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僕を忘れた君へと紡ぐ。西編  作者: とかげになりたい僕
よい旅を 〜Boa viagem〜
2/30

手紙 〜carta〜

 ※



「で、何か言いたいことはあるか?」

 目の前の重厚な机の向こうから、鋭い視線が4人を捉える。4人、というのはもちろん、先程まで噴水で水遊びをしていたハヤトたちのことだ。ハヤトとしては遊ぶつもりなど更々なかったし、こうやって問い詰められていることすら不満で仕方がない。

「……団長、私は遊んでいたわけではなく」

「あー!ハヤト、自分だけ言い訳するのかよ、ずりーぞ!」

「お前は少し黙っていろ」

 隣のゼロを睨みつけてみるものの、やっぱりと言うべきか、効果はあまり見られない。むしろ椅子に座る茶髪の男、王宮騎士団団長ジェッタにズカズカと近づいていき、重厚な机にバンと両手を置いた。

「だんちょー、たまには息抜きって大事だしさー。遊びっていうか、そうだ、訓練?」

「ほう、ルエ様と神機(しんき)技士殿を交えてか?」

「あー、うん、そう」

 曖昧な返事で誤魔化そうとするものの、目の前の団長様は薄い笑みを張り付けているだけで、やはり許してくれそうもない。




 前王が統治していた頃は、国民であろうと団長であろうと、誰も敷地内には入らせず、城内の団長室も使われることはなかった。前王が亡くなり、城も返還されたということで、以前のように盛んに国民が出入りし、騎士たちも元に戻った。

 活気に溢れ、それは誰しもが喜ぶところだが、同時にそれは、ルエに、王族らしく振る舞うことを強制的に求めることにもなるわけで。王族らしくと言っても、傲慢や高飛車になれというわけではなく、国の歴史や治世について学び、晩餐会の作法だのテーブルマナーだのを身につけなければならず。

 ハヤトとゼロが剣と盾の(シュヴェルトシルト)騎士(リッター)だとしても、四六時中一緒にいるわけではない。公務ならば話は別だが。

 しかし、ジェッタも鬼ではなく。その合間を縫って、自由時間という名の逢瀬(おうせ)に目を瞑っているというのに。それ、なのに。


 4人で水遊びにいそしんでいたところを、当たり前だが見回りの騎士たちに見つかり、それはあっという間にジェッタの耳まで届いてしまった。只でさえ、王族であるルエが、自分の息子であるハヤトと想い合っているのはあまりいいことではない。

 いや、反対しているわけではない。2人の幸せを願ってはいるが、色々事情もあることを理解してほしい。とりあえず、4人を着替えさせ、団長室に呼び集めたところで、話は冒頭に戻るわけだ。




「ルエ様……、わかっておられるとは思いますが、濡れて帰らせる為に、息抜きの時間を取っているわけではないのですよ」

 ため息と共に零れた言葉に、ルエも申し訳なさげに目を伏せる。その隣で、面白くないとばかりに顔をしかめているハヤトが見え、こうやって感情を見せるようになったことに嬉しくも思う。しかし、今はそれどころではない。

 ついこの間、噴水の掃除を何人かの庭師たちに頼み、そこにハヤトが水を入れた。そこまではいい。問題はその場に、王女、つまりルエがいたことだ。一緒になって、掃除やら水遊びやらをする王女がどこにいるというのか。いや、ここにいた。

 イヤリングも出来るなら外しておくようにと忠告し、持ち歩く程度に留めるようにもした。それのせいか、ハヤトのもう片方のイヤリングの相手は誰なのかという噂話が絶えないのは致し方なしでもある。

「はぁ……、お前たちは本当に……私の胃痛を軽くは出来んのか……」

 額に手をやり、再度ため息が零れる。目の前の白髪の騎士は、悪戯っぽく笑うだけで、反省の意は全く以て見られない。

「まあ、もういい……。それについてはまた話そう。元々、私はお前たち4人に話があってな」

 ジェッタは机の上からある封筒を手に取ると、1番近くのゼロに突き出す。疑問に思いつつ受け取ると、裏には雪の結晶のような紋がつけられている。いつの間にか隣に並んだサナが覗き込み、小さく「げ」と嫌だとばかりに顔をしかめた。

