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5本目 仲間にしてほしそうにこちらを見ている2

このお話は後編です。前編を読んでない方は前のお話を読んでからどうぞ。

(いい加減、喉乾いた。水飲みたい)


 耳を澄ませ、川のせせらぎでも聞こえないかと試してみたが無駄に終わった。

 飛鳥の耳に届くのは腕の中から聞こえる息遣いくらいだった。


「はぁ……」

「どうされました? ため息なんかついて。幸せが逃げますぞ」

「現在進行形で逃げられてる気もしなくはないが……どうでもいいか。いや、喉乾いたからどっかに川でもないかなーって思ったんだけど、そう簡単には見つからないなぁって思ってさ」

「ふむ、なるほど! それならばワタシにお任せを!」

「任せろって……もしかして場所わかるのか?」


 ふふん、と言わんばかりに腕の中の小動物は胸を張り自慢げな顔を見せ飛鳥の腕から飛び降りた。

 ふわりと重力を感じさせることのない着地とともに九つの尻尾が揺れる。


(今気づいたけどこの子って尻尾多いな。狐っぽいし、九尾の狐、的なやつかな?)


 あまり気にしていなかったが、冷静になって見てみればこの小動物はおかしな所が多い。

 小さな手足に大きな耳。手足に見合う小さな身体は白い体毛に包まれているが、手足や耳、さらには頬毛のような部分も含め体の末端部分が紅色に染まっている。

 ふさふさの尻尾は九つに別れ、その先端も体の末端部分同様に紅色だ。

 不思議なことにその部分は炎のように揺らめいている。

 まるで本物の炎のように見えるが熱くはないはずだ。もし熱ければ飛鳥は抱っこなんてできなかっただろう。


 小動物特有の愛らしい顔には赤い隈取が化粧のようにとられ、大きな丸い金色の瞳が飛鳥をまっすぐ見つめていた。


「このワタクシめは主様の大業をお支えするために生まれた存在です! 主様のお望みを叶えるのもワタクシの使命! 道案内なぞお手の物です!」

「おー。頼もしー」


 器用に前足で胸を叩き、任せろと自信満々に伝えてくる小さな存在に飛鳥は心ばかりの拍手を贈る。

 森に捨てられる前の飛鳥ならば色々ツッコミを入れ嘘くさいと一蹴していただろう場面。

 それが今は信じ受け入れ頼ろうとしている自分に気が付き諦めの笑いがこみ上げる。

 飛鳥の顔に浮かんだ笑みを好意的に受け取ったのか、目の前の小動物の尻尾がわさわさとご機嫌に揺れた。

 表情にも満面の笑みを浮かべた小動物に、(かわいいな。しかしこんなに動物の表情ってわかりやすかったっけ? まぁいいか異世界だしな)とすべて異世界だからで片づける飛鳥へ幼い声がかかる。


「では主様、さっそく道案内を! と言いたいところなのですが、その前に大切な事をやっていただきたいのです!」

「大切な事?」

「名前です!」

「ん?」

「ですから、ワタシに名前を、名前を付けてほしいのです! あ、安直な名前は嫌ですよ。かっこいい名前がいいです!」

「きみ、名前無いの?」

「はい。なにしろ今朝、生まれたばかりですので」

「はい?! 今朝って、今日の朝? 絶対嘘だ、めっちゃ喋ってるしおっきいじゃん。ポメラニアンくらいあんじゃん」

「主様がこの世界にいらっしゃった時にワタシは生まれたのですが、その時点ですでにワタシはこの大きさでしたし、言葉も話せました。でないと主様のお役に立てませぬから。そういう存在としてワタシは創られ生まれたのです」


 つくられた? 作る? 創る? 造る? 飛鳥の脳内に疑問符が飛び交う。

 そういえば、と飛鳥は己の記憶をたどる。

 ゲーム中リーフェから渡されたアイテムの中に使用できなかったものがあったなと。

 正確なアイテム名は思い出せないが、たしか白狐がどうとか。そこまで思い出した飛鳥は目の前にいる小動物に目を向ける。

 見た目がファンタジー然としているため現実感はないが、もふもふとした毛に大きな尻尾と耳。確かに狐に見えなくもない。

 ならばやはり目の前の小動物はそのアイテムから生まれたのだと脳内で結論づけた。


「――本当は主様がお目覚めになった時に一番にご挨拶して、御傍に置いていただく予定でしたし、ワタシがこの世界の事をご説明させていただくつもりだったのですが…………色々ありまして遅れてしまいました」


