第9話 大事件勃発!!
─某日、午前5時55分─
『まもなく、6時発、M800が到着します。危ないですから、黄色い線の内側へ─』
アナウンスが終わる前に新幹線が到着し、人々が動きはじめる。男もその中にいた。
―急ぐことはない。確実性重視で。
ここに来る前にあの人に言われたことを思い出す。
『出発します』
またアナウンスが聞こえる。同時に車両が動き出し、次第にスピードか上がっていく。
男は立ち上がり、運転席の方へと進む。
運転席の扉に手をかけ、無理矢理開く。
「な、なんだお前!」
「展開、開始」
男がそう言うと、足元から影のように黒い何かが広がっていく。
「何をする!」
運転士が掴みかかるが、男に殴り飛ばされ動かなくなってしまった。
影が侵食すればするほど新幹線のスピードはぐんぐん上がる。
「さぁ、止められるかな」
「久々に来たね」
真姫も復帰し、普段の光景を取り戻した部室。
「おー真姫、双葉も」
部長が漫画を置き、声をかける。
「おひさです」
「ども」
真姫は自分のエリアに座り、絵を描き始める。
「まーきちゃん、何描いてんの?」
「芸術です」
「この会話前もしたね!?」
完全に元の調子に戻ったようで安心する。どうやらもう大丈夫なようだ。
「あとは衛利が来れば元通りだな」
「あー退院はしたんですけとね、入院中の課題に追われてるみたいです」
「真面目か」
「衛利はそういう男だからね」
衛利と同じクラスの真姫が言う。
「たまにクラスに行った時、浮かないでいられるのは衛利のおかげだし。あれでいて気遣い出来るからモテるんじゃないかな?」
顔も良いし、と真姫。まぁ確かに勉強、スポーツ両方出来るし顔も良い。モテない要素が見当たらない。
「ま、本人に女っ気が無いのが何よりの問題なんだけどね」
「確かに」
そもそも校舎の方に行かないってのもあるが、衛利からそんな話を聞いたこともないし見たこともない。
「人の噂するならもっと小さく話してくれよ」
衛利がくしゃみしながら入ってくる。
「いつから居たよ」
「「衛利はそういう男だからね」あたり」
「ほぼ最初からじゃないか」
真姫が楽しそうにコロコロと笑う。衛利もため息をつきながら自分のエリアに座り、課題を広げる。
「ここで宿題やるなよ〜」
「だって1週間分あるんすよ!?終わんないですって!」
「やんなきゃいいだろ」
都乙にいやぁなんとかなるだろと部長、そうもいかないですってと衛利。
(ここ最近誰かしら居なかったから、全員揃うと落ち着くな)
しばらくするとお互いのやることに戻ったのか部室が静かになる。だがそんな静寂もつかの間、騒がしい奴がやって来る。
「全員居るか?」
蹴破るやいなや、都乙はいつにもなく真面目なトーンでそう言った。
「揃ってるぞ」
「すぐ着替えてくれ、緊急事態だ」
その一言で部屋の中はピリッとした空気に包まれた。あの都乙が緊急事態と言うぐらいだ。ただならぬことが起きたんだろう。全員がその重大性を察知し、着替えはじめる。着替え終わった俺達は裏手に停まっている車に向かう。
「都乙、何が起きた?」
車に向かう途中、部長が都乙に聞く。都乙は少し腕時計を見てから答えた。
「新幹線がジャックされた」
「「ジャック!?」」
玖音先輩と衛利が大声をあげる。
「そんなのどうやって!?」
「今は時間がない、詳細は追って話す」
……………………………………………………………
車中にて都乙が説明を始める。
「事件発生は本日午前6時。東山道新幹線の始発が何者かによってコントロールを奪われた。車内との通信などは全てが遮断され、中の状況は分からない」
「コントロールを奪うって、そんなこと出来んのか?」
部長が身を乗り出して聞く。
「ヴァイズのあるこの世界じゃ、不可能なんてほぼほぼ無いさ」
都乙が運転しながら答える。確かに、ヴァイズがあればある程度何でも出来るだろう。だが…
「今回のは規模がデカイな」
新幹線のジャックなんてテロだ。このままにしておけば被害は計り知れない。
「あぁ、しかも新幹線はどんどんスピードを増して、あと90分で終点の駅に突っ込む」
「「「「!?」」」」
サラッと放たれた恐ろしい言葉。
「あと90分!?」
「そもそもどうやって乗るんだよ!」
玖音先輩と部長が次々と言う。
「安心しろ。乗り込む方法は手配してるし、お前達の安全は最大限守る」
と都乙。
「じゃ今回の任務は、1.新幹線への侵入。2.状況確認及び乗客の安全確保。3.ターゲットの無力化。てことですか?」
「うん、流石真姫、飲み込みが早くて助かる」
しばらくすると車が止まる。
「ちょっと待ってろ」
そう言って都乙は車を降り、誰かを連れてきた。
「宵友瑠偉です。今回はよろしくお願いします!…って都乙さん!?」
と元気よく敬礼してきたその男性は都乙に言う。
「協力者って!子供じゃないですか!?」
