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町中の異界4

――ピチョン、ピチョン。


「(ねえなずな、ここ渋谷だよね)」


「(言わないで、考えないようにしてるんだから)」


様々な心霊スポットを巡ったはずの二人だがこのような事象に巻き込まれたことは無かった。

数々の急展開に頭がまだついて行っていない。


建設中の建物の地下に降りた四人。

当然作りかけの地下街のような場所を想像していた。

だがそこは洞窟のような場所だった。


「ふむ、この辺か。

睦月、おぬしの隠形を解くが良いな?」


そう言葉を発すると答えを聞く前に昇陽は自分と睦月の隠形を解く。


「友梨佳となずなはそのままじゃ。

あと少しだけ後ろに下がるかそこら辺の岩陰に隠れておれ」


友梨佳は言われた通りの場所に移動した。


『なんで俺らだけ解いたんだ?』


「ここはもう相手の腹の中じゃ。

当然侵入者には気づいておる、というかさっきから隠形していても敵意がビシビシじゃぞ? 正確な位置が分からんでも大まかにはバレとるじゃろう。

じゃから……毘沙門!」


――毘沙門天、結界術式「無形鎧」展開、起動。


突然岩壁から刃が突き出て来た。

それを昇陽は瞬時に判断し、結界で防御する。

それを合図に足元の霧が異形の姿を形作っていく。


「闇雲に攻撃されれば二人に被害が及ぶ可能性があるからの、じゃから儂らだけ姿を現したわけじゃな」


『なーるほどね、ふん!』


睦月も鎖を巻き付けた腕で異形の刃を受け止める。

だが、昇陽の結界のように全方位に対応しているわけではない。


『くそめんどくせぇ、こっちの攻撃は当たらねぇのに……うお!?』


背中から衝撃を感じ、そちらを振り返ろうとする。

何かが邪魔をして後ろを向くことが出来ない。

胸に違和感を感じた睦月は下を向く。

そこには背中側から突き刺さった刃が生えていた。


『なんなんだよコイツ!』


「睦月、食らい過ぎれば再生に力が割かれる! あまり食らうと動けなくなるぞ!」


睦月の身体にある傷口から黒い煙が立ち上っている。


『そういう事はなるべく先に教えてもらいたいんだが、ね!』


鎖を伸ばし、周囲を薙ぐように振るうが文字通り霧消してダメージが無い。

銃は弾薬の無駄だと判断し使わない。


「これだけの瘴気と相手の抵抗じゃ、確実にこの辺りに核はある! ぬう?」


『探してる暇はなさそうだけどな!』


再び刃の攻撃を避けるために結界を張る昇陽。


『さっきの風はもう起こせないのかよ!』


「これだけ瘴気が濃いと散らせても一瞬じゃ! 今核を探しておる、じゃから……何?」


昇陽の目の前に二体の異形が現れる。


『くそ、早くしてくれよ! ああ、ちょろちょろ鬱陶しい! ぐあっ! なんだぁ?』


睦月は背後から攻撃を受けた。

しかし相手は目の前にいる。


「なるほど、密度を薄くして実体化させる数を増やしたか! これはしてやられたのう。

確かに攻撃する瞬間刃にのみ瘴気を集中させれば可能ではある」


『おおい! 感心してる場合かよ! どうすんだコレ、核探しとか言ってる場合じゃねぇぞ?』


「仕方ない、風天よ!」


あの時と同じように風が吹き荒れる。

だが散らされたのは一瞬。

染み出すように地面から霧が現れる。


「ぬう!」


昇陽の真下から刃が伸びた。

慌てて風を止め、その場から離れる。


「やはり効果は薄かったのう」


『昇陽』


昇陽の脇腹から赤い雫が滴る。


「かすり傷じゃ、まさか呪装を貫いてくるとは思いもせなんだが……それよりどうにかして核を探さねば儂らは全滅する」


『何か良い手は無いのか?』


睦月の質問に昇陽は首を横に振る。


「相手の能力をたかが霧と侮った。

言ってはなんじゃが二人を連れて来たのは悪手じゃった」


一応手はある。

高位の術式による広範囲攻撃。

だが、それを行うためには友梨佳となずなの存在が枷となる。


『結界とやらで守りながらじゃだめなのか?』


「お主、儂の呪力は無尽蔵ではないのじゃぞ? ここまでにどれだけ術を使ったと思うておる」


ゾンビの囮を行い、霧を吹き飛ばし、姿を隠し、大量の式紙で相手の本丸を探す。

そして現在の戦いと纏めるとこれだけと思われるが、並みの術者であったなら前半辺りですでに休息が必要になっているほど呪力を放っている。


今でも平然と会話しているように見えるが本人はすでにカツカツであった。


「放てるとしても大技一発、結界なぞ自分を覆うので精いっぱいじゃ。おっと!」


『おいおい、本格的にピンチってやつじゃないのか? くっ!』


昇陽もすでに結界を使ってはいない。

全て躱している。

それでも徐々に傷が増えてきており、呪装は所々破けてきている。

そう簡単に破ける素材ではないのだがダメージが蓄積し過ぎている証拠である。


睦月の方も少しずつ身体から何かが抜けていくのを感じている。

此方もこの状況が長く続けば動けなくなるのは目に見えていた。


あれだけ頼もしかった二人が防戦一方になっているのを陰から見ている二人は。


「(ちょっと友梨佳、あれまずいよ)」


「(うん、私たちが足かせになってるって聞こえた)」


「(このままだとアタシたちも……)」


二人が倒れれば必然助かる見込みは無くなる。

もともとの獲物は自分たちなのだから相手が逃がしてくれるはずがない。


かと言ってあの戦いに手出し出来るわけがない。

それでも何か出来ないかと友梨佳が周りを見ていると、自分たちがいる岩陰の向い側の壁に巧妙に隠されるような形で宝石が埋まっているのを見つける。


(ひょっとしてアレがひのでの言っていた核?)


