帰路 〜voltar〜
※
「左だ、降ろせ」
開口一番にルドベキアが言い、ある一点を示す。ジェッタはすぐさま神機を操り、言われた通りの場所に向かう。森に囲まれたその中心に、淡い光が現れ、その中から黒髪の少年が現れた。
「レ、レイガノール王子!」
その姿を認め、ジェッタが降ろした神機からすぐさま駆け寄ろうとするが、ルドベキアが制し静かに歩み寄っていく。
「よお、久しぶりだな、阿呆」
「……おっ、さん」
四つん這いのままルドベキアを見上げ、レイはにやりと笑ってみせる。しかし、額に浮かぶ汗とその表情は、どう見ても軽口を叩ける状態でないことはわかる。
「全く。阿呆がいなくなれば、妹殿が悲しむだろうに」
ルドベキアは胡座をかくと、その腕の中にレイを抱え込み手をしっかりと握ってやる。何をするのか理解できたレイは、その手を振り払おうとするが、ルドベキアの力は強く敵わない。
「さて。俺様が間に入ってやろう。おい餓鬼、手を出せ」
右手をレイと握ったまま、左手を後ろに控えるジェッタに差し出す。ジェッタは意図を理解したのか軽く頷き、その手をしっかりと握り返した。
ゆっくりと、確実にレイから流れていく神力は、次第にジェッタの身体を蝕んでいくのか、ハヤトと同じように顔を歪めている。
「だんちょー、駄目だ、やめて、くれ……」
「王子。私はあの日、貴方様のご両親を亡くしたあの日から決めていたのです。貴方様とルエ様は、必ずお守りすると」
「ま、安心しろ。餓鬼はそこら辺の馬鹿共とは違う」
な?と言うようにルドベキアがジェッタを見上げる。ジェッタは参ったと言うようにため息をつき、それから腰の剣に軽く手を添えた。溢れた神力はジェッタを介し、その剣に溜まっていき、それ以上は耐えられないのではとレイに不安が過ぎった瞬間。
「解錠」
ジェッタがそれを口にすると、剣に溜まっていた神力が詞となり宙へ戻っていった。それらは綺麗な帯となり次々に空へと還り、溜まることがない。
「いい感じだ、そのまま続けろ」
恐らくこれは、自分とルドベキアにしか視えていないのだろう。言われた通りに還していくその姿に、レイは安堵し、強張っていた身体を少し楽にした。
ぼうっと空を眺めてみる。綺麗過ぎる空色に、きっと今頃親友は怒っているだろうかと思いを馳せ、つい苦笑してしまう。
「帰りたいだろう?阿呆」
優しい声にルドベキアを見る。その眼差しは昔見た父親を思い出し、耐え切れずにレイはぽろぽろと泣き出してしまう。
「う、ん……っ、帰りたい。帰りたいっ」
「なら安心して任せておけ」
レイは目を閉じる。次に帰れたら、きっと自分はまたゼロに戻るのだろう。今度こそレイには戻れない、しかしそれでも構わないと今では思える。
大好きな妹、口の悪い親友、それから。
少し幼い容姿の、茶髪を三編みにした少女を思い浮かべ、レイはそっと意識を手放した。
神力を抜ききったレイの鮮やかな黒髪は、元の白髪へと戻り、それは再び彼が力を失くしたことを示していた。恐らくは瞳の色も失くし、碧眼へと変わっているだろう。
「驚かないのか」
ルドベキアは腕の中のゼロを抱え直し、ジェッタに背を向けたままで問う。
「……予想はしていたので」
「なら、阿呆が言えなかった理由も?」
「辛かったかと心中お察しします」
「だからこそ、阿呆を塔へ行かせたんだろ?餓鬼も餓鬼なりにご苦労なこって」
いつも通りに豪快に笑い、それからルドベキアはゼロを背負う。なるべく西の王とは会いたくはないが、この様子だとそうもいかないだろう。考えるだけで頭が痛むが、最悪面倒そうならそこの団長に投げるだけである。
