剣 〜espada〜
※
見つけた。
その言葉をレイガノールに届けると、彼は頭を押さえうずくまった。ルエからは視ることが叶わないが、ドロップには、レイガノールの周囲の元素が静かに漂い出したのが視える。先程までの荒々しさは消えていき、そして、あの黒い繭がレイガノールを包み込んだ後。
中から光が溢れるように輝きだし、一瞬の眩い明かりが視界を埋め尽くした後、そこにはクレハを横抱きにしたレイガノールが立ち尽くしていた。
「兄様……」
不安と期待が混じる声に、レイガノールの肩が揺れ、ゆっくりと顔を上げた。
「……ルー、ただいま」
疲れ気味にだが、レイガノールははっきりとルエに笑いかける。それは、幼い時によく見た、困らせた時に見る笑顔によく似ていた。
「兄様っ」
ルエの瞳から涙が溢れ、声にならない嗚咽がレイガノールにも届く。レイガノール、いやレイはそれを懐かしげに目を細めて見つめ、それから腕の中のクレハに視線をやった。
外傷はどこにも見当たらず、それに安堵していると、その目がうっすらと開かれ、レイをはっきりと映し出した。何度か瞬きを繰り返し、状況を確認するように辺りを見回した後、やっと安心したのか肩を撫で下ろした。
「……おかえりなさいませ、レイガノール様」
「ただいま、クレハちゃ……クレハ」
言い直した名前に、クレハが少し頬を赤らめたが、降ろしてほしいと身をよじったので渋々降ろしてやる。少しふらついた身体を支えてやるが、クレハは大丈夫だとそれを制し、自分に向き直ると深々と頭を下げた。
「サガレリエット家、第一王子レイガノール・エスレー・サガレリエット様。これまでの無礼の数々、申し訳ありませんでした。詳しい話は我が国王レオ様より……」
「まっ」
いつもの口癖で「待ってくれよ」と言いかけ、そうだ今の自分は王子なのだと改める。事情を知るドロップを盗み見てみるが、お返しだと言わんばかりに無視された。
「……クレハ嬢、頭を上げてくれないか。むしろこちらが、貴方に対し失礼な行為をしてしまった。貴方は私を助けてくれたのだ、無礼など働いていない。それに私は……エスレーの名を継いではいない」
それはサガレリエットの王が継ぐ名であり、所在不明であった自分が継いでいいものではない。レイは頭を振り、そして未だ泣き顔の妹に視線をやる。
「それが相応しいのは、妹のルエディアだ。私ではない」
驚いたように目を丸くする妹。その反応は予想していた。だからその先を口にしようとし、突如襲ってきた心臓を締めつけるような痛みに胸を押さえる。
「兄様!?」
「レイガノール様!」
駆け寄ろうとしたルエを制し、レイは落ち着いて周囲に視線を配る。彩り豊かな詞の中にある、真っ黒なその詞がどうやら原因らしい。あの神霊は、罰をまだ与え続けるつもりなのかと、呆れた笑いが口元に浮かんだ。
「ルー」
「はい……」
泣きそうな顔をしている。せめて抱きしめてやりたかったが、これではそれも叶いそうにない。ならば、その役目はあの親友にでも任せるかと苦笑する。
「にーちゃんさ。どんな姿になっても、例えもう2度とルーと会えなくても。にーちゃんは、ルーの味方だ」
レイが自身の掌に氷の刃を造っていく。その切っ先は鋭く、ヒトの身体など簡単に貫いてしまうだろう。それが意味することを察し、ルエは何か言うよりも早く手を伸ばす。
届かないとわかっていても。
「……っ」
その刃は、躊躇うことなくレイの胸へと向かっていった。
ハヤトとレオが開発部の塔へ着く頃。
禍々しいほどの神力は成りを潜め、嘘のように静かに宙を漂っていた。その中心に、探していた黒髪の親友を見つけ安堵するが、同時に水の詞が彼に従うように形を変えだし、それを確認したハヤトに焦りが浮かぶ。
水に干渉し氷を溶かすことが頭に過ぎるが、彼の干渉する力のほうが強く、それは出来そうにない。ならばと、ハヤトは詞を紡ぐこともせず、彼の周囲の火に呼びかけ無理矢理にでも氷を溶かすことを選んだ。結果、レイの手からはただの水が零れるのみになり、恨めしげなレイの視線を受けることになった。
