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僕を忘れた君へと紡ぐ。西編  作者: とかげになりたい僕
たくさんの感謝を 〜Obrigado por tudo〜
26/30

剣 〜espada〜

 ※



 見つけた。

 その言葉をレイガノールに届けると、彼は頭を押さえうずくまった。ルエからは視ることが叶わないが、ドロップには、レイガノールの周囲の元素が静かに漂い出したのが視える。先程までの荒々しさは消えていき、そして、あの黒い繭がレイガノールを包み込んだ後。

 中から光が溢れるように輝きだし、一瞬の眩い明かりが視界を埋め尽くした後、そこにはクレハを横抱きにしたレイガノールが立ち尽くしていた。

「兄様……」

 不安と期待が混じる声に、レイガノールの肩が揺れ、ゆっくりと顔を上げた。

「……ルー、ただいま」

 疲れ気味にだが、レイガノールははっきりとルエに笑いかける。それは、幼い時によく見た、困らせた時に見る笑顔によく似ていた。

「兄様っ」

 ルエの瞳から涙が溢れ、声にならない嗚咽がレイガノールにも届く。レイガノール、いやレイはそれを懐かしげに目を細めて見つめ、それから腕の中のクレハに視線をやった。

 外傷はどこにも見当たらず、それに安堵していると、その目がうっすらと開かれ、レイをはっきりと映し出した。何度か瞬きを繰り返し、状況を確認するように辺りを見回した後、やっと安心したのか肩を撫で下ろした。

「……おかえりなさいませ、レイガノール様」

「ただいま、クレハちゃ……クレハ」

 言い直した名前に、クレハが少し頬を赤らめたが、降ろしてほしいと身をよじったので渋々降ろしてやる。少しふらついた身体を支えてやるが、クレハは大丈夫だとそれを制し、自分に向き直ると深々と頭を下げた。

「サガレリエット家、第一王子レイガノール・エスレー・サガレリエット様。これまでの無礼の数々、申し訳ありませんでした。詳しい話は我が国王レオ様より……」

「まっ」

 いつもの口癖で「待ってくれよ」と言いかけ、そうだ今の自分は王子なのだと改める。事情を知るドロップを盗み見てみるが、お返しだと言わんばかりに無視された。

「……クレハ嬢、頭を上げてくれないか。むしろこちらが、貴方に対し失礼な行為をしてしまった。貴方は私を助けてくれたのだ、無礼など働いていない。それに私は……エスレーの名を継いではいない」

 それはサガレリエットの王が継ぐ名であり、所在不明であった自分が継いでいいものではない。レイは頭を振り、そして未だ泣き顔の妹に視線をやる。

「それが相応しいのは、妹のルエディアだ。私ではない」

 驚いたように目を丸くする妹。その反応は予想していた。だからその先を口にしようとし、突如襲ってきた心臓を締めつけるような痛みに胸を押さえる。

「兄様!?」

「レイガノール様!」

 駆け寄ろうとしたルエを制し、レイは落ち着いて周囲に視線を配る。彩り豊かな(うた)の中にある、真っ黒なその(うた)がどうやら原因らしい。あの神霊は、罰をまだ与え続けるつもりなのかと、呆れた笑いが口元に浮かんだ。

「ルー」

「はい……」

 泣きそうな顔をしている。せめて抱きしめてやりたかったが、これではそれも叶いそうにない。ならば、その役目はあの親友にでも任せるかと苦笑する。

「にーちゃんさ。どんな姿になっても、例えもう2度とルーと会えなくても。にーちゃんは、ルーの味方だ」

 レイが自身の掌に氷の刃を造っていく。その切っ先は鋭く、ヒトの身体など簡単に貫いてしまうだろう。それが意味することを察し、ルエは何か言うよりも早く手を伸ばす。

 届かないとわかっていても。

「……っ」

 その刃は、躊躇うことなくレイの胸へと向かっていった。




 ハヤトとレオが開発部の塔へ着く頃。

 禍々しいほどの神力は成りを潜め、嘘のように静かに宙を漂っていた。その中心に、探していた黒髪の親友を見つけ安堵するが、同時に水の(うた)が彼に従うように形を変えだし、それを確認したハヤトに焦りが浮かぶ。

 水に干渉し氷を溶かすことが頭に過ぎるが、彼の干渉する力のほうが強く、それは出来そうにない。ならばと、ハヤトは(スペル)を紡ぐこともせず、彼の周囲の火に呼びかけ無理矢理にでも氷を溶かすことを選んだ。結果、レイの手からはただの水が零れるのみになり、恨めしげなレイの視線を受けることになった。

