贄 〜sacrifício〜
※
「愛ってさ、後付けで出来るものかな?」
それは唐突だった。
ハヤトが15歳になる頃には、このレオという少年王の性格や行動がある程度はわかるようになったが、それでも、こうして自分本意の興味を他人を通して埋めるのはどうかと思った。
しかし、ハヤトにはそれを拒否など出来ない。父親のように神機を使いこなしたいというのが大部分を占めてはいるが、しかしなぜだかレオに対して反抗が出来ないのだ。
最初のうちこそ、深い水槽に入れられ水を入れられることや、自分そのものを凍らせようとするレオに反抗しようとした。しかし、レオに冷たく睨まれただけで、身体は動かなくなり、言葉は喉の奥で詰まってしまう。それが続き、ハヤトはいつからか、レオに対して何か言うことをしなくなっていった。
ハヤトが何を言うでもなく黙っていると、レオは面白くないとばかりに口を尖らせる。持っているタブレットが軽やかに指先を舞い、そしてそれを隣に控えるクレハに突きつける。
「ヒトとは、愛を作るために行為をするとある。つまりさ、2人の間に愛がなくても、そういうことをすれば愛って作れるんじゃないかって思ったんだけど」
「陛、下……流石にそれは……」
行き過ぎている。クレハとはそういった関係ではないし、ましてや望んですらいない。クレハをちらりと見ると、彼女も初耳だと言わんばかりに目を見開いている。
「ボクはさ、知りたいだけだよ。ボクにない、愛だの好きだの、大切だの嫌いだのと変わりゆくその流れをさ。簡単でしょ?ただの交尾と思えばいい。あ、それじゃ意味ないか!」
ケラケラと笑う少年王に、ハヤトは初めて鳥肌が立った。全身を這うような嫌悪感と、何かが込み上げてきそうになり、しかしそれをなんとか飲み下す。
拒否をし続けた。そんな行為はしたくないと、そんなのは間違っていると。レオは納得いかないながらも、案外あっさりと引いたことを覚えている。
それは1週間経った頃か。
全身の気怠さと、そして誰かが泣く声で我に返った。
「クレハ……?」
なぜか自分はクレハを組み敷き、そして泣く彼女を無理矢理抱いていたのだ。
「う、わぁぁああああ!」
半ば突き放すようにして彼女の上からどくと、嫌でもその全身が見えてくる。むせ返るほどの、混ざりあった血と体液の臭い。床や彼女に散るそれらは、嫌でも激しさを物語っているようで。
どうして、なぜ、どういうことに。
いくつもの疑問が浮かんでは、どこにも答えが見つからず、ハヤトは信じられないとばかりに自分の両手をただ呆然と見つめた。
「あははははは!流石ハヤトだよ!あの時仕込んだのは正解だったようだ!」
乾いた拍手を響かせながら、満足げな笑みを浮かべ部屋に入るレオが見える。どういうことかと聞きたいが、今はそれよりもクレハの身体のほうが心配だ。ハヤトはレオを一瞥し、すぐさまクレハの身体をシーツで包んでやった。
うっすらと涙を浮かべるクレハが、ハヤトの頬に優しく手を伸ばす。その手をハヤトも掴み、小さく「すまない」と呟いた。
「ハヤト、様……。ごめんなさい」
「クレハ違う。俺だ、俺がこんなことを……」
ごめんと呟く声も、レオの高笑いの前では簡単に消されてしまう。なぜここまでされなければいけないのか、自分が何をしたというのか。
いや、恐らく、この少年王にそんな質問は無意味なのだ。
「……これで、満足頂けましたか?」
ハヤトは背中越しでレオに問う。ここまでしたのだ、満足してもらわなくては困る。しかし、レオは口に手を当て唸り、
「なんでだい?まだまだデータには足りないじゃないか。1回で検証出来たらラクなんだけどねー」
「っ、陛下貴方は……!」
思わず詞を紡ごうとしたハヤトの口に指を当て、クレハが弱々しくも、はっきりと首を横に振った。
「レオ、様。わたしが、貴方様の望みを叶えますので、もうハヤト様を、自由に……お願いします」
「クレハ!?」
