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いつでもどこでも

作者: 月下美人

テーマの【かくれんぼ】が添え物扱いな気がしますが「かくれんぼしてるのでヨシ!」の精神で執筆しました。ごめんなさい。

「今日は来てくれてありがと~☆ またMIUに会いにきてね~♪」


 笑顔とともにカメラの前で手を振ると、クリックを一つ。

 画面に表示されている【LIVE】の文字が消えたのを確認すると、少女――青葉美雨は大きく伸びをした。


「はぁ~、ようやく配信終わったぁ」


 リングライトの明かりを消してパソコンの電源を落とした美雨は、仰向けでベッドに倒れ込む。

 視界に映るのは見慣れたオフホワイトの天井。ボーッと天井を眺めながら、ポツリと呟く。


「ネタのストックはまだあるけど、もう少しバリエーション増やさないとダメかなぁ。最近、伸びが今一つなんだよねぇ」


 ゴロンと寝返りを打ち、お気に入りであるイルカの抱き枕を抱き寄せると、顔を埋めた。


「はぁぁ~、ミューチューバー難しすぎんよぉ~」


 世知辛い現実に明石高校一年生、出席番号一番の青葉美雨は、お気に入りの抱き枕――愛称イルカのキューちゃんを強く抱き締めながら、ベッドの上をゴロゴロと転がった。




 1




 令和三年、晴れて女子高校生の仲間入りを果たした美雨は、心機一転して新たなことにチャレンジしようとミューチューバーデビュー。動画がズイッターなどで拡散し、バズりでもすればあっという間にクラスの人気者だ。

 顔出しするべきか迷ったが、わずかな羞恥心よりも人気者になりたいという欲求の方が勝り、現役女子高生ミューチューバー『MIU』という名で活動している。

 ミューチューブ活動を初めて三ヶ月。登録者数は約千人。学校ではミューチューバーとしてそこそこ名が知られているものの、満足できる数には程遠い。

 目指すは登録者数十万人。日本一の女子高生ミューチューバーになることが、美雨の夢である。


「あ、メールだ。……またこの人?」


 ふとスマホの通知ランプが点滅していることに気付いた美雨。スマホを手に取り差出人の名前を確認した途端、淡麗な顔が顰む。


「なんなのこの人、もしかしてストーカー?」


 ここ数週間前から、熱烈なラブレターを送ってくる相手からだった。

一般公開しているアドレスに、一日に何通もメールを送ってきたり、どこから聞き込んだのか不明だが私用のアドレスにまで手を伸ばしてくる始末。

 あまりにも常軌を逸しているため警察に相談したところ、彼らから厳重注意のメールを送ってもらい、以来鳴りを潜めていたが、ここ最近急浮上してきたのだった。


「うわ、キモっ」


 一応、中身を確認するも案の定。キモいという言葉が素直な感想として出てくるような、どこか脂ぎった印象のあるラブレターだった。

不意に、玄関の方からポストに投函された音。

 実家から上京して、都内のアパートで一人暮らしをしているため、両親からよく物が送られてくる。

 今回も何か送ってきたのかなと、玄関ポストを見てみると――。


「……?」


 入っていたのは、一通の白い封筒。送り主の名前はどこにも書いておらず、真っ白な封筒が投函されていた。

 差出人不明の封筒に首を傾げる美雨。軽く封筒を降ってみると、カラカラと軽い音がした。何か入っているみたいだ。

 誰からの物なのか不思議に思いながらも、軽い気持ちで封筒の封を切る。

 出てきたのは、三枚の写真と一通の手紙。


「な、なによこれ……」


 写真には制服姿の美雨が写っていた。スマホを見ながらバスを待つ登校姿、窓際の席で真剣に授業を聞いている姿、友達と一緒にクレープを食べている下校姿。

 さらには、見覚えのない男とのツーショット写真まである。三十台前半だろうか、男の顔はのっぺりとしていて、感情をそぎ落としたような顔でピースサインをしている。美羽と男の背景で若干色合いが違うことから、合成写真であることは一目で分かった。

 写真に写る美雨はカメラの存在に気づいている様子はなく、ピントがズレて若干ボヤけていることから素人が撮ったものだと分かる。

 盗撮写真という言葉が頭に浮ぶ美雨。合成写真に映った男が、この写真の送り主であり、これまで自分を苦しめてきたストーカー男であると悟る。

手紙に視線を写すと、強ばった顔から血の気が引いていくのを感じた。


【背景、親愛なる美雨ちゃんへ。

 今日も美雨ちゃん可愛かったよ! 今回の動画もいっぱい美雨ちゃんの声が聞けて大満足!

