妹 〜irmã〜
部屋に戻ったルエは、1人で大丈夫とゼロに告げ、ベッドに膝を抱えて座り込んでいた。脱いだ靴が下に散乱しており、これを見たら彼は幻滅するだろうかと考えたところで、ルエは頭を振ってそれを払った。
彼は誓ってくれた、はずで。そしてそれは嘘でないことも理解はしている。しかし、理解はしていても、この渦巻く感情はどうしようも出来ない。
信じる、とシアンに言ったばかりで、信じきれていない自分が嫌になり、抱えた膝の中に頭を埋めて涙が溢れ始めた頃。
こんこん。
乾いた音と共に開いた扉から、ゼロが「よっ」と手を上げて入ってきた。いきなりのことで、涙を拭うも溢れるそれは止められず。
後ろ手に扉を閉めたゼロが、あたふたするルエに近づいていき、脱いだままの靴を揃えてやると、そのまま無遠慮にベッドに腰をかけた。
「大丈夫、じゃないだろ?」
優しく頭を撫でてやると、驚きで見開かれたままの瞳から、さらに涙が溢れていく。ゼロも靴を脱いでベッドに上がると、自身の足の間にルエを入れるようにして抱き締めてやる。背中を優しく撫でると、少し控えめな嗚咽が聞こえだし、そしてそれは止まることがなく。
「……さま、が」
その嗚咽の中、微かに聞こえた言葉に、ゼロは一旦手を止めると、ルエから身体を離してその顔をよく見ようと覗き込む。
「ん?どうした?」
「兄様、が……」
「うん……?」
意外な言葉に緊張が走るが、なるべくそれを悟られないように振る舞いつつ、ゼロはその先を静かに待った。
「兄様が、今の私を見たら……怒る、でしょうか……」
「くっ……はははっ」
思わず笑ってしまい、いやいやいけないと顔をすぐに引き締める。しかし恨めしそうに見てくる妹は、どうやら少し怒っているらしい。
「ごめん、笑ってさ。でも、なんでルーちゃんは兄様が怒るって思ったんだ?」
「それは……」
目元に残る涙を拭い、ルエは俯いて、そして小声でぽつりと。
「私が、私自身に、振り回されている、から……。兄様は、いつも自分に自信があって、いつも前だけ向いてて、臣民に慕われてて。隣にいたハヤトくんも、兄様ならきっと大丈夫って思ってたと、思うんです」
「ハヤトがなぁ……」
褒められていることに少し恥ずかしい気持ちになるが、ゼロは自分ではないと首を振って、ルエの頭に手を乗せる。
「よし、西に着くまで、オレを兄様だと思っていいぜ!」
「ゼロを?」
躊躇い気味のルエを見て、調子に乗りすぎたかと「冗談だ」と誤魔化そうとする。が、抱きついてきたルエに押し倒され、その一言が言えなくなってしまう。
ゼロの胸に顔を埋め、肩を震わせるルエを見て、本当ならば今すぐにでもその立場を変わってやれればと思う。自分が兄で、そして自分が国交を取り仕切ってやれれば、と。
しかしそれは叶わぬことで。だからゼロはルエの腰に手を回し、せめて泣き止むまではいてやろうと思った。
「ルーちゃん。にーちゃんは、ルーちゃんを怒ることも、情けないとも思ってないさ。ルーちゃんは頑張ってるよ、にーちゃんは知ってる。にーちゃんは、にーちゃんだけは……」
聞こえてきた寝息に安堵し、ゼロはルエの髪に優しく口づけを落とす。
「どんな時も、ルーの味方だ」
幼い日もこうしてよく寝たことを思い出し、その優しい記憶に呑まれるようにして、ゼロも意識を失った。
※
しまったと思ったところで、このどうしようもない状況を、ゼロに打開出来る策はない。
明らかに怒りを含んだ、腕組みをして自分を冷ややかに睨んでくる親友は、今朝ルエを起こしに来ただけだと言うのに。
同じベッドで、しかも自分はルエを抱きしめたまま寝ていたらしく、どうやっても言い逃れが出来る状況ではない。いや、衣類はしっかり身に纏っていたし、間違いはなかったと断言は出来るのだが。
それにルエは妹だ、手を出すわけがない。ない、のだが。
「ごめん……」
ここで謝るのは罪を認めたようで癪だが、しかしだからといって他に何を言えばいいのか皆目見当もつかない。
「何をしたか、わかっているんだな」
「何もしてないけど、あれだよな、一般的解釈ってやつ?」
「お前にしてはよくわかってるじゃないか」
別にハヤトは、2人がそういう関係だとは全く思っていない。しかし他はそうでないことは、ゼロとてよくわかっている。最初に扉を開けたマーシアだって、塔にいた頃から2人が仲睦まじいのは理解していたし、特別驚くようなことではない。
