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7本目 友情!努力!勝利!エトセトラ!

 植物系の魔物。

 目の前の敵をカテゴリー分けするとしたら、恐らくそのカテゴリーに分類されるのだろう。

 飛鳥もゲームの敵としてなら何度も倒したことがあるが、実際目の前にしてみると不気味さと恐怖心が刺激される。

 植物系の弱点としてパっと思いつくのが火系統の技や呪文など。現実的に考えても草木を焼き払うと考えれば妥当な所だ。


 しかし生憎と飛鳥の武器は木の棒のみ。

 普段からライターやマッチなどを持っているわけではないのでどちらにせよ火は使えない。

 弱点属性を考えても意味はないな、と早々に見切りをつけた飛鳥は別の方法を模索する。

 が、飛鳥の頭では結局のところ同じ答えに辿り着く。


 とりあえず殴る。シンプルな答え。


 生き物ならば大抵は頭を殴れば大ダメージが期待できるはずだが、敵の姿的にどの部分が頭となるのかは飛鳥には判断が付かない。

 しかしあの胴体部分を手当たり次第に殴打すればダメージは入るだろう。

 一つだけ気がかりがあるとすれば、あの木の実のような外皮の硬度。

 先ほど殴った感触と、そのあとの魔物の様子からしてかなりの硬さが窺い知れた。

 あまり知性があるとは思えない相手だが、あの硬さを相手に長時間戦い続けるのは無理だと飛鳥は判断する。

 だからと言って何か代わりに妙案が浮かぶわけでもない飛鳥は勢いよく敵へと踏み込んだ。

 結局、近づいて殴る以外に今の飛鳥にできる事はないのだ。


 ただ愚直に敵に突き進み、武器をその体に叩き込む。

 何も難しい事はない。とはいえ、言うは易く行うは難し、だ。

 魔物がただ棒立ちで滅多打ちに合ってくれるわけがないので反撃されることは必至。

 その反撃を素人の飛鳥がどこまで反応し対応できるか。


 思考は止めない。視線も外さない。自分ができる事をできるだけやる。


 相手の懐までもう少しといったところで、相手の魔物も動いた。飛鳥を食い殺さんと大口を開け、こちらへと勢いよく突っ込んできた。


「――ぐっ!」


 咄嗟に体を右にひねって躱そうと試みる飛鳥だったが、完全に避けきることは叶わない。

 右腕に走る激痛。今すぐにでも武器を投げ捨て、痛いと泣き叫び出したい気持ちに駆られるが、飛鳥はそれを歯を食いしばって耐える。

 今はそんな事に気を取られている暇はない。

 完全ではないが攻撃は避けられた。腕は痛いがまだ動く。

 ならば今、飛鳥がやるべき事は泣き言を並べる事ではない。


 自身の心にちらりと顔を出した怯えや恐怖を飛鳥は全力で叩き潰す。

 体の動きを止めることなくそのまま利用し、すれ違い様に体を反転させる。

 素早く魔物の背後を取った飛鳥は、己の得物を強く握りしめ高々と振り上げた。

 大上段から一気に振り下ろされた得物は隙だらけの背中――もしくは後頭部。

 一頭身なので飛鳥には判別不能――へ吸い込まれるように叩き込まれる――筈だった。


 得物を振り下ろす刹那、飛鳥の視界の端に何かが走る。

 それは鋭く振りぬかれた刃物、否、魔物の頭上より生えた双葉だった。


「クソがッ!」


 気づいた時には遅かった。

 それはすでに飛鳥のがら空きの胴体を両断せんと迫っている。


 避けられない。


 一瞬でそう判断した飛鳥は致命傷を避けるための行動に移るが、それよりも早く魔物の攻撃が飛鳥へと届く。


「〈狐火〉!」

「うぉわッ!」


 幼い声と共に飛鳥の耳に届いたのは爆発音と何かが燃える音、そして――


「グアアアアア!」


