2、封印された少女
異形の怪物を倒した後、僕は其処に洞窟がぽっかりと存在している事に気付いた。其処は、岩山を繰り抜いたような縦穴式の洞窟だった。奥へと真っ直ぐ道が続いている。
その入り口には、しめ縄のような太い荒縄と呪文が掛かれた札で封印がされている。どうやら、この洞窟は何かを封印する為のものらしい。それが何かは解らないが、絶対に碌な物ではないだろう。
さっさと逃げた方が得策だな。そう思い、僕は引き返そうと踵を返した。その瞬間・・・
———誰かっ・・・
「っ⁉」
・・・・・・え?
今、何か声が聞こえなかったか?思わず、背後の洞窟を振り返る。しかし、其処には相変わらず暗い穴が開いているだけだ。僕の頬を、冷や汗が伝う。
・・・気のせいか?そう思った瞬間、再びあの声が聞こえた。
———誰か、私を助けてよぉっ・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ~っ」
やはり、気のせいでは無かった。洞窟の奥から、少女の声で助けを求める声が聞こえた。
僕は長い沈黙の後、それは深い深い溜息を吐いた。頭をがしがしと搔き、やれやれと呟いた。本当に僕はどうしてこうも・・・思わず嘆きたくなる。
しかし、聞いたからにはもはやためらう余地など無い。皆無だ。
「しょうがないな、行くか・・・」
僕は苦笑を浮かべ、ナイフで封印の縄を切断した。
・・・・・・・・・
瞬間、土が盛り上がり土で出来ていると思わしき人形が幾つも出てきた。大体5~6体は居るか?
その数も人形自体も大した事が無いような気もする。しかし、油断は出来ないだろう。そう思い一瞬で距離を詰めてナイフを振るう。土人形達は呆気なく切り裂かれた。しかし・・・
「・・・やはり、そうなるよな?」
土人形達はその身体を一瞬で再生させた。しかし、僕は確かに見ていた。再生する瞬間、一瞬だけ土人形達の中で札が光るのを。恐らく、それが核だろう・・・
「確か、あの手の人形には核となる呪文が埋められていると母さんが言っていたな?」
その呪文が、あの札なのだろう・・・なら‼
僕は再び、土人形達に距離を詰めてナイフを振るった。そして、全ての土人形の核である呪文が書かれた札を切り裂いた。すると、土人形は再生する事なく土に還った。
「・・・・・・ふぅっ。本当、何者だよ母さんは?」
本人は魔法使いだと言っていたけど。父さんは父さんで、錬金術師を名乗っているし。
・・・一体何なんだ?僕の家系は。呆れ返りながら、僕は洞窟に入っていった。
・・・・・・・・・
その頃、とある場所にて———魔女は愕然と目を見開いた。
「っ、封印が解かれた!!?」
黒いフードを目深に被った魔女は、砕け散った水晶球を前に冷や汗をかいた。こうしては居られないと魔女はその場を後にする。その水晶球には、洞窟に入ってゆく八の姿が映っていた。
・・・・・・・・・
さて、僕は洞窟の中を歩いていく。幸い、洞窟の中は光り輝く苔があり視界には困らない。困る事と言えばやはり洞窟の中だから若干寒いという事か?やはり、別に気にする程でも無いが。
一体どれほど歩いただろうか?気付けば、僕は開けた場所に出た。奥に、祭壇のような物と鎖に繋がれた一人の少女が居る。僕は、その少女に目を奪われた。
透き通る赤い髪に、同色の瞳。録に飲み食いしていないのか、痩せ細っている。
土に塗れた身体は、痣だらけだ。しかし、僕はその少女を美しいと思った。初めての感情だった。
赤い少女は、きょとんっと僕を見詰めて小首を傾げる。
「・・・貴方、誰?」
「・・・・・・え?っ、ああ・・・僕は八。上裂八だよ」
「ハチ・・・?」
少女はきょっとんっとした顔で僕を見る。しかし、次の瞬間には愕然とした目で僕を見た。それはまるで何かを恐怖するかのような、何かに怯えるかのような。そんな瞳だ。
「・・・えっと?あの」
「駄目っ、早く逃げてっ!!!」
・・・えっと。はい?