「来るの早すぎんだろー」

 そう振り返ったレイは、ハヤトの知る幼き日の彼の面影があった。どうやら自我を取り戻したらしい。

「むしろ丁度よかったんじゃないのか」

 額から流れる汗を拭い、ハヤトは苦笑いしてみせた。それにレイも返し、それから大袈裟に肩をすくめてみせる。

「なーにが、ちょうど、いい、だ……」

 痛む胸を押さえ、ふらつかないようにと足に力を込める。あのまま死なせてくれればよかったのに、という言葉は喉の奥に押し込んだ。

「ハヤト。頼みがあるんだ」

「断る」

「早すぎんだって」

 空色の彼は、自分が言おうとしたことをわかっている。察しがいいのも考えものだと、レイは深く息を吐いた。しかしそれならば、と。

「頼むよ、オレの……剣の騎士(シュヴェルトリッター)……」

 ハヤトの表情が僅かに曇る。本来、彼はルエの騎士ではない。昔、まだ幼かった頃の口約束に等しい誓いだったが、どうやら彼は覚えてくれていたらしい。

「汝……その生命(いのち)は民の剣と誓うか?」

「……はい(ヤー)

 中々に渋い顔だ。それもそうだ、誓いは必ず守るべきものなのだから。

「汝、その(こころ)に……げほっ、裏切りはないと、誓うか?」

「……っ、はい(ヤー)

 咳き込んだ拍子に吐血してしまった。ハヤトにはそれが見えたらしく、さらに顔をしかめつつも、意図を汲んでくれたのか、自分に近づき膝をつく。離れた場所にいるルエをちらりと見やると、きっとハヤトが助けてくれると信じているのか、安心しきった表情(かお)をしていた。

「ルーを、頼んだぞ……。ハヤト、その(うた)をオレの為に紡いでくれ」

 レイは目を閉じる。最期を彼に任せてしまうのは心苦しいが、何せ、自分の力をこれ以上抑えているのは限界なのだ。抑えている間に、早く楽にしてほしい。

 しかし、待てども待てども痛みはなく、一体どうしたものかと目を開けると。

いいえ(ナイン)!」

 ハヤトは立ち上がり、レイの手をしっかりと握りしめていた。いきなりのことで反応出来ず、レイはされるがままだ。

「ハヤト!これを使いなよ!」

 レオが何かしらハヤトに投げて寄越す。それは西(ウェス)ではよく見る、箱型の神機だった。それを片方の手で受け取ると、ハヤトは自分自身を中継地点にし、その箱へ膨大な神力を移していた。

 何をしているのか、最初はよくわからなかった。しかし、次第に身体が楽になっていき、同時にハヤトが咳込み出したのを見て我に返る。

「な、何してんだよ!離せ!」

「お前は相変わらず馬鹿のままだな!」

「王子に向かって馬鹿とはなんだ!オレはオレなりに考えて……」

「何が……ルエを頼む、だ。俺たちで、2人で守っていくんだろ。剣の騎士(シュヴェルトリッター)!」

 はっとしてレイはハヤトを見る。ハヤトは、いつもゼロを見るような少し呆れた表情をしていた。

「いつから……気づいて……」

「お前の、レイのルエを見る目が同じだからだ。わかったら少し黙っていろ……!」

 さらに咳込み、ハヤトも同じように血を吐き出すが、止めるつもりはないらしく、レイの手も箱からも手を離す様子はない。

「ハヤト……」

 最期に気づいてくれたことが嬉しく、レイはいつもの茶化すような笑みを口元に浮かべる。泣きそうなのはなんとか堪えて。

 しかし安心したのも束の間、ハヤトの持つ箱型の神機にヒビが入り、それは弾けるようにしてその手から砕け散っていった。行き場を失った神力は、そのままハヤトの身体に流れ込む形になる。

「っ、ごほっ……」

 もちろん耐え切れるはずがなく、先程とは比べ物にならない量の血を吐くハヤトを見、レイは覚悟を決めたように薄く笑い。

「ありがとな、ハヤト」

 その手を力任せに振り払った。

 簡単に離れた手と、信じられないとレイを見るハヤト。

「オレ言ったよな?ルーちゃんも、ハヤトも守るって。それがオレの誓いだよ」

 ふわりと笑った顔を最後に、レイの身体が光に包まれていく。行き場を無くし彷徨いだした神力が、その主に纏わりつくのが視える。ハヤトはすぐに手を再び伸ばすが。

 光が消えた後には、何も残ってはいなかった。


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