たぶん間違いない。

視線を昇陽たちに向ける。

睦月からは得体のしれない煙が立ち上り、昇陽は衣類が破け全身から血を流している。

チューブトップはすでに切れて落ち、白衣の下からちらちらとバストが見えている。

動けているところを見れば致命傷は無いのだろうがかなり痛々しい。


「(なずな、私たち生きてここから出るんだよね)」


「(二人でってさっき約束したよ……友梨佳……アンタなにするつもり?)」


友梨佳の目には覚悟が宿っていた。


「(さっきなずなは私を助けてくれたよね、そしてひのでも睦月君も……だから……)」


友梨佳が岩陰を飛び出し、昇陽たちの横を走り抜ける。


「友梨佳!」


突然の行動に思わずなずなは声を上げる。

その声に反応した異形が岩陰の方に目を向けた。


「何をしておる! 声を上げるなと言ったであろう!」


「友梨佳が!!」


『友梨佳がどうした?』


「友梨佳がそっちに!」


「なんじゃと!?」


昇陽と睦月があたりを見る。

その瞬間核に触れた友梨佳の隠形が解除された。


「二人とも! ここ、ここに核があるよ!!」


睦月と昇陽は声のした方を見る。

そこには大きく手を振り、核を指さす友梨佳の姿が。

そしてその背後には実体化した異形の姿もあった。


『あんの馬鹿! 後ろだ!! 避けろおお!!』


「え?」


それは正に咄嗟の判断。

いや、半ば無意識だったかもしれない。


ホルスターから抜いた左手の銃を異形の剣に向けて発砲。

それと同時に右手の銃で核を狙う。

下から突き刺すように繰り出された刃は銃弾で反れ、友梨佳の腕を刺し貫くにとどまった。


「っ!!」


友梨佳は顔をしかめるが悲鳴は上げなかった。


睦月は左の銃を手放すと即座に鎖を呼び出し、友梨佳へと伸ばす。

鎖が友梨佳に巻き付くと一気に引き友梨佳はそのまま宙を舞った。


「ひゃああああ!!」


こっち(一本釣り)の方が悲鳴が上がった。


――ピシ


核に罅が入る。


『おおぉぉぉぉん!』


同時に異形が頭を抱え苦しみだした。


友梨佳は怪我を負ったもののなんとか睦月の腕に今は収まっている。


それを見た昇陽はニヤリと笑い。


「くく、でかした! これで仕舞じゃ!」


――帝釈天、雷撃術式「轟雷」起動。


陣が昇陽の前に浮かび上がったのを異形が感知し、昇陽の背後に霧が集まり始めた。

しかし。


「もう遅いわ! 往ねぃ!」


紫電とは比べ物にならないほどの雷が核へ向けて放たれる。

それは狙い違わず罅の入った核を粉々に砕いた。


『……ガアアアアアア……』


異形の身体が文字通り霧となって雲散し消滅した。


同時に異界が歪み、風景が溶けていく。

世界が塗り替えられていくのだ。

元の状態へと。


グラリと視界が揺れ、気が付けばそこは渋谷センター街の入り口だった。

道行く人々は皆怪訝そうな視線は向けてくるものの声をかけようとする者はいない。


「ふう、なんとか帰ってこれたのう」


昇陽の言葉に完全に助かった。

そう認識したなずなは極度の緊張から解放された安堵感。

友梨佳は緊張の解放と怪我によって意識を手放した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


――数日後、都内病院。


「体調はどうじゃ?」


「アタシは平気、ところで……」


「儂の正体じゃったな」


「話したくないなら無理には聞かないけど」


「いや、別に話して困ることもないからの。

そうじゃなぁ……改めて名乗ろうか、儂は天上昇陽、陰陽庁所属の退魔師じゃ」


「……しょうよう? 陰陽庁のたいまし?」


「幽霊から妖怪まで警察や自衛隊ではどうしようもない仕事をしておる。

裏……というわけではないがかなり一般的な仕事ではないのは確かじゃな」


「そう……睦月君は?」


「あれは無事じゃよ、身体の造りが人間とは別……睦月は生者ではない」


「そっか」