 この間の動画、いつもより少しだけ疲れた顔してたけど大丈夫? ここ最近、夜の一時くらいまで起きてるみたいだけど、寝不足なのかな?

 でも、毎日ちゃんと六時に起きれて偉いね! 僕なんてしょっちゅう寝過ごしちゃうよ! 今日も美雨ちゃんと同じ六時に起きようと思ったんだけど、また寝坊しちゃったんだ。そうしたらね、ミウに「こら、ちゃんと起きないとダメだぞ!」って怒られたの。

 ミウっていうのは美雨ちゃんの音声を切り取って作った目覚まし時計でね、すごく良い出来だから今度美雨ちゃんにも見せてあげたいな!】


 仲の良い友達同士がするような明るい文面が、A4用紙にびっしりと書かれていたのだ。

 これまでしつこくメールを送ってきたストーカーは、ついに手紙という物理的な方法でアプローチを仕掛けてきたのだった。


「なんでこんなこと知ってるの!?」


 手紙には美雨の私生活についても触れられている。盗撮写真といい、美雨の日常を盗み見ていると言っても過言ではない。

 もしかしたら、部屋のどこかに盗聴機や盗撮カメラなどが仕込まれているかも! と不安になる美雨。

 あり得ないとは言い切れない怖さがそこにあった。




 2




 翌日、今回の件で再び警察に相談した美雨。警察も事件に発展する可能性が極めて高いと判断したのか、自宅周辺での見回りを強化するとのこと。

警察が協力してくれるとはいえ、相手は常軌を逸したストーカー。次はどんな行動を取ってくるか予測がつかない。感情を逆撫でした結果、自宅に直接やってくるなどの短絡的な行動を取ってくるかもしれないのだ。

 警察からはこれまで通りの生活をなるべく心掛け、友人や知人には言いふらさないようにとのアドバイスを受けた。ストーカーを刺激しないようにするためである。

 この言いつけを守り、美雨はストーカー被害に遭っていることを誰にも言わず、時が経つのを待った。いずれ、警察が捕まえてくれるだろうと。

 一日に何通も送られてきたメールや手紙を無視し続けていると、日に日に量が減っていき、やがてストーカーからのアクションが無くなっていく。

 ストーカーを捕まえたという一報はないが、しばらくは警察も警戒を続けるという話。それで被害がないようなら大丈夫だろうという見解に肩の力を抜く。

 今度こそ解放されたのかなと、一先ずの安堵を覚えた。


 それから三ヶ月。ストーカーからの手紙は完全に途絶え、ようやくいつもの平和な日常を取り戻した美雨は、その日の夜、久しぶりにパソコンを起動した。

 ストーカー被害に遭っていた時は不安だらけで、とてもミューチューブ活動をする状態でなかったため、憂いなく活動が出来ることに喜びを感じる。

 朗らかな笑みを浮かべながらライブ画面を起動すると、画面の向こうにいるファンに向けて手を振った。


「やっほー、みんな久しぶり~! MIUだよー!

