嫉妬 〜ciúmes〜
乗り物から降りると、待っていたとばかりに、黒髪の少年が仁王立ちしていた。コートを肩にかけただけの姿は、少年には少し不釣り合いにも見える。
「やぁ。よく来たね、ルエディア。ボクが西の国王、レオ・テノ・プリマリィだ。レオでいい、かしこまられるのは嫌いだからさ」
にたにたと笑みを浮かべたままのレオは、ルエの少し後ろに控えるハヤトに気づくと、足早で近づき、気味の悪い笑みを深くした。
「ハヤト、久しぶりだね。いやいや、待てよ。まだ半年ほどかな?何にしろ、キミは少し変わったようだね」
「陛下、お久しぶ」
「固いなぁ、キミは。で、隣の白いキミは?」
ハヤトの言葉を遮り、レオが見たのはもちろんゼロだ。その薄気味悪い笑みに、ゼロは鳥肌が立つのを感じつつ、しかしそれを悟られないように笑みを張りつける。
「オレはゼロ・ライビッツ。王女の剣の騎士だ」
「あぁ、キミがそうなんだ。白いなんて言って悪かった」
対して悪いと思っていないであろう表情に、ゼロは怒りよりも、さらに気味の悪さを覚え「いや……」と絞り出すだけで精一杯だった。
「さてさて、クレハ」
レオはその笑みを崩すことなく、乗り物を再び箱に戻していたクレハに歩み寄り、その頬をなんの躊躇いもなく叩く。それに動揺したのはルエとゼロだけで、ハヤトは静かにその行いを見ていた。
「ボクさ、言ったはずだよね?空の神使は珍しいから生きたまま連れて帰って来いって。それが何?ミンチどころか、ぺっちゃんこじゃないか。全く全く。ホントにキミって、役立たずだなー」
さらに頬を叩き、倒れ込んだクレハの身体を蹴ろうとするレオを見ていられず、ゼロは反射的にレオを羽交い締めにする。身長差からレオの体が浮いた。
「うわ、何するのさ」
「何?何って……、クレハはオレたちを助ける為にやったんだ。それに珍しいから連れて来いって、なんだよそれ。王族ってそんなんばっかだよな!?」
「ふーん……」
羽交い締めにされたままのレオは、しかし対して気にしていないのか、少し考え込むように視線を彷徨わせ、それから「あ」と呟いた。
「そうそう、東の……リンドーだっけ。あれのことは本当に感謝してる。ボクらの真似事してたみたいだけど、まぁ所詮真似は真似ってことだね」
軽く笑うと、レオはゼロを振り払い地面に足をつける。その体格にそぐわない力に、ゼロはレオを信じられないとばかりに見つめた。
それまで黙っていたハヤトが、俯き加減のまま、いつもの彼らしくない小さな声で、ぽつりと言葉を零す。
「陛下、空の神使については自分がやったことで……」
「そうなんだ?ま、いいや。とりあえずさ、今日はまだボク研究が残ってるから、クレハにでもついてってよ」
ひらひらと手を振り、やはり気味の悪い笑みを浮かべながら、レオは建物へと戻っていった。それを見送るルエの表情は真っ青のままで、ゼロはその不安を拭いとってやるように頭を撫でる。
ハヤトは倒れたままのクレハに手を差し伸べてやり、その身体を軽く起こしてやる。ふらついたクレハがハヤトにもたれかかるのを見て、ルエは思わず目を背けてしまう。
「……失礼しました。皆様をお部屋までご案内します。こちらに」
何事もなかったかのようにハヤトから離れると、クレハも建物へと足早に入っていく。俯き加減のクレハの表情はルエにしか見えず。
その頬が染まっているのに気づき、ルエの胸はまた、ちくりと痛んだ。
※
それは、まだ西にいた頃。
中央で騎士となる為、日々辛い訓練をしていた最中、とある事故が起こった。それはハヤトの記憶に残り、まだ迷っていた西行きを決心させるには十分だった。
慣れない環境と、閉ざした心の中。
ある少女がハヤトと同じ開発部へとやって来た。彼女もまた感情の起伏が余りなく、最初こそ2人は話すこともなく、ただ淡々と研究を続ける仲に過ぎなかった。
それは、レオからの研究依頼によって、大きく変化してしまったのだが。
※
建物の中も質素で、しかし黒一色ではないことに安堵しつつ、ゼロは物珍しげに周囲を見回す。それを隣で宥めるルエもまた、やはり珍しい光景が気になるのか、心なしか落ち着きがないように見える。