「技士殿とハヤトは見覚えがあるな?予てから進めていた西(ウェス)との会談だが……まぁ、それを読んでみるといい」

 示され開けてみると、中には四角に折り畳まれた紙が入っており、ゼロがそれを開くと、紙は急に光りだし空中に文字を映し出し始めた。

 開けたままの格好で止まっているゼロとは反対に、少し後ろで見ていたハヤトが、その文字を読み上げていく。


 ――拝啓。

 大暑の候、サガレリエット家第一王女ルエディア様におかれましては、お身体にお変わりなくお過ごしのこととお聞きしました。

 なんて言うと思ったかい?紋の返還を希望してるんだってね。もちろんボクら西(ウェス)はキミたちを歓迎するよ。久しぶりに王族が揃うのも悪くはないしね。

 ただボクらも忙しい。日時はこちらから指定させてもらうよ。手紙の受け取り期間も考えて……、来月の半ば辺りに来なよ。それくらいには、ボクらが開発している神機も一段落してるだろうしね。

 では待っているよ、ルエディア様。

 敬具――


 読み終わり、ハヤトは面倒くさいとばかりに頭に手をやる。来月とあるが、手紙を出した時期を考えると、恐らく今月のことに違いない。相変わらず西(あそこ)はルーズで、自分勝手だと思いつつ、しかし指定されたものは仕方ないと腹を括る。

「え、と……招待されたんですよね、これ」

「招待ってか、なーんか怪しいけどな」

 ゼロが手紙を畳むと文字は消え、それを封筒に入れてジェッタに突っ返す。それを受け取り、机の端に封筒を置くと、ジェッタは仕方がないだろうと言いたげな顔をしつつも口には出さず、代わりにサナに視線を向けた。

「それで技士殿、渡航証明書の発行を頼みたいのだが」

「はいはい、わかってますよー。明日でええ?」

「あぁ、構わない。よろしく頼む」

 軽い返事をし、サナは「またねー」と先に部屋を出ていく。彼女は今、お抱えの神機技士ではあるのだが、住み慣れた家を離れたくないという希望もあり、通いで城に来てくれている。

 今日はこれから、溜まっている神機の整備でもするのだろう。騎士の中でも、神機を扱えるのは一部の者に限られてはいるものの、整備をするのは結構な重労働になる。

 サナが出ていった扉を見ていたゼロが、小さく「あ」と声を上げ、机の隅にあったお菓子の包みに手を伸ばしつつ、

「だんちょー、渡航なんたらってなんだ?」

 ひとつ口に放り込んだゼロに少しの呆れを見せつつも、ジェッタは特に咎めもせずに答える。

西(あそこ)は渡航証明書がないと入国出来ないようになっていてな。発行出来るのは、西(ウェス)の人間に限られている。ハヤトは持っているな?」

「……はい」

 気まずげに視線を反らすハヤトに、もちろんジェッタが気づかないわけがなく。

「持っているな?」

 先程より語尾を強くして問うてみる。

「……申し訳、ありません。茨に配属された時、恐らく塔に置き忘れたのかと」

「ほう……?なんともお前らしくないことをするな?」

「……」

 さらに視線を合わそうとしないハヤト。全く、とジェッタは思う。隠し事が下手なところも、素直でないところも、一体誰に似たのかと。

 ジェッタは、目の前で包みを開け続けるゼロにため息をひとつ送り、次にハヤトとルエに目をやる。

「明日、渡航証明書が出来次第、3人には西大地(ウェスタンガイア)へ行ってもらう。王族船と騎士の手配はこちらで済ませておく。今日はもう解散でいい。ハヤトは証明書を探しておけ」

 やっと話が終わったとばかりに、ゼロが残りの包みを全てポケットに突っ込んでいく。自由気ままなそれを止める者はなく、ゼロはルエの手を取り我先にと出ていった。

 残ったハヤトが出ようとすると、入れ違いのように、茶髪の幼い少女が入ってくる。ハヤトの半分ほどしか背丈がない彼女は、ハヤトの腰にまとわりつくように抱きつくと、甘い視線をハヤトに投げかけた。

「ハーくん、元気?」

「お久しぶりです、レイナさん」

 レイナと呼ばれた彼女は、ハヤトに名前を呼ばれたのが嬉しいのか頭をぐりぐりと押しつけ、それから不機嫌そうに自分を見ているジェッタに笑いかけた。

「ジェッタ様!頼まれてたケルちゃんの目、出来たって!」

「そうか、ハヤト」

 何故だろう、ハヤトに笑いかけるジェッタのそれは、どこか冷たさを含んでいる気がする。疑問に持ちながらも、ハヤトは改めてジェッタを見る。相変わらず腰にはレイナがまとわりついている。

西(ウェス)に、神機を利用した人の義眼を造ってほしいと頼んでいてな。それも受け取ってきてくれないか?」

 有無を言わせないそれに、ハヤトは「はい……」と絞り出すことしか出来ず、黙って先に出ていった2人の後を追い出す。見送ったレイナが、可笑しいとばかりに吹き出すのを見て、ジェッタはさらに眉間の皺を深くした。


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