コツハミ様2
おまたせしましたぁ
どうぞご覧ください。
不定期更新すみません。
『昇陽、何かわかるか?』
「うむ……かすかに何かしらの気配が残っておるが……これでは追跡はできん」
昇陽と睦月はしゃがみこんで痕跡を探すも確信に至るものは発見できない。
そこへ沙苗が現れた。
「ねえ、たけちゃん知らない? トイレに行くって言って帰ってこないの……」
『!!』
「……見ておらぬのう」
昇陽と睦月は今の一言でこの血痕の主が合谷猛であるとあたりをつける。
しかし、確証はない。
「ひぃ! 何コレ……血? た、たけちゃん? やだ、なんで?」
「落ち着くんじゃ、綾町嬢。
まだ合谷殿と決まったわけではない!」
「でも……でも!」
「わ、私藤吉さんのところに行ってくる!」
藤吉とは案内してくれた男の苗字である。
「アタシもついてくよ! もしかしたら探すの手伝ってくれるかもしれない」
「わ、私もっ!」
友梨佳となずなが藤吉の下へと行こうとする。
それを聞いた沙苗も一緒に向かうようだ。
「睦月、念のため友梨佳について行ってくれんか?」
『ああ、昇陽は?』
「儂はお堂を見てくる」
『分かった、気を付けてな』
「お主もな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昇陽はいったん部屋に戻り、デバイスを装着するとそのままお堂へと向かう。
お堂に近づくと相変わらず温度が下がった気がする。
「……やはり何らかの気配はするのう」
お堂の中に入る。
中は真っ暗で何も見えない。
――月光菩薩、術式展開「梟目」起動。
優しい月の光で夜闇を照らす月光菩薩の呪。
所謂暗視。
浮かび上がるのは昼間に見たものと同じコツハミ様の姿。
「何かあると思うたが……変わりなし……か?」
ぐるりとコツハミ様の周辺を見て回る。
やはり何か変わった様子もなく、気配もあるにはあるが昼間と変わらず薄っすらとだ。
収穫なく昇陽はお堂を出る。
諦めきれず入り口を振り返った時、崖の上に何かが見えた気がした。
この村はすり鉢状の中心に位置しており、周囲は崖で覆われている。
とはいえ断崖絶壁のようなものではなく登ろうと思えば容易に登れる程度である。
「なんじゃあれは……」
遠見の術を使うなら一度暗視を解く必要がある。
同じ場所に同系統の別の呪は使えないからだ。
系統が違えば重複は可能。
例えば身体強化の術で全身強化した状態で無形鎧など全身を覆う結界は普通に出来る。
他にも組み合わせはあるが今は割愛する。
兎に角暗視を解いてしまえば遠見でも見えない。
かと言って今の状態で何があるか見えるかと言われても否である。
「何か力を感じるのう……明日調べてみるとしよう」
昇陽は睦月たちの下へと向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
案内人、藤吉の下へと向かった四人は寝ているだろうとは思ったが緊急事態故に容赦なく扉を叩く。
少しして出て来た藤吉の顔はまだ眠たそうだ。
「如何いたしました?」
「私たちが泊ってる民家で中庭が真っ赤な血が溢れて大変なことになってて合谷さんの血が無くなったからだと思うんですが行方不明なんです今一人!!」
「……はい?」
『落ち着け友梨佳。
今俺らが泊ってる民家の中庭で殺人が起きたかもしれないんだ。
物凄い量の血が流れていた。
それと、一人メンバーが居なくなったんだ。
ひょっとしたらこの事件に何か関係があるかもしれない。
もしその血がメンバーのモノなら間違いなく死んでいると思う。
仮に死んでいなくても瀕死の重症であることは間違いない。
申し訳ないが捜索を手伝ってもらえないか?』
「なるほど、それは大変です。
では少々お待ちください。
私も一度現場を見たいので」
⦅……? 人が死んでるかもしれないんだぞ、なぜこんな悠長にしていられる。
それに……⦆
藤吉は奥へと引っ込み、上着を取って戻ってきた。
四人は現場へと引き返す。
「こっちです!」
友梨佳が先導してバタバタと中庭へと駆けていく。
そこへ暮と赤槻もやってきた。
「何かあったんですか?」
『確証はないですが死人が出た可能性があります』
友梨佳に説明させるとまた支離滅裂になりそうなので先に睦月が簡潔に伝える。
「なんですって!?」