 最近、全然動画上げられなくてごめんねー。学校のみんなにも一杯心配させちゃったね。ごめんなさい!」


 画面に向けてペコッと頭を下げると、早速視聴者たちからコメントが寄せられてくる。


『MIUちゃん久しぶり~! 元気そうでよかったよぉ(>_<)』


『うぉおおおおおお! 三ヶ月ぶりのMIUちゃんだあああああ!!o(^o^)o』


『おかえり! MIUちゃんの帰りをずっと待ってたぜ!』


『MIU~! 学校でも元気なかったから心配してたんだよ~(´;ω;`)』


『悩みとかあるなら聞くよ?』


「みんなありがとう~! ヤバイ、うれしすぎてちょっと泣きそうなんだけど……!」


 視聴者の暖かな声に涙腺が緩んだ美雨は、滲み出た涙をハンカチで拭くと、満面の笑顔を浮かべた。


「えへへ、みんな本当にありがとう! ちょっと前まで大変だったんだ~。みんな聞いてくれるー?」


 そう言って、この数ヶ月間の出来事を報告しようとした、その時。


 ――ピンポ~ン。


間の抜けた呼び鈴がリビングに鳴り響く。

一瞬、玄関の方を見やるも、ライブ配信中のため居留守を決め込む美雨。

 しかし……。


 ――ピンポ~ン。


 一定の間隔で呼び鈴が鳴り続く。まるで家に居るのは知っているんだぞ、と告げるように。


 ――ピンポ~ン。


 止む気配はない。


「……ああもう、しつこいなぁ。みんな、ごめんね! ちょっとだけ待っててっ」


 パソコンの前から立ち上がった美雨は荒々しい足取りでインターフォンに向かう。

 叩きつけるように通話ボタンを押そうとするが、画面に映った映像を見て思わず手が止まった。


「うそ、なんで……」


 インターフォンに映っていたのは、のっぺりとした顔の男

 無表情でカメラをジッと見つめながら呼び鈴を鳴らし続ける男は、例のストーカー男である。


「諦めたんじゃなかったの……!?」


 ここ三ヶ月以上、執拗に送られていた手紙やメールは鳴りを潜めていたため、すっかり諦めたものだと思っていた美雨だが、ストーカー男は未だ彼女に執着しているようだ。


 ――ガチャンガチャンッ!


 痺れを切らしたのか、ついにはドアノブに手を伸ばしたストーカーは強引に家の中へ押し入ろうとする。ロックを掛けた扉の音が玄関から聞こえ、「ひっ」と小さな悲鳴が零れた。


「け、警察……!」


 慌てて駆け出した美雨は受話器に手を伸ばすが――。


 ――バキンッ!


 突如、玄関の方から硬質な金属音が鳴り響いた。反射的にインターフォンを確認すると、男の姿は画面には映っていない。


「うそでしょ……」


 玄関から聞こえてくる足音。どうやったのか不明だが、ロックした扉を強引に抉じ開けたらしい。

 強い身の危険を感じた美雨はキッチンから包丁を一本持ち出すと、リビングに置いてあった携帯を手に取り駆け出した。

 自室に戻ると、クローゼットを開ける。クローゼットの中にはコートやボトムスで埋まっているが、詰めればなんとか人一人入り込むスペースは確保できそうだ。

 身を屈めるようにしてクローゼットの中に隠れ込んだ美雨は、少しだけ戸の隙間を作ると、急いで警察に連絡しようとする。

 しかし――。


「……っ! なんで……!」


 スマホに映るアンテナの数はゼロ。県外の状態だった。

 試しに警察へ電話するが、やはり繋がらない。

 都心で暮らしていて電話が通じないという状況は初めてのこと。通信障害か何かだろうか。ストーカーが押し入るタイミングで通信障害なんて、間が悪いなんてレベルではないが。


「み、みみ、MIUちゃぁん。どこ、どこに、い、いるのかなぁ? ぼ、ぼくが来たよぉおおお」


「……!」


 部屋の外から聞こえるストーカーの声。身体を強張らせた美雨は震える手で包丁を強く握り締める。

 包丁を持ち出したのは反射的行動だったが、今では唯一の安心材料だ。相手は何をしてくるか分からないストーカー男。最悪の状況も十分考えられる。


(来ないで……こっち来ないで……!)


