理外の存在を狩る存在2
週刊連載といったな? アレは嘘だ!
というか最初の方の話は少し早めに置いておきますね。
まだ怪異にすら遭ってないし。
「ほれ、服じゃよ」
『悪い』
服を受け取った睦月は後ろを向いて着替え始める。
緩慢ではあるが少し慣れて来たようだ。
「生娘でもあるまいに、もっと自信をもったらどうじゃ? なかなかのサイズであったぞ? もし怒張することがあるなら相当じゃろうな」
『どちょっ!? お前恥じらいは無いのかよ!!』
「うん? 25にもなって何を恥じらう。
こんな見た目の気にせんようなズボラ女に恥じらいもなにもなかろう」
『はあぁ!? 25だって? ど、どう見てもお前こど……』
「そこから先を言えば……どうなるかわかっておるの?」
睦月の周囲に複数の陣が浮かんでいる
睦月とて理から外れてしまった存在、その陣から伝わる波動が自分にとって有害であることは容易に理解できた。
「さて、見たところ普通に動く分には問題ないようじゃな。
では行くぞ」
『どこにだ?』
「報告じゃよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二人は昇陽の研究室を出て廊下を歩く。
『そういえばここはどこなんだ?』
「地理でいうなら東京じゃな」
『東京!? ここが?』
「うむ、間違いなく東京じゃよ」
『東京か……俺はここで気が付く前は……そういえば俺どこで死んだんだ?』
「お主が覚えておらんモノを儂が知るはずないじゃろ」
『だよなぁ』
「かっかっか。
案ずることは無い、いずれ思い出すやもしれんからの」
『だといいけどな』
エレベータに乗り上の階へと上がる。
『そういえば地理で言うならって言ったけど』
「確かに言ったのう」
『何ていう施設なんだ?』
「陰陽庁」
『陰陽……庁?』
「陰陽庁は日本各地に起こる数多の怪異を解決する退魔組織じゃな」
『聞いた事もないぞ』
「まあ、表ざたになっておらぬ組織じゃからの。
場所は秘匿しておるが存在自体は別段隠し立てしているわけではない」
普段表に出ている神社やお寺で手に負えない案件は即座に陰陽庁へと回ってくる。
なので調べれば容易に陰陽庁の情報は手に入る。
それがどこにあるかまでは神仏関係者しか知ることは出来ない。
『はは、退魔という事は妖怪とかも居るってのか? さっき魑魅魍魎とか言ってたけどさ』
睦月としては冗談で言ったつもりだった。
けれど帰ってきたのは肯定する言葉。
「おお、おるぞ。
まあ今はほとんど見ることは出来んがの」
『マジか……架空の存在だと思ってた』
現在妖怪の類は狭間の世界で暮らしている。
過去には妖怪と人間の争いもあったが現代ではそのようなことはない。
『平和な時代なんだな』
「それも山ン本五郎左衛門のおかげなのじゃ」
『だれだ?』
「妖怪どもの統領よ。
安倍晴明と芦屋道満があ奴と同盟を結ぶことに成功したおかげで彼奴等との線引きが為された。
今妖怪どもは同種の小競り合いはあれど狭間で悠々と暮らしておるわ」
『そうかぁ、じゃあ今は妖怪を見ることは出来ないんだな。
居るっていうのが分かったからこそだけど、一度だけなら見てみたいもんだな』
「会いたいなら可能じゃぞ? 狭間に行けばいいだけじゃし、たまに陰陽庁に退治依頼が入る」
『マジ?』
「退治依頼の大体は山ン本の指示を無視するハグレか神野派の連中よ」
『神野?』
「神野悪五郎、山ン本のライバルじゃな。
晴明らの交渉に最後まで反発しておったのがこやつじゃ。
奴は人間すべてを支配下に置こうとしておった。
融和派である山ン本とはいつも衝突しておったのう。
昔はそれで妖怪全てを巻き込む大戦を引き起こしよったが、妖怪大翁のとりなしで今はそこまでの大規模な戦はしておらん。
が、先も言ったが今でも小競り合いくらいはしておるし妖怪世界では西の神野と東の山ン本として君臨しておるわ」
『妖怪世界はまだ殺伐としてるんだなぁ。
その山ン本さんはどうして安倍晴明らの交渉に応じたんだ?』
「神野のせいじゃよ。
神野が攻めてきよるのに人間なぞ相手してられんからの。
妖怪たちが人間に干渉せぬよう取り計らうからお前たちも妖怪には手を出すなという事じゃな。
それと山ン本は無類の酒好きじゃからそれも交渉に出した、今でも純米酒を送っておる。
