第三話 ②
「……なるほど、ホントに脱皮するんだね」
お兄ちゃんの脱いだ皮を、指でつまんでぷらぷらさせながら私は考える。
これのどこがスキルなんだろう……?
まったく役に立たないような……むむむ。
「ぬ、脱げたぞ……どうだ……見てた?」
「見てたよ。すっぽり脱げてたね」
脱皮を終えたお兄ちゃんは今にも死にそうなほどふらふらしている。なるほど、スキルだけあってMPを消費したのだろう。皮を脱いだことですごくお疲れのようだ。むむむ。
「カジュ、悪いけどその皮返してくれない? 『脱皮』でMPだけじゃなく、HPも消費しててさ、なんかもう死にそうなんだよ。皮を食べると回復するみたいなんだけど……」
「え、そうなの?」
ホントに死にそうだったらしい。脱いだ皮は栄養が豊富なんだそうだ。食べて吸収する必要があるらしい。
しかし、MPだけじゃなくHPまで消費するとは、脱皮とはトカゲにとってホントに命がけなんだなあ。確かエビとかもそうなんだよね?
私はぷらぷら揺らしていた皮をお兄ちゃんへ返してあげた。
その皮をガジガジとお兄ちゃんが食べだす。
うん、完全にトカゲだね。可愛い。
ちなみに現在、私達は魔物の蔓延る森の中にいるわけだが、私のスキル『木隠』により完全に外敵から隠れるコトができている。このスキルは森の中で私の存在が自然木と区別つかなくなるのだ。お兄ちゃんは所詮トカゲなので基本は狙われない。空から狙ってくる鳥にだけは注意だ。
『木隠』は弱々な私達にはすごくありがたいスキルである。さすが樹の精霊のスキルである。
というか、スキルって本来そういうモノであるはずなんだけど……
便利だったり、強かったり、使い手に何かしらメリットがあるモノなんだけど。
皮を脱いで消耗するだけってなに?
「今のところ、『脱皮』にはデメリットしかないような……まさかの完全はずれスキル? お兄ちゃんはどこまでハードモードなの!?」
「いや一応、効果はあったみたいだけど……」
「え、お兄ちゃんなんか効果を感じるの?」
「どうやら『脱皮』は、少しだけ成長するスキルみたいだ」
成長? もしかして少しだけ大きくなっているのだろうか? 確かに脱皮ってそういうモノだけど。
「うーん、私には違いが分からないや。あんまり大きくなってるようには見えないかなあ……」
「いや身長ではなくて。ステータスが上がってるんだよ」
「え? ステータス?」
まさかの強化系じゃったか。
「まあ、そんなに自慢できるほどでもなさそうだけどな」
そしてお兄ちゃんは上がったステータスを教えてくれた。
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ゲッコー・モリシマ
LV 1 《種族・モリゲッコー》
HP 18 / 18
MP 0 / 9
STR 4
DEF 5
MAG 5
LUC 3
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「ね、上がってるだろ? 少しだけど」
てへぺろ……と、実に申し訳なさそうなお兄ちゃんだった。
相変わらず激弱お兄ちゃんだが、なるほど確かにステータスが少しだけ上がっている。全体的に2から3くらい。ほんの雀の涙ほどだが、確かにお兄ちゃんは強化されているようだ。
ものすごく、極々わずかではありますが……
んーでも、ホントに少ししか強化されてないなあ……もう少しステータスが強化されるなら、何か使い道もありそうなんだけど……
……ん?
いやまてよ?
これ、素の数値が上がってないか?
「お兄ちゃん。これ基本ステータスが上がってるように見えるんだけど……?」
「基本ステータス?」
そうなのだ。ふつうのゲームの強化系スキルでは、基本ステータス自体が上がることはない。スキル使用中のみ限定で一時的に付与強化されるだけなのだ。バトル終了でスキルが解除されると、強化した分は元に戻ってしまう。
でもお兄ちゃんの『脱皮』は、基本ステータスが上がっているようにみえる。てことは、永続じゃん……無限タネじゃん……むむむ。
……これはもう、そういうことで良いんだよね?
「お兄ちゃん、もう一回『脱皮』ってできる?」
「もう一回? そうだなあ……HPは皮を食べて回復したけど、MPが回復しないことには無理かもだな……」
『脱皮』のスキルを使うにはHPとMPを全て消耗する。HPは脱いだ皮を食べることで回復するようだが、MPはそうはいかないようだ。MPってたぶん時間による自然回復だと思うけど、待っている時間はないしなあ……そうだ!
「それなら、これ食べてみて」
私はスキル『果実生成』で作った。小さな実をお兄ちゃんに渡した。
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『果実生成』
[任意の果実を作り出す。生成した果実はすぐに使用しなければ腐ってしまう。また、生成した果実を自分で食べても効果を受けることはできない]
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「この果実は《マジックベリー》っていうんだよ。食べた人のMPを回復してくれる効果があるの」
サクランボほどの大きさの果実をお兄ちゃんの前に置いてあげる。
「これカジュが作ったのか? すごいじゃん! めっちゃうまそう!」
お兄ちゃんは私のマジックベリーにカプリとかぶりついた。モグモグ。
「おお、なんか行けそうだな! 『脱皮』!」
お兄ちゃんはまた、いそいそと皮を脱いでいくのであった。
成功した。