第五話 森の魔物を狩ってみる①
転生から三ヶ月。
僕達兄妹は強くなった。
どれくらい強くなったかというと、だいぶ強くなった。
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ゲッコー・モリシマ
LV 1 《種族・モリゲッコー》
HP 8900
MP 6700
STR 6200
DEF 5900
MAG 5500
LUC 62
[スキル]
『脱皮』
『脱皮《離脱》』
『脱皮《爆破》』
『属性変化』
『自切』
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最初に転生してきた時とは比べ物にならないステータスである。まあ、妹の足下にも及ばないが。妹の足下にも及ばないが。
スキルも色々と増えていた。
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『脱皮《離脱》』
[皮を脱ぐ。脱いだ皮を残して、本体は任意の場所(近く)に転送される]
『脱皮《爆破》』
[皮を脱ぐ。脱いだ皮が大爆発する]
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この二つは『脱皮』から派生したスキルである。通常の『脱皮』ほどMPを消費せずに使用できる。カジュ曰く、どっちもめちゃ強い。らしい。
確かに、この二つのスキルはどちらも僕のお気に入りだ。『脱皮《離脱》』は忍者の変わり身の術みたいに使えてカッコいいし、『脱皮《爆破》』においては、その威力のヤバさから、カジュから使用禁止令が出されている。
そして、
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『属性変化』
[本体の属性が任意に変化する]
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周囲に合わせて変化する、爬虫類特有のスキルだろうか? カメレオン的な? カジュ曰く、書いてあることがすでに強い。だそうだ。まだそんなに試してないので、よく分からない。
カジュがいうにはトカゲな僕はすでにこの森の頂点近くに君臨しているらしい。まず負けることはないそうだ。頂点はきっとカジュなんだろうなあ……まあドライアドだし。樹の精霊だし。
「そろそろレベル上げを開始しようか、お兄ちゃん」
「うん、ちょっと緊張するな……」
レベルを上げるということは、魔物と戦うということである。かなり強くなったとはいえ、命のやり取りはさすがに緊張する。
「大丈夫だよお兄ちゃん。これから始まるのは命のやり取りじゃなくて、お兄ちゃんによる一方的な虐殺だよ。緊張する必要はまったくないよ。うふふ」
うふふ、じゃない。
カジュよ……それは励ましているのか? 僕はカジュほど強くはないからな。足下にも及んでないからな。しかも虐殺とか怖い言葉を使うな、お兄ちゃんドン引きするだけだからな。
「大丈夫。行くよ、お兄ちゃん」
カジュが打ち合わせ通り、スキルを使用する。
「『植物操作』!」
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『植物操作』
[任意の植物を操る]
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カジュのスキル『植物操作』である。ゴゴゴゴ! と、カジュを中心に森に生えた木々が波に押されるように大地を削りながら移動を開始する。上空から見れば波紋のように円形の空き地が広がっていくのが見えるはずだ。さらに外周に追いやられた木々は隙間なく絡み合い詰められて大きな壁となる。一瞬で円形闘技場の完成である。大地震がやってきたような轟音が響いたが、終わってみれば土木業者も真っ青な早技であった。
「ふう……成功だね」
説明を受けた時は意味不明だったが、なるほどカジュすごい。ホントに闘技場を作るとは。
「けっこう広いし……」
カジュの作った闘技場は広さが直径50mくらいはありそうだ。円形に端へ寄せた木々の壁は高さもかなりある。トカゲサイズの僕にはかなり広く感じる。
「まだまだ広くできるけど、あんまり広くするとお兄ちゃんの援護がやりづらくなるからね。これぐらいの大きさにしたよ」
「せうか……」
『植物操作』で作られた簡易闘技場の壁だが、カジュがさらに操作したのだろう、壁一面に槍のようなトゲが付き出している。もしも僕がピンチになる時があれば、あの壁のトゲが伸びてきて助けてくれるそうだ。至れり尽くせりである。
「お兄ちゃん準備はいい? 始めるよ!」
カジュの問いに僕は元気よく応える。
「おう、ドンと来い!」
「『植物結界』併用『植物操作』……うん、最初はこの子でいいよね」
カジュが目を閉じて小さくそう言うと、ドパーン……! という音とともに巨大なサイの姿をした魔物が闘技場の外壁を越えて中に飛び込んできた。
いや、じっさいは投げ込まれたわけなんだが。
………………
…………
……
前日、作戦会議。
「まず私が『植物操作』で簡易闘技場を作ります」
「うん……ええ? なんだって?」
安全なレベル上げ方法を打ち合わせていたのだが、妹の言うことがいきなり理解できなかった。
「すまん、カジュ。もう一度言ってくれ」
「うん。まずは私が『植物操作』で簡易の闘技場を作ります」
あれ? 『植物操作』ってそんなスキルだっけ? 木の棒を操作して、棍棒とか槍とか、そういう簡単な武器を作ってるのは何回か見たけど……そんなスキルだっけ?
