理外の存在を狩る存在
執筆から離れてました。
リハビリ作品です。
週一くらいの更新を目指したいですね。
他の停止中作品もコレを足掛けに随時更新を行っていこうと思います。
「洋介、ここがそうなのか?」
「ああ、旅館ヨザクラ。
20年前に閉鎖されてから取り壊されずに今もこの地にあり続ける幽霊旅館さ。
通称首括り旅館」
「何があったんだ?」
「この旅館である女性の自殺があった。
細かい理由は残念ながら不明だが自殺したその人物は世の中を悲観し、恨んでの自殺だった。
それだけ聞けば単なる自殺で済むんだけど問題が起きたのはその後」
その旅館で死んだ女性の幽霊が目撃されるようになる。
それだけならその部屋を封鎖すればよかったのだが……。
ギシリ、ギシリと床が軋む音が旅館内の廊下に響く。
昼間だというのに中は薄暗く、ボロボロの内部は20年の歳月を感じさせる。
「旅館内で変死が相次いだんだ」
「変死?」
「従業員はもとより全く関係ない部屋に止まっていた客までもが苦悶の表情で首を吊って死んでいた。
問題の部屋でね。
そんなことが続き、ついには誰も訪れなくなり従業員も気味悪がってやめていき経営が経ちいかなくなったんだ」
「やだ、洋ちゃんそれ本当ぉ?」
「当時ニュースや新聞にもなったから間違いない。
最後の犠牲者はこの旅館のオーナーだった宮古啓一郎。
自宅で首をつっていた」
「あ、アタシそれ知ってる。
確か自殺のはずだけど脚立も何もないのにかなり高い位置で首をつっていたって」
「それは……どうやったんだろう」
「睦月、だから変死なんだよ」
睦月の問いに陽介が何を言っているんだ? と言いたげに答える。
「っと、ここだ」
陽介が立ち止まり、部屋番号を照らす。
――椿の間。
自殺と変死があった部屋。
「……ねえ、洋ちゃん……なんかココ寒くない?」
洋介の彼女である夕緋が腕をさすっている。
確かに妙に肌寒いと睦月も感じていた。
後ろにいるであろう亜弥奈を見れば不安そうに周囲を見回している。
洋介はおもむろにポケットからお守りを人数分取り出して手渡してくる。
「気休めかもしれないが持っているといい」
そのようなものが必要な場所に連れてくるなよと言いたくなったが、心霊スポットに行くこと自体を否定しなかった睦月たちに洋介を責めることは出来ない。
四人は意を決して室内へと入り込む。
ひんやりと冷たい空気があたりに漂い、寒気を感じるはずなのにじっとりと嫌な汗が噴き出てくる。
明らかに他の場所とは違う空間に誰もが言葉を発することが出来なかった。
――ギィ……
部屋が軋む音がする。
いや、天井から聞こえる。
睦月は言いようのない不安にかられた。
――ギィ……ギィ……。
何かの動きに合わせて天井の梁が軋んでいるのだろう。
「洋介……」
これはすぐに出た方が良い。
睦月はそう思い陽介に声をかける。
返答は無い。
「洋介?」
ふと気づく。
先行していたはずの洋介の姿が見当たらないことに。
――ギィ……ギィ……。
音は背後から聞こえる。
振り返りたくない。
――ギィ……ギィ……。
音の方をゆっくりと振り返る。
心臓が痛いほど細かな脈動を繰り返す。
視界に入ったのは足だった。
下を見た記憶は無い。
今も正面を向いている。
だのに足が見える。
始めは何かわからなかった。
懐中電灯を少しづつ上へと傾ける。
そこにあったのは……。
「洋介?」
苦悶の表情を浮かべる洋介の首つり死体であった。
「は? え?」
目の前で起きている現象に頭がついてこない。
睦月の反応で異常が起きているという事を理解した二人が後ろを振り返る。
「洋……ちゃん?」
「洋介くん? え?」
――ギィ……ギィ……。
「き、きゃああああああ!!」
「洋ちゃん! 洋ちゃん! なんで? やだああああ! あぐっ!」
夕緋の首にロープがかかる。
一瞬のうちに吊り上げられ、夕緋は洋介の隣へと移動した。
首に食い込むロープを掴み、足をばたつかせる夕緋。
睦月は一瞬何が起きたか反応に遅れたが、苦しむ夕緋を見てすぐに彼女の脚を摑まえて上に持ち上げる。
「む、むっちゃん……お願い……て、離さないで……」
「亜弥奈! 台座になりそうなものを探してくれ!」
「う、うん!」
亜弥奈が奥の方へと向かっていく。
しかし。
「ひっ!?」
何かに驚いたように尻もちをついた。
「どうした!」
「いや……来ないで……」
亜弥奈が何かに懇願するように訴えながら後ずさる。
