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僕を忘れた君へと紡ぐ。西編  作者: とかげになりたい僕
恋に落ちて 〜Apaixonar〜
19/30

欲 〜ambição〜

 ※



 どれくらい走っただろう。

 薄明かりの中、聞こえるのは自分の呼吸音と、やけに煩い心音だけだ。訓練や実践でもこれほど息が切れたことなどないというのに。

「はっ……はぁ、くっそ……」

 悪態と共に立ち止まり、一旦壁に手をつき息を整える。それから恐る恐る自分の髪に手を伸ばし、髪を1本だけ抜き、それを信じられないとばかりにまじまじと見つめる。

 紛れもないその色は、自分が、ゼロがもう10年以上も見ていない地毛に間違いなかった。

「なんで、今さらどうして……」

 悔しげに言葉が零れていくが、もちろんそれに誰かが答えてくれるわけもなく。わけがわからないながらも、ゼロはとにかくあの場所から逃げる為に、再び足を動かし始めた。


 意識を取り戻したのは、どれほど前だったか。あの部屋を抜け出してから、かれこれ1時間は走っているはずだから、まぁそれくらいは経っているのは間違いない。

 前にゼロが入れられていた容器内で目が覚め、それからすぐにゼロは出ようと容器を叩いてみた。するとそれは案外あっさりと割れ、破片が飛び散るのも構わずに残りを壊し外へ出た。途中にあった硝子面に映る姿に目を疑ったが、また捕まるわけにはいかないと余り気にしないようにし歩きだす。

 見張りやレオはいるかと少し不安になったが、辺りを見渡してもそれらしき人は見当たらず。いや、近くの椅子に座る研究員らしき人物が、こくりこくりと船を漕いでいた。

 徹夜明けなのだろうか。その研究員は起きる様子は見られず、ゼロはそのまま起こさないようにして部屋の出口を探し、そして今に至る。

 さらに言うなれば、さっきから目の前をちらちらと舞う光の帯が鬱陶しい。色彩豊かなそれらは、赤青緑黃紫、そして黒の6色ある。最初こそ気にならなかったが、こうも付きまとわれると迷惑極まりない。

「あーもー、まじなんなん、これ……」

 弱ったとばかりに頭を押さえる。なかなかつかないため息まで出、まるでこれではハヤトのようではないかと苦笑したところで。

「ハヤト……(うた)……?」

 口にし、ゼロははっとした。

 それらは元素を司る色そのものではないか。ならばこの帯がハヤトの言う(うた)なのか。

 青のそれに恐る恐る手を伸ばす。触れた瞬間、その青の帯はゼロの周りをくるくると漂い、そしてついて来いとばかりにゼロの先を進みだした。

「……オレを、呼んでる、のか?」

 乱れていた息すらも忘れ、ゼロはふらりふらりと帯を追いかける。ゼロを追うように4色が舞いだす中、黒のそれだけは、存在を忘れられたようにその場に漂っていた。


 薄明かりを抜けた先。そこは西(ウェス)へ来た日、そしてその夕方に通ったあの通路へと繋がっていた。ゼロは後ろを振り返り、薄明かりの道を見ようとするが、確かに通ってきたはずのそこは、ただの壁として塞がっていた。

「確かにここから……いや、考えるのはやめだ」

 首を振って、ゼロはそれ以上を考えないようにする。それよりも、今はこの姿に戻れたことのほうが重要だ。今なら、兄としてルエの前に出ていける。それを考えただけで、足取りは軽くなり恐怖も飛んでいきそうだ。

「ルーちゃん、ルーちゃん、ルー……!」

 確か部屋はこちらだったかと急ぎ足で向かう。通路を右に、左に、また左に。そして見覚えのある扉の前まで着き、倒れているハヤトと、悲しい瞳でそれを見下ろすクレハの姿に、ゼロは一瞬思考が止まる。

「ぁ……クレハ、ちゃん……」

 名前を呼ばれたクレハも戸惑いを隠せず、しかし黒髪の王族である彼にいきなり仕掛けることも出来ず。

「誰……。レオ様の新しい器、ですか?」

「器?違う、オレは」

 そこまで言いかけ口籠る。今の自分は果たしてどちらなのかと。この姿ならレイガノールだと名乗っていいのかもわからず、かといってゼロだと言うことも出来ず。

 ならばルエに会えたところで名乗れないではないか。いや、妹なら自分に気づいてくれるはずだ。本当に?白髪の自分に気づいてくれなかったではないか。

 色々な考えが頭を巡り、ゼロの口は金魚のようにパクパクと動くだけだ。

「……」

「貴方は……、そうですか。なら早く逃げてください」

「え?」

 クレハの言っている意味がわからず、ゼロは情けない反応をしてしまう。

「……レイガノール様、と今はお呼びしましょう。あの方はきっとすぐに気づいてしまう。ハヤト様ならわたしがお連れ致しますので、早く貴方様も」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。あの方って、あのガキのことだよな?逃げるってなんだよ、元々クレハちゃんが連れてきたんだろ?」

