3、この世界の事・・・
・・・しばらくして、ようやく僕は落ち着きを取り戻した。そそくさと少女から離れる。
少女も真っ赤な顔でいそいそと着衣の乱れを直した。流石に気まずい。
「・・・・・・すまない、少し取り乱した」
「・・・・・・・・・・・・は、はいっ。私こそ、取り乱してすみません」
少女は真っ赤な顔で俯き、か細い声で呟いた。その言葉に、僕は更に申し訳なくなる。当然だ。流石にいきなり女の子に抱き付くのは、セクハラ以外の何物でもないだろう。僕は心の中で反省する。
少女はちらちらと僕の方を見ている。その頬は赤く、瞳は僅かに潤んでいる。その視線に、僕は必死に気付かないふりをしていた。いや、流石にまさかな・・・
しばらくした後、僕は少女に問い掛けた。
「あの、君の名前は?そういえば聞いてなかったけど・・・」
「あ、はいっ!えっと、ルビ・・・です・・・・・・」
「ふむ、ルビか・・・。良い名前だ」
「は、はいっ‼」
ルビは嬉しそうに笑みを零した。その笑みに、僕も思わず薄い笑みが零れた。それだけで、この少女を助け出したかいがあったという物だ。やはり、苦しそうな顔よりも笑顔の方が良いに決まってる。
僕とルビは共に笑い合った。それだけで、何だか心が暖かくなった気がした。
そっと、ルビが僕の肩に寄り添ってくる。自然、僕も肩を寄せる。
「・・・・・・ありがとう、ハチ」
そう言って、ルビが浮かべた笑顔はとても眩しかった。やはり、助けて良かった。そう思えた。
・・・・・・・・・
しばらく取り止めのない話をしていた。そして、僕は思う。やはり、此処は異世界なんだなと。
そう実感して、僕は覚悟を決めた。ルビにある程度自分の事を話す覚悟を・・・
「ルビ、少し話があるんだ。聞いてくれるか?」
「・・・?うん、何かな?」
ルビはきょとんっとした表情をして、僕の方を見た。その表情を見て、思わず僕は苦笑する。別に気負う必要など無いだろう。だから、僕は気軽にルビに話す事にした。
・・・その僕の雰囲気に、ルビは小首を傾げた。よく状況を理解出来ないらしい。そんな彼女を実に可笑しく思いながら、僕は言った。
「ルビ、実は僕はこの世界の人間ではないんだ・・・」
「・・・・・・?それは、どういう意味?」
「僕は異世界から来たんだ・・・」
僕は異世界から来た。つまり、異世界人だ・・・
その言葉にルビは心底驚いたのか、目をこれでもかと見開いた。どうやら、かなり衝撃を受けたらしく軽く混乱しているようだ。きっと、今のルビの頭の中は嵐が渦巻いている事だろう。
それほど、ルビの混乱は計り知れない・・・
「・・・えっと、ハチはこの世界の人じゃないの?別の世界って?え?ええっ‼」
「・・・・・・うん、ごめん。混乱させた。だから、僕としては情報を共有したい所なんだ」
「・・・・・・ぅ、はいっ」
そう言って、ルビと僕は情報を共有する事にした。と言っても、互いの世界の事を話すだけだ。それは取り止めのない世間話のような物だった。だから、きっと此処まで楽しい気持ちになれたんだろう。
・・・そして、ルビからこの世界の事を簡単に聞いた。
この世界の名はハコブネ。神の造った、神造宇宙と呼ばれる純然たる神の箱庭。神造惑星だ。
そして、この惑星において大陸はこのギガース大陸只一つのみ。その大陸の周囲を海が囲んでいるという至極簡単な構図になっている。そして、この世界に国は只二つ。
大陸を両断して二つに別れるその国名を、アルカディアとニライカナイという。
今現在居る此処はアルカディア王国に位置するらしい。国を治める国王は、アルカディア王家。かつて世界が渾沌としていた時代に覇を謳った初代アルカディアが造った国らしい。
そして、もう一つの国が魔王国ニライカナイ。国を治める王は、魔王コラン。その名を聞いて、僕は思わずルビが話しているのを止めた。その名に覚えがあったからだ。
「・・・ルビ、その魔王の名は一体誰だって?」
「・・・・・・えっと、コラン?」
「・・・・・・・・・・・・」