ハヤトの腕の中で懇願するクレハは、優しく笑い、そしてふらふらと立ち上がった。レオはしばし考え、両手を合わせると「いいよ」とにたりと笑みを深くする。
「駄目だ、駄目だ、クレハ。陛下、俺がその役割を引き受けます。貴方も、クレハのような普通のヒトではなく、俺のようなヒトのほうがいいはずです」
「うんうん、いいよ。それにしても……庇い合うなんて、愛でも芽生えた?」
もちろん、ハヤトにもクレハにも、その答えは言えず。レオは特に気にするでもなく、狂ったように高笑いをしながらくるりとコートを翻す。まるで、ハヤトがそう言うのがわかっていたかのような振る舞いが鼻につくが、答えてしまったものは仕方がない。
ハヤトは苦虫を潰したような顔をしつつ、それでも最後にこれだけは伝えようとレオに向き直る。
「陛下。その代わり、俺に神機開発部への立ち入りを許可してください」
「いいよー、それくらい。クレハ、ちゃんとやってあげなよー」
手をひらひらと振り、鼻歌混じりに出ていく背中を見送った後、ハヤトは小さく舌打ちをした。あれが、あんなのが王族だとは思いたくないが、現実、彼は西の王であり、彼がいなければ国は統治出来ないことも事実だ。
何も出来ない自分に出来るのは、この国で唯一接してくれた彼女、クレハを守ることのみであり、それからハヤトは、3年もの間囚われ続けることになる。
※
底に見えていた緑の明かりは、どうやら神機で出来たタブレットだったらしく、ふわふわと静かに浮いていた。それらがデータの貯蔵庫だとすれば、この大量に浮いているタブレットの数だけ、歴史が続いているということになる。
中央の図書館とは大違いだと感嘆しつつ、ゼロは背負っていたハヤトを促されるまま奥の台へと寝かせた。
「で?ハヤトの神機を取り除くって、一体どういうことだ?」
タブレットの中からひとつを手にし、指ですらすらとなぞりながら、クレハは視線をそのままに答える。
「昔、ハヤト様には神機の欠片を飲ませたと記録があります。その欠片はハヤト様の成長を止め、神力を制御しているはず。その欠片のせいで、レオ様に逆らうことが出来ないのです」
「でも普通にでかくなってるよな?」
ゼロは首を傾げつつ、まぁ確かに非力かもしれないがと思ったのは口には出さず。
「それはジェッタ様のお力ですね。あの方は、わたしたち西の民よりも神機を使いこなし、そして他人の神機さえも扱うことが出来ます。ハヤト様の神機の力を抑えていたのでしょう、だから成長していたのかと」
「へー。だんちょーってすげーんだな」
ゼロの中のジェッタは、いつも机と向き合い、ハヤトと同じようにため息をついて、しかし自分たちを優しく見守ってくれている、そんなイメージだった。神機を使っているところなど、見たことすらない気がする。
「……今度見せてもらっては如何がですか?驚きますよ」
そうクレハが苦笑すると、ゼロは「それ!」とクレハの両頬に手をやり優しく掴む。意味がわからず、されるがままのクレハが困ったようにゼロを見上げる。
「クレハちゃん、笑ってたほうが絶対いいって。女の子ってさ、笑顔が1番可愛いんだぜ?」
「な、何言って」
「妹……ルーもさ、最初全然笑ってくんなくてさ。でもオレ、ルーの笑顔が1番好きだから。だから、ハヤトをちゃんと連れて帰って、ルーを笑顔にさせてやりたい。んで、クレハちゃんも笑顔にさせたい」
少し赤くなった頬は、触られたからなのか、それとも違う理由なのか。クレハは深く考えないようにと、ゼロの手を掴んで降ろさせる。
「貴方様は、欲張りだと言われませんか?」
タブレットのある画面で指を止め、クレハは伺うようにゼロに問いかける。
「嫌い?」
にやりと笑うゼロに、クレハはふっと顔を綻ばせ。
「いいえ」
それだけ言い、クレハはタブレットをハヤトへとかざす。淡い光がタブレットから溢れ、そしてそれはハヤトを優しく包んでいった。