 当時の事を思い出したのかしゅんと垂れ下がった耳と尻尾が彼の悲愴を物語る。

 一体何が、と思いはしたが、本人に語るつもりがない以上無理に聞く訳にもいかない。


「きみも色々あったということか。お互い大変だねぇ。で、纏めると、きみは私のペット? それとも部下? よくわかんないけどそういうのになりに来たって認識でいいの?」

「はい。ペットは嫌ですが、それで合ってます。主様のサポートをするために生まれたので配下に加えていただければ幸いです。もっと言えば相棒希望、相棒希望です!」

「さりげなく格上げしてきたな。別にどっちでもいいけど」

「なら相棒で決定ですな! ささっ、主様、ワタシに名前を付けてくだされ!」

「相棒なら主様はおかしくない?」

「細かいことは気になさりますな、禿げますよ」

「禿げてたまるか。あーもういい。いちいち気にしてたらマジで禿げそうだわ。良し! これからは大雑把に行く。決めた!」

「その意気ですぞ!」

「んで、名前だっけ? んー、名前ねぇ」


 期待に満ちた瞳でこちらを仰ぎ見ている、新たに相棒となった小動物を観察する。

 白い体に赤い模様。九つの尻尾。金の瞳。特徴と言えばそれくらい。

 そして白い体にかかる赤い色が飛鳥に一つのものを思い起こさせた。


「よし、決めた。お前の名前はかきご――」

「――却下! 却下で!」

「最後まで言ってないのに。何が気に入らないんだよ。いいじゃん、かき氷。苺シロップのかき氷美味しいぞ」

「味は聞いておりませぬ! かっこいい名前が良いと言ったではありませぬか! 話を聞いておられましたかな!」

「じゃあ、ゴン太」

「雑!」

「わがままだなお前。押しかけペットのくせに」

「ペットではなく相棒!先程、相棒に決まったではありませんか! それに名前は相手への最初の贈り物だと聞きます。ちゃんと考えてつけてほしいのでございます!」

「相手っつーか子供への、な。まぁ、それはそうだけど、お前人間じゃねぇし私の子供でもないじゃん。」

「だとしても、です! これから長いお付き合いになるのですから、少しくらい良いではありませぬか! 人名っぽくてかっこいい名前をお願いいたします!」

「なんで人名? ――お前、もしかしてっ……!」

「? なんでございます?」


 飛鳥の脳裏に最悪の事態がよぎる。


「最終的に人になったりとかすんのか!? 駄目だぞ! 許さん! もふもふはもふもふのままでいなさ――」

「――なりませぬ! というかなれませぬ!」


 食い気味に返された答えに飛鳥はホッと息をつく。


「まじで? 良かった安心した。人外系統が最終的に人間になれるのってファンタジー物とかじゃありがちじゃん? あれはあれで良いとは思うけど私はもふもふのままでいてくれた方が好きだからさー」

「ソウナンデスネー。ハイハイ」

「嫌いじゃないけどな。やっぱ人外は人外のままでいてくれた方が――」

「――そんな事より! ワタシの名前を! ちゃんと! 考えてくだされ!」

「……そんな事って」


 まぁいいけど、と思いながら、その小さな前足で器用に地面を叩きこちらにアピールしてくる小さな狐を眺める。


(ちゃんとって言われてもなぁ。これでもちゃんと考えてるんだけど。それに思いつく名前が食べ物系ばっかだし……どうすっかな)


