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僕を忘れた君へと紡ぐ。西編  作者: とかげになりたい僕
たくさんの感謝を 〜Obrigado por tudo〜
29/30

願い 〜desejo〜

 ※



 ゼロをベッドに寝かせ、ルドベキアはやれやれとばかりに肩を回した。今頃、あの短気な団長と少年王が何かしらやり合っているだろう。それに巻き込まれるのはごめんだ、こうして荷物運びに徹しているほうがマシというものだ。

「さて。三編み幼女殿、いや、記録係殿」

 そうクレハに呼びかけると、彼女はびくりと大袈裟に肩を震わせた。半分当てずっぽうに言った言葉だったが、どうやら当たったらしい。

「ルドベキア様は、なんでもお見通しというわけでしょうか」

「なんでもじゃあない。ある程度、だ」

「それがどの程度なのか、わかったものではありませんね」

 諦めたようにクレハは顔を上げ、そして横たわったままのゼロの手に、自身の手をそっと重ねた。無意識だろうが、ゼロはその手を握り返し、そして離すまいと力を込めた。

「……この阿呆は知らないんだな」

「話すつもりもありませんし、話せばきっと、優しい騎士様はわたしを連れて行こうとするでしょう。わたしは、レオ様の記録として、王の中で眠ることを拒もうとは思いません」

「説得力のねぇ顔してんぞ」

 握ってくれたゼロの手の甲へ、ぽたりぽたりと涙が零れるのに気づき、クレハははっとしたように空いた手で涙を拭った。

「嫌なら嫌だと、今なら言えんだろ。まぁ、記録係殿がどう答えを出すかは、そこの阿呆と話してから決めんのもありだと思うが」

 ルドベキアはにたりと笑みを張り付け、そしてクレハの頭を少し乱暴に撫であげると、ひらひらと手を振り出ていった。顔をしかめながらついていくドロップに軽く頭を下げ、クレハは改めてゼロの顔をそっと覗き込んだ。

「わたしが……、わたしが望むことを言ってもいいのでしょうか」

「……言えばいいと思う」

「!?」

 ゼロの開かれた碧眼に、驚いたままのクレハが映る。どこから聞いていたのだろう、まさか最初からだろうか。

「あの、一体、いつ……」

「阿呆と話して決めろ辺りから」

 よかったと内心胸を撫で下ろす。

「で。クレハちゃんは何を望んでるんだ?」

 握っていた手は、いつの間にやら指を絡め取られる形になっており、簡単に逃れることは出来なさそうだ。無駄に足掻くのは時間も勿体ないと、クレハはため息をひとつ吐くと共に、諦めたような笑みをゼロに向ける。

中央(セントラル)に、行けたらと」

「来ればいい」

 クレハは首を横に振る。

「わたしは、ハヤト様の幸せを願っています。自分に自信を持てず、影になろうとも足掻き続ける可哀相なあの人が、ただひとつだけ求める幸せを掴めることを」

「……同じだ」

 ゼロは身体を起こすと、絡めたままの手を口元に持っていき、そこに軽い口づけを落とす。

「オレもそう。ルーちゃんの幸せを願ってる。口の悪い奴だけど、あいつにしか幸せには出来ないからさ。だから、そうだな、クレハちゃん」

 絡めていた手を離し、ゼロはクレハの頬を両手で優しく包み込む。

「お互いの願いが叶ったその時、改めて迎えに来るよ」

「……っ」

 拭ったはずの涙がまた溢れ、ゼロはそれを拭うように目元に優しく口づけをする。

「言わなきゃわかんねー。言って?クレハ」

「……待ってても、いいの、ですか?」

「来るって言ってるんだけどなー」

 ゼロは少し意地悪な笑みを見せる。それでも泣き止もうとしないクレハを落ち着かせたく思い、ゼロはただただ優しく抱きしめた。控えめに背中に回された腕を、必ず掴みに来ると新たに誓いを立てて。




 ルドベキアとドロップが戻ると、やはりうんざり顔の少年王が自身を睨みつけてきた。神機である彼にとってあの団長は天敵だ。睨まれるのも覚悟はしていたし、それを踏んだ上で連れてきたのだし。

「やけにお疲れのようで。西(ウェス)の王よ」

 腹に空いた穴を撫でつつ、レオは「全くだよ」と悪態をついた。長くなりそうだ、早くここから出ようと決め、ルドベキアはレオの横を素通りして箱へと向かう。

「ボクを無視するとか。これだから(イスト)は……」

 レオはルドベキアを追おうとするが、間に入るように歩き出したジェッタの背中を見、小さく舌打ちをして立ち止まった。箱に乗り込む寸前、ルドベキアは思い出したようにルエを振り返り、優しい目つきで笑いかけた。

