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僕を忘れた君へと紡ぐ。西編  作者: とかげになりたい僕
幸運を 〜Boa sorte〜
9/30

命 〜vida〜

 


「エイピア殿、出力を最大にしても、西(ウェス)の領海まであと1時間はかかります」

 船長の言葉にハヤトは顔をしかめるが、しかしすぐに「わかった」と頷き、近くの騎士に甲板の守りと、先程損傷を受けた箇所の守りを強化するように伝えていく。指示を受けた騎士が一礼し、慌ただしく出ていくのを見送り、ハヤトはゼロの背で未だに震え続けるシアンに目をやる。

「震えるだけなら船を降りろ」

 その言葉に、ルエが言うよりも早くゼロがハヤトを睨みつける。

「おい、ハヤト、そんな言い方ねーだろ」

「騎士なら立て。震えるだけなら船員より役に立たん。いないほうがいい」

「だからお前は……!」

 詰め寄ろうとしたゼロを制し、ルエがハヤトを不安な瞳で見上げる。それでもハヤトは意見を変えるつもりはないのか、特に何か言葉にするわけでもなく。

「ハヤトくん、それなら私が1番役に立ちません。戦う力もない、自分の身も守れない。さっきだって、シアン様が私を助けてくれました。貴方の言い分なら、船を降りるべきなのは私なのでは?」

「それは違う、貴方様は王女だ。守られて然るべき王族であって」

 ぱしん。

 乾いた音が響く。ハヤトは一瞬何が起きたのか理解出来ず、左頬が痺れだし、ルエにはたかれたのだと気づいた。

 瞳に涙を溜めつつも、それでもルエはハヤトから視線を反らすことなく、気丈に立ち振る舞う。

「王女だから……?私とシアン様の命は違うと言いたいの……?違わない……、何も違わない!貴方が1番、自分と私に線引きをしているのを、なんで気づかないんですか!」

 はたかれた頬を押さえ、ハヤトはルエをただ黙って見つめ返す。自分はただの騎士で、王族の彼女とは違っていて。しかしそれ自体が、自分で決めた線引きだと言うのなら。

 ハヤトが答えに迷っていると、控えめな咳払いが聞こえ、グレイがちらりと2人を見ていた。

「ルエ様、お気持ちがわからんでもないです。が、ここは一旦飲み込んでもらえませんかな?ハヤト、お前も言葉を選べ。あと、気持ちと感情をもうちっと学んだらどうだ」

「……」

 黙り込み渋い顔のハヤトに苦笑いし、それからグレイはゼロの背からシアンを降ろしてやる。青い顔のままのシアンはグレイの腰に抱きつくと、そのまま栓が切れたように泣き出した。

「……すまない」

「いえ、私も叩いてすみませんでした」

 お互い謝るが、間の空気は重いままで。

 しかし突然の揺れと、上から聞こえる怒号が、それを一瞬にして切り裂いた。

「おわっ、なんだなんだ!」

 ふらついたルエを支えてやり、ゼロは壁を背にして辺りに気を配る。

「船ごと体当たりたぁ、あちらさんも強気だねぇ。さて、団長候補殿、どうするつもりだ?」

 シアンを抱きかかえたグレイが、伺うような視線をハヤトに向ける。ハヤトは一瞬躊躇うようにルエを見、しかしすぐにいつも通りの表情(かお)に戻ると、

「甲板に向かう。恐らく奴らには神使(しんし)がいるが、今の騎士団にはいない。俺が出るしかない」

 そう出ていこうとするハヤトの腕を、ルエは掴んで引き止める。訝しむように振り返ったハヤトに、ルエは強い瞳で見つめ返した。

「人が死ぬかもしれないのはわかってます、それに対する貴方の答えも。そして私の道を造ってくれることも。だから私も行きます。私は、私の目で、その道を見ていかないといけないから」

「……」

 一瞬、王女なのだから残れと言いかけるが、それを寸でのところで飲み込む。彼女が聞かないのはわかっているし、何より王女だからというのを先程突っ込まれたばかりだ。

「守ろうぜ、オレたちの主サマをさ」

 な?と呆れた笑いを見せるゼロに、ハヤトは深くため息をつく。しかしすぐに2人に背を向けると、無言で部屋から出ていった。それを了承の意だと受け取り、ルエとゼロも急ぎ甲板へと駆けていく。

 残ったグレイはシアンの背を優しく撫でてやりながら、

「なぁ、シアン。王女様ってのは、黙って守られてはくれないんだなぁ」

 と、困ったように零す。船長も同じように苦笑し、手元の地図に視線を落とした。




 横付けにされた異民船から雪崩れ込んできた海賊たちは、身軽な動きで騎士たちを翻弄していた。それだけなら騎士たちの敵ではないのだが、(くう)の神術の影響なのか、彼らは姿を消したかと思うと突如として姿を現し切りかかってくるのだ。