「・・・え、ええっ?」
「お願いっ、私の事は放っておいて早く此処から逃げて!!!」
僕は思わず、首を傾げた。しかし、少女は何かに怯えるかのような目で僕を見ていた。いや、これは僕に怯えているのではない。これは、自分の為に誰かが傷付くのを恐れる目だ。
この少女は自分の為に僕が傷付く事を恐れている?見ず知らずの僕の為に?
「・・・・・・少し、良いかな?」
「っ⁉」
僕は少女の瞳を真っ直ぐ見詰め、出来うる限り優しく問い掛けた。
「君は、何故此処に幽閉されているのかな?」
「・・・・・・それ、は」
「答えられない事かな?」
「・・・・・・いえ、答えます」
僅かに躊躇った後、少女は諦めたようにぽつりぽつりと語り始めた。その話の内容は、とても物悲しくて悲惨な話だった。そして、思わず僕ですら眉をひそめるような話だった。
「私の家は、代々死病”パンドラ”と呼ばれる病を封じている一族でした。遥か神代の病を永遠に封じる事を義務付けられた一族で、その病を封じる為だけに私の一族は存在していました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
死病パンドラ。神代に猛威を振るった病。それはこの世全ての絶望を濃縮したかのようで、死神とすら形容された死の大病だ。そして、その病の封印を代々任されていたのが彼女の一族だったらしい。
「けど、ある日私の日常は突然崩れ去った。死病の封印を破った者が現れたんです・・・」
「・・・・・・誰が、そんな事を?」
そんな病、封印を解いて得になるとは思えない。一体誰が?
そんな僕の何気ない質問に、彼女は身体を震わせて告げた。
「名前は知りません。けど、闇のように黒い髪に黒い瞳。そして、血のように真っ赤な縦長の瞳孔をしたとても不気味な笑みを浮かべた少年の姿をしていました・・・」
「———っ!!!???」
その人物の特徴に、僕は戦慄を覚える。その姿に、覚えがあったからだ。
思わず硬直した僕の姿に不審に思ったのか、少女は小首を傾げて問い掛けた。
「・・・・・・あの、ハチ?」
「っ、あ・・・ああっ。すまん。で、その後死病はどうしたんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・っ」
すると、突然少女は黙り込んだ。何かを恐れるかのように、視線を不安げにさまよわせる。僕は怪訝に思い思わず眉をしかめた。一体何だ?
待ってみても、やはり彼女は黙ったまま何も言わない。
「・・・・・・どうした?」
「その死病は・・・今、私の体内に封印されています・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
思わず、僕は素っ頓狂な声を上げた。しかし、仕方がないだろう。その話を信じるなら、今その死病は彼女の体内に潜伏している事になる。現代日本なら、隔離病棟に入院してしかるべき状況だ。
しかし、今彼女はこうして暗い洞窟の中に幽閉されている。何時、死病が外に漏れ出してもおかしくないのにも関わらずだ。それは、流石におかしいではないか?
その状況を知ってか知らずか、彼女は話を続けた。
「死病は世界中に猛威を振るいました。しかし、それを私は封印出来た。私には、死病を体内に宿しそのまま休眠させてしまえる特殊な才能があったらしいです」
・・・ああ、なるほど?
その後の顛末は、大体予想が出来た。僕は、僅かに俯いた・・・
感情が、冷えてゆく。
「それで、その才能を恐れた他の人間に迫害されて封印されたと?」
「・・・・・・はい」
それを聞いて、僕はそのまま少女に近付いていった。そして、彼女の傍に近寄ると懐からナイフを取り出して一息にそれを振るう。少女が目を見開いた。
・・・鎖がバラバラに切り裂かれたからだ。少女は、唐突に自由になった自分の身体を見てその目をぱちくりと見開いた。そして、僕の方を見る。
「あの・・・、ハチさん?」
「・・・・・・・・・・・・っ」
僕は、それに答える事なくその少女をそっと抱き締めた。いきなりの事に、少女は狼狽える。
「え?ええっ⁉・・・あ、あのっ。ハチさん?」
「・・・・・・っ、・・・・・・」
何か声をかけようとしても、それが言葉にならず僕は只黙って彼女を抱き締めるだけだった。
少女は、あうあうと上擦った声で呻くだけだった・・・