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新現実世界

作者: 病田em

 私は疲れている時に眠ると、毎回必ず同じ夢を見る。その夢は、決して心地いい夢ではなく、寧ろ逆に怖くて寂しく、不快な夢だった。

 その内容は、大体こうである。先ず私は、だだっ広い、廃墟のような汚い何かの工場のような場所にいる。その場所は、何処の県にある何処の場所なのか、全く分からない。それどころか日本なのか、或いは外国なのか、ということも分からない。とにかく分かることはこの辺りには、少なくとも徒歩で数十時間程歩いた範囲には、何も無く、人が存在しそうな、或いは雨風を凌げそうな場所は、今いるこの廃墟の工場しか無いということだけだ。

 そしてその工場は、とにかく汚く、灰色の壁は黒い煤のようなもので汚れていて、所々に動物の血のようなものが飛び散った跡が見受けられる。

 周囲の空気は淀んでいて、鼻が曲がりそうなキツイ匂いが常にする。臭いだけならともかく、何か有毒な気体が、或いは有毒な薬品が、空気中に充満していて、このままだと生命に危機があるのではないかと、そんな気さえしてくる程だ。

 そして一番の問題が、これである。その無駄に広い工場には、私の他には、ただの一人も、人間が居ないのである。

 その夢を見るたびに、私はこれは夢だと頭のどこかで思いつつも、怖くなって、何処かに人は居ないのかと、工場の敷地を歩きまわって探すのだが、今まで一人も、人間と出会ったことはない。

 そう話すと、何の生き物も存在しない場所なのか、と思われるかも知れないが、実際は違うのである。

 人間はただの一人も居ないのだが、その代わりに、未だかつて見たこともないような、醜い、奇妙な姿の生物が、その工場をうろちょろしているのだ。

 その生物は、とにかく醜く、奇っ怪な姿をしている。恐らく地球上には、あんな姿の生物は存在しないだろう。地球上に存在しないのだから、形容のしようがないのだが、強いて言うなら、奴らの基本の姿は猿を少しだけ大きくしたようなフォルムに近い。そして人間で言うところの顔に相当する場所にある、目、鼻、口の配置が、人間とは大きく違っていて、その生物それぞれの個体ごとに、バラバラに配置されている。まるで幼稚園児が仕上げた福笑いのようである。

 そして手と足が、硝子に入ったひび割れのように、ランダムに、そして何の法則性も無く、右に左に、よじれている。

 勿論人間でもなく、何か別の惑星の生物なのか、それは分からないが、普通の思考の人間であれば、一目見ただけで発狂しそうな程、醜い姿なのである。

 そしてその生物達は、それがどの程度のものなのかは分からないが、一応は知能を有しているらしく、壊れたラジオから発せられるような、耳障りな鳴き声で仲間達と会話をしている。勿論それは日本語でもなければ、何処の国の言語でもないものなので、この部分に関しては、若干、私の推測が入るのだが。

 そしてその夢の中で私は二回程、その生物に話しかけられたことがある。

 何か必死な調子でもって、しかしその言葉は、いや、鳴き声は、勿論人間である私には全く何を意味しているのか分からないのだが、とにかく必死な調子で、私に何かを訴えるのである。

 その鳴き声は、私に何かを気が付いて欲しい、そんなように聞こえた。

 

 

 私はその日、ゴミや雑誌が散乱する汚い六畳一間の自宅で目覚めた。時刻は午後の十二時を少し過ぎていた頃だった。

 枕元に置いてある近眼を矯正するための大きな黒縁眼鏡を、薄暗い部屋で、盲人のように手探りで探し、やっとのことで顔に装着すると、よれよれになったハイライトを一本、煙草の紙袋から取り出し、口に咥えて火を付けた。

 部屋に煙が充満していくのとは対照的に、少しずつ、寝ぼけた頭が冴えていくのを感じつつ、取敢えずテレビのリモコンを手に取り、電源をつけた。

 偶々冷蔵子の中にあった、いつ買ったのか分からない林檎を齧りつつ、新聞を取っていないという理由から、ニュース番組にチャンネルを合わせ、何となく眺めていると、何だか物騒な事件を報じていた。

