壱
時刻は午前零時。
軍事会議はとうの昔に終わり、他の者は既に就寝時間に入っている。そんな中、薄暗い会議室に武蔵帝国軍 第壱戦闘部隊の大尉である宇野國春はいた。前方には幹部に所属している男が、書類を片手に肘をつき、彼を見つめている。
「是非、君には諜報部隊に回って欲しい」
一見、深刻そうな表情だ。先日、敵国である大和皇國軍の諜報に向かった数名が、処刑されたと耳にしたが。成る程、そういうことか。通りでやけに上司達の目が此方に向いていると思っていたのだ。そして先程、自分を褒めて讃えるような言葉を並べられたばかりだ。漸く合点がいき、納得と了承の意味を込め、頷いてみせる。
「お任せください」
馬鹿馬鹿しい。そんな小細工をせずとも、幹部の言うことは絶対だ。此方に拒否権なんてない。
なるべく、自然な笑みを貼り付けた。すんなりと受け入れた國春に、幹部の男は少し驚いた顔をする。が、すぐに安堵したように息をついた。
諜報部隊に関する書類を手渡され、それを一通り目を通す。
諜報部隊とは。敵対勢力などの情報を得るために、敵国に侵入する部隊のことである。基本的には入隊時に選ばれるもの。敵に顔や情報が知られている可能性があり、潜入任務に支障が出るからだ。
それなら何故、今更になって戦闘部隊である自分が選ばれたのか。多くの者に信頼され、慕われる存在だからこそ、だなんて口では言うが…。
「期待しているよ、宇野君」
「は。必ずやご期待に添えられるように」
四十五度に腰を曲げ、綺麗に一礼し、微笑んでみせた。それを見た幹部の男は満足げに頷き、就寝につくように促す。失礼します、とくるりと背を向け、少し皺の入った軍服をきっちりと整える。そして、月明かりの照らす方向の一点を睨みつけた。
嘘を吐け。バレて仕舞えば殺される、だなんて危険性が高すぎる仕事を誰もしようとしないだけだ。途中で任務を放棄し、そのまま逃げてしまう者も決して少なくはなかった(その場合は此方が処罰するのだが)それに、先日の件もある。
俺であれば、快く了承してもらえると思っているのだろうか。ならば全てあちらの思惑通り、というわけだ。…所詮、俺は幹部の駒に過ぎないのだろう。そんな現状を少し恨んだ。
だが、任されてしまったからには仕方無い。
この任務は必ずやり遂げてみせよう。
どんなことをしてでも。
例えそれが、残酷なものであっても。
そう。
俺は、完璧であらねばならぬのだ。