暮も赤槻も驚いたが、二人は今まで眠っていたそうで。
最初の騒ぎも現場も見ていない。
故に半信半疑といったところだ。
昇陽以外のメンバーと藤吉は件の中庭へとたどり着く。
しかしそこは何もなかった。
なんの痕跡も、あれほど中庭を染め上げていた血の後すらもなにもなくなっていた。
「……なにもないですねぇ」
藤吉が呟くように言う。
「ふむ……土の状態もひっくり返したりした様子はありません」
暮は中庭におりて地面を触って確かめている。
「そんな……」
「友梨佳、睦月君。
アタシたち間違いなく見たよね?」
『ああ、間違いない』
「そうよ! たけちゃん! たけちゃんが見当たらないの!!」
沙苗が大声を上げる。
そういえばと睦月たちが思い直したとき寝室に使っている部屋の方から足音がした。
「なんだぁ? ぎゃあぎゃあとうるせぇな。
おかげで目が覚めちまったじゃねぇかよ」
そこに居たのは合谷猛であった。
「た、たけちゃん! どこ行ってたの?」
「ああ? 便所行ってから少し散歩して部屋に戻ったぜ? 戻ったら沙苗が居ねぇからどうしたと思ったけど寝てりゃ帰ってくると思ってそのまま布団に入ったぜ」
「そう……だったんだ。
皆さんお騒がせしてすいませんでした」
「なるほどなるほど、どうやら勘違いだったようですね。
皆さんも慣れない環境で気が立っていたんでしょう。
それで血痕などありもしないものを見てしまったのかもしれません」
藤吉はそう括る。
「そう……なのかな?」
友梨佳が本当に幻覚だったのだろうかと自分を疑う。
「昼間におどろおどろしい伝説を聞いたからじゃないでしょうか?」
暮がそういうと友梨佳は「そうなのかも……」とうつむいた。
同様になずなも自信がなくなってきた様子だ。
⦅……⦆
そのやり取りを睦月は少し離れた位置でじっと見続ける。
「それじゃあ明日は畑仕事がありますから皆さんもそろそろ寝ましょう」
それもそうだと皆はぞろぞろ解散し始める。
睦月も黙ってそれに従い部屋へと戻っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
少しして昇陽が部屋へと戻ってきた。
色々あって疲れたのか二人はすでに寝息を立てている。
むしろ良くこの状況で眠れると思う。
「睦月、どうなった?」
睦月は先ほどの出来事を説明する。
昇陽は驚き、自分も見てこようと部屋を出ていった。
再び戻った昇陽は自分が見て来たことを睦月に報告した。
『崖の上に何かあったって?』
「うむ、夜だった故気配のみじゃったが何かがあるのは確かじゃ。
そっちは何かほかに気になることはなかったかの?」
『ああ、そういえば……あの藤吉とかいうおっさんには違和感があった』
「ほう? どのような違和感じゃ?」
『人が死んだかもしれねぇって伝えたのに顔色一つ変えなかったんだよ。
慌てた様子もなかったし。
まるで中庭で異変が起きていないって確信してるみてぇだった。
それと合谷』
「彼がどうしたのじゃ」
『アイツと藤吉の二人を離れてずっと見ていたんだが、最後嗤ったんだよ』
「嗤ったじゃと?」
『ああ、ほんの一瞬。
それこそ注意してなきゃわかんないくらい一瞬、解散して部屋に戻ろうとみんながしていたときにあの二人の口の端が動いた。
あれは間違いなく笑ってた』
「なるほど……これは何かあると見ていいじゃろうな。
儂もここの土地に来てから感知がうまく働いておらんから偉そうなことは言えんが、明日合谷を注意深く見てみるとしよう」
次の日、明らかに異変があった。
あれほどこの村に来ることを嫌がっていた猛が自らすすんで農作業を行っていたのだ。
昇陽は睦月に言われたことを気にかけ、猛を探ってみる。
(確かにオーラの質が昨日とは違う気がするのう)
だが、何かに阻害されているのかそれ以上は分からない。
ただ警戒は解かないほうがいいと睦月意見を合わせた。
農作業が終わり、自由時間となった。
昇陽は昨日の気配を探るべく睦月に友梨佳たちの護衛を頼み一人崖下へと訪れていた。
「……ふむ、よほどあの場所へは行ってほしくないようじゃのう。
そう思わんか?」
「ええ、アソコは村の中でも禁忌となる場所です。
誰も近づいては行けませんから」
「藤吉の指示かの?」
「いえ、村の総意です。