 魔物の苦痛に呻く声。

 飛鳥を両断せしめんとした刃は無残にも焼け焦げて地面へと転がっていた。


 小規模な爆発だったとはいえ驚きと衝撃で後ろへと吹き飛んだ飛鳥は、突然の魔物の悲鳴に一瞬、体が硬直する。

 一瞬とはいえ生死を掛けた戦いにおいてのそれは致命的なミス。

 自身の体の一部を焼き切られ怒りに燃える魔物が飛鳥へと躍りかかる。

 その刹那、またしても小規模な爆発――爆ぜた紫色の小さな火の玉群による爆発が魔物を襲う。


「なんだこれ!? どうなってんだ、怪奇現象!?」

「違います、ワタシです!」


 硬直がとけ態勢を立て直した飛鳥の足元へ白い塊が駆け込んでくる。


「え、これ炎陽がやったのか? どうやって?」

「主様を助けようとしたらなんかできました! そんな事より、いきなりお一人で突っ込まないでください! さっき二人で戦うって言ったばかりじゃないですか! もう忘れたんですか! 馬鹿なんですか!」

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは。馬鹿って言った方が馬鹿なんだよバーカ」

「助けてさしあげたのになんて言いぐさ。カチンと、カチンときましたね!」

「てか、もっと他になかったの? めちゃくちゃビックリしたんですけど?」

「無茶言わないでください。といいますか、ワタシに対して他に、他に言うことはないんですか?」


 改めて構え直した飛鳥は、自身に燃え移った火を消そうと転がる敵を見据え不敵に笑う。


「助けてくれてありがとう!」


 同じく、炎陽も笑う。


「どういたしまして!」


 今度は二人同時に飛び出す。

 飛鳥の中で炎陽を守らなければという意識が先行しすぎた結果の愚行。

 二人で戦うという発想が抜け落ちていたことを反省し、武器を持つ手に力を籠める。


(落ち着け、落ち着け……落ち着いたうえで、思いっきり、殴れ!)


 戦う前は緊張が解れた気がしていたが、どうやらそれは飛鳥の勘違いだったようだ。

 実際は命を懸けた戦いという事で視野が狭まっていた事を実感する。

 正直、飛鳥自身が今この瞬間まで生きていられたこと自体いくつもの幸運の上に成り立っている。

 その幸運を無駄にしないため飛鳥は炎陽(相棒)と共に勝利を目指す。


 火を消し止められはしたが、いまだ起き上がれずにもがいている敵に狙いを定め、飛鳥は己の得物を振りかぶった。






「か、勝っ……た」

「はい。なんとか、勝てましたね……」


 動かなくなった魔物を前に飛鳥と炎陽は安堵のため息をこぼす。

 幸運にも突然使えるようになった炎陽の術が火系統だった事と、魔物が予想通り火に弱かったのも手伝い飛鳥たちは辛くも勝利を収める事に成功した。


 魔物の体は想像した通りに硬く、その体を何度も殴打していた飛鳥の手と腕に痺れと震えが襲い来る。


 確実に死んでいることを確認した飛鳥はここでようやく己の得物を手放す。

 いや、正確にはこぼれ落ちた、の方が正解だろう。

 必要以上に強く握りしめ振りぬいていた飛鳥の腕と手は、疲労と怪我の痛みで限界を超えていた。


 それと同時に安堵からか緊張の糸が切れた飛鳥は地面にドカッっと座り込む。

 傷が痛むがそんなことはおくびにも出さずに隣でへばる白い塊(炎陽)に声をかける。


「……ハァ、ハァ……ハァ、ふー。とりあえずお疲れさん炎陽。お前のおかげで勝てたわ、あんがとな」

「ハァ……ハァ……はい。主様も、お疲れさまでした。――ふぅ。あまり見事とは言えない勝ち方でしたが勝利は勝利。これがワタシたちの初勝利です、やりましたね、“おーかみ”様!」