 美羽を探しているのだろう。家の中のあちこちを動き回る音が聞こえる。


「か、かくれんぼかい? いいよぉ。ぜ、ぜったい、み、見つけてあげるからねえええ」


 男の呂律の回っていない声。明らかに普通じゃない精神状態だ。


「ふ、風呂場にもいないなぁ。み、MIUちゃんは、かか、隠れるの、じょ、上手だねええ」


 もう一度スマホを確認するが、アンテナは変わらずゼロのまま。このままでは見つかるのも時間の問題だ。


(どうしよう……見つからないようにしながら、どうにかして逃げる?)


 家の間取りはL字型。玄関から先は廊下で、右手側にトイレと風呂場。廊下の先はリビングとなっており、美羽の部屋はその隣だ。部屋から出て玄関に向かうには、リビングを通らないといけない。

 しかし、チャンスはある。リビングの正面はベランダになっているため、ストーカー男がそちらに向かったとしたら、リビングを通り抜けるチャンスだ。

もちろん気づかれてしまう可能性は高いが、警察に連絡が取れない今、クローゼットの中に隠れ続ける方が、リスクが大きい。


(でも、もし見つかったら……)


 間違いなく、襲ってくるだろう。包丁があるにしても相手は成人男性。美羽の身体能力も特段優れているわけではないため、武器があるからといって確実に退けられるとは言い切れない。


(どうしよぅ…………こわい、こわいよぉ……!)


 心臓がバクバクと鼓動する。

 体がガクガクと震える。

歯がガチガチと鳴る

 嫌な汗が止まらない。


「こ、ここにも、い、いないなぁ。みみ、MIUちゃんは、ど、どこに、かか、か、かくれてるのかなぁ」


 段々と足音が近づいてくる。

 そして――。


「こ、ここが、み、MIUちゃんの部屋なんだぁ」


(来た……!)


 ついに美雨の部屋へ足を踏み入れてきたストーカー男。

 クローゼットの隙間から丁度ストーカー男の姿が確認できた。

 のっぺらとした顔のストーカー男は相変わらず感情の乏しい表情を浮かべたまま、キョロキョロと部屋の中を見回している。

 そして、美雨が普段使っているベットに近づくと、徐にダイブした。


「うへへ、み、MIUちゃんのにに、においがすすするぅ」


(いやぁああああ!)


 イルカの抱き枕に顔を埋めると、グリグリグリと擦り付けるストーカー男。あまりの奇行っぷりに背筋が泡立ち、心の中で絶叫する美雨。


(キモいキモいキモいッ!)


 生理的な気持ち悪さに吐き気すら覚える。

 お気に入りの抱き枕であったが、こうなってしまったら買い換えは不可避だろう。

 ごめんねキューちゃんと、心の中で謝りつつ即刻処分しようと強く決める美雨を他所に、ストーカーはベッドの下を覗き込む。


「うぅん、ここでも、ないかぁ。MIUちゃんは、ど、どこにかくれたのかなぁ」


 部屋の中で隠れられそうな場所は、もう一つしかない。


「もも、もしかして、そ、そこかなぁ?」


ストーカー男がクローゼットに歩み寄ってくる。

 男の息遣い聞こえてきそうなほどの距離。

 心臓が口から飛び出そうなくらいの緊張感。大きく高鳴る鼓動がうるさい。


(やらなきゃ、私が……やるんだ……やるんだ……!)