 その内容はこうであった。

 集団自殺が起きたのだ。それは日本だけでなく、世界各国でも同時に起きているらしい。そして死んだ人たちは皆、経済的に苦しんでいたり、病気で苦しんでいたり、人間関係が上手くいってなかったり、或いはホームレスや浮浪者、要するに、社会的弱者だったそうだ。

 これだけを聞けば、ああそうか、要するに明日に希望が無い人たちが、偶々自殺という道を選んでしまったのだな、と思うところだが、その人数が異常なのである。

 正確な数字は分からないとのことだが、その人数は約15億人。地球上の総人口が約73億人であるので、この数字は全体の約五分の一。つまり全体の約二割の人間が、昨日の夜から今朝にかけての僅かな時間に死んだことになる。日本国内だけでも、約2千5百万人の人達が亡くなったそうだ。

 本当なのか、それは。そう思った私は他のチャンネルのニュース番組も見てみたが、どの局も皆一様に、同じニュースを報じていた。

 いくらなんでも、有り得ないだろう。そうは思うものの、まさかそんな不謹慎なことを、バラエティー番組のドッキリのように、どこの局も一様に報じるはずはない。

 取り敢えず今は、確かな情報が必要だ。そう思ったので、外に出てコンビニに行き新聞を買い、ついでに外の様子も確認しに行こう、と手早く着替えを済ませ、玄関のドアを開けた。勿論、少ないとはいえ、私の家族及び友人の消息も気になったが、それを確認するのはあまりにも不安過ぎたので、今は止めておいた。

 外に出ると、意外にも普通の昼下がりだった。少なくとも、そこら辺に死体が転がっている、ということはなかった。ただ、繁華街から離れているとは言えども一応ここは東京都内である。外を行き交う人の人数が圧倒的に少なかったのが少し不気味だった。その代わりに、というのも変な言い方だが、遠くから、或いは近くでも、パトカーや救急車のサイレンがやたらと聞こえた。

 道すがら他人様が住んでいるアパートやご家庭を眺めてみると、全部が全部ではないものの、所々に立ち入り禁止の黄色いテープが張られていて、警察官と思しき人たちが出入りしていた。きっと、いや、間違いなく、自殺で亡くなられた人達の住んでいた場所なのだろう。もうこの時点で新聞をわざわざ買い、読まずとも、先ほどのニュースの信憑性はだいぶ高いはずだったが、気が動転していた私は、兎にも角にも確かな情報が欲しかった。だから、コンビニへの道を急いだ。

 近所のコンビニに到着すると、店員は一名しか居らず、弁当や飲み物、菓子の類が異常に少なかった。新聞を購入する時に、そのたった一人の店員に聞いたところによると、商品を搬入する業者が亡くなったため、商品の補充が間に合わなかったのと、今の騒動で、コンビニにも欠員が出ているらしかった。まあそれはそうか、日本でも五分の一の人間が死んだのである。仮に亡くなったのが直接的にコンビニの店員ではなかったとはしても、色々なゴタゴタで確実に出勤できるとは限らないだろう。どうやら今の騒ぎは本当らしい。代金を払おうとしたのだが、「こんな時ぐらい、いいですよ、この店の店長も今は亡き人ですから」と、店員は不謹慎(あくまでもこの状況下では)な笑みを浮かべながら、只で新聞をくれた。

 新聞を読むと、勿論先ほどのニュースで聞いた内容と同じことが書かれていた。因みに新聞を購入(実際は只でもらったものだが)する際に確認したのだが、普通の場合、コンビニには一つの新聞社のものではなく、数社の新聞が置かれているものだが、先ほどのコンビニにはA社の新聞しかなかった。これもきっと、新聞業者の人間が例の騒動で亡くなったためだろう、と思われる。