 おもち。きなこ。しるこ。クリーム。いちご。もみじ。まんじゅう。ぜんざい。

 脳裏に巡る名前候補はどれも却下されそうなものばかり。

 そもそも飛鳥が飼っている猫の名前が『だいふく』の時点で彼女にネーミングセンスを期待する方が間違っているのだ。


 初めはキラキラと期待に満ちた瞳を向けられていたが、今ではすっかり疑惑の瞳に変わってしまっている。

 そんな顔するぐらいなら自分で考えればいいのに。と思わなくもない飛鳥だがその意見を飲みこみ思考を回転させる。


(キャラ作るのは好きだけど、名前付けるのは苦手なんだよなー)


 ゲーム内で設定したキャラクターたちも多数存在しているが、そのキャラクターたちの名前をすべて飛鳥が付けたわけではない。

 ネットで見つけた、キャラの名前をランダムで作成してくれるというサイトを使ってよさげな名前を付けていただけなのである。

 自分で考える事もあるにはあるが、それもネットを使って連想されるワードを検索したり、意味を調べたりでネット頼りだ。

 自分の頭のみで考えるとなると知識量や記憶がやや不安な飛鳥には荷が重い。

 とりあえず食べ物から離れようと改めて目の前の小動物を観察する。


 狐。炎。太陽。雪。雲。白。赤。金――


 思いつく限りの単語を並べ、それを組み合わせたりしてみる。

 果ては好きな漫画やゲームのキャラ、好きな歴史上の人物の名前なども列挙し脳内で作業をすること五分。

 目の前の相棒が気に入るかどうかの自信はないが、飛鳥的には上出来だと思う名前を脳裏に描くことができた。

 閉じていた瞼を開け、不安げな相棒へ飛鳥が考えた名前を告げる。


「……炎陽(えんよう)、とかどうだ。これも気に入らないなら自分で考え――」

「――そのような事はありませぬ! 気に入りました、気に入りましたぞ!」


 えんよう。えんよう。と確かめるように何度も口ずさみ笑みを浮かべる小動物改め、“炎陽”を飛鳥はホッとした様子で眺める。

 何度目かの確認の後、納得したのか炎陽は飛鳥へと顔を向けた。


「ありがとうございます主様! ワタシの名前はこれより“エンヨウ”! おーかみ様を支える臣が一人、エンヨウでございます!」


 言い終わると同時。二人――一人と一匹だが――を中心に魔法陣が浮かび上がり光の粒子が舞い踊る。

 少し前に同じような光景を見た飛鳥は驚きはしたが、今度は呆けるようなことはなかった。それどころか観察する余裕さえ見せる。


(リーフェさんが使ってたやつに似てるけど、光の色が違うな。リーフェさんのは白だったけど今回はいろんな色が見える。綺麗だ)

「さぁ、おーかみ様。ワタシの名を呼んでくだされ!」

「ん? 名前呼べばいいのか? えーっと、“炎陽”」


 これでいいのか、と続くはずだった言葉が飛鳥の口から出ることはなかった。代わりに出たのは感嘆の声。

 先程までとは比にならない程の光の粒子が二人の周囲を包み、弾けた。弾けた一部は空へと昇り、まるで彼女らを祝福するかのように煌めく。

 後に残るは光の残滓。羽のようにも見える小さな輝きが周囲へと降り注ぎ地面に落ちることなく中空で霧散した。


「契約完了でございます! これにてワタシ“エンヨウ”と、主様であるおーかみ様との間に繋がりができました。その手の中の鈴はワタシとの契約の証でございます。無くさないでくださいませね」


 言われ、気づく。いつの間にか飛鳥の右手には小さな鈴が握られていた。


「……無くしたらどうなるんだ?」

「泣きます」

「……それは困るな。うん。無くさないようにするわ」


 またあの大声で喚かれるのはごめんだと飛鳥は鈴を無くすまいと心に決めた。

 今日だけでいくつの決意をしたのだろうと、思考の片隅にぼんやり浮かんだ事柄を頭を振って追い出す。もう細かいことは考えないのだ。

 飛鳥は鈴を落とさないようにズボンのポケットにそっと仕舞い込む。

 ポケットの上から触り、確かにそこにあることを確認した飛鳥は大変なことに気が付き顔色を変える。


「…………いまの、めちゃくちゃ目立ってなかった? やばくね?」


 大声もだが、今の光も相当危険な行為だったことにようやく思い至った飛鳥だったが、時すでに、遅し。

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