第七話 ②
かぽーん。
私達兄妹は今、温泉に入っている。
「ふいー、いい湯だなー、カジュー」
お兄ちゃんは湯船にプカプカ浮かんでいる。溺れてないよね? 大丈夫? いや、泳いでる! 器用!
「しかし、ご兄弟がお二人ともあんなに少食とは思いやせんでした。気いつかなくてすいやせん」
大猿のマシラさんも一緒に温泉に入っている。手下の猿達も湯船に入ったり、岩の上で涼んだりと自由にしている。あたまにタオルを乗せている猿もいる。これぞ温泉猿……なんか可愛いよ。
「いえいえ、こちらの方が悪いですから。私達は二人とも食が細いんですよ……」
そうなのだ。私達兄妹はご飯をホント食べないのだ。なぜなら食事をする必要自体がないから。なんなら二週間くらいはなにも食べなくて大丈夫なのだ。
まずお兄ちゃん。少しの水とコオロギ一匹くらい食べとけば一週間は普通にすごせる。さすがトカゲである。
そして私。基本的に水と日光だけで十分である。栄養はお兄ちゃんの皮で取るので、むしろそれ以外は食べたくない。
並べられた料理をほとんど食べない私達を見かねて、マシラさんが猿達秘蔵の温泉に入るよう勧めてくれたのだ。
ホントに申し訳ないです。温泉嬉しいです。
そんなこんなで、私達は今、温泉に入っている。
「うおっしゃーーい!」
お兄ちゃんは猿達と泳ぎの競争をしている。お兄ちゃんの上げる水しぶきで猿達がふっ飛んでいく。さすがお兄ちゃんつよい。
私はお湯から上がって、温泉の縁に腰かけて足だけを湯に浸けている。ぱしゃぱしゃ。ちょっとのぼせてきたし。
「そういえば、マシラさん以外にも言葉を話せる魔物はいるんですか? 私達はこの森から出たことがなくて……」
一番聞きたかったことをたずねる。そうである。森のぬしであるマシラさんは言葉を話せるのだ。私達が異世界に来て兄妹以外で初めて会話した人物(?)がマシラさんである。
「ええ!? ボスはこの森から出たことがねえんですかい? 本当ですかい!?」
マシラさんはとても驚いている。確かに私達みたいなのが自分の森で生まれたと聞いたらビックリするだろう。まあ気づいたらこの森に居たわけで、じっさいに生まれたかは分からないが。
「そうですねえ、森から出て街へ行きゃあ、話せるヤツらなんてたくさんいやすよ」
へー、やっぱり街なんてあるんだね。
「それって人間の街?」
街といえば人間のコミュニティだよね? 魔物の私達が行っても大丈夫だろうか?
「はあ? いや……すいやせん。人間の街なんてありやしやせんよ。ここは《魔界》ですから」
一瞬呆れ顔をしたマシラさんだが、すぐに切りかえて答えてくれた。
魔界。魔物の住む世界。
うわーここって完全に魔物だけの世界だったの? ちょっと予想外だ。
「魔界って、人間はいないってことなの?」
「ボス、魔界に人間はいやせんよ。人間がいるのは《人界》です」
マシラさんの話によると、この世界は魔界と人界に別れているらしい。
魔物の支配する大陸を魔界、人間の支配する大陸を人界と呼ぶそうだ。普通に海で離れているだけなので、定期的にお互いが戦争とか侵略とか仕掛けるらしい。
「ということは、魔界の街は……」
「そうですね。魔物の街になりやす」
魔物の街。喋ることのできる魔物達がたくさんいる街。なんか、楽しそうです。
「ただ、人語を話せる魔物は《魔物》ではなく、《魔人》と呼ばれていやす。魔人にも違いがあって、限りなく人間に近いのから、あっしのように限りなく獣に近いのまで、さまざまですね」
人間そっくりの魔物もいるみたいだ。いやこの場合は魔人か。犬の魔人とか猫の魔人とか、ウサ耳の子はいるかな? うんやっぱり楽しそう。
「マシラのおっさんはなんで街に住まないんだ?」
お兄ちゃんが泳ぎ飽きたのか、私のあたまに上ってくる。
「あっしは人語を解せると言っても、限りなく猿よりの猿ですからね。この森で手下どもとまったり暮らす方が楽なんでさあ」
なるほど、街に住むとなると魔物でもそれなりに働かないとなわけだね。マシラさんは強い、この森で暮らす方が気楽なんだろう。
「もし、お二人が街へ行く気なら森を東に抜けてくだせえ。そのまま二日ほど平野を行けばこの森から一番近くの街がありやすぜ」
マシラさんが聞いてもないのに街の場所を教えてくれた。じつに気配りのできるお猿さんである。
「ありがとうございます。準備ができたら行ってみます」
「おお、カジュ! ついにこの森から出る時が来たのか!」
「うん、お兄ちゃん!」
いつかはこの森を離れる気でいたが、ぬしを倒したのだからちょうど良いタイミングだろう。とりあえず街へ行って冒険者になるのも悪くないはずだ。
あれ? 魔物でも冒険者になれるのかな?
魔界にギルドってあるの?
「お二人なら街へ行ってもなんの危険もねえでしょう。チンピラにからまれたとしても簡単に返り討ちできるでしょうからね」
「そんなにガラ悪いの? 僕達ホントに街に行って大丈夫なのかな?」
お兄ちゃんより強い魔物なんて早々いないと思うけど……レベル100だし。ん? そうだ忘れてた。
「あのマシラさん。レベル上限を突破する方法って知ってます?」
これがマシラさんと戦った本来の目的だった。忘れてた。温泉を堪能してる場合じゃなかったよ。あぶないあぶない。
「レベル上限ですかい……? うーん、噂だけなら聞いたことありやすが……」
そしてマシラさんは顔をしかめながら、その噂を教えてくれた。
曰く、魔王を倒せば魔王の力を得ることができる──
魔王の資格はレベルの壁を遥かに越える──
「まあ、眉唾でやすがね……」
眉唾らしかった。
というか、魔王いるんだこの世界。
やっぱり強いんだろうなー。倒しての検証も難しいのかなー。
どうしよう。うーん。
悩む私に、
「カジュ、魔王ってなに?」
お兄ちゃんがボソッと言った。