第一話 兄妹、転生する①
僕達兄妹は暗闇の中にいた。
『ーーーーィーーーーニーー』
どこからか声が聞こえる……
ん? 声なのかこれ? 聞き取れないけど?
『ーーーゥーーーーーー?』
「はい?」
『ーーーーーォ?』
「はーい?」
………………
…………
……
『ああ、わるい! 間違えちゃった!』
けいはくなこえがひびく。
なに? 間違ったの?
『こっちの言語だった! 悪いねー! ん? この言語で通じてるよね? 通じてますかー?』
暗闇のだれかが、ザツに聞いてくる。
声にやる気が感じられない。なんだこいつ?
「えーと、言葉は通じてます」
いちおう答えておいた。
めちゃくちゃ暗い空間である。
まっくらでなにも見えないのだが、ふしぎと僕と妹の姿は見える。
妹は暗闇が怖いのかな? 僕の後ろに隠れている。
見ようによっては盾にされている気もするが、きっと気のせいだろう。
うん。だって僕達なかよし兄妹だからね。
「あのー、ここってどこなんですか?」
妹が暗闇に向けてたずねる。
『うーん、ここはあの世です』
「「え」」
『君たちは死んだのです。殺されました』
暗闇の中のだれかは、こともなげにそう言った。
「あ、やっぱりそうでしたかー」
そして妹も、こともなげにそう言った。
「くっそー。やっぱりだめだったかー」
そして僕も、こともなげにそう言った。
『えー、驚かないんだね。ビックリしたよ。悪いねー』
僕達が平然としてるので、暗闇はビックリしたらしい。うーむ、心の中では動揺してるつもりなんだけどなー。
「殺された時のことは覚えてないけど、どうせアイツに殺されたんだろ?」
「そうだろうね、お兄ちゃん。私達いつかは殺されると思ってたからねー」
「毒親ってホント害悪だよ」
僕達はたぶんアレに殺されたんだろう。うすぼんやりとしか覚えてないけど、二人でアレを殺そうとしていたのは覚えている。
最後の力を振りしぼって。作戦もなんもかんも覚えてないけど、普通に力負けしてしまったんだろう。パワーだけは有ったからなアイツ。そもそもごはん食べてなかったし、僕達に栄養が足りなかったのかな?
『残酷だねー。残念すぎるよー』
暗闇が同情の言葉をかけてくる。が、まったく感情がこもってない。もしかして煽ってるのかもしれない。
『いやホントに可哀想だと思ってるんだよ。まだ若いってのに、兄妹揃ってあの世行きなんてさ。絶対つらいじゃん。つらいつらい』
うん。ぜったい煽ってるよこいつ。
ぴきぴき。
『ああ、わるい! つい言葉が悪くなっちゃうよ! 我は神様ではあるんだけどさ、『邪悪神』なんだよね。君達人間でいうところの悪の象徴さ。悪いんだ』
なるほど邪悪神だったのかー。なっとく。
てか、めっちゃ悪いやつじゃん。
「その邪悪神さんが、私達になんの用でしょうか?」
『我は君達みたいに人間を、恨んで、恨んで、恨みまくって死んだヤツラの願いを叶えて上げるのが仕事なのさ。悪いだろ?』
「恨み……ですか?」
人間に対する恨み──確かにあるかも知れない。
だれもアレから僕達兄妹を守ってくれなかったからなー。
救ってもくれなかったし。
仕方ないけど。
『我の力は『転生』なんだ』
「転生?」
『君達を『魔物』に転生させることができる』
「転生?」
「お兄ちゃん、転生というのは生まれ変わりのことだよ。死んだあとに別の生き物に生まれ変わるの。前世とか来世とか聞いたことない?」
なるほど分かっ……らん!