 疲れは見えるが満面の笑みを向けてくる炎陽とは反対に、飛鳥は微妙な表情を向ける。


「どうかしましたか? はっ! もしやお怪我が痛むのですか。あぁ、よく見れば血がたくさん! ワタシとしたことが! 早く治療を、治療をしなければ!」

「あーいや。落ち着け。たしかに怪我したとこは痛いけどそうじゃなくて」

「そうではない? では何なのですか?」

「んー」


 己の自慢の――今は血や土などで汚れているが――もふもふした胸の毛をなにやらごそごそと漁っていた炎陽は飛鳥の言葉に手を止め、首を傾げる。

 疑問符を浮かべる炎陽をよそに、飛鳥は思ってることを言うか言うまいか、わずかばかりの時間悩んだあと決心したのか口を開く。


「えっとな。その“おーかみ”ってのは私の名前だけど、私の名前じゃないんだわ」

「は?」

「確かに私はゲーム開始時(名前を聞かれた時)に“おーかみ”って入力したけど、それはいつもゲームとかで使ってるプレイヤーネームみたいなもんで本名じゃないんだよ。ちなみに本名は大神飛鳥(おおがみあすか)ってんだ」

「おおがみあすか様、ですか?」

「そ。リーフェさんたちも私のこと“おーかみ”って呼んでたけど、それを訂正しなかったのはそんな些細な事に構ってる場合じゃなかったってのもあるんだけど、理由の大部分を占めるのは、そもそもお前も含めて、あの人たちと長くかかわるつもりがなかったからってのが大きいかな。その場かぎりの他人にわざわざ訂正すんのも説明すんのも面倒だろ?」

「…………では、ワタシに今、真の名を教えてくださったということは――」

「まぁそういう事、だな。この世界の神だなんだはとりあえず置いておくとして――」


 そこで飛鳥は一度言葉を切る。


「これから長い付き合いになるかもしれない相棒には、ちゃんと教えておいた方がいいかなと思って。そういうわけだから、改めて。よろしくな、炎陽!」

「――ハイッ! こちらこそよろしくお願いいたします、あすか様ぁ!」


 喜びで尻尾をブンブン振る炎陽を撫でようと右手を出した飛鳥の腕に痛みが走るが、それを無視して炎陽を軽く撫でた。もちろん手は血で汚れていたので気休め程度に服で拭ったが。


 嬉しそうに撫でられていた炎陽が思い出したかのようにキリッとした表情を作ったかと思うと、先ほどそうしていたように己のふさふさの胸の毛を漁りだした。

 そこから取り出したのはサクランボ大の大きさの赤い果実らしきもの。

 それを三つ取り出し、器用にもそのうちの二つを飛鳥へと差し出してきた。


「なに、これ?」


 炎陽の小さな手から果実を受け取ると、そのうちの一つをつまみ眼前にかかげる。


「それは〈癒しの実〉といって、わずかばかりですが傷や体力を回復させる効果のある果実なのです」


 そういって持っていた癒しの実をパクリと口に放り込み咀嚼する炎陽。


「ほら、このとおり! ワタシの体は小さいので、この程度の傷ならば一つも食べればあっという間に治ってしまいます!」

「へー」


 自慢げにその短い両腕を広げ傷が治ったアピールをしてくる炎陽だったが、そもそも毛が邪魔で飛鳥からしたらよくわからない。


「主様は大きいので二つ食べても完治は難しいですが、出血は止められると思いますし、痛みもかなり取れると思います! ささっ、お早く!」

「ほんとかぁ?」


 心配した瞳で飛鳥を見つめる炎陽に疑いの目を向けながら受け取った果実を二つまとめて口に放り込む。

 見た目がサクランボのような実だったので勝手にサクランボの食感や味を想像してた飛鳥だったが、その想像に反しシャリシャリとした少し硬めの食感に驚く。

 味はサクランボというよりリンゴに近く、食感と合わせて小さなリンゴのようだった。


(案外美味いな)


