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桜のような人生を君と  作者: ほっぺむ
6/20

コウさん、お久しぶりです

細かい雨粒が車の窓にところ狭しとくっついて、灰色の空からピントを奪っていく。


「降ってきちゃった」と慌てながら、可奈子が車を駐車場に停めさくらを抱えると、足早に保健施設の中へ入った。


施設の中は明るく、梅雨のじめっとした不快な暑さもなかった。


高い天井や天井扇、草花や動物の絵が鮮やかに描かれた壁などにさくらは興奮したが、なにより目を奪われたのは、初めて見るたくさんの乳児たちだ。


「あぅー!」―赤ちゃんがいっぱい!これみんな私の同級生なんですね。


―そうね。三四ヶ月健診は毎週行われてるから、だいたいみんなさくらと同じ週に生まれた子ってことになるわね。


「おぉぃ」―こんなにいるんだ。


可奈子の腕の中から興味深く見ていると、まるでウィンドチャイムのように、さくらたちが通るところに乳児たちの視線が向かい、「アー」とか「オー」などと声が上がった。


「あぅあぃ?」―なんか見られてません?


―あ、私か。そっか、赤ちゃんは見える子多いのよね~。ちょっと離れとくわ。…あらっ。


レイの目線の先には、不安定に上下する拳大ほどの何かがあった。

こちらに真っ直ぐ、時折へなっと高度を下げながら飛んでくる。

さくらは虫か鳥かと思ったが、その頭の上に光を放つ輪が浮いているのが見えたのでサカだとわかった。


「えっうぅーう!ぶぅー!」―サカさーん!お久しぶりです。


―テン…。久しぶり…。元気そうだね


サカはそう力無く言ってからさくらの頭上にぺちゃっとへたりこんだ。

サカの体は赤子が間違えて口に入れてしまいそうな大きさだ。

レイと比べると、背丈は5分の1程度だろうか。


「ふぁ、わーぁぶ?あぇ?」―サカさん、そんなちっちゃくなっちゃって大丈夫ですか?普通の人にも見えちゃうんじゃ…。


―あんた、何にそんな力を使ったのよ


少し呆れたような心配そうな表情でレイはサカの襟首を猫のように掴み、「ここだと目立つから」と言っておもちゃがたくさん置いてある棚のそばに移動した。


「あ、可奈子~!久しぶり!」


嬉しそうな声が背後から聞こえ、可奈子がピクッと反応した。


「愛ちゃーん!久しぶり!」


「んっまーうっ。」―あ、お母さん、もしかして同級生のアイちゃんですか?


据わったばかりの首をくいっとあげて可奈子と同じ方向を見ると、黒い抱っこ紐の中からニョキッと飛び出す手足があった。


「あぶぅー!おぅー!」―てことはこれがコウさんですね?コウさん!お久しぶりです!テンです!


「きゃーさくらちゃん可愛い~!ご機嫌だねぇ。この子は博晃ひろあきくんです。よろしくね~」


「おぅー!あぃー!」―コウさんのお母さん!はじめまして!


「わぁ、さくらちゃんよく喋るね。やっぱ女の子だから成長早いのかな」


「そう、最近よく喋るようになったの。腰はどう?ましになった?」


「まだちょっと辛いんだけど、まぁどこのお母さんたちも、こんなもんなのかなぁ~って」


「ん~、痛みは比べられないもんねぇ。でも辛いと感じるならできるだけ安静にしといたほうがいいよ」


二人は、あのベビー用品が便利そうだとか、今後何が必要になるだとか情報を出し合いながら、待合室になっているホールのカーペットに座った。

さくらと博晃はころんと並んで寝かされ、さくらは間近になった博晃の顔を見た。


(この赤ちゃんが、コウさん?)


博晃のアーモンド型のくりっとした目がさくらを見ている。つりぎみの猫目だったコウとは全然ちがう、とさくらは思った。


ふわふわの髪の毛が逆立って、まるでライオンのようだ。


その時、博晃がニコッと可愛い笑みを溢した。


驚きと喜びで、さくらはキャーァと声を上げて足をじたばたと動かし笑った。


いつもどこかそっけなかったコウが、こんなにも明るく笑いかけてくれるなんて。


「見つめあって笑ってる~可愛い~!」


可奈子は「さくらだよー仲良くしてねー」と言いながら博晃の頬をツンツンとつついていると、その耳の上の付け根の辺りに小さな穴が開いていることに気づいた。


「あ、ひろくんにもある!ピアスの穴みたいなの」


「え!さくらちゃんにもあるの?結構珍しいみたいだけど。耳瘻孔っていうんだよね。うちの子両耳にあるんだよ」


ごろんと寝そべっている博晃を抱き上げて、愛はもう片方の耳を見せた。


すると、可奈子はますます驚き興奮した。


「本当に?さぁちゃんも両耳にあるよ」


ほら、とさくらをころりんと寝返らせて見せる。


「まじか!誕生日も1日違いだし、もう運命じゃない?」


「結婚?結婚?」


「長坂さくらになっちゃう?」


母親たちがきゃっきゃと楽しそうに騒ぐのをよそに、さくらは博晃に話しかけた。


「あぅーうぇっ」―コウさん、これからよろしくお願いしますね。


笑顔で伝えるさくらに博晃も楽しそうな笑みを返すが、こめかみの奥には何も聞こえてこない。


「えーへぇ?」―あれ、コウさん?聞こえませんか?


まだ体が上手く使えていないせいか、周りが騒がしいせいか、博晃からの通信がさくらには届かなかった。


まぁいいか、あとでレイさんやサカさんに伝えてもらおう、と思いながらさくらは博晃と笑みを掛け合った。


―可愛いわね。あれ本当にコウなの?


―ええ…残念ながら…。


サカはアザラシのぬいぐるみのお腹の上にぐでっと仰向けになり、力なく返事をした。


―そういえばあんた何でそんな縮んでるのよ。


残念という言葉に引っかかりつつレイがサカを見ると、サカはすっかり気の抜けた顔をしていた。


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