「従妹殿」

「はい」

「紋の返還後、正式に王名を継ぐことになるだろう。その時にまた会おう」

「私が……名を……」

 迷いの残るルエにひらひらと手を軽く振り、それきりルドベキアは振り向くことなく箱へと消えていった。自分が手を出さなくとも、王名の儀は、渋い顔の団長が手筈を整えるはずだ。任せておけばいい。

 最後にジェッタが乗ると、箱は来た時と同じようにふわりと浮き、そして港の方角へと消えていった。

「壊すだけ壊していってさ!もう!ホントに!ハヤト!明日からしばらく修理手伝いなよね!」

「……承知しました」

 ハヤトもまた渋い顔をする。隣のルエが苦笑いをしているのが見え、つられるように思わず苦笑いしてしまい、それもまたレオに怒鳴られたのだが。



 ※



 ルエは与えられた自室にて、反対側に座るゼロとお茶会をしていた。そこにハヤトの姿はない。

 あの日からかれこれ3日が経ち、修理は既に終わっていると聞いた。ルエと身体の調子が戻らないゼロは、その間2人でお茶をしたり、外出も認められていたので、町を見に行ったりとしていたが、それもそろそろ飽きてきた。

「あー……。クレハちゃん何してんのかなー」

「ハヤトくんの神機の修理と、あとケルンの義眼の最終調整をしているらしいですよ?」

 砂糖をゼロのカップに入れ、ルエはそれを混ぜてから「どうぞ」と勧めた。軽く礼を言って一口含む。

 甘い。まるで砂糖菓子ではないか。いや、それは自分かもしれないと自嘲し、ゼロは手元のスコーンを手に取った。

 カラン、と部屋のベルが鳴る。もしかしたら待人かもしれないと高鳴る胸を押さえつつ、ルエは「はい」と扉に歩いていった。

「や」

 開けた先にいたのは、腹の傷やら身体の修復やらでしばらく見なかった西(ウェス)の少年王、レオだ。内心落胆したが、なるべく出さないようにしてルエは微笑んだ。

「レオ様、お身体はもういいのですか?」

「がっかりするかと思ったのに。なかなか薄情だね、ルエディア」

 にやにやと浮かべるその笑みには、もう最初のような薄気味悪さは感じられない。それは彼が生きたものではないと知ったからか、それとも彼自身の変化によるものか。

 どちらにしろ、レオはずかずかと入ると、先程までルエが座っていた椅子に遠慮なく座り、ゼロと同じようにスコーンを手に取った。仕方なくゼロが立ち上がり、ルエに座るよう示すと、自分はその隣に立った。

「ハヤトのこと。気になって仕方ないんじゃなかったのかい?今クレハといるんだよ?」

「意地悪ですね。また首が離れちゃいますよ?」

「キミも言うようになったね、やだやだ」

 スコーンを飲み込むと、レオは懐から1枚の紙切れを取り出し、それをルエの目の前に突きつける。最初はピントが合わず何かと思ったが、はっきりしてくると、それがプリマリィ家の紋の入った書状だということがわかった。

「おめでとう、ルエディア。紋の返還だ。それから(ノウス)の封印を解く方法について」

 ゼロが代わりに書状を受け取ると、大事だと言わんばかりに四つ折りにし懐に入れた。それを目で追い、レオは大きく頷くと、よく聞けと言わんばかりに両手を広げた。

「封印は、五大元素と神の(うた)、そして鍵がそろって初めて解けるようになっている。解く方法を西(ウェス)が管理し、北大地(ノースタンガイア)の場所は(イスト)が知っている。どれかひとつでも欠ければ解けないのさ」

「元素ならハヤトに頼めば」

「水ならハヤトがそうだろうね、彼は神官だろうし。でも他はそうじゃない。だから(サウス)に行って神官を探しておいでよ」

 最後のスコーンを飲み下し、レオは「ごちそうさま」と立ち上がった。空の皿を恨めしげに見つめ、しかし何か言うでもなくゼロは小さくため息を零す。

「それぞれの村や町に伝わる(うた)がある。それを加護を強く受けた、つまり神官が紡ぐことに意味がある。ルエディア、キミの未来を、キミと、キミの大切なヒトたちで紡いでいくんだよ」

 真っ白なコートを相変わらず華麗に翻し、レオは「じゃあね」と何事もなく出ていった。

「神官……か。ハヤトはどう思うかな」

 ゼロは知っている。彼の生まれも、村での待遇も。ハヤトが簡単に頷くとは思えないが、それはそれとして。

「ルーちゃん、お代わりもらってこよーぜー」

 空の皿を持ち上げ、大切な妹に笑ってみせた。



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