研究員と思われる者が何人か通り過ぎるが、ちらりと視界に入れるだけで、特に気にとめるでもなく通り過ぎていく。彼らにしてみれば、研究以外のことは余り興味がないらしい。
ある扉の前で立ち止まったクレハは、先程の感情を匂わせない立ち振る舞いでルエを振り返り、
「ルエディア様はこちらを。その隣をゼロ様がお使い下さいませ。ハヤト様は前の部屋をお使いになりますか?」
「まだあるのか?」
「はい。片付けをしている暇など誰にもないもので」
ハヤトはため息と共に間を開け、それから首を横に振る。
「……いや、今回は私的なことではなく、あくまでも王女の護衛で来ている。ゼロと同じようにしてくれて構わない」
「はい、かしこまりました。ではゼロ様とは反対側の、こちらのお部屋をお使い下さいませ」
「あぁ、助かった」
短い言葉だが、ルエにはその声色が優しいものであることに気づいていた。だからそれ以上を見ていたくなく、早く割り当てられた部屋に入ろうとする。が、どこを見てもドアノブのようなものは見当たらず、ルエは扉にぺたりと手をついた。
「王女、これは」
「これは証明書をここにかざして下さいませ」
ハヤトの言葉を遮り、クレハが扉横にあるパネルのようなものを示す。普段なら礼のひとつでもすぐに言えるはずのその口は、なぜかクレハ相手だと何も上手く言えず。
慌てて言われた通りに証明書をかざし、開いた扉へと逃げるようにして入っていく。入った瞬間に扉は閉まり、ルエからは3人の姿が見えなくなった。
「……っ」
また、だ。この黒い気持ちと、優しく出来ない自分がとても嫌になる。醜い自分は、1番嫌いなのに。
「クレハ……な……、あぁ……で」
「じゃ……また」
微かに話し声が聞こえ、どうやらクレハは立ち去ったことがわかった。それでもルエには扉を開ける勇気が出ず、ただ扉のすぐ近くで立ち尽くすしか出来ず。
「ルエ」
はっきりと聞こえてきた彼の声にも、今だけは返事をしたくなかった。このまま黙っていれば、諦めて彼も部屋に入ってくれるだろうか。
「……ルエ、開けてくれないか。ゼロが心配する」
「それは」
ゼロが、という言葉がやけに引っかかって仕方ない。言ってはいけないとわかっているのに。
「それはゼロが、ですよね。貴方、ではないですよね」
なんでこうも嫌な聞き方しか出来ないのだろう。
扉の向こうから、やはりと言うべきか、うんざりしたようなため息が聞こえ、ルエはさらに自分に嫌気が差した。
「ゼロに何か言われるのは面倒だ。あいつは、お前が自分でなんとかしろと言って部屋に入っていった」
「ではなんとも出来ないので、貴方も早くお部屋に行ってください」
「……はぁ」
深いため息が聞こえ、それから彼の声は聞こえなくなる。きっと部屋に行ったのだ、自分がそれを言ったのだし。扉に耳を当ててみるが、気配はしないような気がする。まぁ、ルエに気配が読み取れるかどうかは別問題だが。
「……なんで」
いなくなれと言ったのは自分なのに、いざいなくなるとどうしてこうも涙が出てくるのか。確かにこれは面倒極まりないだろう。それでも口から漏れる嗚咽と、彼の名前は抑えることが出来ず。
「ハヤト、くん……」
ぽつりと溢れたそれに。
「なんだ」
「えっ」
慌てて扉を開けると、ハヤトは壁に背を預け寄りかかっていた。腕を組んでいるそれは、あまり機嫌がよくないことを示している。
「なんで……」
「さてな。それで、何を言いかけた?」
そう言いルエを見つめる瞳はどこまでも優しく、それはルエの不安を洗い流すかのように透き通っている。
困惑したままのルエに痺れを切らしたのか、ハヤトは遠慮なくルエの手を掴み隣の自室へ入ると、その体を乱暴にベッドへと投げた。ルエを組み敷き、ハヤトは先程とは別の、鋭い光を宿した瞳で見下ろす。
「やっ……何するん」
「言わないなら言うまで泣かせるが?」
「わかりました、言います!言いますからどいてください!」
流石にまだ夜とも言えない時間に、しかもこの後レオと会うというのに、このまま言いなりになるのだけは避けないといけない。ルエは上がる熱を必死に抑えつつ、ハヤトの体を強く押し返した。