包丁を両手で握り、ギュッと強く目を瞑る。

 クローゼットの扉が、ついに開かれ、

 そして――。


「うわあああああああっ!!」


 手にした包丁を力一杯、突き出した。

 包丁が何かに突き刺さる感覚が手応えとして伝わる。

 俯き固く目を閉じながら、包丁を突きつけた美雨。

ゆっくりと目を開けると、刃物はストーカー男の腹部に突き刺さっていた。


「あ、あ……あ……」


 顔面を蒼白にした美雨は包丁から手を離すと、後退りしようとする。

 しかし、そこはクローゼットの中。

逃げ道はない。


「み、MIUちゃん、やっと、みみ、見つけた」


 のっぺりとした顔のストーカー男。まるで魚のような目には恐怖で引き攣った顔をしたMIUの姿が写っている。

 次いで、腹に刺さった包丁を見下ろすと、顔色一つ変えずに、ぼそっと呟いた。


「でも、い、痛い」


 包丁から滴り落ちる血が、カーペットに紅い染みを作っていく。

 包丁は刀身の半ばまで埋まり、滴り落ちる血がカーペットに紅い染みを作っていく。

包丁を掴むストーカー男。それも柄ではなく刃の部分だ。

 刃が指に食い込み新たに流血するも、男は顔色一つ変えず、無造作に包丁を引き抜く。

 間欠泉の如く吹き出る鮮血。まるで動脈を切ったかのような勢いで飛び出る血潮は、美雨の顔を真っ赤に染めた。


「――」


 フッと意識が遠退いていく美雨。霞む視界の中、のっぺりとしたストーカー男の顔が頭から離れないのであった。




 3




「…………」


 美雨の目が覚めたのは翌日の昼頃。都内の病院のベッドの上であった。

 清潔間溢れる真っ白い病室。個室のようで美雨以外に患者はいない。

ベッドの横にはサイドテーブルがあり、ミネラルウォーターが一本置いてあった。


「んく、んく、んく……ふぅ」


 起きたばかりからか、頭がボーッとしている美雨。ミネラルウォーターを一息で飲み干してようやく、正常な思考が戻ってきた。


(なんで私、病室にいるんだろう……?)


 昨日のことを思いだそうとするが、中々思い出せない。まるで記憶に靄が掛かっているようで、手を伸ばしてもするりと逃げてしまう。


(とりあえず、起きたことを知らせたほうがいいよね)


  枕的にあるナースコールを押すと、一分もしない間にナースがやって来る。

 起き上がっている美雨を見た看護師は笑顔を浮かべた。


「青葉さん、目が覚めたのね! ちょっと待ってね、今先生を呼んでくるから!」


そう言うと、足早に去っていくナース。美雨はただ呆然と見送ることしか出来なかった。


「あぁ、気がついたんですね。よかった」


先程のナースと一緒にやって来たのは白衣を着た中年のドクター。

朗らかに微笑んだドクターは優しい口調で「昨日、何があったか覚えていますか?」と聞いてきた。


「学校が終わって、家に帰った記憶はあるんですけど、そこから先は覚えてなくて……」


「そうですか……」


「あの、私なんで病室に?」


そう尋ねると、ドクターは表情を引き締め、ゆっくりと語り掛けるように言葉を紡ぐ。


「落ち着いて聞いてください。あなたは昨日――」


 この病院に運ばれるまでの経緯を説明すると、記憶の靄が徐々に晴れていった。


「――思い出した……ミューチューブを久々にやろうと思って、そうしたらアイツが、急に来て……家に上がり込んで来て……」


 ドクターの話を聞いた美雨は、記憶を紐解くように昨夜の出来事を思い出していく。


「青葉さん、一旦落ち着きましょう」


 どこか危うさを感じたドクターが声をかけるも、気付いた様子はない。


「怖くなってクローゼットに隠れて、それで……それで……」


 記憶の世界に入り込んだ美雨は、昨夜の出来事を鮮明に思い出していく。

 そして――。


「あ、アイツが、クローゼットを開けて……わた、私、さ、さし、刺して……ち、血が、血が……っ! あ、ぁあぁあああぁあああああああああ!!」


 頭を抱えてあらん限りの声で叫ぶ美羽。その脳裏に映るのは、真っ赤に染まった視界と、のっぺりとした男の顔。

 まるで魚の眼ような感情の見えない目で、ジッと自分を見据える男の姿が頭にこびり付いて離れない。


「もういやああああああああああ!」


「青葉さん落ち着いてっ、もう大丈夫だから! 山崎さん、他の人を呼んでっ!」


「はい!」


 ドクターとナースが慌ただしく動く中、声が枯れるまで叫び続ける。

 その後、事情聴取のため待機していた警察官と数人の看護師に抑えられ、一時的に落ち着きを取り戻した美羽は、娘の大事とあってやって来た両親に付き添われながら、警察の話を聞いていた。