山ン本側もそれじゃ流石に悪いと代わりに別の酒をこちらも貰っとる」
『別の酒?』
「魔王という焼酎を聞いた事は無いか?」
『え? あれ妖怪の国産なの?』
「山ン本が手ずから試作を繰り返した酒じゃ。
マズイ筈が無い」
魔王は知らない人がいないほど日本に出回っている。
値段も高すぎるものではない上に美味い。
それが妖怪の国で作られていたという事実に睦月は驚きを隠せなかった。
そうこう話している内に二人は目的地にたどり着く。
目の前にあったものは門だった。
『なんか世界観がおかしくないか?』
その門は西洋風ではなくかなり和風な木製の門。
ご丁寧に閂がかけられている。
「これはただ見た目だけじゃな」
昇陽が近づいてポケットから出したカードをかざすと門が左右にスライドした。
『開き方に違和感しかねぇ……』
「この門の外を見れば納得するぞ」
睦月は昇陽に続いて外に出る。
そこは公家屋敷とでもいうほどの和風な屋敷の中であった。
確かにこのような建物の中にある扉としてはこれほど最適なものは無い。
中に入れば一気に現代感が増すのは愛嬌なのか。
昇陽は廊下を歩く下男風の人物に声をかける。
「月詠はいるか?」
「これは昇陽様、月詠様ならば夢見の間におられるはずです」
「そうか、ごくろうじゃ」
「もったいなきお言葉」
男は昇陽にねぎらわれると恭しく頭を下げ、忙しそうに廊下を奥へと進んでいった。
睦月はまるでタイムスリップしたのではないだろうかという錯覚に陥る。
しかし隣を歩く昇陽の姿を見て「現代だな」と思い直した。
『昇陽ってかなり偉かったんだな』
男は昇陽を様と呼んだ。
それが睦月には衝撃的でもあった。
「もっと敬っても良いのじゃぞ?」
そういって胸を張る昇陽に威厳は無い。
でもそれが昇陽らしい気がする。
今も少しくたびれたように見える彼女に威厳は無縁なのだろう。
睦月は昇陽と出会ってまだ半日すら経っていないがそう感じた。
二人はそんなやり取りをしつつ夢見の間へと到着した。
中に入ると一人の男が鏡の前で正座している。
腰まで伸びるストレートの黒髪は傷んだ様子もなく、居住まい正しく座るその姿は本当に位の高い武家貴族のようだった。
「昇陽、此度はどうしましたか? おや? 彼は……」
くるりと振り返ったその男の顔立ちは整っているのだろう。
だろうといったのは彼の目元に布が巻かれ、その上からベルトで固定されていたからだ。
「うむ、今日は彼を儂の部下として登録したくての。
名は高原睦月じゃ」
『よろしくお願いします』
「なるほど、それでしたら受付にでも仰ってくれれば」
「結局最終的にお主のところに話が行くなら直接言っても変わらんじゃろうが」
「そうなると今度は私が登録の為に部下に伝えなくてはならないのですが?」
「お主も偶には動け、このクソニートが」
「はて? なんの事でしょうね。
私はちゃんとお仕事してますよ」
「夢見が無い日はただの暇人じゃろうに」
「はは、これは手厳しい」
「まあいいわい、兎に角伝えたからな」
「承りましたよ」
『(なあ昇陽)』
睦月はコソリと昇陽に耳打ちする。
「うん?」
『(あの人の目は……)「私の目は見えませんよ」うおわ!!』
唐突に割り込まれた上に疑問に答えられ、睦月は思わず叫ぶ。
「先ほどちらと昇陽も仰ってましたが、私の異能は夢見。
未来に起こる様々な事象を夢という形で見ることができます。
ですが、どんな形であれ闇を覗く以上は向こう側にもみられることを意味します。
未来というのも不確定な一種の闇ですからね。
私は生まれつき闇を覗く夢見の力持っていたために光を授かることはありませんでした。
まあ、現世のモノを持たないことで夢見がより正確なのが救いですかね」
『はあ、なんかすいません』
「いえいえ、私はこの異能で人々を救えるのなら問題ありませんよ」
「それなら儂も救ってもらいたかった喃」
「何からですか?」
「お主と出会う運命からじゃな」
「はは、それは無理ですね」
『昇陽それはどういう意味だ?』
「昇陽は所謂先祖返りともいえるほどの強い霊力を宿してました。
私は彼女が生まれる前からそのことを見てましたから先代の天上殿にお伝えしたのです」
『先代?(というかそうなるとこの人いくつだ?)』