僕は思わず、眉間を指で押さえて唸った。うん、気のせいだ。きっと。気のせいだと信じたい。これは恐らく他人のそら似に違いない。そう、僕は必死に自分に言い聞かせる。
そんな僕の様子を見て、小首を傾げるルビ。状況を呑み込めないらしい。
「・・・えっと、ハチ?」
「ああ、ごめん。続きを・・・」
「ああ、うん」
魔王の名はコラン。神と悪魔と人間の間に生まれたハイブリッド。性格は基本的に温和で、王国で差別や迫害を受けていた者達を束ねて国を立ち上げたという。ちなみに、魔王国は魔王と首長達を中心にして政治を行う大国で、魔王の他に巨人王や吸血王、竜女王や妖女王など複数の首長が存在する。
・・・これを、円卓連盟と呼ぶ。
この世界では神とはミカドという唯一神のみ。ミカドという神がこの世界を創造し、ミカドという神があらゆる生命が誕生する基盤を創り出したという。故に、ミカドは全知全能の創世神という訳だ。
其処まで話した所で、ルビはふぅと息を吐いた。どうやら、話し過ぎたようだ。
「・・・ふぅっ」
一通り話したルビは、そのままくてっと僕の肩に頭を乗せた。少し疲れたか。まあ、ルビはこの洞窟で幽閉されていたから。きっとずっと言葉を発する機会なんて無かったのだろう。
そんなルビに、そっと僕は苦笑を浮かべて頭を撫でる。ルビは嬉しそうに微笑んでいる。
「・・・疲れたか?ルビ」
「うん、少しだけ・・・ね。ねえ、今度はハチの世界の話をしてくれないかな?」
「ああ、僕が住んでいた世界は地球と呼ばれる所で。色んな人種や民族、神話や宗教があって。とてもにぎやかで雑多な世界だったよ・・・」
「うん・・・」
僕は、地球の話を語ってゆく。その度に、ルビは嬉しそうに相槌をうつ。ルビはとても嬉しそうに相槌をうち僕の話を聞いてゆく。僕も、きっと楽しかったのだろう。自然と話が弾んだ。
・・・しかし。楽しい時間は唐突に終わった。
「ねえ、ハチ。ハチの両親はどんな人だったの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
自然、僕は黙り込んだ。やはり、この手の話は苦手だ。あれを思い出してしまう・・・
急に黙り込んだ僕を見て、ルビは少し怯えた顔をした。どうやら相当怖い顔をしていたらしい。過去の事と自分自身割り切ってはいても、やはりこればかりは慣れないか。そっと息を吐く。
「・・・・・・っ、ど、どうしたの?ハチ。そんなに怖い顔をして?」
「すまない・・・両親は死んだよ。殺された」
「・・・・・・え?」
殺された。その言葉に、ルビはびくっと震えた。
そう、殺された。僕の両親は殺された。殺人だった。僕が覚えているのは、まだ小学生だった頃に学校から帰宅した僕の前に転がっていた死体だった。既に冷たくなった、死体だけだった。
あの頃からだ。あの頃から、僕の人生は狂っていった。僕の中で、何かが壊れてしまった。
「ああ、解っているさ。本当は、僕がルビを助けたのは僕の中の虚無感を埋めたいからだ」
理解している。本当は、僕はどうしようもないって事くらいは・・・
あの頃から感じるどうしようもない虚無感。それを何とかしたいから、きっと僕は助けを求める声を無視する事が出来ないんだと思う。本当は、僕自身解っているさ・・・
解っている。僕が、本当はどうしようもない化物だって事くらい・・・
「そんな事は無いっ!!!」
「っ⁉」
・・・え?ルビ?
ルビは泣いていた。僕を真っ直ぐにじっと見据えて泣いていた。泣きながら、それでも気丈に僕を見据えながら彼女は告げた。その瞳から、涙を滂沱と流しながら。
「ハチは優しいから、どうしようもないくらいに優しいから。だから私を助けてくれたんだよ。ハチは決して化物なんかじゃないっ‼そんな事、言わないでよぉっ‼」
最後は、もはや涙で声が上擦っていた。それでも、ルビは僕に縋り付いて泣きながら言った。
僕は優しいからと。化物なんかじゃないと。その言葉に、僕は何だか救われた気がした。
「・・・ああ、ありがとう。ルビ」
そう言い、僕はルビをそっと抱き締めた。ルビも、僕の胸元に縋り付いて泣いた。
・・・その涙が、僕にはとても嬉しかった。