第16話:最後の仕上げ
ゲス勇者バーナード=ナックル。
次の相手は《嫉妬のレヴィ》だ。
『ギャラルルルル!』
レヴィの本性は第一階層の主、魔族レベル5,000の “魔大蛇”。
全長数百メートを超える、竜サイズの魔神獣なのだ。
「ひっ! な、なんだ、この蛇の化け物は⁉」
目を見開き、バーナード=ナックルは後ずさりする。
まさか褐色の美少女が、こんな化け物に変身するとは、夢にも思ってもみなかったのだ。
「おいおい、勇者様よ。愛しのレヴィちゃん相手に、『化け物』呼ばわりは酷いぞ。ほら、蛇の頭の上をよーく見てろ。お前の愛しい姿が、ちゃんとあるだろう?」
《嫉妬のレヴィ》の大蛇モード。
実はレヴィの褐色少女の姿が、裸体の上半身だけ付いているのだ。
「ひっ、化け物女め!」
だが山のような大蛇と、可憐な少女の身体の組み合わせ。
見る者には逆に恐怖すら与えてしまうのだ。
レヴィの上半身を目にして、バーナード=ナックルは顔を真っ青にする。
「ふん。無粋者め。レヴィ。食い殺してしまえ」
パクッ!
勝負は一瞬でついてしまった。
神剣で迎撃するもバーナード=ナックルは、《嫉妬のレヴィ》に丸飲みされてしまったのだ。
そして無様な悲鳴が聞こえてくる。
……「うぁああああ⁉ 痛いよぉお! 熱くて、痛いよぉお!」
バーナード=ナックルの断末魔だ。
真っ暗な《嫉妬のレヴィ》の胃袋の中。
強力な酸の海によって、だんだんと消化されているのだ。
レヴィの胃袋の中は、本当に地獄の苦しみ。
辛うじて生きているのが災いして、苦痛が無限のように続いていくのだ。
「同情はしない。ご愁傷さまだな、ゲス勇者め」
無様な叫びは、第一階層に響き渡る。
ボクにとっては、優美な交響曲のように心地よい。
「ん? 死んだか」
断末魔が聞こえなくなった。
消化が終わったのだろう。
――――次の瞬間である。
シュン。
バーナード=ナックルが姿を現す。
飲み込まれる前の外見だ。
「へっ……? ど、ど、どうして、私は?」
バーナード=ナックルはマヌケ顔で、立ち尽くしていた。
自分に何が起きたか、理解できていないのだろう。
だからボクは教えてあげる。
低能な奴にも分かるように。
「おお⁉ なんと、勇者バーナード=ナックルは不死身なのか⁉ まさか、これが女神の加護というのか⁉ ああー、なんてことだ! これでは《嫉妬のレヴィ》が負けてしまうぞー!」
まさに迫真の演技。
これなら頭の悪いバーナード=ナックルでも、理解してくれるだろう。
「なぬ⁉ はっはっは! そういうことか! これぞ天罰! この不死身の身体さえあれば、蛇女ごとき恐れることはない! この神剣で斬り刻んで、犯してやるぞ、レヴィめぇええ!」
さすがはバーナード=ナックル。
こちらが望んだ通りの反応をしてくれる。
勝ち誇った顔で、レヴィに攻撃をしかけようとする。
――――だが、その場から一歩も動くことはない。
「な、何故、足が動かない⁉ ひっ、怖いよ⁉ いくら不死身でも、あんな恐怖は、二度とごめんだ⁉」
バーナード=ナックルは既に魂が折れていたのだ。
先ほどの《嫉妬のレヴィ》の消化攻撃の恐怖と痛み。
いくら肉体が不死身でも、精神が拒否しているのだ。
無様に泣き叫んでいた。
パクリ!
そのまま一歩も動けず、またバーナード=ナックルは丸飲みされてしまう。
「うぎゃああああ! 痛いよー! 熱いよー! あぎゃああああ! 助けてー! ママー!」
またもや心地よい交響曲が響き渡る。
ふむ。二回目ということもあり、更に演奏に弾みが出てきたな。
その内に、断末魔が聞こえなくなった。
消化されてしまったのだ。
シュン。
バーナード=ナックルがまた姿を現す。
飲み込まれる前の無事な外見だ。
「こ、これは……ひっ⁉」
ようやく自分の立場を理解したのか。
レヴィを見上げて、そのまま腰を抜かしてしまう。
もはや肉体の不死身など、なんの意味がない。
むしろ恐怖と苦痛が、これから永遠に続いていく。
その真の恐怖に気がついたのだ。
シャァーーーー!
