1話
「そこは孤独の国なんだよ、要するにさ」
森がいつものように最近読んだ本について語っている。
気が済むまでは終わらないだろうから、耳を傾けつつも宿題をしていた。
放課後の教室。さっきまで居た女子グループはとうとう遊ぶ場所を決め出発したらしい。
だから今は、ふたりきりだ。
「ひっろい荒野か砂漠の中に、ぽつんってあって。高い壁に囲まれていて、小さくはなくて、大きくもない。平和というには騒がしく、かといって争いをするには相手がいない」
こうやって放課後まで学校に残ることは、珍しくない。
特に残ってやらなくてはいけないことがある訳では無いのだが、しばらく学校に居たくなる。
それはきっと森も一緒だろう。
それが分かっているから、お互い「なぜ」とは聞かない。
聞かれても困る。
「ひとりぼっちの国、ひとりぼっちの国民。そこでは全部が全部ひとりぼっち。あ、でも、ひとりぼっちの集まりが出来たら、それはひとりぼっちでは無くなる……かと思いきや結局はひとりぼっちに戻るんだ。少なくとも、この本では」
森の語りは終わりが見えない。
たぶんこのまま続けたら、夜になるだろう。
それでもいい。
それはいけない。
そんなの自分じゃ選べなくて。
「つまりそこにある全てがそれぞれ違うってことなんだろうな。そこにある全てが、同じく一つずつで。実際、その国には図書館とか薬局とか文房具屋とか、お店や娯楽施設や病院に至るまで、全部一つずつしか無いって話しだ。売ってる物も置いてある物も、絶対に同じ物は無いらしい」
空は橙色で、射す日は遠くから来ている。
もう少ししたら、夜が来る。
その闇に紛れて帰ろうか、いや。
それだけは絶対にしないと、あのとき決めたから。
とっくに終わっていた宿題を閉じ、曖昧な気持ちを強引にまとめた。
「でな、こっからがちょっと怖いんだけど。もしその国に同じ物が二つ出来たら、ひとりぼっちじゃなくなったら、その二つは互いを消し合うらしい。消し合うってことがどういうことかは知らないけど、とにかくどちらかはその国から消えちまうんだ。きれいさっぱり、ね。だからさっきも言ったけど、集まったってまとまったって、結局最後はひとりぼっちに戻るんだよ」
荷物は既にまとめてある。
それを手に持ち、森の目をじっと見る。
じと目で。
「面白いよな? 独りは結局何しても独りで、変わろうとしても……はいはい、日も沈んできたし帰ろうな。そんなにアピールしなくたって、そろそろ終わるつもりだったって」
森が教室の鍵を教員室に返しに行っている間に、下駄箱で靴を履き替えた。
遅れて森も下駄箱にやって来た。
校門を出たら、森とは逆方面である。
「あーあ。本の内容まで話したかったのにな……てことで、はいこれ」
やはり森は今まで語っていた本をこちらに差し出した。
語った後に読ませる、ここまでがテンプレ。
「じゃ、また明日な」
そう言って森はこちらを背に、手を振りながら歩き出す。
そして、すぐに角へと消えていった。
森とは反対方向に歩き出す……。
歩き出そうとして、ふと手元の本に目を向けた。
題名は、『孤独の国』。
上にはルビで『ロンリネスランド』と書いてある。
どうやら洋書のようだ。
作者の名前を探すと、案の定英語で書いてあった。
日本語読みすると……。
『ロンリネスランド』
どうやら作者の名前は作品名と同じらしい。
なんだか変わった本だな。
それとも印刷ミスだろうか。
微かな違和感を覚えつつ、家に帰った。