 クレハが視線を伏せ、小さく「はい」と肯定を口にする。更に意味がわからないと詰め寄ろうとし、クレハの肩を強く掴み、その小さな身体を揺する。

「意味わかんねー!ちゃんと説明を」

「貴方様も!」

 それはクレハの初めて聞く、叫びにも似た声だった。

「貴方様も、ご自分の欲が出てきたのでしょう!?迷いが、欲が、貴方様の中の闇が!あの方はヒトのそういったものを表に引きずり出し、本来あるべきヒトの姿を変えようとしている。わたしだって……、あんなの、わたしじゃない……」

 悔しげにゼロを見つめる瞳は潤んでおり、クレハが嘘をついているとは到底考えられず、ゼロは掴んでいた手を静かに離した。

「ごめん」

「いえ。わたしも出過ぎた真似をしました、お許しくださいませ」

 そう言い、倒れたままのハヤトに近づき、クレハはハヤトを背負おうとするが、もちろん体格の差でそれは叶わず。ゼロは仕方がないとばかりに苦笑し、クレハからハヤトを預かると軽々と背負う。

「……流石レイガノール様。(イスト)の血は伊達ではなかったということですね」

「オレ中央(セントラル)だけど」

「グロリオサ様の血も受け継いでおられるので、貴方様は常人より身体能力が優れておられるのです。ルドベキア様と比べると劣りますが。見に覚えはありませんか?」

 先を歩くクレハの背中をぼうっと眺め、ゼロは今までを思い出してみる。確かに、言われてみると心当たりがないこともなく、今は亡き父親との繋がりのようで少し嬉しくなる。

 どれくらいか歩き、無言が続いた頃。ゼロは耐えられず、何か話題を探し、そして気になっていたことに触れてみることにした。

「……ルーは、オレのこと、わかるかな」

「憶測でものを言うのは好きではありませんし、下手な言葉で貴方様を傷つけることもしたくはありません。でも、そうですね……」

 ある壁の前で立ち止まり、クレハが何もない場所に証明書をかざす。すると、うっすらと線が壁に走り、それは扉を形造り出入口へと姿を変えた。入る前にクレハは振り返り、なんの感情も映さない瞳にゼロを映すと、

「ルエディア様は、ゼロ様を慕っておりますよ」

 それだけ言い、暗闇の先へと歩いていく。ゼロは、悲しいような嬉しいような複雑な気持ちになりながら、それでも口元には笑みを浮かべつつ、同じように暗闇へ進みだした。


 下から吹き上げる風に少しバランスを崩しそうになるが、ゼロは寸でのところで踏み留まると、そっと下を覗き込んだ。

 暗闇だと思っていたのは、壁に沿って作られた螺旋階段の中央で、底のほうが微かに緑色の明かりを放っている。どういった仕組みかは知らないが、階段そのものも宙に浮いており、降り始めた瞬間に、階段自体が淡い光を放っていく。

「これはどこに……」

「ハヤト様に施された神機を解除します。底にあるのは、王族の歴史の記録と、西(ウェス)の神機の記録が保管されています」

「ハヤトの神機?」

「はい」

 クレハは振り返り、ゼロを、いや背負われているハヤトに目をやる。彼はまだ目を覚ます様子は見られない。

「わたしとハヤト様の記録は見ましたか?」

「……見た」

 レオから見せられたタブレットの内容がちらつく。

 あれには、ハヤトとクレハへの、非人道的とも言える実験の数々が記されていた。簡単にまとめてあっただけでも、水の加護を受けているハヤトは、水中でも生きていられるのか。氷漬けにされても生きていられるのか。さらには、どれほどの痛みと苦痛を与えれば神力が暴発するのか。そして、時を戻されたヒトはどういった違いがあるのか、など。

 そしてハヤトのケアとして、クレハがつくことになった。2人は至って普通に接し、時には弱音を吐き、いい友人として関係を築いていった。

 しかしそれは、ある時のレオからの実験によって壊されてしまう。

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