「ストーカーの被害に遭っていたなんて……」


「この子にそんなことが……」


 心配を掛けないようにと、親にも隠し続けていた事実が明るみに出る。両親は驚きを隠せない様子であった。

 ストーカーに怒り心頭な父親は拳を強く握り、母親は娘が受けてきた辛い出来事に悲痛な表情を浮かべる。

 母に頭を抱きしめられた美羽は、静かに涙を流した。


「それで、犯人はどうなったんですか?」


 美羽が受けていたストーカー被害の話を聞き終えた父親がそう尋ねる。ビクッと肩を跳ね上げた美羽の頭を優しく撫でながら、母親も視線で問いかけた。


「容疑者、加藤正宗は病院に搬送されましたが、間もなくして死亡しました」


 その言葉に大きく動揺したのは、被害者である美雨だった。


「……死んだ? 私が、殺したの……?」


 ガクガクと体を震わせる。私が刺したんだと呆然と呟く娘に母親が「美雨は悪くないわ!」と声を大にして訴えた。


「ええ、美雨さんの行為が正当防衛なのは、ミューチューブのライブ映像から立証できます。視聴者の人たちも昨夜の犯行について情報を寄せてくれますし、少なくとも娘さんに罪がないのは明らかです。だから安心してほしい、キミは悪くないんだ」


 真摯にそう語り掛ける警官の言葉がどこまで通じたか分からないが、美雨は小さく頷き返す。


「それにしても、娘がミューチューブをやっててよかった。運が良いと言っていいのか分からないけど、犯行現場をライブ配信してなかったらと思うとゾッとしますよ。一早く警察に知らせてくれたクラスメイトの人にも改めてお礼をしないと」


「そうですね。ミューチューブ活動をしていたから加藤の目に留まったかもしれませんが、この手の輩は切っ掛けがなんであれストーカーになる可能性が高かったでしょう。そういう意味では昨夜、丁度犯行に及んだ時間にミューチューブ活動をしていたのは運が良はった。その現場を多くの視聴者が見てて、美雨さんの友達が真っ先に通報してくれたからこそ、迅速に駆けつけることが出来たんですから。友達に恵まれていますね」


 そう、昨夜の事件はミューチューブでライブ配信されていたため、多くの視聴者が事件の様相を知り得ることとなった。ミューチューブ配信を切り忘れてパソコンを起動したまま放置していたことが原因である。

 映像は画角の問題で確認出来なかったが、音声が犯行現場の一部始終を捉えており、昨夜動画を視聴していたユーザーはこれが今回のネタなのか判断がつかなかった。

 しかし、ここ最近の美雨の様子を知っていたクラスメイトは、念のため一一〇番通報。近隣の警察官が駆けつけたところ、ドアノブが破壊されており、中に踏み込むと血塗れの状態で倒れた加藤容疑者と気絶した美雨を発見。

 それが、加藤が犯行に及んでから、丁度五分後のことである。




 4




 PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した美雨は、学校生活を送れる精神状態ではなかったため休学。今回の事件は学校でも大きな話題となり、瞬く間に近隣地域にも情報が広まった。

 また男性恐怖症により男の顔を見ることが出来ず、一人では同じ空間に居ることも困難に。ミューチューブ活動もトラウマとなったため、ミューチューバーを止めることとなる。


 あれから五年。

 療養のため実家に戻った美雨は、休学中であった都内の学校を止め、通信学校に通うことで無事に高校を卒業。

 家族の献身的なサポートもあって、徐々に心の傷を癒していき、今では人がいる状況でなら男の顔を直視できるまで回復した。

 まだ完治には程遠いが、それでも少しずつ前に向かうことが出来ていると、実感している。

 そんな美雨の今の夢、それは――。


「ミューチューブを通じてストーカー被害を少しでも減らすこと。私みたいな辛い思いをする子を少しでもなくしたい!」


 そう笑顔で語る動画が、ミューチューブにアップされている。

 尚この動画は「応援したいミューチューバーランキング」で取り上げられ、見事トレンド入りを果たすのであった。


【完】

最後は力尽きました。ごめんなさい。

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