『転生のこと分かったかい? 悪いねー。もう一度言うけど我はね、君たちを魔物に生まれ変わらせることができるんだ。ちなみに魔物っていうのは人間の敵のことだね。力も強い。恐ろしい生き物さ。しかし人間に怨みを晴らすのに、これほど適した存在はないだろう?』
「なるほど。その魔物っていうのに生まれ変われば、アレに復讐する事もできるんだな?」
『君達ならば可能──かもね』
ん? 今までとはちょっと違う感じで邪悪神は答えた。
「記憶はどうなるんですか? 転生した場合、私達の記憶は持っていけるんですか?」
『記憶は……持っていけないんだよね。悪いねー。前世の記憶を持ったまま転生しちゃうと、世界の『理』に、バグが出ちゃう可能性があるんだよ』
「バグってなに?」
『実際それでよくバランス崩壊を起こしてるし』
「バグってなに?」
「お兄ちゃんは少し黙ってて。でも私達、生まれ変わるにしても、また同じ兄妹でいたいんです。前の人生では、そんなに一緒にいれなかったから……」
『兄妹一緒にいたいの? 同じように? 前世では悲惨だったから?』
うーん、と邪悪神が暗闇の中で考える素振りをする。見えないけれども。
『まあ君達はまだ若いから知識も経験も大したことないだろうし……記憶を持って転生したところで、理に触れる行いができるとは思わないけどさ……ちなみにゲームとかよく遊ぶ?』
ゲーム? どういうことだ? 毒親だったから当然ゲームなんて買ってもらえないし、さわったことすらないよ? トランプすらないからね。妹の手作りで遊んでたし。
「私もお兄ちゃんも、ゲームはほとんどしたことありません!」
妹が胸をはって堂々と答えた。
『ゲームやらないのかあ……そういえば毒親だったね。買って貰えるわけないよなあ。うわーかわいそー。わるいわるい』
あいかわらずナチュラルに煽ってくる邪悪神だが、少しは僕達に同情してくれてるみたいだ。意外とやさしいのかも知れない。
『まあそう言うことなら大丈夫だね。今の記憶を持ったまま転生させてあげるよ』
「やった! ありがとうございます!」
妹はめっちゃ嬉しそうだ。
僕はいまいち意味が分からないのだけど、前世の記憶というのはそんなに大事なのかな? うーむ、謎だ。
『実際バグが起こっても我は知らないし。関係ないし』
邪悪神が邪悪な笑みこぼした。暗くて見えないけどぜったいに笑ったハズだ。うーむ、やっぱりこいつを信じるのは危険な気がするんだよなー。邪悪の神なわけだし。
『今の記憶を維持しつつ、兄妹一緒の場所に転生させるとなると……転移の要素も入ってくるねえ……』
邪悪神はなにやらフムフムと考えている。いつもの転生とは違う手続きが必要みたいだ。めんどーでもがんばってもらわないと困る。僕達兄妹のために。
『うん分かった。悪くない。君達を記憶を維持したまま転生させよう。ただし通常の転生とは違い、転生先の種族はだいぶ格落ちするかもしれない。君達の魂と相性の悪くない種族に転生させないといけないからね。それでも大丈夫?』
「はい、大丈夫です! お兄ちゃんと一緒なら!」
妹が元気よく答えた。これから魔物になるというのに元気なものである。僕は不安で仕方ないのだが……
魔物だよ? モンスターだよ?
「ま、今までより悪くなることはないか……」
ボロボロの子供だったし。
「そうだよ! ポジティブシンキングだよ、お兄ちゃん!」
『ふふ、そうだね。この先は君達の悪運次第だ。転生先で外敵に一瞬で殺されないように気をつけて』
「「え?」」
僕と妹のセリフが被った。いまなんて言ったこいつ。
『『異世界』は危険なんだよ。すぐに死なないようにがんばってね』
はあ!?
異世界!? なんでー!?
「僕達は異世界に転生するのか!?」
「えー!? 復讐はどうなるのー!?」
『うーん、復讐も不可能ではないと思うよ。《異次元超空間大移動》のスキルが手に入れば』
いじっ……なんだって?
『『神』じゃないと無理だけど』
神!? 無理そう!
「神様になったら……一番にあなたをぶん殴りにきます!」
妹が恨めしそうに言う。神になる気なのか。すごいぞ妹!
『あはは、まあ悪くない。兎に角、まずは生き残ることだ。君達が今から行く世界は、なかなかに過酷な世界だよ』
邪悪神のその言葉と同時に、僕達は暗闇に包まれる。
意識がだんだん薄くなっていく……
転生して生まれ変わるということは、この姿ともここでお別れなんだよなー……そう思うと少し寂しい。
妹の手をギュッと強く握る。
来世ではなるべく強い生き物に生まれると良いなあ……
妹を守れるくらいには……
『ちなみに我に助けを求めないでね。邪悪神は誰も救わないから。よろしくね』
「「あ、それはないです」」
最後の最後でみごとにハモった。
そうだ、僕達兄妹は息ぴったりなんだ。
二人でいればどんな場所でも怖くない。魔物になっても大丈夫だ。
『森島月光、森島果樹。我は君達兄妹に期待しているよ──』
最後に、邪悪神が僕達の前世の名前をよぶ。
まったく感情がこもってないし、ここら辺は決まったセリフなんだろう。期待してるとかサイコーにウソくさい。
『願わくば、君達が全ての人間を絶滅させることを──』
どんだけ人間嫌いなのこいつ。怖いよー。
そんなことを思いながら、
僕達の意識は、
くらい闇の中へと沈んでいった──
『あーあー、我はどうやっても悪いことしちゃうんだよねー。悪いなー。悪いなー』
──邪悪神に盛大な嫌がらせをされているとも知らずに。