私が来たのは偶々あなたがこちらへ向かっているのを確認したからにすぎません」
「ほう、見逃すという選択はないかの? 名も知らぬ方よ」
「貴方がこのまま引き返すならば何も見なかったことにしましょう」
「そうもいかんのでなぁ」
「ならここで死んでもらいます」
そういうと男はいつの間にか取り出したナイフを手に昇陽に飛びかかってくる。
その動きは人間というには些か化け物染みていた。
「コレは素晴らしい歓迎っぷりじゃな」
昇陽は落ち着いて半身で避け、突き出された手を摑まえて背を向けるように反転する。
手首を決められた男が引きずられるように体勢を崩した瞬間昇陽は掴んだ手を巻き込むようにして一気に捻り上げる。
すると男の身体がふわりと浮きあがり気が付いた時には地面に背中を強打していた。
「ぐっ」
さらに腕を捻り、相手が自然にうつ伏せになるように誘導するとそのまま肩関節のあたりへと脚を置き腕を引き上げ、固定する。
「小手返しという技じゃな。
術式だけでは接近された時の手段がないのでのう。
こう見えて儂は黒じゃ。
おっと下着の色ではないぞ?」
「術式……貴様、やはり退魔師か!」
「ふむ、それを理解しておるという事は儂がこの崖の上に行くのは主らにとってかなりマズイことになるようじゃな」
「させん! させんぞおおおお」
「ぬ!?」
男の腕がまるで関節等なかったかのようにぐにゃりと曲がる。
いや、それだけではない。
男の身体がグズグズと崩れて肉塊となり、再び形になった時には逆に昇陽の手が捕まれている状態になった。
「お主……変化か?」
「コツハミ様の障害になるものに応える事などない! これでは反撃できまい、死ねぇ!」
しかし、昇陽はみじんも慌ててはいない。
「いいや、おぬしはもう詰んでおるよ。
退魔師に時間を与えたという事がどれほど致命的か知らぬのかの?
まあ、今の儂には全く関係ないがのう」
彼女の背中にはすでに方陣が浮かんでいる。
「い、一体いつ……」
「お主が溶けている間にじゃな」
「なっ!?」
「下っ端と思しきお主からはなんの情報もないじゃろう。
申し訳ないがお主にはご退場願おうか。
食らえ、烏枢沙摩明王火炎術式「炎浄」」
――「炎浄」起動。
烏枢沙摩明王の炎が相手を包み込む。
「ぎゃああああああ!!」
男の身体が聖なる炎に焼かれ徐々に溶けていく。
火が完全に消えたあと、そこには黒い痕だけが残されていた。
「さて、アソコに何があるのじゃろうか……」
――迦楼羅天、強化術式「軽身」起動。
昇陽は迦楼羅天の力をその身に下ろし、崖の上へと跳躍する。
この術はその身にかかる重力を軽減し、跳躍力を飛躍的に向上させる。
「ふむ……祠か……認識阻害と高位の結界が張られておるが……これは人間には効果を成さない代物じゃな」
昇陽は何かが納められているであろう観音開きの扉を開ける。
そこには一冊の書と何かの欠片が置かれていた。
「書か……なになに? ……なるほど……この欠片が……となると奴の正体は……いかん、急ぎ戻らねば!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「昇陽はどこに行ったの?」
『なんか気になるものを見つけたんだとさ』
「ええ? 昇陽ちゃんだけズルい」
『まあ、そう拗ねるなって』
睦月が拗ねる二人を窘める。
「私もその話は気になりますねぇ」
「……」
暮と赤槻も気になるようだ。
赤槻は口は動いているが何を言っているのかわからない為表情で察するしかない。
『後で昇陽に直接聞けばいいさ。
ん? おやおや、皆さん何か用かい?』
四人で話をしていると気が付けば村の人間すべてと思える数に取り囲まれていた。
その手には鎌や鉈が握られている。
『剣呑な雰囲気だな……ん? あんたら……そうか』
その中には見知った顔があった。
『綾町と合谷だったか……』
二人の目はすでに濁っており、焦点が合っていない。
明らかにおかしいのは誰の目にも明らかである。
睦月はすでに手遅れだろうと判断した。
合谷がおかしいのはすでに昨晩で分かっていた。
だのに綾町と引き離さなかった。
二人が死者となったことに対して非はある。
けれど少しも心が痛まない。
睦月は自分が非情なモノになってしまったのだろうかと思った。
チラリと四人を見る。
⦅うん、死なせたくないとは思う⦆