「来るの早すぎんだろー」
そう振り返ったレイは、ハヤトの知る幼き日の彼の面影があった。どうやら自我を取り戻したらしい。
「むしろ丁度よかったんじゃないのか」
額から流れる汗を拭い、ハヤトは苦笑いしてみせた。それにレイも返し、それから大袈裟に肩をすくめてみせる。
「なーにが、ちょうど、いい、だ……」
痛む胸を押さえ、ふらつかないようにと足に力を込める。あのまま死なせてくれればよかったのに、という言葉は喉の奥に押し込んだ。
「ハヤト。頼みがあるんだ」
「断る」
「早すぎんだって」
空色の彼は、自分が言おうとしたことをわかっている。察しがいいのも考えものだと、レイは深く息を吐いた。しかしそれならば、と。
「頼むよ、オレの……剣の騎士……」
ハヤトの表情が僅かに曇る。本来、彼はルエの騎士ではない。昔、まだ幼かった頃の口約束に等しい誓いだったが、どうやら彼は覚えてくれていたらしい。
「汝……その生命は民の剣と誓うか?」
「……はい」
中々に渋い顔だ。それもそうだ、誓いは必ず守るべきものなのだから。
「汝、その魂に……げほっ、裏切りはないと、誓うか?」
「……っ、はい」
咳き込んだ拍子に吐血してしまった。ハヤトにはそれが見えたらしく、さらに顔をしかめつつも、意図を汲んでくれたのか、自分に近づき膝をつく。離れた場所にいるルエをちらりと見やると、きっとハヤトが助けてくれると信じているのか、安心しきった表情をしていた。
「ルーを、頼んだぞ……。ハヤト、その詞をオレの為に紡いでくれ」
レイは目を閉じる。最期を彼に任せてしまうのは心苦しいが、何せ、自分の力をこれ以上抑えているのは限界なのだ。抑えている間に、早く楽にしてほしい。
しかし、待てども待てども痛みはなく、一体どうしたものかと目を開けると。
「いいえ!」
ハヤトは立ち上がり、レイの手をしっかりと握りしめていた。いきなりのことで反応出来ず、レイはされるがままだ。
「ハヤト!これを使いなよ!」
レオが何かしらハヤトに投げて寄越す。それは西ではよく見る、箱型の神機だった。それを片方の手で受け取ると、ハヤトは自分自身を中継地点にし、その箱へ膨大な神力を移していた。
何をしているのか、最初はよくわからなかった。しかし、次第に身体が楽になっていき、同時にハヤトが咳込み出したのを見て我に返る。
「な、何してんだよ!離せ!」
「お前は相変わらず馬鹿のままだな!」
「王子に向かって馬鹿とはなんだ!オレはオレなりに考えて……」
「何が……ルエを頼む、だ。俺たちで、2人で守っていくんだろ。剣の騎士!」
はっとしてレイはハヤトを見る。ハヤトは、いつもゼロを見るような少し呆れた表情をしていた。
「いつから……気づいて……」
「お前の、レイのルエを見る目が同じだからだ。わかったら少し黙っていろ……!」
さらに咳込み、ハヤトも同じように血を吐き出すが、止めるつもりはないらしく、レイの手も箱からも手を離す様子はない。
「ハヤト……」
最期に気づいてくれたことが嬉しく、レイはいつもの茶化すような笑みを口元に浮かべる。泣きそうなのはなんとか堪えて。
しかし安心したのも束の間、ハヤトの持つ箱型の神機にヒビが入り、それは弾けるようにしてその手から砕け散っていった。行き場を失った神力は、そのままハヤトの身体に流れ込む形になる。
「っ、ごほっ……」
もちろん耐え切れるはずがなく、先程とは比べ物にならない量の血を吐くハヤトを見、レイは覚悟を決めたように薄く笑い。
「ありがとな、ハヤト」
その手を力任せに振り払った。
簡単に離れた手と、信じられないとレイを見るハヤト。
「オレ言ったよな?ルーちゃんも、ハヤトも守るって。それがオレの誓いだよ」
ふわりと笑った顔を最後に、レイの身体が光に包まれていく。行き場を無くし彷徨いだした神力が、その主に纏わりつくのが視える。ハヤトはすぐに手を再び伸ばすが。
光が消えた後には、何も残ってはいなかった。