「うるさい、了承済みだ」
都乙が面倒くさそうに答える。
「了承済みって!1回目じゃないんですか!?」
「あーあー聞こえねー」
「おい」
耐えかねた部長が声をかける。
「私達は好きで協力してんだ。文句言うな」
その言葉に全員頷く。瑠偉は一瞬あっけにとられたような顔をするがすぐに真面目な顔に戻り
「…了解しました。協力、感謝します」
と言った。
(なんでこんな真面目な人が都乙の部下なんだ…)
組織とは残酷である。
「よし、時間がない。手短に説明するぞ」
都乙は車のボンネットに地図を広げ、説明を始める。
「まず、この先に線路の柵を越える高さの坂道がある、そこからアプローチする」
「え?直に乗るの?」
「まぁ聞け。そこで瑠偉のヴァイズだ」
「はい」
瑠偉さんが一歩前へ出る。
「瑠偉のヴァイズは同調、指定した2つの物体を同期させることが可能だ。これを使って、新幹線と車を同調させ、乗り込む」
「なるほど」
「そう聞くといけそうだね〜」
都乙が時計を確認する。
「あと10分でランデブータイムだ、車に乗るぞ」
都乙に言われ、車に乗る。都乙はまだ乗らず、線路の方を双眼鏡で見ている。
「…大丈夫かな」
珍しく真姫が弱音をはく。
「どした真姫?らしくない」
「…いや、やめておこう。大丈夫だ。このメンバーなら」
うんうんと自己完結する真姫。
そのうち都乙が乗ってきて、エンジンをかける。
「来たぞ、あれだ」
都乙が後ろを指差す。見ると黒いモヤがかかり異質な気配を放つ新幹線が、猛スピードで線路を走っている。
(あれに乗り込むのか)
自然と緊張感が漂う。
「いくぞ、しっかり掴まってろよ!」
都乙がアクセルを思いっきり踏む。
「フルスロットルだ!」
キュルキュルと音を立てて車が急発進する。
「うぉ!」
勢いでシートに身体が押し付けられる。
坂道を爆速で登ると、てっぺんに瑠偉さんが立っているのが見える。
「いきますよ!」
瑠偉さんが両手をそれぞれ車と新幹線に向ける。するとスピードが更に増す。横の線路を走る新幹線を見るに、同じ程のスピードが出ているように思える。
「おらぁ!!」
都乙がハンドルを線路側に思いっきり切り、車は空を走る。
「おおおお!」
全員、来るであろう衝撃に備え、目を瞑る。
しかし、思いの外衝撃は来なかった。
「同調、か」
真姫がつぶやく。
「どういうことだ真姫?」
部長が真姫に説明を求める。
「つまり、同調状態にある2つの物体は同一の物体と判断されて、着地の衝撃が弱くなったんですよ」
部長は「うん?」と首を傾げている。
「まぁつまり、元々1つのものが1つに戻った判定ってことです」
「なるほど」
「圭分かってないでしょ〜」
車は新幹線の屋根に乗っているだけのはずだが、微動だにしない。
「これが同調…」
「さてと…」
都乙が席の下から何やら取り出し作業を始める。
「…瑠偉、聴こえるか」
どうやら瑠偉さんと連絡をとっていたようだ。
「そうそう、一番近いとこの…よし、よくやった」
下の方からガコンと音がする。
「乗り込み用のドアを開けさせた。中に入るぞ」
都乙がロープを取り出し、開いたドアに引っ掛ける。
「よっと」
シュルシュルとロープを伝って新幹線内部に入る。
「全員入ったな」
乗り込んだすぐの所で都乙が確認を取る。
「いいか、今居るのは列車中央辺り。ここから二手に分かれ行動する」
都乙が俺、圭。そして真姫、衛利、玖音先輩に分ける。
「衛利達は後部を頼む。双葉、圭はこの私について来い」
どうやら俺達は前担当のようだ。
「了解!」
「じゃ、また後でね〜」
「無事でな」
衛利達はドアをくぐり、後部に向かった。
「さっさと片付けんぞ」
圭が小ビンを割り、ナノを大量展開する。
「おうよ」
都乙も警棒を抜き、構えをとる。
「よし、ミッション開始だ」
─都乙の質問コーナー!
衛利:この状況で!?
─うるせーな。本編の事は気にすんな。
衛利:は、ハイ…
─じゃ、いくぞ1つ目の質問です。勉強は出来る方ですか?
衛利:勉強かー。好きじゃないけどクラス順位は上から数えた方が早いぞ。
─嫌味か、好感度下がるぞ。
衛利:誰からの!?え誰か見てんの!?
─だからうるせぇっての。はい2つ目の質問です。
衛利:はい。
─普段は何部なんですか?
衛利:あーいつもは運動部全般。
─全般?
衛利:そ、その日最初に呼ばれたとこ行ってる。
─お前なんでモテない?
衛利:俺が知りたいわ。
─腹立つわー。最後の質問。好きな人、いる?
衛利:それ皆に聞いたのか?
─おう。
衛利:部長キレたろ。
─叫んだ。
衛利:だろうな。
─で?お前はどうなんだよ。
衛利:特に。
─つまんねーなだからモテねーんだよ。
衛利:えめっちゃディスられたんだけど!?
─はいでは質問コーナーはこれにて終了です。またの機会を待っていやがれ!!