そう感じた。
それはたぶん生きていた頃に大切な人たちを守れなかった罪悪感が魂に刻まれているから。
けれどそれは睦月自身にはわからない。
『……みんな、もう少し俺に近寄ってくれ』
「分かった」
「うん」
友梨佳となずなは素直に睦月のそばに寄る。
事情を分かっていない暮と赤槻はそのままでいたが、友梨佳たちに引きずられるように睦月のそばに寄せられた。
『話が出来る……ようなもんじゃねぇな、友梨佳となずなは二人を見ていてくれ。
この位置から動けば守れる保証はなくなる』
「おっけ」
「大丈夫?」
『まあ、なんとかするさ。
たぶん昇陽もこっちに向かってるだろうから凌げば勝ちだ』
コートを翻すとその下には胸部ホルスターがつけられていた。
睦月は左右の銃を抜くと左手を肩に担ぐようにし、右の銃を正面に向けた。
その視線はしっかりと周囲をもとらえている。
「ひっ! じゅ、銃!?」
暮が驚いているが説明している暇はない。
『来な』
右の銃を持ったまま手首をしたから上へと動かして手招きをする。
それに反応したのかはわからないが村人が一斉に襲ってきた。
先ず正面へ向けて四発。
相手の胴体を狙う。
まだ正確に頭などの場所を狙えるほどの技量は無いので的が大きい部分をしっかり撃ち抜く。
即座に反転し、両手を左右に広げて両サイドに居た奴らを撃ち抜くと残った後方の連中を弾薬が尽きるまで撃つ。
これで道が出来た。
まだ周囲には人が残っており、再び包囲されるのは目に見えている。
だから睦月は銃を仕舞った。
『ちょっと荒っぽいが文句は後で受け付ける。
じっとしてろよ』
左腕から鎖を伸ばし、四人をひとまとめに拘束すると担ぐように持ち上げ、右手でもう一つ鎖を伸ばす。
右手の鎖は正面にあった巨木に巻き付いた。
軽く引いて木の強度が十分だと判断した睦月は四人を背負った状態で軽く跳躍し、右手の鎖を巻き取るイメージをする。
鎖がジャラララと音を立てて睦月の右腕に吸い込まれ、その勢いで縛り付けていた木の方へと高速で引っ張られていった。
「ひゃああああ!」
「これ……キツイ……」
「なんなんですかコレ? なんなんですかぁ!!」
「……」
四者四様のリアクション。
赤槻は無言だが白目をむいている辺りたぶん気絶しているのだろう。
睦月は巨木のところで四人を下ろし、拘束を解く。
開けた空間ではなくなり、背後には障害物。
取り囲まれていたという関係上敵は全て置き去りになったと考えればこの上ないくらい守りやすくなった。
『悪かった、あの場所じゃ長時間は守れねぇから強引だが場所を移動させてもらった』
「強引すぎるよっ!」
「仕方ないにしてももう少し手段を考えて欲しかったな」
二人から文句が出る。
二人の胆力が高すぎるのか馴染みすぎである。
暮は呆けており、赤槻は失神中。
睦月はコートの内ポケットにあったマガジンを取り出してリロードし、再び正面に構えた。
『さあ、どんどん来い! ん?』
襲ってくると思っていた村人は最初に居た場所から動いていない。
警戒しているのだろうかと思ったがそうではなかった。
「な、なにアレ」
「グロ……」
『コレは流石に引くな』
そこで見えた光景は悍ましいの一言。
村人たちがグズグズと溶けていき肉の塊へと変貌する。
たった一人を除いて。
『あんた……藤吉さんだったか?』
「まさか……まさか二人も退魔師がここに居るとは思いませんでしたよ」
退魔師、藤吉の口からその言葉が出た睦月は眉を顰める。
『なんか不都合そうじゃねぇか』
「不都合も不都合、もう少しで封印が解けるはずだったのに……」
『封印?』
溶けた肉が少しづつ藤吉の周りへ集まってくる。
「あの時も忌々しい人形遣いが私の邪魔を……許さん……」
次々と藤吉は肉を身体に同化させていく。
肉が藤吉の身体に取り込まれるたびに奴の身体が少しづつ肥大していった。
『ゆるさんぞおおおお!! ムシケラどもおおお!!』
「ひっ!」
「ば、ばけもの……」
「コレは夢です……これは夢……」
怒号と共に藤吉の身体は弾け、その内側から人間の顔をした巨大な蛇の体躯が現れた。
その身体は人間の腕が左右からムカデの脚のように生えており、身体全体から腐っているのかポタポタと取り込んだ肉の雫が滴っている。
『シネェ!』
蛇の異形と化した藤吉が動き出した。