4、殺人鬼の本領
日が沈み、夜になった・・・
この世界の夜空はとても綺麗だ。大気が汚染されていない為、星空が綺麗に見える。そんな夜空を眺めながら僕はルビと一緒に星空を眺めていた。夜は冷えるから、肩を寄せ合いコートはルビに貸した。
「うん、やっぱり世界が違うと星々も違うか。中々面白いな・・・」
「ハチ、とても楽しそうだね?そんなに星空を見るのが好きなの?」
嬉しそうに笑いながら、ルビはそう聞いてきた。そっと、肩を寄せてくる。
その言葉に、僕は縦に頷いた。やはり、こういう感動は大事だと思う。人は感動が無いと上手く生きてはいけない物だから。だから、僕はルビにこれだけは伝えた。
「人間は生きる為に生きてるって実感が必要だ。その為にはやっぱり感動は重要だよ」
「ふふっ、そうなの?」
「そうだよ。だからルビも生きてるって実感は、その感動は大切にな」
その言葉に、ルビはとても楽しそうに笑った。そっと、僕の肩にその頭を乗せてくる。僕が思わずルビの方を見ると、彼女は嬉しそうに笑っていた。
ルビは楽しそうに、そして嬉しそうにそっと呟く。
「私に、その感動を与えてくれたのは他でもないハチなんだよ?ありがとう・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
僕は何も答えなかった。そっと肩を寄せ合い、そのまま星空を眺めていた。
・・・・・・・・・
そして、そろそろ真夜中の零時になりそうな頃。僕は周囲に視線を走らせた。ルビは既に深い眠りの中に入り、そう簡単には起きないだろう。僕は、そっと息を吐いた。
「・・・やっぱり、見逃してはくれないか」
周囲には幾つもの気配を感じる。これは人間の気配だ。決して野生の獣が放つ気配ではない。
そっと溜息を吐くと、ルビを洞窟の中へ連れていく。洞窟の奥にそっと寝かせ、コートをそっと掛けると僕はそのまま洞窟の外へ———
・・・ふと、僕は足を止めた。ズボンの裾を摑まれたからだ。
「・・・・・・んっ、ハチ・・・」
「・・・・・・ルビ」
僕のズボンの裾を摑み、無邪気に微笑んでいる。呼吸は規則正しく、寝息も聞こえる。
どうやら寝ぼけていたらしい。その姿に苦笑し、僕はそっとルビの手をズボンの裾から外す。
「ごめん、今までありがとう・・・」
そう言い、そっとルビの頬を撫でる。胸の奥がほんの僅か暖かくなる。この感情は一体何だ?
今はまだ、僕には理解出来なかった・・・
そして、視線を洞窟の外へ向ける。もう、あちらも待ってはくれないだろう。そう思い、今度こそ僕は洞窟の外へ足を向けた。其処には、やはり騎士甲冑を来た者達が洞窟の入口を包囲している。
そして、僕の姿を確認すると一人の男が前に進み出てきた。自らの背丈ほどもある、巨大な大剣を背負う途轍もない大男だ。その身長は二メートルくらいか。その事から考えてもかなりデカい。
そのサイズの大剣ともなると、振り回すのも困難だろう。それだけで、男の筋力が理解出来る。
・・・一言で言って、脅威そのものだろうが。そんな事は一切関係ない。
僕はとりあえず交渉を行ってみる。
「一応言っておくが、ルビを今後一切黙認して放置する事は出来ないか?」
「出来ん。あの死病を放置すれば、今後我が国に極大の災禍となって降りかかるだろう。見過ごす事など断じて出来ないな。故に、此処で再び封印させてもらう」
そう言って、男は大剣を抜き放つ。周囲の騎士達も、各々武器を手に取った。それを確認し、僕は静かに溜息を吐いた。結局、最後にはこうなるか。懐からナイフを抜き放つ。
瞬間、僕の中でスイッチが切り替わった。殺人鬼の相が顔を見せる。
「さあ、殺戮の始まりだ・・・」
直後、周囲に濃密な殺意と殺気が放たれる。そのあまりの濃度と密度に騎士達が恐慌した。
周囲の空間が僅かに歪む程の殺気だ。並の者なら耐えられまい。
騎士の一人が狂乱の絶叫を上げ、そのまま斬り掛かってくる。しかし・・・
「温い」
瞬間、騎士の、腕が・・・するりと落ちた。一瞬の静寂。次いで絶叫が封印の洞窟前に木霊した。