 今の騒動が、ドッキリでも何でもなく、また、夢でもないと確信した私は取敢えず帰宅することにした。

 帰宅することにはしたものの……、何かが不安だった。当然それは、今の騒動に起因しているのだが、とにかく何かが不安で、何となく心がざわつくのを止めることができなかった。だからなのか、またそれは、別の理由なのか、それは分からなかったが、帰宅するルートを少し遠回りして、散歩がてらその辺を見て回ろうという気になった。多分人間という動物は、圧倒的に奇怪な状況に陥ると、かえって、そんな、短絡的に言えばのんきな(それもちょっと変な言い方だが)とにかく、そんな気分になる動物なのだろう。

 

 

 帰宅途中に川沿いの堤防の上を、トボトボと歩いていると、またしても変な光景を見かけた。

 二人の警察官相手に、刃物を持った男が何やら喚き散らしていた。一見すると、その刃物で警察官二人を襲おうとしているのか、と思うところだが、実際は違うようだ。

 その手に持った刃物を、男は自分の喉元に突き付け、何かを叫んでいる。どうやら自殺しようとする男を、警察官が二人がかりで説得し、止めようとしているところらしかった。

「やめろ、止めるな!」と男は刃物を自分の喉に突き付けて叫んでいる。

「何であなたが死ぬ必要があるんですか、見た限り、あなたの身分はそこそこ裕福そうだし、体も病気じゃない。気でも触れたんですか、とにかく、その刃物をこちらによこしなさい」と警察官の一人が説得している。

「それは……、あんたらの言う通りだ。俺は病気でもない。金に困ってる訳でもない。俺の頭もしっかりしている。だけど、だけど、気が付いてしまった。もうこんなゲームはうんざりだ。とにかく、もう終わりにする。夢から醒めるんだ。俺はまた、あの工場の世界に戻るんだ。人間だから偉いんじゃないんだ。現実を、俺は、本当の現実を、受け入れる。醜い生物だって、少なくとも仲間はいる、一人じゃない。何よりも、夢を叶えられなかった時点で、或いは勝ち組になれなかった時点でこのゲームに、このゲームそれ自体に、もう意味は無い。だから止めるな!」

「何を言っているんですか、あなたは」警察官は若干呆れた調子でそう言った。

「だから!この世界はただのゲームなんだ!俺たちはこの世には存在しないんだ!不毛なゲーム、確実に負けるギャンブル、そんなのは、もう、うんざりなんだ!どうせ負けるなら、俺は元の姿に戻る、それだけだ!」

「意味がわからないですよ、何なんですか、この世がゲームだとか、私たちは存在しないだとか、とにかく!とにかく、その刃物を捨てなさい。死んだら何もなりませんよ!」

「まだ気が付かないのか!今世界で起きていることを考えろ、彼らは、ただ自殺したんじゃない。気が付いたんだ、本当の世界に!俺も然り、だ。元の世界に戻る。戻るんだ!」

 そう言いつつも、男の刃物を握るその手は、ぷるぷると震えている。どうやら本当に死ぬ気らしいが、どうもその踏ん切りが付かないらしい。それはそうだろう。誰だって、痛いのは嫌だ。

 そんなことを考えていた次の瞬間、もう一人の警察官が、瞬時に手に持った警棒で、男の刃物を持っていた右の手を強く叩いた。

 たまらず男は刃物を地面に落とした。そして瞬く間に、男は二人の警察官に取り押さえられた。

「バカヤロー!ちっきしょう、バカヤロー!」男は取り押さえられながら、そう叫んでいた。

 ふと気が付くと、男と、私の周りにも、人だかりができていた。その奇妙な寸劇を眺めるのに集中していたため、気が付かなかったようだ。そして次に、私の関心は、別のものに移ることになる。

 その観衆の中に、ホームレスのような(実際に、この男はホームレスだったのだが)風貌をした男が居た。そしてその男は、とても気の毒そうな表情で、ボソッと呟いた。

「あーあ、折角の機会を無駄にさせやがって……。可哀想に。この世界のからくりに気付きながら生きるってのは、相当に辛いことなんだがなぁ」

 その時である、何となくだが、私は確信に近いものを感じた。このホームレスのような男は、何かを知っている。そう思ったのだ。だから私は直ぐにその男に聞いてみた。

「すみませんが、あなた。何かを知っていますね。僕にも教えて下さい。今、この世界で何が起きているのか、或いは、あの男の言葉の真意を」

 ホームレスのような男は、ダルそうにチラッとこちらを見ると、こう言った。

「いいのかい?そりゃぁ、俺は全てを知っているが……、あんたまで、あんな風になるぞ」そう言って、ホームレスのような男は、取り押さえられてぐったりとしている例の男を指差した。