腰を抜かしまま、バーナード=ナックルは失禁していた。
恐怖で心が壊れてかけているのだ。
「ふう……たった二回で、そのザマか? つまらない男だな。もう少し頑張ってくれよ、勇者様」
ふう……つまらないな。
これ以上はレヴィとは戦わせられない。
恐怖で魂が砕け散ってしまうからだ。
「仕方がない。《嫉妬のレヴィ》とのゲームは、これにてお終い。次は敗者復活戦のチャンスをあげよう、勇者バーナード=ナックル者よ!」
「は、敗者復活戦……?」
腰を抜かしたまま、バーナード=ナックルはこちらを見てきた。
レヴィと戦わなくても良い。微かな生き残る希望に、辛うじて立ち上がってくる。
おお、いいぞ。
その無様なほどの執念。
敵ながら天晴だ。
「次のゲームは簡単だ。おい、ベルフェ。武具を没収しろ!」
……『はい、ライン様』
シュン。
《怠惰のベルフェ》の魔法によって、バーナード=ナックルの装備は一式没収される。
最初の奇妙な下着姿のバーナード=ナックルに戻る。
「な、武具が⁉ ひ、卑怯だぞ、ライン!」
「はっはっは……心配するな。次のゲームでは相手も攻撃してこない! ルールは簡単。“彼ら”から逃げのびて、二日間、生き残ったら、キサマの勝ちだ!」
「へっ……彼ら、から? 生き延びて?」
「……いくぞ。【魔族召喚】!」
シュン! シュン! シュン! シュン!
再度、召喚魔法を発動。
今度は四体の魔族だ。
「紹介しよう、勇者よ。彼らは“色欲大鬼”たち! 魔界随一の性欲を持つ種族で、性別はオスだが、一番の好物は“人族のオス”だ! さぁ、彼らに存分に愛してもらえ、キサマの大好きな方法でな!」
「なっ……“色欲大鬼”……だと⁉」
魔物の名前を聞いて、バーナード=ナックルの顔が真っ青になる。
何しろ地上でも“色欲大鬼”の存在は伝説的。
その乱暴で巨大なオス性器で、人族の村をたった一匹で、壊滅させた逸話もあるのだ。
しかも今回は“色欲大鬼”の夜の猛者を集めた。
彼らの魔族レベルは全員1,500以上。
裸のバーナード=ナックルが絶対に勝てない相手なのだ。
「ひっ、そ、そ、そんなの無理に決まっている⁉」
「はっはっは! 安心しろ、勇者よ! 何しろ、この空間ではキサマの肉体は不死身だ! 何度、尻の穴が破裂して、内臓が飛び出しても、次の瞬間には復活している! だから遠慮せずに、彼らと愛し合いたまえ! さあ……敗者復活戦の開幕だ!」
その言葉が合図となる。
『『『ギャッハー!』』』
四体の“色欲大鬼”が歓喜の叫びを上げながら、バーナード=ナックルに群がっていく。
どうやら好みだったのだろう。
――――そこから“肉体”と“肉体”の、ぶつかり合い。魔族のオスと、人族の勇者のカチ試合だった。
「ほら、頑張れ、勇者よ! いつもお前が相手に、無理していることじゃないか⁉ さぁ、頑張って愛を受けてやるのだ!」
まさに白熱したガチ試合。
四匹の“色欲大鬼”に蹂躙されていく、勇者との感動の光景だ。
「ギャーーーー、たすけてーー!」
バーナード=ナックルは本当に良い声で、鳴いてくれてた。
「ひっ……ひっ……し、死ぬ……アギャ!」
何度も愛を受けきれず、内臓を破裂。
死亡してしまうが、そのたびに復活。
この《七大地獄》では精神さえ保っていれば、肉体は何度でもよみがえるのだ。
――――だが終わりは突然、やってきた。
「ご、ごめんなさい……ライン様……ごめんなさい……お母様を殺したこと、本当にごめんさい……」
たった二十回の愛の協奏曲で、バーナード=ナックルは心が折れてしまったのだ。
涙とヨダレを垂らし、土下座をしながら謝ってきた。
「はぁ……見損なったぞ、勇者バーナード=ナックル。お前なら、もう少し足掻いてくれると期待したのだが。『その言葉』さえ言わなければ、もう少しだけ生かしておいたのに……さらばだ、【無限回廊地獄】!」
《傲慢のルシファ》から吸収していた暗黒術を発動。
「なっ⁉ アギャー⁉」
直後、バーナード=ナックルは漆黒の空間に、堕ちていく。
肉体も精神も決して死ぬことはない、死よりも辛い無限地獄に落ちていったのだ。
シュン!
しばらくしてバーナード=ナックルが戻ってきた。
髪の毛と歯が全て抜け落ち、顔に生気がない。
死んでないけど、廃人になってしまったのだ。
こうなったら、もはや用はない。
「ベルフェ。処分しておいてくれ、このゴミを」
……『はっ!』
《怠惰のベルフェ》の魔法によって、廃人化バーナード=ナックルは消えていく。
行く先はボクも知らない。
おそらくは最終地獄よりも深い、魔界のゴミ捨て場だろう。
一人目の勇者《剣帝》バーナード=ナックルへの復讐は、完遂されたのだ。
「皆の者、ごくろうであった。さて、次の勇者を出迎える準備に移るぞ!」
だが復讐は完全には終わっていない。
次なる勇者を出迎える宴の準備に移るのであった。