「いや、いやああ! うぐっ」
「亜弥奈!」
亜弥奈の首にロープがかかる。
「止めろ……やめてくれ!」
「むっちゃん……」
「夕緋」
このまま亜弥奈が吊り上げられてしまえばどちらかを見捨てなくてはならない。
しかし、台になりそうな椅子を探しに行くという事は夕緋から手を離すという事。
かと言って亜弥奈か夕緋どちらかをずっと掴まえておくという行為は現実的ではない。
――ギシ、ギシ。
亜弥奈の首にロープをかけているナニカが姿を現した。
それは骸骨といって差し支えないほどの風貌をしていた。
全身の肉という肉は痩せ落ちて骨に皮がついているような状態。
所謂木乃伊といったもの。
その首にはロープが巻かれている。
睦月は直感で理解した。
コイツがこの旅館で自殺した女性なのだと。
木乃伊女は手に持ったロープを力任せに引っ張る。
どこにそんな筋力があったのかという勢いで亜弥奈が引きずられた。
「い、ぎ……」
必死でこれ以上ロープが喉に食い込まないように抵抗するがそんなモノ意味がないとでも言いたげに亜弥奈を持ち上げた。
「ア……」
「やめろ、亜弥奈を離せ!」
――グシャ。
木乃伊女は持ち上げた亜弥奈を力任せに柱へと叩きつけた。
頭蓋が陥没し、裂けた部分からピンク色の柔らかいものがはみ出している。
「いひ、いぎいいいひへへ? は?」
亜弥奈は意味不明な言葉を発し、びくりと大きく一度痙攣するとそのまま動かなくなってしまった。
「亜弥奈? 亜弥奈ああ!! ふぐっ!」
木乃伊女は亜弥奈のロープを離すと腕から別のロープを生やして睦月の首に絡ませる。
「う、ぐぐぐ、夕……緋」
「いや、あぐぅ」
足を支えていた睦月を引きはがされた夕緋は再び宙づりになる。
木乃伊女は左腕を前に突き出して夕緋に向けた。
すると夕緋の足元から二本のロープが伸び、両足首に巻き付いた。
睦月はこれから何が起こるのかを察してしまった。
必死で首元のロープを外そうともがきながらなんとかこれから起こる悍ましいことを阻止しようとする。
だが。
――ミリ……ミチミチ……。
少しづつ夕緋の脚が引っ張られ、同時に首のロープも上に上がっている。
頸椎は外れ、食い込んだロープで夕緋はすでに窒息している。
それでも上下に引かれる力は変わらない。
――ブチブチブチ。
筋繊維が引きちぎれる音が響き、夕緋の首が伸びる。
千切れずに引きずり出された神経が辛うじて胴体と首をつなぎとめている状態だ。
(やめてくれ……俺たちが何をしたって言うんだ……)
確かにこの木乃伊女に彼らは何もしていない。
何もしていないがそんなことはどうでもいい。
彼らがココを訪れたことであの木乃伊女を呼び起こした。
もし罪があるというならそれはこの旅館ヨザクラを騒がしたこと。
もし触れなければきっとこの木乃伊女は動き出すことは無かった。
絶対ではないが少なくとも今日までは間違いなくそこに居て眠っていたのだから。
(洋介、亜弥奈、夕緋……)
親友と彼女の姿を思い浮かべる。
楽しかった日々。
それが脆くも崩れ去り、目の前に見える光景は悪夢か地獄か。
睦月の身体は夕緋の隣に吊り上げられ、同じように足にロープがかかった。
睦月は目に焼き付ける。
この光景を、友の、最愛の人の死を、憎き悪霊の姿を。
何度転生しようともこの悪霊だけは必ず滅ぼす。
そう魂に刻み込むために。
ロープが喉に食い込んでいく。
抵抗する腕ももはや意味がない。
意識はまだある。
ギリギリと頸椎が伸びていくのが分かる。
「(俺はお前たちを許さない)」
もはや声にはならない。
狂ってしまった悪霊に向けたものなのか。
それともその悪霊を生み出す原因となった世界に向けたものなのか。
本人ですらそれはわからない。
抗いがたいほどの憎悪。
どこから湧いてきたのだろうか。
頭の片隅に残る悲しみと何故の感情。
何方が本当の自分なのか。
睦月がそれを理解する前にブチリと音が耳に聞こえた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
とある施設。
意味のわからない機械が立ち並ぶその部屋で一人の女性が見たこともないデバイスを繋いだPCに得体のしれない数式をカタカタと一心不乱に打ち込んでいる。
女はジーンズに黒のチューブトップ、その上に白衣という恰好をしている。
肩甲骨まで伸びた黒髪はただ伸ばしているだけといった風体で手入れされておらずボサボサの状態であるが気にした感じは無い。
