狂気 〜loucura〜
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見送りと称した別れは、思ったよりも質素に行われた。だからといって、中央よろしく来た時のように派手に見送られても困るのだが。レオは忙しいと言って、港へはクレハのみがついてきてくれた。
「それでは皆様、お元気で」
そう深々と頭を下げたクレハに、ルエも今度はきちんと礼を返し、それから少し迷った後に口を開いた。
「……クレハさん、すみませんでした」
「何がでしょう」
「私、自分の勝手な思いと行動で、貴方に嫌な思いをさせてしまったと思うんです。だから、その……今度お会いしたら、一緒にお茶でもしませんか」
「わたしは……」
困り顔のクレハに、ルエはやはり断られるかと身を強張らせる。最初に嫌な態度を取ったのは自分なのだし、断られてもそれはやむ無しである。
「その、わたしは、そういったことはちょっと」
「そうですか……」
断られたことに内心落ち込むが、ルエは表に出さないようにしてクレハに背を向けた。本当は少し泣きそうなのは隠して。すると、隣に並んでいたハヤトが面倒くさそうに、しかしクレハに呆れたような薄い笑みを向け、
「クレハ。伝わっていない」
伝わっていないとはどういうことか。ルエもまた、恐る恐るクレハにまた向き直ると、彼女が少し頬を染めつつ、何かしら言おうとしているのがわかった。
「クレハ、さん……」
「誰かとそういったことはしたことなくて……。ご迷惑をおかけするかとは思いますが、その、楽しみにしています」
「……はい!」
ルエはクレハの両手をしっかりと包み込み、優しく笑いかけた。それにクレハも微笑み、それからルエの後ろに控えるゼロに気づく。彼にしては珍しく眉間に皺が寄ったままだ。
「ゼロ様」
名前を呼ぶと、ルエも気づいたようにゼロを振り返った。
「ゼロ?」
2人に呼ばれて、やっと彼は皺が寄っていたことに気づいたのか、眉間に指を当ててほぐす仕草をしてみせる。これではハヤトみたいで気に食わない、そういうのは自分の役割ではないのに。
「ゼロ、どうかしました?」
「オレもお茶したいなーって」
本音は隠して、適当なことを言い誤魔化してみる。この妹ならそれで納得してくれるだろうと踏んで。
「もちろんですよ!皆さんでまた会いましょう!」
悪意なく笑いかけられては、ゼロも「だな」と笑うしかなく。反対側にいるハヤトが、視界の端でほくそ笑んでいるのが見え、必ずハヤトたちが2人になるのを邪魔してやろうと心に決めた。
サガレリエット家の王族船から、3人を呼びに来た騎士に軽く手で合図をし、ハヤトは「帰るぞ」と先に背を向けた。ルエもまたそれを追いだし、少し迷うようにゼロを振り返るが、ハヤトに呼ばれて船へと消えていく。
残されたゼロは、ハヤトに気を使われたことが癪ながらも、こうして2人にしてくれたことに感謝もしつつ、クレハに跪くとその左手を取った。
「必ず、迎えに来るから」
「迎えに来るよりも、皆様でお茶するほうが早くなりそうですが」
「そういうこと、この場面で言う?」
そう苦笑し、わざととぼけた風に言ってみせるが、クレハの可笑しそうに笑うその姿に、ゼロもまた微笑み返し、そしてその薬指に触れるだけの口づけを落とした。
「ゼ、ゼロ様……!?」
慌てて手を引っ込めるクレハ。ゼロはしてやったりと笑みを浮かべると、そのまま何も言うことなく船へと乗り込んでいく。甲板からその姿が見えた頃、船はゆっくりと動き出した。
手すりにもたれかかり、こちらには背を向けたままのハヤトと、その隣で大きく手を振っているルエ。そして、自分を切なそうに見つめてくる白髪の彼に向かって、クレハは口だけを動かし言葉を零した。
届いたのかわからない、届かなくても構わない。それでももし届いたのなら、彼が約束を守るように、自分もまた約束を果たそうと心に決めた。
※
