第1話幸せだった日々
少年ラインは幸せに暮らしていた。
「ママ! 見て! 虫を捕まえたよ!」
「あら、ほんとう? 凄いわね、ラインは」
「えっへっへ……」
家族は母親と二人きり。
父親の記憶はない。
周囲には他の家はない辺境の山奥。
だがラインは幸せだった。
「ママ……雷、怖いよ……」
「ほら、一緒に寝てあげるから、泣かないで」
「うん、ありがとう……ママ……」
なぜなら母のことが大好きだったから。
母はいつでも優しかった。
常に息子のことを考えて、優しい言葉をかけてくれた。
「ライン、次は、この剣技と魔法を、組み合わせてみなさい」
「うん、分かった!」
「いえ、違います。それでは術式が非効率的です」
「うん……ごめんなさい」
同時に母は厳しかった。
息子ラインに色んなことを、厳しく教えてきた。
剣術と魔法による護身術。
森の中での狩りの仕方や隠密術など、生き残るすべを叩き込む。
普通の幼い子に対して、明らかに過酷すぎる教育内容。
「よく出来たわね、ライン。凄いわ」
「ありがとう、ママ!」
だがラインは一度も苦にしたことはない。
何故なら母親の教え方には、愛があったからだ。
「ママ! 野鳥を捕まえてきたよ! ほら、こんなに沢山!」
「よく、捕まえてきたわね、ライン。でも、覚えておいて、ちょうだい。多すぎる狩猟はしちゃダメよ。あと常に命を頂戴することに、感謝して生きていくのよ?」
「感謝……うん、分かった!」
愛情を持って、常に接してくれていたのだ。
生きていくために大事なことを、厳しく温かく教えてくれた。
「ライン。今日は、あの村に行くわ。前に教えた通り、皆に儀正しくするのよ。あと、他の子をイジめちゃ駄目よ?」
「うん、分かった!」
我が家は月に一度だけ、集落に出ていく日あった。
調味料や生活必需品を、買い物するため。
普段は母親以外と顔を合わせない自分にとって、特別な日だ。
「ママ、見て。これサラって、女の子から貰ったんだ!」
「あら、可愛いお花ね? ちゃんとお礼は言った?」
「うん。教えてもらったとおり、お礼したよ!」
今思うと村への買い物は、他人と接するための訓練だった。
いつか自分が成人した時に、自力で生きていけるように。母は教育してくれていたのだ。
月に一度の買い出しが終わると、また辺境の山の中の家に戻る。
周囲には獣しかいない場所だ。
「ねぇラインは寂しくない? あの村にいるような同年代の子と、一緒に遊びたくない?」
「うーん、べつにいいかな? だってボクにはママがいるし! 寂しくなんてないよ!」
「そう……ありがとう」
母との二人きりの生活は、本当に苦ではなかった。
何故なら母は誰よりも優しく、美しい自慢の存在。
毎日が幸せな時間で、永遠に続いて欲しかった。
――――だが、そんな幸せな日々は、突然、崩れ落ちる。