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僕を忘れた君へと紡ぐ。西編  作者: とかげになりたい僕
またいつでも 〜Volte sempre〜
25/30

隠れんぼ 〜esconde-esconde〜

 ※



 廊下へ出たはずだったが、あるはずの天井はどこにも見えず、さらには壁という壁すらも無くなっていた。それが先程から吹く風のせいだということは、嫌でも理解できた。

「わーお。制御出来ていないようだね、困った王サマだ」

 にたにたとコートを押さえつつ空を見上げるレオは、言葉とは裏腹にあまり困っているようには見えない。彼にとって、こういったトラブルでさえ興味が惹かれる対象なのだろう。

「陛下、先程おっしゃっていたレイの中の彼、というのは……?」

「んー、そうだね。過去に生きる憐れな夢ってとこかな」

「は?」

 崩れてしまった壁を身軽に乗り越え、レオは「早くしなよ」とハヤトを振り返る。説明をしてはくれなさそうだと、ハヤトもまたひらりと壁を乗り越えた。

 反対側に見える少し高めの白い塔が崩れ、そこから何人かの研究員たちが空に放り出されるのが見える。あそこは確か開発部だったかと記憶を辿り、ならばあの研究員たちは戦う力など皆無に等しいはずと結論づける。

「……っ」

 無意識に拳を震わせていたようで、レオが珍しいものでも見るかのようにハヤトを見上げた。

「ハヤトにも、他人が死んだら嫌って思うこと、あったんだねー」

「それ、は……」

「いいよいいよ。それがあの王女の力なんだろう。また落ち着いたら聞かせておくれ」

 レオはそう言い、足早に開発部のあった塔へと向かっていく。とても走っているようには見えないが、段々と遠ざかっていく背中を見るに、彼は彼なりに急いでいるのだろう。

 ハヤトもまた走り始める。近づくにつれ、次第に大きくなっていく悲鳴や地響きに顔をしかめることになるのは、まだ知らない。




 木の影に隠れていたルエとドロップは、倒れてくる木々から逃げるようにしてレイガノールの前へと誘われた。既に息が上がり気味のルエと違い、ドロップがレイガノールに冷たい視線を向ける。

「レイガノール!アンタはこんなこと望んじゃいないだろう!?アンタは守りたいんじゃなかったのか!」

 それは、レイガノールというよりも、(イスト)で会った白髪の彼が常々言っていた言葉だ。白髪の彼が望んでいたのは、大切な妹を守ることであり、傷つけることではないはず。レイガノールの中にいるであろう彼に届くことを願い叫ぶが、自分たちを見下ろす彼からは、少しの躊躇いすら感じられない。

「もう。もういいんだよな、そういうのって。オレがいくら欲しくても、手を伸ばしても、絶対に届きはしないんだ。なら、もういいんだよ」

 全てを諦めたように薄く笑い、レイガノールは両手を天へかざす。右手に炎が起こり、左手に風が巻き起こる。

「兄様、やめてください!兄様!」

 ドロップの少し後ろからルエも叫ぶが、その叫びすらレイガノールには届いておらず。両手を合わせ、炎の竜巻を発現させると、それを2人に向かって薙ぎ払った。

 避けられないと瞬時に悟ったドロップが、せめてルエだけでも守ろうと自分の腕の中に収める。激痛が全身を走り抜け、自分の肉が焼ける嫌な臭いが鼻についた。腕の中でルエがドロップの名を呼び続けるが、意識をかろうじて保つのが精一杯で、それに返してやる余裕などどこにもない。