むしろ切るのが面倒で気が付いたらこの長さといったところだろう。
黒ぶちのリバースナイロールメガネをかけていて。
パッと見気だるそうな表情をしているが、眼の力は異常に鋭い。
身長は155cm程度。
年のころは10代だろうか? きちんと身なりを整えてさえいれば可愛い部類にはいるだろう。
スレンダーといえば聞こえはいいが栄養補給も面倒でゼリー系統で済ませるを繰り返している内に気が付けば痩せていたというのがその実。
の割にはしっかりと自己主張している部分は自己主張している。
彼女の名は天上昇陽。
日本における退魔組織「陰陽庁」の№3である。
「出来た!」
彼女の現在の作業は新しい呪術武装の開発。
数多の呪具を開発し、使いこなす彼女は今までと一味違うメインウェポンの創造を目標としていた。
今彼女の手には超小型思念認識術式展開用デバイスというモノが握られている。
「コレをこの指輪とリンクさせてこうしてこうして……こうじゃ!」
そのデバイスをあらかじめ眼鏡のテンプル部分に作成しておいた専用のスロットに繋げば完成となる。
「どれ、さっそく……」
彼女は施設の隣の部屋へと移動した。
そこは複数の的が置いてある少し広めの空間。
壁をよく見れば細かく文字が書かれており、それらはそれぞれ防音、防壁の効果を持っている。
所謂試射室という奴だろう。
そこで昇陽は出来たばかりの眼鏡をかけ、的を見据え指輪をつけた右の掌を前に突き出す。
「さてさて……呪装展開!」
昇陽の思考を眼鏡のモダン部分に着けられている受信機を介し、それに反応してデバイスが昇陽の眼鏡の右レンズをモニターとして情報を浮かび上がらせる。
声に出す必要は無い、言ってしまったのは気分だ。
「くふふ」
右レンズに映し出される情報はを思考で操作する。
僅かにラグはあるがそれは後々アップデートを繰り返して無くす予定である。
そして一つの術式を現す法陣が指輪を介して正面に投影された。
――帝釈天術式展開、「紫電」展開完了、発動待機。
(撃つ!)
――起動。
モニターにその文字が現れた瞬間、法陣が輝きを放つ。
れに呼応するように昇陽の身体から力が抜けていき、投影された陣にエネルギーを与え陣が輝きを強める。
帝釈天~インドラ~の雷が正面にあった的の中心を貫き焦がした。
その結果を見て昇陽はニンマリと笑うと両こぶしを胸の前で握り締めて背中を丸める。
「~~~!! やっとじゃ! やっとうまくいったぞ! ついに思念認識術式展開用デバイス「思兼」が完成したぞ!」
今まで何度も失敗を重ね、ついに完成した武器。
声に出さずとも術式を使用できるという利点は考えればかなり有用である。
一見すれば何も持っていないように見えるのもポイントが高い。
悪霊相手ならそんな心配はあまりないが、変化や妖魔となると基本騙しあいになるからだ。
上機嫌に試射室を出たところで昇陽は一人の少年と目が合った。
「……誰じゃお主は?」
『俺は……高原睦月……ここはどこだ?』
「ここは儂の研究室、セキュリティカードが無ければ入れんのじゃが……む? お主……」
『?』
昇陽はまじまじと青年を見る。
「その内に秘める憤怒と憎悪……身にまとう負の気配……もしや悪霊かの?」
『……え?』
実体があると見間違うほどの存在感に初めは昇陽も勘違いしたがよくよく見れば生身ではないという事に気づく。
「ふむ、自覚なしか?」
『俺が……悪霊?』
「その穢れは悪霊のそれなのじゃが……儂がなんの警戒も抱かぬというのは些か変わった奴じゃのう」
『死者……未練……ぐぅぅ!』
睦月と名乗った青年が頭を抱える。
その身から黒いオーラが溢れだした。
「落ち着け睦月とやら」
『俺は……俺は……殺された……そして……誰かに呼ばれた気がして……気が付いたらここに……』
「ふむ……なるほどのう」
昇陽は睦月に無造作に近寄っていく。
彼が完全に理性を無くした悪霊であったならそのようなことは決してしない。
だが、彼はまだ理性がある。
「恨みを晴らして浄化の手助けをするのも退魔師の仕事よ。
睦月よ、おぬしは復讐したくはないかの?」
『復讐……』
「その復讐対象にもよるがのう。
もし対象が生きている人間でどうしようもないクズなら諸手を挙げて協力するが、そうでないなら諦めてもらうほかない。
ほれ、覚えていることがあるなら言うてみい」
『俺は……』
睦月は悪霊に殺されたという。