早く箱を動かせと振り返り、ルドベキアは我が目を疑った。振り返った先にいたのは、いつもの疲れた顔をしている団長ではなく、ルドベキアが、それこそ10年以上も前に見た少年姿のジェッタだからだ。
「お、い……その姿はどうした」
しかし当の本人は慌てる様子もなく、自分の手や身体を確認し「あぁ」とさして興味も無さそうに返す。
「私の神機は特別でして、私自身の神力、そして生命を与えて使用しているのですが」
「そんなこたぁ知ってる。だから実年齢以上に老けてんのもな。俺様が聞いてんのは、なんで若返ってんだって話だ」
そっちかとジェッタは納得し、腰から神機の剣を引き抜くと地面に突き刺した。その部分から草木が生い茂り、それはあっという間に花を咲かせていく。その光景を唖然として見つめ、すまないと言いたげに顔をしかめた。
「知っているものかと思っておりました」
「知るわきゃねえだろう。東に神機なんてねぇんだぞ」
「神機に溜まった神力は行き場を失くし、逆流し、持ち主の身体に変化をもたらす。一般的な神機にはないものです」
知らなかったとはいえ、ジェッタにはかなりの負担をかけてしまったようだ。身体にまで影響が出るほどだ、繰り返していては寿命も縮むだろうに。
「……すまん」
「陛下が謝るのは気持ち悪いですので、無かったことにしましょう。ただひとつお願いが」
「言ってみろ」
「このことは、陛下の胸の内だけに」
そう懇願するように言われては、了承するしかないではないか。ルドベキアは返事の変わりだと言わんばかりに背を向け、
「……早く動かせ。それから、それはどれくらいで戻るんだ」
「10分ほど、でしょうか」
箱に乗り込んだルドベキアは「そうか」と仏頂面で外を眺める。ゼロのことは、自身の膝を枕にして寝かせた。ジェッタは小さく一礼し、同じように箱へ乗り込むと、ルドベキアの指示に合わせ箱を操作し始めた。
※
ルエに合わす顔がない。
兄にあれほど会いたがっていたというのに。もう、兄どころか、あの白髪の親友もいなくなってしまった。どう説明すればいいのだろう。
「……」
レイを掴んでいた左手は焼け焦げ、嫌な臭いが鼻をつく。痛みもあるはずだが、今の自分にはそんなことはどうでもよかった。
「ハヤト、くん」
呼ばれて顔を上げると、ドロップに肩を貸しつつ側に立つルエがいた。ドロップの怪我を確認し、ハヤトは術をかけてやる。幾分かよくなり、ドロップは深いため息と共に座り込んだ。
「ルエ、すまない。俺は、レイを……」
その先を言おうにも言葉がつかえてしまう。ルエは首を横に振り、そしてハヤトの手を優しく包む。
「ありがとうございます、ハヤトくん。兄様を助けようとしてくれて。わかってるんです、もう、どうしようも……なかったって……っ」
我慢していたのだろう、涙が溢れ始め、それを見たハヤトは、思わずルエを抱きしめた。小さく震える肩と、聞こえてくる嗚咽が、今のハヤトには何よりも辛い。
どれくらいかそのままで泣き続け、やっと落ち着いた頃。待っていてくれたであろうレオが、壊れた神機の破片と、崩れた建物を交互に目をやると、参ったとばかりに空を仰いだ。
「はー。上手いこといかないもんだね、ヒトっていうのは。だからこそ愛おしく、そして面白い。まぁそれはそれとして」
レオは改めて全員の顔を見渡し、
「ご飯にしよう、お腹空いたでしょ?東の犬がここにいるわけも聞きたいしね」
空気を読んでいるのか、それとも空気は吸うものとしか思っていないのか。レオの頭の中はやはりわからないが、それでも確かに腹が減ったのは事実であるし。欠伸をしながら歩き始めてしまった西の王は、早く来なよと言わんばかりに、半ば崩れてしまった建物へと入っていった。




