リント
アイリスは、リントを警戒して、睨みつけるような目になっている。
タンデライオン皇女がアイリスの様子に気が付いた。
「……ふむ……そういえば、ドラゴンテイル卿が”学者”になったのは2年前だな」
「はい、そうなります」
「その時、アイリスは新型飛行艦の習熟飛行訓練で皇都をはなれていたな」
「? はい」
残りの二人も、アイリスのまなざしに気付いていたのか、納得した顔になる。
「[皇立科学学院周辺の巨獣分布調査]という本は知っているか?」
「?」
「一年くらい前に発刊されたベストセラーですか。図説が多くて読みやすいと聞いています」
アイリスが首をかしげた。
「筆者はドラゴンテイル卿だ。それは彼の、卒業課題を編集したものだ」
「卿は課題作成に測量術式を、発明した。そして、学院周辺5キロメートルの地図をかなり正確に作成した。そうだよな?」
「はい」
「ちなみに軍事転用されかねない地図は、皇国の許可がなければ複製も販売も禁止された」
「今までにない測量術式の発明。正確な地図を使った詳細な調査」
「アイリスが皇都を離れている間に、皇都ではすごい話題になっていたんだ」
「当時、地図作成の方法を独占しようと、ほとんどの派閥の貴族が卿を取り込もうとした。しかし、卿は全ての誘いを断って学会に公開した」
「おっと脱線したな」
「アイリス。卿は学者だ。第二皇女の派閥ではないぞ」
「えっ」
「……学者様……?」
アイリスは、少し泣きそうな表情になる。
リリアナが「姉さん……」と小さくつぶやく。
「むっ」
(……あの表情は、……)
(彼女とは初対面では無いのか……)
リントは、竜騎士学園時代のある一場面を思い出す。
そうだ、彼女は、あの時も涙をうかべていた。
何か納得したようにうなずいた。
誘われるように、ハンカチを出してアイリスの目ににじんでいる涙を拭きながら
「……良い…… 可愛いな……」
とぽろっと口に出した。
「えっ」
アイリスは、全身真っ赤になって身動きが出来なくなった。
「ほほう!」
皇女は改めて興味深そうにリントを見る。
一瞬、瞳が金色に瞬いた。
身長170センチくらい。
金髪を短く刈り込んでいる。眼の色は青。
(確か、学者は、研究の結果も大事にするが、研究方法も大事にするはず)
(ふーむ。地図作成の方法の発見の態度があっさりしすぎてる)
(……まるでやり方を初めから知っていたようだ……)
◆
皇女の勘は正しい。
リントには前世の記憶がある。
前世の名前は、竜尾輪人。人の世界で長年、生物学者をしていた。
竜の世界で前世の知識や経験をそのまま使っている。
ちなみに前世の趣味は、バイクだ。
◆
皇女は考え事をやめて周りを見る。
近くにリリアナの背中にしがみついて、少しでも隠れようと小さくなっているアイリスがいた。
全然、隠れられていないのだが。
(いや、可愛いんじゃないかこれ)
自分のしぐさが、リントのハートに刺さりまくっているのを、アイリスは気づかない。
「か、か、からかわないでください。20歳をとうに過ぎたいき遅れですよ。やっときた婚約の話を断られた理由はトレントみたいですよ。可愛いわけないでしょう」
アイリスは早口で言った。
偶然、上下に並んだよく似た姉妹の目を見ながらリントは、アイリスの後ろに「シャー」と毛を逆立てて威嚇する子猫を想像する。
「いや。うん。やはり可愛いじゃないか……」
と小さくつぶやいているリントを見て、皇女はクスリと笑って
「アイリスをあまりいじめてくれるな」
「ドラゴンテイル卿。もう時間が遅い」
「今日はここで野営をする。ドラゴンテイル卿少し話がしたい。よろしいか」
リントは何も言わずうなずいた。