ルドベキアもまた、中央に着いてすぐに東に帰る準備を行っていた。元々そこまで長く国を空けるつもりはなかったし、何よりも、北の封印を解くつもりであるならば、自分がその場所を提示しなければならない。
東の王が代々守ってきたその書物は、どうやら先代の手によって処分されたことがわかり、ルドベキアとしては早く場所を特定しなければいけない焦燥感に追われていた。
「ルドベキア陛下」
自分たちの王族船に乗る寸前、恐らくは仕事を半ば放り出してきただろうジェッタに呼び止められ、ルドベキアは小さな舌打ちと共に立ち止まった。
「なんだ餓鬼」
「いえ。陛下も肩の荷が多そうですので、せめて中央のことはお任せ下さいと思いまして」
「餓鬼のくせに生意気言うようになったもんだ」
実際、ジェッタは見違えるほどに頼りになるようにはなったが、それでも、自分にとって彼もまた、まだ幼い少年のままなのだ。さらに彼は、恐らく自分よりも早くこの世を去ることが決まっている。ならば少しくらいは年上らしく振る舞いたいというのに。
「……なぁ餓鬼。お前の息子の件だが、血が繋がってないだとか、そんなこと気にすんな」
少しは気の利いた言葉になっただろうか。しかしジェッタは目を丸くし、それから可笑しそうに頬を緩めた。
「陛下が気を使ってくれるとは。明日は雪ですかな」
「俺様もそれなりに年を取ったもんでな。見た目は餓鬼より……若いかもしれんが」
「心配せずとも、あれは私の息子ですよ。本人は術の影響で忘れているのでしょうが、城へ抜けるあの道はウィンチェスターの血に反応するもので」
「そうか」
ジェッタは視線を足元に落とした。そんな彼を見、それまではジェッタ自身も不安になることがあっただろうにと、ルドベキアはふと思う。いや、そんなことは、最早彼の中では消化されていたのかもしれない。
ルドベキアはジェッタの肩を2度叩くと、それ以上何も言わず船へと歩いていった。任せろと言うのであれば、いい加減頼るのもいいかもしれない。あの気苦労の多い団長は、少しのことではもう動じはしないのだろうし。
動き出した船を見送り、ジェッタは団長室へ早く帰ろうと背を向ける。中央の王族船が帰るのはあと2日後ほどだろうか。それまでに少しでも仕事を進めたいと、痛む腰を擦りながら。
※
ウィンチェスター。
それは自分を追い出した、裏切りの名。2度と名乗ることはないと思っていたが、やはりと言うべきか。この身体に流れる血だけは誤魔化せないらしい。
ボサボサに伸び切った茶の髪と、顔の半分を覆い尽くしている髭を煩わしくも愛おしげに撫で上げ、その男は、静かに佇んだままの塔を見上げた。
「あぁ。いかようにしてそのお姿を拝見しようか。俺の、大切なお姫様だから、なぁ」
その口元にイカれた笑みを浮かべ、男は塔に縋るように身体を擦りつけた。男の足元に転がるそれは、この塔を守るように言われていた騎士だったものだ。
「き、さま……。何、を、企んで……」
「生きてる?生きてる生きてる生きてる生きてる!」
微かに息をしている騎士の喉元に、男は狂気の笑い声と共に短剣を何度も突き刺した。そして騎士が完全に事切れたのを確認すると、今度はその目玉を抉り出し、そして自身の口の中へと放り込んだ。
くちゃ、くちゃり。
「あー。まずい。まずいな、本当に。やっぱりウィンチェスターがいい。あとそれから、お姫様を食べたい。1番安全な場所、俺の中に……」
ごくん。
男はさらに騎士の腹を裂いていき。
狂った男が夜な夜な徘徊している噂が立つのは、また違う話。
~僕を忘れた君へと紡ぐ、西編。完~
いつもありがとうございます、とかげになりたい僕です。
更新のたびに読んでくださったかたも、完結後に読んでくださったかたも、本当にありがとうございます!いつも元気をもらってます!
これにて西は終わったわけですが、まだまだ話は続いていく予定ですので、よろしければまた読んで頂ければと思います!
短い挨拶にはなりましたが、また次のお話でお会いできたらと思います。
本当にありがとうございました!