月詠の見た目はぱっと見で30代くらいだ。
「彼女のひいおばあ様ですね」
「ほんと余計な事してくれおって、おかげで儂は地獄を見る羽目になったのじゃぞ」
『地獄って……』
「ああ、修行の日々は本当につらかった……なんど死のうと考えたことか……本当に……ぐす……」
昇陽の瞳に一粒の雫が落ちる。
一体どんな修行だったのだろうか。
「物心つく前から先代に引き取られて修行させられたので言葉遣いが先代のものなんですよね」
「それも小、中学校でいじめの対象じゃったぞ! 全部返り討ちにしてやったがの。
その後は逆に腫れものを扱うようになってしもうたが。
まあ、そんなんでも付き合ってくれる奇特な友人は一人おったがの」
周りからすれば祟りみたいな存在だったのだろう。
ご愁傷様である。
むしろそんな祟り神のような昇陽にも一人だけ心を許せる友人がいたという事が驚きだ。
しかしまあ、なるほど。
この言葉遣いはどうやらおばあさんのせいらしい。
この負けん気の強い性格もおそらく地獄の修行とやらのたまものだろう。
反骨心をもって挑まなければならない修行とはいったい。
それよりも、思わぬところで疑問がとけた睦月は少しだけモヤが晴れた気分になった。
「使えなくはないんですよね、標準語」
「使ってる本人からして違和感しかないわい! まったく、お前が儂を見つけなんだらこんな事には……まあ今は割と自由に研究させてもらっておるからの」
「そのせいで今は退魔師というか密教真言師には見えませんね」
「今は科学の時代じゃ、儂の研究は科学と呪術の融合じゃからの。
見てみい、これが先ほど完成した呪術式展開用デバイス「思兼」じゃ」
そう言って眼鏡を指さす昇陽。
かなりドヤドヤしている。
「ほんと面影ないですよね。
先代が見ればどう思うか……」
「知らんわ、符術なぞ時代遅れよ。
儂は儂のスタイルで行かせてもらうからの」
パッと見で退魔師と誰が判断できるだろうか。
睦月はその言葉を飲み込んだ。
「まあ、私としましては仕事さえキッチリ熟してくれれば問題は無いんですよね。
貴方の研究室だって陰陽庁からは一切金銭が出てませんし」
「敷地借りてるくらいじゃな、金を出させたら研究成果を寄越せといいだすじゃろ?」
「上はそういうでしょうね。
というかかなり言いたいでしょうね。
本人が自分のお金で実験している分には口出ししにくいみたいですが。
私はさっきも言いましたが仕事さえ失敗しないならとやかくは言いませんよ」
呪魂骸は別だが大半の金額を昇陽が出しているため、所有権は彼女にある。
「あー、やっぱり言われておるのか。
あの老害どもめ」
やはり組織というのは何かしらあるのだろう。
『なあ、昇陽。
密教真言師ってなんだ?』
「うん?」
「睦月君が置いてけぼりでしたね。
密教真言師というのは使う術を様々な形態に分けたうちの一つですね」
退魔師と一言に言ってもスタイルは様々。
エクソシスト、陰陽師、密教真言師、祈祷師、禍祓い師。
他にもいるが一口に言ってもこれだけの種類がある。
その内の一つですよと月詠は睦月に説明してくれた。
『どう見ても科学者なんだけど……』
「法衣なんぞ着たくないからの」
「この人の服、これはこれでかなり手間暇かかってるんですよ」
昇陽が身に着けている白衣。
これは神聖な場所で育てた蚕の糸を使い、それを七日間清らかな水にさらして霊力を高めた霊糸と呼ばれるものを用いて作成された一点ものの白衣。
下着もズボンも同じ糸から作られているとのこと。
戦闘服でもあるから素材は霊装としては申し分ないのだが……。
本人曰く、依頼のたびに一々着替えるのが面倒という理由が七割くらいを占めているそうだ。
『……何時から着替えてないんだ?』
「かれこれ一年くらいかのう? 汚濁防御の呪術が付与されておるから汚れはせんぞ?」
『そういう問題じゃねえよ……』
女性としてどうなのかという。
いや、むしろ人としてどうかというレベルだろう。
「ははは、仲がいいですね」
「報告は終わった、じゃあ儂は睦月の武装を整えるためにまたラボに行くからの」
「何か依頼があれば連絡しますよ」
「実戦経験も必要か、そうじゃな。
何か手頃な依頼を頼むぞ」
「調べておきますね」
「じゃあの、行くぞ睦月」
『あ、ああ』