 今思えば、この時に、止めておけば良かったのだろう。そうしたら、私はこんなことにはならなかった。しかし、その時の私は、ホラー小説か、或いはホラー映画を、怖いもの見たさから、一気に読んでしまう、或いは観てしまう読者のような気持ちで、こう言ってしまった。

「構いません。僕は、本当のことが知りたいんです。お願いします」

 するとそのホームレスのような男は、暫し逡巡した後、神妙な顔で、こう言った。

「分かった。じゃあ、付いて来な」

 こうして私は、ホームレスのような男の後を付いて行くこととなった。

 

 

 ホームレスのような男は、私を、その男のものと思われるブルーシートと河原に落ちていたのだろう角材でできた小屋(つまりは、ダンボールハウス)に案内した。

 小屋の中は、意外にも広く、私たち二人が入ってもまだ十分なスペースが有り、そして何よりも、ガスコンロや鍋、冷蔵子やテレビといった生活に欠かせないものまでもが揃っていた。どうやら電気なども通っているらしい。ホームレスにしては十分過ぎるマイホームだ。

 ホームレスの男(もうこの時点でこの男が浮浪者だということが分かったので、そう書かせて頂く)は冷蔵子からペットボトルに入った緑茶を取り出すと、汚い湯呑みにそれの中身を注ぎ、私に手渡した。

「ありがとうございます」正直、その汚い歓迎のお茶は、どことなく腹を下しそうで、飲みたくなかったが、一応私は失礼にならないように、一口すすりながらそう言った。

「単刀直入に言うが、あんたは、今起きている騒動は知っているか?」ホームレスの男は私がお茶に口を付けるがいなやそう言った。

「ええ、知っています。テレビのニュース番組でも観ましたし、新聞でも読みました」

「そうか。それじゃあ話は早い。あんた、あの集団自殺は何故起きたんだと思う?」

「正直な所、分かりません。だってあの事件は、ただの集団自殺じゃありません。15億人の人間が、死んだんですから」

「そう、それなんだ。そこが問題なんだ。よく考えてくれ。何故15億人もの人達が、一斉に死んだんだろう?」

「うーん。何故でしょうね。もしかして、あの男……。先ほどの刃物で自殺しようとした男の言葉と関係があるのでしょうか?」

「流石だ。あんた、よく分かっているじゃないか。もう一つヒントをあげよう。俺は何に見える?」

「何って……、ホームレスですか?」

「その通りだ」

 何だそれ、それに何の意味があるのだ?そう私は思ったが、口には出さなかった。その代わりに、こう尋ねた。

「ホームレスと集団自殺。何がその二つを結びつけているのかが分かりません。もったいぶらずに教えてください」

「まあ、そう急かすな。多分、全てを一気に説明しても、あんたは理解できん。物事には順序がある。そうだろう?」

「はぁ、そうですね……」

「要するにだ、今回の集団自殺で死んだ連中は、皆、人生に絶望していた人間だ。つまり、圧倒的社会的弱者達だ」

「それがホームレスと関係がある。そういうことですか?」

「そうだ。つまり、この世界のからくりは、弱者にしか分からないようになっているんだ」

「からくり?それは一体……?」

「だから急かすな、ところで話が変わるが、あんた、この世界に今、確かに存在しているか?」

 何だその質問。全く真意が掴めない。

「存在している……?それは、まあ、存在しているでしょう」

「何故そう思う?」

「それはだって……、私には肉体が有ります。目で、或いは耳でも、この世界を認識しています。それに何よりも、今あなたとこうして会話しているじゃないですか」

「ふむ。それはそうだ。だがな、それは間違いだ。あんた、もしこの世界が、例えば……、そう、ゲームとか、アニメの世界だったとしたらどうする?」

「そうですね……、多分、生きる気力を亡くすんじゃないですかね。だって、この世界がゲームなんだったら、適当に生きて、適当に死んでも、ただゲームが終わっただけですから。また人生をやりたくなったら、またゲーム機の電源を入れればいい。それだけです」