「闘技場とか作れるのか……?」
「はい」
疑いの目で見る僕だが、カジュの瞳は真剣である。
「考えてみてお兄ちゃん。闘技場を作ってその中で戦えば、他に敵は入ってこれないよね? お兄ちゃんは心置きなく一対一のタイマンで戦えるという寸法です」
「なるほど」
確かに森の中でてきとーに戦った場合、変な横やりが入って、不測の事態が起こるかもしれない。闘技場を作るとか言ってる部分に疑問を禁じ得ないが、妹を信じるのも兄のつとめだしよし。
「カジュに全部、任せるよ」
丸投げした。
「うん、任せて! あとは相手の補充だけど、これも私が担当するよ。『植物結界』と『植物操作』を使えば難しくないし」
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『植物結界』
[任意の植物と同調し周囲の様子を探査する]
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『植物結界』は植物と同調して周囲のようすを探ることができるスキルだ。本人が離れていても植物がある場所なら遠隔で探査することができる。とても便利だ。今現在、カジュはこの森の全ての木々と同時に同調することも可能らしい。つまり森の魔物をすべてカジュの監視下に置くこともできるのだ。なんかもう森のぬしである。
壁の外の手頃な魔物を『植物結界』で探知。遠隔『植物操作』でその魔物の近くの木を操り捕獲。捕まえた魔物を闘技場の中までそのままぶん投げるーー、
………………
…………
……
そして、現在。
僕はサイの魔物に追いかけられ、闘技場の中を走り回っていた。
「だーめだ、攻撃手段がなーい!」
トカゲは過酷であった。
いや、がんばったんだよ? がんばったんだよ僕は? いきなり僕の数十倍はあるサイズの魔物をチョイスして投げ込んだ妹に絶望しかけたけど、がんばったんだよ?
最初はがんばって噛みついてみたりもした。
でもトカゲな僕では根本的に体積が足りなかった。トカゲの体による噛みつきでは、3メートルを超えようかという、このサイの魔物はどーしよーもないのだ。噛まれてサイめっちゃ怒ったし。
幸いなことに角で突かれようが、足で蹴られようが、この魔物では僕にダメージを与えられないようだ。防御力万歳である。
「お兄ちゃん逃げてばかりじゃ勝てないよ! 攻撃して!」
ジャブだよジャブ! と、カジュが冗談なのか本気なのか分からないアドバイスをくれる。トカゲにジャブは使えないよ。ひどいよ。
攻撃されても痛くないとはいえ、ふつうに怖いんだよなあ……
サイの魔物は疲れた様子も見せず、怒りの形相で僕を追いかけてくる。逃げる僕。
「『脱皮《爆破》』はカジュに禁止されてるしなあ……」
ひとつあれを試してみるか。
僕は逃げるのをやめて、サイの魔物に向き直る。迫ってくるサイの魔物はトカゲ視点から見るとやはり大きすぎて怖い。うひゃーすごい迫力。
魔物は僕を踏み潰そうと両前足を持ち上げて──、
「『脱皮《離脱》』!」
ズズーン……! と地面を踏みつける音が闘技場に響いた。
サイの魔物は僕をようやく仕留めたと思ったのだろう。口のはしを吊り上げてニヤリと笑う。足の下に、確かにトカゲである僕を潰した感触があるのだろう。
「──残念、それはただの皮だよ」
サイの魔物の背後──というか、背中に乗った僕が声をかけた。
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『脱皮《離脱》』
[皮を脱ぐ。脱いだ皮を残して、本体は任意の場所(近く)に転送される]
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「変わり身の術っていうんだ。カッコいいでしょ?」
完全に忍者になった気分だ。スキル『脱皮《離脱》』は皮を瞬時に脱いでその場に残し、僕自身は別の場所にワープする技である。スタイリッシュかつ便利な技なのだ。今回みたいに敵の攻撃を透かしつつ背後を取るのが強い使い方である(カジュ談)。
「んじゃ、お試しと行きますか!」
僕は思いついた攻撃方法を試してみることにする。ちょうど背中に張りついたことだし、完璧な状況だ。
「スキル『属性変化《雷》』!」
一瞬体が輝き、バリイィィ! ものすごい光と音を発して、僕とサイはスパークした。