 そのままゴクリ、と飲み干せばさっきまで鉛のように重かった体が不思議と軽くなった気がした。

 飛鳥は怪我をした腕をチェックしてみると、さっきまで血が流れていた腕の傷が薄くカサブタができたように塞がっている。

 まだ体は痛むし重いが先程よりかは断然マシになったと、飛鳥は座り込んでいた体勢からゆっくりと立ち上がる。

 軽くジャンプしたり歩いたりと体の動きを確認した飛鳥は己の手のひらを見つめながら感心したように呟く。


「うわ、まじだ。……すげぇ。どうなってんだ?」

「すごいでしょう。ですが三つしか持ってこなかったのでそれでお終いなんです」

「これだけでも十分動けるから気にすんな。ありがとな!」


 しょんぼりと耳を垂れさせた炎陽の頭を飛鳥はわしわしと乱暴に撫でる。


「さてと、動けるようになったしさっさとここから……あん?」

「どうなされました?」

「いやあれ」


 飛鳥の指さした方向は魔物の死体があった場所。

 しかしその場所に死体はなく、代わりに緑色の小さな宝石が転がっていた。


「魔物の死体がなくなってんだけど、どこいった? それにこれは……宝石?」

「それは魔核(まかく)と呼ばれるすべての生き物が持つ魔力の核ですね。私も持ってますし、もちろん主様にもありますよ」


 ほら、と炎陽に指し示された場所を目で追うと己の鎖骨のあたりに何やら見慣れぬものがくっついているのが目に入る。


「は、なんだこれ?」


 そういえば朝、着替えた時になにやら違和感があったのを飛鳥は思い出す。

 よくよく思い出してみればその時からこれがあったような気がするが、あまり気にならなかった。

 まるで生まれたときからそこにあるのが当たり前であったかのように。

 赤い土台の上に黒い宝石のようなものが鎮座しているそれは飛鳥の体と見事に一体化していた。


(そういえば――)


 ゲームを始めた時に確認した装備画面に魔核という項目があった気がする。

 あの時はさして気にしていなかったが、これのことだったのかと今更ながらに納得した。


「それが魔核です。先ほども言いましたが、魔核は魔力の核としての役割を持っていてその核に――」

「――あー小難しい話はいいよ。つまり?」

「……つまり、それは生き物にとっての第二の、第二の心臓とでも覚えておけばよろしいかと」

「だとしたら心臓がむき出しになってるんですけど? 大丈夫なの?」

「大丈夫とは言い切れませんが、この世界の強者やなにかしらの力が強いものは大抵、体の表面に魔核が現れますのである程度は仕方がないのです。強さの指針として見られる場合もありますね。そして当然ながら心臓ですのでそれを壊されても死んでしまいますのでお気を付けくださいまし」

「なにそれ怖い。とりあえず隠しとこ」


 ゴソゴソとパーカーとシャツの隙間から覗く魔核を隠そうと悪戦苦闘していた飛鳥だったが、どうやっても隠せそうもないので早々に諦めた。

 飛鳥は普段から体より少し大きめサイズの服を好んで着ているため今回はそれが裏目に出たようだ。


「無理だしもういいや。んで、これが魔核っつーのはわかったけど、死体はどこいったんだ?」

「魔物の体は主にマナというもので構成されていて、生命活動が停止するとこのマナが維持できずに体が消えてしまうのです。……もう少し詳しく聞きます?」

「いやいい」

「ですよね」


 はぁ、とあからさまなため息を吐く炎陽を無視して飛鳥は拾った魔核を炎陽の鈴を入れたポケットに突っ込む。

 そのまま落としていた木の棒を拾ってまだ使えそうかどうか確かめた飛鳥は使えると判断し持っていくことにした。


 また襲われる可能性は0ではないし、その時に武器があるのとないのとではまた違うと考えてだ。


「うし。謎も解けたし、もうちょい休憩したいけどそろそろ移動すっか」

「はい。そういえば川を探しておられたのですよね? 案内いたします! こっちです、付いてきてくだされ主様!」

「おーう、りょーかーい。頼りにしてるぞあいぼー」

「このエンヨウに、エンヨウにお任せあれ!」


 ふんふんと鼻息荒く自信満々に歩いていく相棒の小さな背中を飛鳥は苦笑い気味に付いていくことにした。

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