「だろう?そうだろう?要するに、そういうことだ」

「まさか……、じゃあ、この世界はゲームの世界とでも言うんですか?」

「ややこしいことに、ちょっと、いやだいぶ……かな、それは事実とは反するんだ」

「それは一体全体……、どういうことですか?」

「この世界はある意味では、ゲームの世界のようなものだ。言い換えれば、リアル人生ゲームとでも言うのかな……、まあ、そういうことになる。但し、さっきあんたが言ったみたいに、何度もやり直しが効くゲームではない。死んだら文字通り、終わりだ」

「じゃあ死んだら、この世界がゲームなのだとしたら、一体僕達はどうなるって言うんですか?」

「一言で言うと、夢から醒める」

「夢から醒める……?」

「そうだ、夢から醒める。そして元の世界、元の姿に戻る」

「その世界とは?元の姿とは?もしかして、人間とは違うのですか?例えば……、そう、世界ってのは動物園の折の中で、姿ってのは猿とかチンパンジーとか……」

「そんな程度なら、可愛いもんなんだけどなぁ、現実は全然違うんだ」

「現実?」

「そう現実。謂わば、新の現実。新現実世界だ」

「それは一体……?」

「もう答えを言ってもいいだろう。俺達の本当の姿は、人間じゃないんだ。本当は、醜い、そうだな……、形容のしようがないんだが……、強いて云うなら手足と顔のパーツがてんでバラバラにできた、猿を一回り大きくしたような生き物だ」

「え、え?何ですかそれは?」

「例えるなら、地球とは他の惑星の、エイリアンみたいな物だ。まあ、その地球、つまり俺達が住んでいると思っているこの星ってのも、そのエイリアンたちが夢に見るためだけの世界なんだがな。それに対しての、別の惑星。別の星に住む、エイリアンだ」

「まあ、それは分かりましたが……。じゃあそのエイリアン達が住む世界ってのは、どんな世界なんですか?」

「基本的には、何もない世界だ。砂漠しかない。そのエイリアン、つまり本当の俺達以外には、何の生物も存在しない。唯一あるのは、汚い、だだっ広い工場だけだ。俺達は基本的にそこに暮らしている」

「何故?何のために?」

「それは当然、夢を見るためだ」

「夢?」

「ここまで言えば分かるだろう。俺達は、姿こそ醜いものの、知能は圧倒的に人間よりも高いんだ。だから、工場で夢を見るための薬を作っている。それを使って、人間になりきり、この世界、つまり地球上で暮らす夢を見ているんだ」

「何故、人間になりきりたいのですか?知能は圧倒的に人間よりも高いのでしょう?だったら、その世界、つまり僕達の本当の世界を充実させればいいのでは?」

「無理なんだ。当たり前だが、本当の俺達だって、最初はそうしようとしただろう。だけどな、いいか、その星には、基本的に何もない、あるのは砂と、強いていうなら、薬を作れるだけの材料だけだ。よく考えてみろ、地球上には、つまり俺達が見ている夢の世界には、何でもあるだろう?テレビ、ラジオ、漫画、ゲーム、本、映画、旨い食べ物、可愛い女の子達、なんだってある。逆に考えてみろ、ちょっとおかしくはないか?いくらなんでも、そんな都合よく、ありとあらゆる娯楽、楽しみが、ある世界なんて、おかしいだろう。だからこの世界は、本物ではないんだ。本当の俺達は、夢を見るための薬しか作れない。だからせめて、その夢の中を、充実させたんだ」

「ちょっと待って下さい、でもこの世界にだって、闇はあります。人類は戦争を繰り返してきたし、事故や病気なんかで突然死んでしまう人だって居ます。辛いことや、悲しいことだってあります。薬で夢を見るんだったら、何故そんな要素を残しているのですか?」