どこでどのように悪霊に殺されたのかは覚えていない。
けれど、睦月は悪霊を……否、悪霊や人に仇なすモノ全てを憎み、復讐したいと言った。
「悪鬼悪霊、魑魅魍魎その全てとはまた……なるほど、生者に対してではなかった故、儂に悪意が無かったのか。
しかし、それは終わりなき修羅の道となるのじゃぞ? それでも良いのか?」
『構わない。
鬼となれというなら鬼となろう、たとえ行く先が地獄だとしても』
「地獄ならまだよいわ、おぬしの行きつく先は無。
即ち消滅じゃ。
魂のすべてをすり減らし、その魂魄が消滅するまで理外の存在を屠るモノとなる。
そういっているのと変わりないのじゃからの。
もう一度聞くがそれでも良いのか? 今ならまだ輪廻への道が残されておるぞ」
『構わない』
昇陽はその言葉を聞き、少しだけ悲しそうな顔をする。
だが、すぐに表情を戻すと踵を返し睦月に伝える。
「お主に儂からプレゼントをしてやろう、ついてまいれ」
睦月は何も言わず昇陽について行く。
昇陽は試射室の隣の扉を開け、中へと入っていった。
薄暗い室内の奥。
そこにはぼんやりと光を発しているシリンダーが置いてあった。
その中には人のようなものが浮かんでいる。
「コレをお主にやろう」
『これは?』
「これは呪魂骸という。
儂の研究の一つじゃ」
自らの呪力をその中に入れ、動力とすることで人形を操る傀儡師の呪装である「傀儡人形」。
従来のモノは内部に術式を刻み、呪の浸透性を高めたただの人形であった。
だが、それでは人形の限界を超える動きをすれば即座に壊れてしまう。
どうにかして壊れにくく強い傀儡人形が作れないかというコンセプトで開発されたものの一つ。
「まだ研究段階での、量産はされておらん。
故に現在あるのはこのプロトタイプ一つじゃ。
術式を刻んだ有機繊維をつかって作り出し、自己再生する人工筋肉。
タングステンとベリリウムの合金を使った世界最高硬度の骨格。
膂力は人間を軽く超え、その器は決して劣化することが無い……と一応予測しておる。
まあ、これ一体で億超えを簡単にしてしまう上に恐ろしく呪力を消費するから傀儡師どももおいそれと使えないという事から一体しかない理由じゃがの」
『……』
「一つだけ言っておくが、人工筋肉に刻まれた術式のせいで一度これに入れば自ら出ることは出来ん。
本来なら呪のエネルギーが尽きるまで動く代物じゃからの。
魂が摩耗し、その力を完全に失うまで永遠にこの骸の牢獄に囚われるであろう。
それでもお主は入るのか?」
『コレに入れば悪霊を駆逐できるんだな?』
「それはお主次第じゃ。
じゃが気を付けろ、この呪魂骸は結局のところ試作品。
先も言ったが満足に動かせる傀儡師がおらんで研究それほど進んではおらん。
故に魂そのものを入れるなぞという事は出来ると言ったが、それも「だろう」の領域じゃ。
どのような影響があるかわからん代物。
最悪は刻まれた術式の影響で狂う可能性もある。
それでも良いのか?」
『はは、至れり尽くせりだな。
構わないさ』
「魂を入れた場合どれほど持つのかも未知数。
何十年、否、何百年と過ごす羽目になるやもしれん」
『くどいぜ』
睦月は即答した。
「あい分かった。
一つだけ条件がある」
『なんだ』
「プレゼントするとは言ったがこの呪魂骸はまだ儂の持ち物。
故にお主は儂が死ぬまで手伝え、それが条件じゃ。
幸いにして儂は退魔師、おぬしの目的にも添えるじゃろうからの」
『なんだ、そんなことか。
構わないぜ、なんならお前の下の世話までやってやるよ。
っていうかどう見ても科学者なんだが』
「くく、変わった悪霊じゃのう。
決意は固いと見える。
ならば渡そう、儂の呪魂骸を!」
昇陽はコンソールを操作する。
シリンダーを満たしていた液体が排出され、呪魂骸が膝をつくように地面に降りた。
シリンダーが開く。
「良いぞ」
『ああ』
睦月の魂が呪魂骸の中へと入っていく。
顔のないマネキンのような呪魂骸が徐々に変化していき、先ほどの青年「睦月」の姿になった。
「……これは予想外じゃのう」
『コレが呪魂骸……おわ!』
立ち上がろうとしてバランスを崩し、睦月は転んだ。
「まあ今までの身体とは勝手が違うからの、そうなるのも仕方ないわい。
あと今服を適当に見繕ってくるから待っておれ、何かしらはあるじゃろう。
その間に歩く練習をしているといい」
『え? おわわ!』
言われて気づく。
睦月は今全裸であった。