくても務めることができる役職を与えることになった。
「この度は第二王子殿下、そして王家にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。責任を取るため、治癒の聖女の称号を返上致します」
スノウは第二王子との婚約の件で騒ぎになった責任を取ることになった。
聖女の称号を返上するしかない状況だけに、責任を押し付けるのに丁度良いと判断されてしまった。
「国王陛下は寛大にも謝罪を受け入れるとのことだ」
「これまでの功績を考慮し、地方にある修道院の院長に任命する」
王家や神殿を守ることの方が優先だけに、宰相も総神殿長も冷淡な対応だった。
オクルス修道院長への任命は聖女からの大降格。左遷。厄介払い。
事実上の追放だった。
オクルスの村にあるという修道院への出発日。
聖騎士のゼノンと王宮魔導士のヴェラがスノウを迎えに来た。
「どうして二人が?」
「現地への到着を見届けるためです」
「転移魔法を使えば手間も費用も省けるでしょう? 行くわよ!」
ヴェラの転移魔法で三人は目的地である修道院に到着した。
まさにあっという間だ。
「ここですか?」
かなりの田舎だとスノウは聞いていた。
「本当に?」
ゼノンはヴェラに冷たい視線を投げつけた。
「ちゃんと調べて来たわよ! 絶対にここよ! 間違ってないわ!」
修道院はボロボロで廃墟同然。
誰かが住んでいるようには見えなかった。
三人は修道院の中に入った。
「明るいですね」
スノウは上を見た。
天井に大きな穴が開いているため、空から光が差し込んでいる。
「穴が開いているじゃない!」
「常に換気ができますね」
ただ、雨が降ると困りそうだとスノウは思った。
「崩れたら危険では?」
ゼノンは天井にある穴が気になった。
「天井を全部魔法でぶち抜く?」
それなら任せて欲しいとばかりにヴェラの表情が輝く。
「随分綺麗な穴というか……ちゃんと丸いですね?」
スノウは事故によって建物が崩落したわけではなさそうだと感じた。
「天窓を作るつもりだったのかもしれません」
だが、資金難などの理由で天窓を取り付けることができなかったのではないかとゼノンは推測した。
「他の場所も確認してみないとですね」
建物自体は大きい。
生活空間のような場所があった。
まともについているドアを開けると、黒髪の青年がいた。
部屋の様子から見て、ここに住んでいるようだった。
「ここは女性用の修道院のはずですが?」
ゼノンは威嚇するように青年を睨んだ。
「礼拝堂はいいけれど、生活空間へ勝手に入るのは駄目よ」
ヴェラも面倒そうに注意すると、青年は三人を順番に見た。
「お前達は?」
「聖騎士です。新しくここに赴任する院長をお連れしました」
「こっちね」
ヴェラがスノウを指さした。
「院長に任命されたスノウです。よろしくお願いいたします」
スノウは深々と頭を下げた。
「ちょっと! もっと偉そうにしないと駄目でしょう!」
「偉そうに? どうしてですか?」
「仮にも院長でしょう!」
「でも、ここには私以外の修道女はいないような気が」
「修道女はいない」
青年が答えた。
そうなるとスノウ一人だけ。
院長だろうが修道女だろうが関係ない。
「そうでしたか。まあ、そんな気は薄々していたというか」
「気づいてたの? だったら拝命しなければいいでしょう!」
「ここに来てから思ったので」
手遅れだった。
「貴方はここに住んでいるのですか?」
スノウは青年に尋ねた。
「そうだ」
「もう住めないわよ」
「荷物をまとめて出て行きなさい」
ヴェラとゼノンにそう言われ、青年はすぐに立ち去ろうとした。
「待って!」
スノウは声をかけるが、青年は反応することなく部屋を出て行った。
「止める必要はありません。ここに留まることはできません」
ゼノンは聖騎士。
女性用の修道院に男性が住むのは規則違反だと判断した。
「でも、住む場所がなくなってしまいます!」
「ここは神殿の管理下にある修道院。しかも、男性じゃねえ。取りあえずは町長に色々聞いたら?」
ヴェラもゼノンの意見に賛成だ。
何らかの事情で外部の者が出入りすることはあるとしても、スノウが男性と一緒に住むことはできないと思った。
「そうですね。来たばかりなので、確認しなければならないことが多そうです」
修道院がボロボロの件も、修道女の件も。
「このような場所だとは思いませんでした。すぐに神殿へ報告します。修道院を修繕しなければなりません。不法侵入もし放題です。しばらくは護衛をつけるべきでしょう」
ゼノンは怒気を口調ににじませる。
だが、ヴェラは諦めたような表情を見せた。
「神殿が許すわけないわ」