「それは当たり前だ、何一つ不幸がない世界なんて、有り得ない。俺達は、一人で夢を見ている訳ではない。俺達意外にも、沢山の本当の俺達が夢を見ている。当然人間の数が増えれば、お互いに衝突し合うことだってあるだろう。それに第一、事故や病気といったアクシデントも、謂わばこの夢にリアリティを持たせるための、小道具だと考えれば、全て納得がいく」

「そんな……。もしそれが本当なんだとしたら、僕は死を選びます」

「だがな、それも無理なんだ、本当の俺達は死ねないんだ。本当の世界には、俺達しか居ない、つまり醜いエイリアンの他には生き物が居ない。それはつまり、俺達に対する天敵も居ないということだ。さらに最悪なことには、俺達は、姿こそ醜いが、生物学的に言うと、かなり進歩した生き物だ。だから寿命も、人間とは比較にならないくらい長い。そして体も物凄く丈夫だ。さらに、飯も、水も必要としない。ただ呼吸するだけで、体の中で栄養素を作ることができる。ちょっとやそっとでは死なない」

「な、なるほど……。それは、分かりましたが……。じゃあそれと集団自殺は何の関係があるのですか?」

「一言で言うと、この世界の人間が、本当はただの醜いエイリアンが、夢を見ているだけだ、と言うことに気付いたんだ」

「でも待って下さい、この夢は、覚めたら終わりなのでしょう?僕達はわざわざ、薬を使って、人間になっているのでしょう?自分から夢を覚ますような真似を……、一体何故?それに、僕はそんな事実、知りませんでしたよ。それはどう説明するんですか?」

「それは恐らく、今の夢が苦しい人達にしか、現段階ではその事実が分からないようになっているからだ。つまり、俺のような明日の希望さえないようなホームレスとか、或いはそれに準ずるくらいに生活が苦しい人にしか、俺達は実は人間ではないということが、分からないんだ。そういう人間が、実はこの世界はただの夢だと悟ったら、一体どうなるか……。それくらいは分かるだろう?」

 なるほど……、なるほど……。あまりにも突飛な話故に、いまいちピンとこなかったが、確かに。もし今の夢が相当に苦しい人達なら、こんな夢は捨てて、元の姿に、元の世界に戻るという選択肢を取る人だっているだろう。そのほうがまだマシ、と言う人達だって、この世界には、沢山いるだろう。つまりは事実、この男が言うところの、『新現実世界』の存在を悟った人々が、一斉に死んだ。それで、今回の15億人の集団自殺が起きた、と言う訳だ。

「じゃあ、僕は一体……、どうしたらいいんですか?」

「だから言っただろう。今更後悔しても、もう遅い。自分で考えるんだな」

「そんな……、あまりにも無責任ではないですか?」

「俺はあんたに最初、忠告したぞ。あの刃物男みたいになりたくないんだったら、俺の話なんて聞くなってな。とにかく、自分で考えろ。それしか方法はない」

 そう言って、ホームレスの男は、もう私なんぞには、少しも興味がない、といったような仕草で、テレビの電源を付けて、それを眺めだしたが。私があまりにも呆気にとられて、ボウっとした表情を浮かべていたためだろうか、頭をボリボリと掻きながら、こう言った。

「あーもう、しょうがねぇな。そんな絶望した顔すんな。俺の最終兵器をくれてやるからよ」

「え、それは……、それは一体……?」

 ホームレスの男は身につけていたボロボロのズボンのポケットから、小さな小瓶を取り出した。

「ほら、どうしようもなくなったら、これを使え」

「これは……、何ですか?」

「モルヒネだ。人一人が楽に死ねる分量が、この瓶の中に入ってる。どうしようもなくなったら、それ飲んで死ねばいい」

 一体こんな小さな、小指の先程しかない小さな瓶の中に入ったこの少量の薬で、人が本当に死ねるのか?そんな気がしたが、私は有り難くそれを受け取った。

「ありがとうございます。しかし一体、こんなもの、何処で手に入れたのですか?それにあなたは、これを僕にくれて、あなたはどうするんですか?」

「世間は今、てんやわんやだ。ここから近くにある病院に忍び込んで、騒ぎに乗じて、かっぱらってきたのさ。俺か?俺は、暫くこのまま生きるよ。まあ、死んでも、まだ別の世界で生きられるって言い方はおかしいか……、まあ、そう言うのがあるって知って、逆に楽になったよ、俺は。適当にこの世界で生きて、適当に死んでやらぁ。最後は天丼の、一番上等なのを食って、食い逃げして死んでやるのさ。ハハハッ」

