友 〜amigo〜
※
驚いた、純粋に。
ハヤトも、西にはそれなりに詳しいつもりだったが、まさか王が神機そのものだったとは。
目の前で、頭と胴体を器用つけていくレオをちらりと見やる。首を左右に振り、肩を鳴らすと「よし」とレオは伸びをしたところだった。
「ハヤト」
「口外はしません」
「違う違う。別にそれはいいよ」
どうやらハヤトが思うような話ではないらしい。ハヤトは屈み膝をつくと、自分よりも小さな王に視線を合わせる。
「王子……レイガノールは、視えてると思うかい?」
その質問に、ハヤトはしばし視線をレオの足元に落とし、
「行使、ではないですね。あれは」
「流石だね。そう、あれは石を持つ彼だけが出来る使役の力だ。ボクは、彼の中にいる彼を一緒にさせるつもりだったのだけど」
レオの言っている意味がわからず、ハヤトは首を傾げつつも、その先の言葉を待つ。この王は、興味以外の何かに惹かれてレイガノールをああしたとでも言うのか。
「まぁ、ああなってしまった以上、彼を救う術はひとつしかないわけだけど。ハヤトにはそれが出来る?」
「レイを……いや、レイガノール殿下を妹姫様の元へ帰す。それが私の望みです」
ルエが兄を探しているのはよく知っている。もちろんそれはハヤト自身もだ。
今さら迷いなどあるはずがない。
わかっているとでも言うように、レオは少し大袈裟に頷いてみせ、それから足早に上への階段を登り始めた。それにハヤトも続き、そして最下層であろうこの場から静かに見上げる。
うっすらと見える明かりに、結構登る羽目になりそうだとため息が零れた。
「レイガノールは多量の神力を纏い、そして取り込んでいる。普通なら、ある一定の量を越えると肉体が耐えられず壊れてしまう。それは知ってるね?」
少し乱れた息を整えつつ、ハヤトはなんとか返事を返す。流石神機と言うべきか、レオは汗どころか、息ひとつ乱れていない。
「けれども、元素そのものを支配下に置き、使役出来る彼は違う。どれだけ取り込もうと壊れることはない。ない、けど、それと彼が扱えるかは別問題になるわけだ」
「……レイガノール殿下の」
「普通に呼びなよ、オトモダチなんだろう?」
そう答えるレオの表情はよく見えないが、その声色は聞いたことがないくらいに優しい。少しは気でも使っているのだろうか。
「……レイの周囲の神力を遮断した上で、レイから神力を抜ききるという解釈で間違いないでしょうか」
「うんうん、流石だね。でもそれには2つ問題がある。まず、神力を断ち切る役割を果たすヒトがいない。ルエディアが妥当なんだけど、王女は今視ることができない」
空の調和の力があれば、確かにレイガノールの周囲から神力を除くことは可能だろう。しかし、その空を視ることが出来るのは、同じ空のヒトか、もしくは神女、そしてレイガノール本人に限られる。
神女の力を失くしてしまったルエにはもちろん出来ず、今は空のヒトもおらず。ハヤトにはそれを確実に視れる自信がない。視えたとて、船上での二の舞になるのがオチだ。
「そして2つ目。誰が抜く役割を担うのか。あれほどの力だ、抜いた力を神機に移動するとして、その中継を誰かが担わないといけない。それが出来るのはボクの知る限り……」
上への扉の前で、レオがくるりと振り返る。いつもの嫌な笑みはどこにもなく、それは王としての慈しむそれにも見えた。
「キミだけだ」
ハヤトも見たことのないそれは、しかしすぐにいつもの嫌味な笑みを張りつけると、レオは鼻歌混じりに廊下へと出ていった。
「……レイ」
いつかの借りを返せるのなら、自分がどうなろうと構わない。レイガノールを妹の元へ必ず還すと決意を新たにし、ハヤトもまた廊下へ歩みを進めた。
※
東の王族船が港に入ってくるのが見え、港町で待機していたグレイが青ざめた顔で、騎士たちをすぐさま整列させた。東が来るとは聞いていないが、しかし西の民の反応を見るに、彼らもまた自分たちと同じなのだろう。
停泊した船から降りてきた黒髪の王と、そして疲れが滲む騎士団長を見、どうやらろくでもない船旅だったらしいことを察する。相変わらず東の王には振り回されてばかりの団長は、今だけは昔の少年だった頃を嫌でも思い出させた。
グレイが率先して膝をつこうとするが、東の王ルドベキアは「構わん」と制し、騎士たちの顔ぶれをよく見回す。
「……あの王んとこだな?」
「はっ。しかし陛下、なぜ団長と」
「あー、役に立ちそうなのがコイツしかいなくてな」
コイツ呼ばわりされた団長をちらりと見る。その表情は変わりないように見えるが、内心では面白くはないのだろう。グレイには手に取るようにわかった。
後ろに控える団長、ジェッタから咳払いが聞こえる。表に出していないように見えたが、それは騎士たちの手前ということもあるのだろう。やはり彼はまだ若い事実に、グレイは知らずの内に笑みが零れた。
「陛下、ならば早く向かうべきでしょう。神機ならば多少の心得はあります。……そこの者、すまないが箱をひとつ頂けないか」
近くの西の住人から、ジェッタは小さな箱らしきものを受け取り、その外見を少し眺め「解錠、展開」と言葉を紡いだ。それは人が乗れるほどの大きさへと変わり、ふわりと微かに地面から浮いた。
「なーにが、多少、だ」
西の民でも、これほど神機の扱いに長けた者はいないだろう。予め刻まれた詞を紡ぐことで、神機はその力を発揮し様々な元素を行使する。しかしジェッタや一部の西の民は、それを紡ぐことなく力を解放し、元素を行使してみせるという。
誰にでも出来るわけでないことをしてみせ、全くどこが多少なのかと、ルドベキアもグレイも思うが、それが彼の、それこそ血反吐を吐くような努力の末の結果だということを、2人はよく知っている。
「んじゃ、行くぞ。早く出発しろ」
「はぁ、全く貴方は……」
我先にと乗り込む背中を追いかけ、ジェッタも乗り物へと変化した箱へ乗り込もうとし、遠くから聞こえた爆発音に顔をしかめた。何事かとその方向に視線を見やると、黒煙が空を覆い尽くしているのが見えた。
同じように箱から顔を覗かせたルドベキアが、小さく舌打ちし、早くしろと言わんばかりに、思いきり内側に蹴りを入れる。それにうんざりしながらも、しかし急ぎだということを理解したジェッタも乗り込み、そして箱をふわりと浮かせる。それを敬礼と共に見送ったグレイは、あの黒煙の方角から嫌な予感がするのを嫌でも感じ取っていた。
近づけば近づくほど、それは嫌な感じを増していき、眼下に白と黒のコントラストが見え出した頃。
「止めろ」
腕組みし、目を閉じたままのルドベキアから言葉が漏れた。うっすらと開けられた瞳に滲む光は、彼にしては珍しく焦りと緊張が見て取れた。
「マズいな……、荒れてやがる」
「というとルエ様が?」
東に向かう途中で起こった出来事は、未だ記憶に新しい。ならばあの黒煙はルエが力を暴走させたのだろうか。
ルドベキアは「いや」と首を振ると、何かを探るように再び目を閉じた。この王は、誰よりも神力を探ることに長けている。昔を思い出し、ジェッタは苦い顔をしつつその瞳が開かれるのを待った。