スノウは厄介者。事実上の追放だ。
神殿が細かいことまで応じるわけがない。
金を渡した。それでなんとかしろ、だ。
しっかりと面倒を見る気であれば、このような寂れた田舎の女子修道院に送るわけもなかった。
「神殿が手を差し伸べないのであれば、父に掛け合います」
「お気持ちは嬉しいのですが、公爵家に迷惑をかけたくはありません。何もお返しできないので、かえって心苦しくなります」
スノウはゼノンやその実家に迷惑をかけたくなかった。
「ですが」
「大丈夫です。ゼノン様は聖騎士。修道院の者ではありません。ご自身の責務を果たしてください。お願いします」
「これを」
ゼノンはペンダントを取り出すとスノウに渡した。
「ささやかではありますが護身に使ってください。雷撃のペンダントです」
魔力を込めると狙った相手に雷撃を落とせる。
「無法者には容赦なく天罰を与えてください」
「でも、私の魔力は一しかないのですが?」
「一でも使えます。効果は魔力依存ですが」
「一瞬ビリッとするくらいじゃないの?」
ヴェラが指摘した。
「当分の間は魔石の力があります。ヴェラへ使ってみればいいでしょう」
「ちょっと! 酷いわ!」
「気絶はしても、死ぬことはないかと。神の怒りに触れなければですが」
「ヴェラは友達です。使いません」
ヴェラは表情を歪めた。
友達になった覚えはない。
かつて友達になろうと言われた時、ヴェラは断ったのだ。
「ただの腐れ縁よ。ちょっと待ってなさい」
ヴェラは小さな巾着を取り出した。
様々な物を収納できる魔法の巾着だ。
巾着から魔法薬を取り出し、中身を一気に飲み干す。
「不味いわ! いつ飲んでも最低の味ね!」
だが、効果は抜群。
ヴェラは空になったビンを巾着に入れ、紐を引っ張って閉じた。
「ゴミだから捨てておいて」
「ゴミではないです。巾着だってビンだってまだ使えます」
「察しなさいよ! 餞別よ!」
ヴェラは巾着をスノウに押し付けた。
「魔糸でビッシリ刺繍してあるから、開閉用の魔力さえあれば使えるわ。たった一でもね。刺繍を撫でれば、微々たる魔力でも補充になるわ。体調が良い時にするのよ。わかった?」
小さなサイズの巾着は性能が低いため、わざわざ魔糸で刺繍をする意味はない。
ビッシリともなれば相当な無駄遣い。完全な道楽行為だ。
しかも、魔力が一でも使える。
スノウのための特別仕様であることは明らかだった。
「ありがとうございます! とても助かります!」
「収納するのは五個までにしなさい。沢山収納すると壊れるわ。こんな田舎じゃ直せるわけないから」
ヴェラは言葉も態度もキツイ。
だが、優しいところもあるのをスノウは知っていた。
魔法学校であまりにも高慢だったヴェラは処罰として強制的に神殿へ放り込まれた。
その時に二人は一緒に魔法を学んだ。
一年後、ヴェラは神殿を出て魔法学校に復学し、卒業後は王宮魔導士になった。
「壊れないよう気を付けます。ヴェラの気持ちですから」
「違うわよ。ただのゴミよ」
「ありがとう。ヴェラ」
「ゴミを貰ってお礼を言うのはスノウぐらいよ」
取りあえず、スノウは村長に会いに行き、修道院に新しく派遣された者であることを伝えることにした。
「一応は院長です」
「若いのに院長なのは凄いのかもしれないが、廃墟同然の修道院だからなあ」
村長はスノウを歓迎しなかった。
「修道女はいないと聞いたのですが、本当でしょうか?」
「昔は修道女が数人いた。最後の一人が亡くなってからは誰もいない」
「そうでしたか。ちなみに、修道院で黒髪の青年に会いました」
「ああ、ルフだ」
「村の方ですよね? 家がないのですか?」
「修道女の息子だ」
修道院には女性しか入れないはずだった。
だが、幼い息子を連れた女性が修道女になり、孤児院がないことから特別な処置として一緒に住んでいた。
母親が亡くなった後はすぐに修道院を出たが、最後の一人だった高齢の修道女の面倒を見るために戻って欲しいと頼まれた。
ルフは幼い頃に世話になったことからそれを了承した。
そして、高齢の修道女の最期を看取った後もそのまま住み続けていた。
「では、修道院の関係者なのですね」
「あんたが住むなら出て行くさ」
「でも、他に住む場所がありませんよね?」
「森の中に小屋を持っている。そっちに移るだろう。気にすることはない」
修道院が女性用であることは村の全員が知っている。
特別な事情も許可もないまま、男性のルフが何食わぬ顔で住み続けることはできないだろうと村長は言った。
「こんなところに来るなんて、何か特別な事情がありそうだ。まあ、知りたくもないがな。とにかく面倒は起こさないでくれ」
「善処します。よろしくお願いいたします」
スノウは丁寧に頭を下げた。