 そう清々しく言って、ホームレスの男は笑った。

「ありがとう。恩に着ます。ありがとう」私はそう何度もそのホームレスの男に言って、瓶を大切に握りしめ、その場を後にした。



 しかし、しかし、事態は解決したわけではない。これから私はどうするのか。そんなことを頭の中でぐるぐると考えながら、いま来たばかりの川沿いの堤防の上の道を、自宅に向かってトボトボと歩いていた。

 まあ、でも考えてみれば、逆に考えてみれば、意外と楽なのかもしれない。あのホームレスの男も言っていたではないか。

 そうだ、そうだよな。私には、この薬がある。どうしようもなくなったら、これを飲めばいい。

 最後はそうだな、特上の寿司でも食って、この薬飲んで死ねばいい。そう楽観的に今の事態を考えようとしていた、矢先、それは起きた。

 背後に冷たく、鋭く、激痛が走った。

 振り返る間もなく、私は道端に倒れた。

「自分で死ねないなら、人殺して、死刑になるまでだ……」

 そんな声が聞こえた。どうやら先程の刃物男が、私を後ろから刺したようだ。

 救急車なのか、パトカーなのか、サイレンが聞こえる。警察官なのか、通報した人間なのか、よく分からないが、ざわざわと騒ぐ声が聞こえた。

 そうして私は息絶えた。

 

 

 気が付くと私は、いつもの夢の世界に居た。

 あれ、おかしいな。私は死んだはずでは?そう思ったが、単にもしかしたら先程の刃物男に刺されるのも夢だったのか?とも思った。まあ、色々あって、疲れていたしな。そう思うことにした。

 またしても、汚い、薄汚れた工場の敷地を歩いていた。

 何処かに人は居ないのだろうか。そう思い、辺りを見渡すと、例の奇妙な生物たちがうろちょろとしていた。

 またしても私は、その生物に話しかけられた。

「おお、やっと帰ってきたか」

 あれ、おかしい。こいつらの鳴き声が、ちゃんと理解できる。そんなはずはない。私は人間だ、こんな醜い生物たちの意思を汲み取れるはずはない。

 そう思って私は自分の姿を見てみた。

 何だ……、これは……。

 人間の手足ではない何かが、私の体から生えている。

「こんなの、現実な訳がない……。おい、どうなってるんだ!僕は人間だ、こんなの夢に決まってる!ふざけんな、早く目ぇ、覚めろよ!」

 そう私が絶叫すると、醜い生き物たちはゲラゲラと笑い出した。

 そのうちの一匹が、私に近づくと、ただでさえ崩れた、福笑いのような顔をさらに崩しながら笑い、こう言った。

「おいおい、何言ってるんだよ。これが現実だぞ。まあ、よく帰ってきた。俺達、とっくに退屈しちまったよ。多分お前さんが見てた夢の中の時間で言うと……、そうだな、120年くらいかな、それくらいは待ったよ。まあ、そんなの俺達からしたら、1,2時間てところだけどな」

 そう言って、その一匹は下品に笑った。それにつられて、他の醜い生物たちも、また、ゲラゲラと笑い出した。

 そうか、私が疲れている時に見る、あの夢の醜い生き物たちは私に、早く目を覚ませ。そう言っていたのか。

 そうか、これが現実、これが新現実世界なんだな。

 

 了。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 新しい現実。しかし、実のところ新しいのではなく、戻ってきた。だから主人公が新しいと感じる現実。人間としての生が、ただの夢だったに過ぎないなんてことも、もしかしたらあるかも知れない。 [気に…
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