しかし問題は、途中でばったり会ってついてきたシアンだ。マーシアとほぼ同時にそれを見てしまったシアンは、すぐさま2人はそういう関係なのだと誤解し、そして騒ぎ始めてしまった。
ルエの目元が泣き腫らして真っ赤になっていたこともあり、すぐに船員や騎士たちの間では、無理矢理に剣の騎士が襲ったのではないかと囁かれることに。
「昼、西に着くまでルエとは接触禁止だ。大人しく自室に籠っていろ」
「……ルーちゃんは?」
「マーシアに連れられて、着くまで会議室で待機している。変に噂を耳にさせたくもない」
「わかった……」
大人しく従い、自室へ向かう背中は心なしか小さい。本当ならば送るべきだろうが、ゼロとてそこまで馬鹿ではない。自分の行いを少しは反省して、大人しくするだろう。
ハヤトはため息を軽くつき、朝食ぐらいは持っていってやるかと、食堂へ見繕いに向かった。
※
西大地。
そこは、神機を中心とした、機械で発達した国。
乗り物ひとつ取っても、中央や東と違い、馬車といったものではなく、空を飛ぶ箱のようなものが行き来しているのが見える。
街も造りそのものが違い、高い、空まで届くような建物が軒並み揃い、ルエたちを見下ろしているような錯覚を覚える。港の船も、自分たちのもの以外は、海の表面を走るようなものばかりで、西の技術の高さを物語っていた。
「王都へは、ルエディア様と、剣と盾の騎士のお2人を連れてくるように、とレオ様からの言伝ですので、どうかご理解を。他の皆様におかれましては、港街でご滞在をお願い致します」
業務連絡を淡々と告げるクレハに、ハヤトは「仕方がない」と了承し、その旨を騎士たちに告げ、自分の不在の間はグレイに指揮を任せる旨も告げる。グレイは渋々ながらも了承すると、騎士たちに指示を飛ばしていく。
「待たせてすまない」
離れた場所で待つクレハと、そして気まずそうな顔をするルエ、そして疲れ気味のゼロを見渡し、早く王都へ向かったほうが良さそうだと判断する。実際、船からの視線が気になるのは本当だ。
クレハが懐から出したあの箱に「解錠、変形」と呼びかけると、それはまるで馬車のような形になっていく。もちろん馬もいなければ、走る為の車輪もついていないが。
「さぁ、どうぞ」
「ありがとうございます」
少しぎこちなくルエが乗り、続いてゼロも乗り込む。ルエの隣に座らないのは、きっと彼なりの気遣いなのだろう。仕方なくハヤトがルエの隣に座り、クレハが乗り込むと、その不思議な乗り物はふわりと浮きだした。
「おー、すげー……」
眼下に見える船を眺め、ゼロはそわそわと落ち着かない様子で周囲に目をやる。それはルエも同じようで、浮く感覚に慣れていないのがすぐにわかった。
昔、西に来たばかりの自分も似たような反応をしたことを思い出し、ハヤトは薄く笑みを浮かべる。
「お前、笑っただろー!」
「いや、懐かしいと思ってな」
「……5年、いたんだっけか」
「あぁ」
それだけ言うと、ハヤトもゼロも黙り込んでしまう。その5年間、お互いが何を思い何をしていたのか、気にならないわけではない。しかし、それを聞くのは、タブーな気がしたのだ。
「あぁ、そうだ、クレハ」
何か思い出したように、ハヤトは反対に座るクレハに視線をやる。
「はい、なんでしょう」
「神機を壊してしまってな。新しく造りたいんだが、開発部への出入りは可能か?」
「はい。出入りの許可を証明書に入れますので、お出し下さいませ」
ハヤトが懐から渡航証明書を取り出し、クレハに手渡す。それに手をかざし、しばしの後「出来ました」とクレハは証明書をハヤトに返す。あまり変わっていないように見えるが、ハヤトはそれをしまうと、それ以上言うことはないというように外に目をやる。
どれくらいか無言の旅路が続き、いい加減ゼロが耐えれなくなった頃。
「見えてきました」
クレハの言葉にゼロが外を見ると、黒い建物を白い低めの建物が取り囲む異様な光景が見えてきた。白黒で造られたその街並みは、それ以外の色を必要としていない雰囲気が漂っている。
「プリマリィ家の庭へ、ようこそお越し下さいました」
4人を乗せた乗り物は、黒い建物の近くへと静かに降り立っていった。