「オカシラぁ!この船、王族船でさぁ!」

 海賊の1人が、何もない空間へ笑いかける。

「話しかけるのはおやめと言っただろう?このお馬鹿さんたちは、もう!」

 声と同時に姿を現したのは、奇抜な色の服装に身を包んだ40代ほどの女だった。くすんだ紫の髪を高い位置でくくり、手には鞭を握っている。

「術解けちゃったじゃないか、お馬鹿さん!んもう!」

 鞭を振り回し、それに当たった海賊たちが「あふん」と快楽に満ちた表情を浮かべる。気味の悪さに騎士たちが後退りをするも、本人たちは気にもしていない。

「まぁいいさね。王族船か……、紋なしのところを見るとお忍びか、それとも噂のサガレリエット様か。どちらにしろ、いい男もいそうだし、全員引っ捕まえちまいな!」

 手にした鞭で子分の海賊たちを叩くと、彼らは「はあい、ママぁ」とうっとりした声を上げ、再び闇に溶けていく。どこから襲ってくるのかわからず、騎士たちは武器を構えたまま身動きが取れない。

 どこからともなく聞こえる仲間の声が、更に恐怖心を煽っていき、重圧に耐えられず息が乱れてきた頃。

(くう)(スペル)、1の章。我が声に応え、瞑と成せ」

 凛とした声が甲板に響き、その声と共に霧が晴れたかのように海賊たちの姿が見え始める。騎士たちはすぐさまそれに合わせ、切りかかろうとする海賊たちを薙ぎ払っていった。

 同じように姿を現した女が、興味深いとばかりに(スペル)を紡いだ人物、ハヤトにゆっくりと視線を合わせていく。

(くう)の子じゃないのに視えるなんて、いい目してるのねん。でも無理してるでしょ、普通の子は視えないもの」

 にたりと笑みを深くし、女は口元に手をやる。我慢が出来ないとでも言いたげな表情を見、周囲の子分たちから歓声があがった。

 それに顔をしかめるゼロと違い、ハヤトは冷たく女を見据え、いつでも(スペル)を紡げるように構えつつ口を開く。

「お前が(かしら)だな?今すぐに退け。これ以上無駄に消耗するのは互いにとってもよくないはずだ」

「それを決めるのは坊やじゃないでしょ?ホントはツライんでしょ?」

 女は指先をつつ……と動かし、そして倒れている子分たちに目配せをする。すう、と息を深く吸い。

「さぁ、ママのピンチだよ!起きなさいな!」

 それはまるで鶴の一声だった。

 子分たちは「ママぁぁあああ!」と叫ぶように一斉に起き上がると、女を守るように周囲を取り囲んでいき、そして子分たちの影で女が見えなくなった頃。

(くう)(スペル)、2の章。我が声に応え、融合せよ!」

 子分たちの中央から女の声が響いたかと思うと、それは一瞬の強い光を放ち、ひとつの個体へと変化していた。

 先程よりもひと回り大きくなった女は、満足そうに自分の両手を見つめ、それから頬を両手で覆う。その異様な光景に、ゼロの後ろにいたルエが小さく息を呑む。

「子分と合体でもしたのかよ……」

「相当心酔していたんだろう。でなければ、あれは出来ん」

「うわ……」

 嫌な合体もあったものだと、ゼロは心底嫌そうに顔をしかめた。しかしそれを言っている場合でもなく。

 女は手にした鞭を力任せにしならせ、船に穴を開けていく。狙いを定めているわけではないそれは、避けるのは容易くも、次々と壊されていく船はどうしようも出来ない。

「話し合いも何もねーし!船沈んじまうぞ!」

 ルエを庇いつつ鞭を避けるゼロが叫ぶ。

 他の騎士が女を止めようとするが、残された船員を庇いながらではなかなか上手くいかず。

「ゼロ!女の手を止めれるか!?」

 ハヤト自身も船員を中に誘導するだけで手が飽きそうにない。ゼロは迷うようにルエを見る。大丈夫というように強く頷いたのを確認し、ゼロは「あー!」とヤケクソ気味に頭を掻いた。

「なんとか出来るんだよな!?マジで頼んだからな!」

 剣を床に差し、断絶の(スペル)を紡ぐと、ルエに光から出ないよう言い聞かせる。それから自身の両頬を気合を入れるかのように叩くと、掛け声と共に女目掛けて躍り出た。



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