あまりショックを受けた様子は無い。


「ショックを受けておらんように思えるが?」


「うん、今の聞いて色々納得した。

アレはどう考えても人間業じゃなかったしね……とうの本人は?」


「今買い出しに行かせておるよ、もうすぐ来るんじゃないかの?」


「じゃあ後でもいいか」


「なんじゃ、気になるのう……じゃが(あれ? ひので)……友梨佳は(きてたの?)……」


「仕方ないよ、アレがあの子の(何々?)望んだ道なんだから(何の話してるの?)


「そうじゃな、儂らの為にあんな行動を起こすなんぞ……(おーい! 聞いてる?)

友梨佳(私?)馬鹿じゃよ(馬鹿ってなによ!)


うん(え?)……本当に馬鹿(なずなまで)……聞いてる?(ちょっとねえ) 友梨佳……あんたのお(聞こえてんでしょ!?)かげでアタシたち無事に帰れたんだよ?

でも、肝心のアンタが居ないんじゃ……(ちょいちょいちょい!)


「無視すんなー! あと私死んでないー! あいたたた……」


「馬鹿が起きたの、もう昼じゃぞ」


「馬鹿が起きたね、お寝坊さん」


二人とも辛辣である。


「まあ揶揄うのもこれくらいかの、まったく。

腕だけで済んでよかったのう」


「お医者さんが言うには神経は傷ついていないから動かなくなることは無いってさ」


「相変わらずの豪運には感謝だね友梨佳」


「睦月のファインプレーも手伝ったからの」


「ほんとそれ、何にせよ友梨佳が無事でよかったよ」


「私もあの時は生きた心地がしなかったなぁ。

ああ、生きてるって素晴らしい!

あ、そういえば睦月君は?」


「そろそろ来る頃じゃと思うが」


――おーい、開けてくれ。


「む、噂をすればなんとやらじゃな」


――ガラガラ。


『ほれ、頼まれてたメロンと飲み物、あとは適当に果物だ。

お? 友梨佳起きたのか、傷の具合は?』


「すこぶる快調! あいたたたた……」


ドンと自分の腕を叩いて痛がっている。


『無理すんな、貫通してたんだからな』


「ざっくりと貫通しとったの」


「それね、アタシもあの時は友梨佳が死んだって思ったからね。

ほんと、睦月くんに感謝しなさいよ」


「ごめんて」


「さて、差し入れも届いたしそろそろ帰るかの」


『ん、そうか』


「もう行っちゃうの?」


「ちょっと仕事が入っての、また見舞いに来るから勘弁せい」


「そっか……二人とも差し入れありがとう」


『なに、かまわんさ』


「じゃあ行くぞ睦月」


『ああ、んじゃしっかり治せよ』


「アタシはもう退院してもいいみたいなんだけどね、せっかくだから一週間は居座るよ」


「いーなー、私も退院したい」


「退院自体は出来るじゃろうな、無理さえしなければ自宅療養でもいいと思うがのう」


「無理しないと思う?」


「絶対するのう」


「あれ? 私信用ない?」


「「『ないね(のう)』」」


「ヒド!」


病室内に四人の笑い声が響く、その声で看護師に叱られたのはご愛敬だろう。

そのあと睦月と昇陽は病室を出て行く。


取り残された二人は窓から病院を出て良く二人の姿を眺めていた。

なずなは思う。

退魔の仕事をしているというならあの時のは依頼があったわけではない。

対価もなく自分たちのところへ駆けつけてくれたんだ。

そう思うと心が温かくなる気がした。


「いやーすっごい体験だったね。

こりゃ次の話はとんでもないものになるぞー。

撮影しておけばよかったかなぁ」


「ん、それは同感」


転んでもただでは起きないようだ。

逞しいにもほどがある。


「あ、そう言えばひのでの秘密聞いたの?」


「うん、意外とサラッと教えてくれた」


「え? 聞きたい!」


「うん、起きたら説明しておいてって言われてるから良いよ。

あの二人はね……」


病室のカーテンがやさしい風を受けてふわりとたなびいた。

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