「……形は残ったか。火の加護も厄介だな」

 切り刻まれ、背中は衣服ごと焼け爛れ。

 立っていられず、ドロップはルエに被さるようにして倒れ込んだ。その重さに耐えきれず、ルエは座り込むようにしてドロップを支える形になる。

「ドロップ様!しっかりしてください!」

「王、女……逃げて……」

 こんなになっても尚、自分を守ろうというのだろうか。彼女はルドベキアの騎士だというのに。

 ルエは首を横に振り、そしてしっかりとドロップを抱きしめると、地面に降り立ったレイガノールを見据える。

「……ねぇ、兄様。隠れんぼ、楽しかったですね」

「何を言っているんだ」

「私、いつも兄様を見つけられなくて。いつも騎士様……ハヤトくんに助けてもらってばかりだった」

 幼かったルエには、鬼という役目はなかなか難しく、呆れた様子のハヤトが一緒になって探してくれたのを覚えている。

「でも私、今度こそ兄様を見つけたい。ねぇ兄様。あの時みたいに出てきてくれませんか……?」

 ルエは、震える指先をレイガノールに突きつける。そして涙を浮かべたまま微笑んだ。

「兄様、みーつけた」




 みーつけた。

 それは、白い世界に閉じ籠もったままのゼロにも届いた。

「ルー、ちゃん……?」

 顔を上げ立ち上がる。辺りを見回すが、当たり前のように誰かがいるはずもなく。自嘲気味に笑い、ゼロは諦めたように天を仰いだ。

「……諦めるのですか」

「うお!?」

 背後から聞こえた声に、思わず勢いをつけて飛び上がる。おかしい、誰もいないことは確認したはずなのに。しかし声の主に聞き覚えのあったゼロは、次の瞬間には落ち着きを取り戻し、背後の主にジト目を向けた。

「クレハちゃん、いるならいるって言えよなー」

「それは大変に失礼いたしました」

 本当に申し訳なく思っているのかいないのか。クレハはいつもの澄まし顔を崩さずに、ゼロにもう1度同じ問いを繰り返す。

「ゼロ様、諦めるのですか」

「……」

 参ったとでも言うようにゼロは座り込み、そして悲しげな笑みを口元に浮かべる。

「だって、仕方ないし。ここから出ることも、ルーちゃんやハヤトにオレを認識してもらうことも、もう無理じゃね?だったら、もういいかなってさ」

 クレハは両膝をつくように座ると、その小さな両手でゼロの頬を包み、自分と視線を合わせるように上げさせた。

「ゼロ様。貴方はゼロ様です。貴方の言う、オレとは一体誰のことを指しているのですか?貴方は、貴方ではないのですか?」

「で、でもっ、2人が必要なのはレイガノールで、民にとっても王サマが必要で……!」

「私は、レイガノール様という人物を知りません。私が知っているのは、焼ける民家の中に勇敢に飛び込んでいき、子供たちを助けたゼロ様の話しか知りません。親友の為なら、大好きな妹様の為なら、がむしゃらに進んでいく。そこには、ゼロ様もレイガノール様も、なかったと思うのです」

 ゼロの目が大きく開かれる。目の前の幼く見える少女は、自分という存在を見ていた。ゼロはその華奢な体を縋るように抱きしめると「ありがとう」と小さく呟く。

「オレ、行かないと。諦めない、そう誓ったから」

「はい」

 再び立ち上がったゼロは、少し迷った後、クレハの小さな手を取り立ち上がらせた。不安で揺れる瞳がゼロを捉える。ゼロはその不安を取り除きたく、先程とは比べようもないくらいに明るく笑う。

「こんなとこに閉じ込めてごめん。一緒に出よう!」

「はい」

「あー、それで、さ」

「はい」

 自分を見上げるクレハの視線に耐えられず、ゼロは少し染まった頬を掻く。繋いだ手に汗が滲みそうで内心焦っているのはなるべく出さずに。

「一緒に中央(セントラル)へ帰ろう。いや、クレハちゃんに帰るってのは可笑しな話なんだけどさ」

「ゼロ、様……」

「返事はまた!後で!こっから出るのが先だから!」

 クレハのその先を今は聞きたくなくて、ゼロはそっぽを向いてしまう。本当は、本当に言いたかったのは違う言葉のはずなのだが、今の自分にはそれ以上を言う資格はない気がしたのだ。

「じゃ。手離さないようにな」

「はい」

 空いている手を空に向かって伸ばす。今ならその先を掴み、そして自分を認めることが出来る予感がした。ふと、隣のクレハに視線をやる。クレハもまた自分を見上げ、自分が好きだと言ったあの笑顔を浮かべてくれた。


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