しかし、次の瞬間には絶叫を上げた騎士は黙り込んだ。首がするりと落ちたからだ。そして、他の騎士達が反応を示す前には僕が動く。恐らく、並の騎士達には姿を捉える事すら不可能だろう。
一瞬で数名の騎士が首を刎ねられた。そして、それを見ていた大剣の騎士が叫ぶ。
「何をやっているっ!さっさと敵を討て‼」
しかし、そう言い終わる瞬間にはほぼ全てが終わっていた。周囲に転がる死体の山。その中で、立ち尽くす僕と大剣の騎士。そう、立っているのはこの二名だけだ。
一瞬で騎士団は壊滅状態に追い込まれていた。普通に考えて、ありえないだろう。
訓練を積んだ騎士達が、一瞬で少年只独りに壊滅させられた。まあ、僕の事だが・・・
・・・僕は、黙ってナイフの先を騎士に向けた。それはいわゆる威嚇だ。これ以上続けるなら、一切容赦はしないと告げている。そう、これ以上続けるなら容赦はしない。
一切の手加減なく××す。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
しかし、騎士はそれでも折れなかった。どころか、先程より真っ直ぐな瞳で大剣を構える。
思わず、僕は問い掛ける。
「・・・・・・死ぬつもりか?」
「・・・部下が死んだのは単純に俺の責任だ。俺が無様に操られていたから、陛下からの命令も守れずあんな醜態を晒す事になったのだ。だから、その責任を取る」
「・・・?操られていた?」
気になる言葉はある。しかし、それでも目の前に倒すべき者が居る事に変わりはない。故に、僕は静かにナイフを構えた。黙って向かい合う僕達。
僕を前に、騎士はふっと笑みを浮かべた。
「王国近衛騎士、ターコイズだ・・・。名を聞こう」
「上裂八・・・。ハチと名乗っておこう」
その名乗りに満足したのか、ターコイズは大剣を大上段に構えて裂帛の気迫と共に斬り掛かる。それを僕は正面から見据えて・・・大地を踏み締め真っ直ぐ駆けた。
・・・・・・・・・
早朝、ふと目が覚めたルビは自分の身体に掛けられた黒いコートを見て昨日の事を思い出した。そしてふと言い知れぬ不安に襲われる。それは、すぐ傍に居る筈の姿が見当たらないからだ。
「・・・・・・ハチ?」
声に出して呼んでみる。しかし、返事がない。その事に、不安が恐怖に変わり増加してゆく。
周囲を見回して探してみるが、やはり近くには居ない。恐怖心が臨界に達しようとした瞬間、ルビは血の臭気が洞窟の外から漂ってくるのを感じた。恐怖心が一気に臨界に達した。
「っ、ハチ⁉ハチ‼」
ルビは一気に飛び起き、そのまま洞窟の外に駆けだしてゆく。そして、其処で見たのは・・・
傷だらけの騎士に馬乗りになり、首元にナイフを突きつけるハチの姿だった。
周囲には騎士達の死体が転がり、血の海が広がっている。濃密な血の臭気が立ち込め、猛烈なめまいがルビに襲い掛かる。恐らく、ハチがやったのだろう。
・・・騎士は満足げに笑みを浮かべ、そしてハチは尋常でない殺気と殺意をみなぎらせてそのナイフを振り上げている。それを見た瞬間、ルビは駆け出した。
「ハチ、駄目っ!!!」
ルビは勢いよくハチに飛び付き、抱き付いた。その勢いに押され、ハチは地面を転がる。
その姿に、騎士も驚き目を丸くする。しかし、一番驚いたのはハチだ。愕然とルビを見る。
「ル、ルビ⁉一体何を・・・」
「駄目・・・それ以上は絶対に駄目っ・・・・・・」
見ると、ルビの身体は小刻みに震えていた。恐らく、今の行動にもかなりの勇気を要したのだ。そんなルビの姿にハチは、思わず黙り込む。この少女は、殺人鬼の姿に怯えながらもそれでも足を踏み出し勇気を示したのだろう。その姿に、ハチは黙り込んだ。
目の前の殺人鬼は恐ろしいが、それでもハチがこれ以上血に染まるのはもっと恐ろしい。そう、ルビの瞳は告げていた。涙ながらに、そう告げていたのだ。
その姿に、ハチはそっと溜息を吐いた。ナイフを放り投げ、ルビの頭をそっと撫でる。
「ごめん、ルビ。もう大丈夫だ・・・」
「っ、・・・うぐ、ひっく・・・うあぁっ・・・・・・」
そして、泣きじゃくるルビをそっと抱き締め背中を撫で続けるハチだった。