5本目 仲間にしてほしそうにこちらを見ている1
相変わらず長くなってしまったので分けます。この話は前編です。
一話を区切って投稿するか、長いまま投稿するか、どちらが正解なのかよくわからない……
背の高い木々が日光を遮り、まだ昼にもなっていない時間帯だというのに薄暗い森の中。
ひんやりとした空気、風で揺れる葉のざわめき、それらに若干の薄気味悪さを感じながら飛鳥は一人道なき道を行く。
時々鳥かなにかが飛び立つ音に驚かされながらも森を抜けようと頑張っていた。
地図もなければ、方位磁石もなく――そもそも身一つで放り出されて何も持っていない――自らが進むべき方向すらわからない。
自分では森の出口――だと思って移動している。
そうしないとやっていられない――へ向かって進んでいるつもりだが一向に景色が変わる様子はない。
ひと気もなく薄暗い森に時折聞こえる動物か何かの気味の悪い鳴き声や、遠くに見えた何かの影が飛鳥の精神をじわじわと追い詰める。
「おばけなんていないいなーい。動物かなんかだよそうだよ。例え変なシルエットが見えたと思っても遠くで良く見えなかったし見間違いに決まってる。そうそう疲れてるから変なもんが見えただけだなうんうんさっきから聞こえるなんかの声もきっとあれだ犬かなんかが吠えてるんだそうに決まってるつか出口はどこだよ誰かいねぇの! いや一人が怖いわけじゃないけど! 決して怖いわけじゃないけども! おばけが出そうだなんて欠片も思ってないけども!」
大声を出して未確認生物に目を付けられたくない飛鳥はブツブツと小さく独り言を呟きながら、キョロキョロと周囲を見回し進んでいく。
若干速足になってなくもないが、これは決して恐怖心からではない。
独り言を言っているのも怖さを紛らわせているわけではない。断じて。
お化けなんて存在しないのだ。
時計が無いので経過した正確な時間は飛鳥にはわからない。
休憩を挿みつつではあるが、体感的に一時間くらいは歩いている気がする。
唯一の救いは歩き始めたあたりで、綺麗な水が湧いている場所があったので口を濯げたことくらいだ。
それ以降はまったくと言っていいほど緑しかなかったが。
「くそっ! なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。それもこれもあのおっさんのせいだ! 絶対あそこに戻ってあのニヤケた面ぶん殴ってやる!」
半泣きになりながらもブラットに階段で突き落とされた時の事を思い出す。
あの時はとにかく頭だけは守らなければと頭を両腕で抱え込み体を丸め、襲いくる痛みに耐えるように強く歯を食いしばり目を閉じた。
しかし飛鳥が予想していた階段を転がり落ちる痛みに襲われることはなく、先ほど地面に放り投げられ着地した時、いやそれよりも軽い衝撃と痛みが一度体に伝わっただけだった。
まるで寝相が悪く朝ベットから落ちてしまった、という程度の痛み。
不思議に思い恐る恐る閉じていた瞼を開き、腕の隙間から周りを見た飛鳥は驚く。
自分が落とされた階段や大きな鳥居、それどころか突き落とした犯人であるブラット、そしてリーフェの姿も見当たらない。
代わりに飛鳥の周囲には飛鳥を取り囲むように背の高い木々が並んでいた。
地面には下草などは生えておらず、むき出しの地面に枯れ葉や枯れた木の枝などが散乱している。
飛鳥は自らに付いた葉っぱや汚れを払いながら身を起こし、自身の傍に見覚えのある靴が転がってるのを発見する。
拾い上げて見てみればそれは飛鳥がいつも使っているスニーカーだった。
そういえば足元は靴下しか履いていなかったことにようやく意識がいった飛鳥はこれ幸いと靴を履き――もう細かいことは気にしないことにした――森を脱出するために歩き出し現在に至る。
「もう結構歩いたと思うんだけど、まだ森からは出られないかー。あー、でもさっきよりは明るくなって、きた? かな?」
少し開けた場所に出た飛鳥は比較的明るい場所を選んで座り込み大きく息を吐く。
(つっかれたー。つーか、インドア派の人間に人の手が入ってない森を歩かせるなっつーの。しかもこの森薄暗くて不気味だし、怖いし、変な生き物とかいたし。幸い遠くに見かけただけだったから良かったけど……)
汗で額に張り付いた髪をかき上げる。
(リーフェさんはまだこっちを気遣ってくれてた気はするけど、あのおっさんからは敬意も何も感じなかったぞ。仮にも私を神だとかなんだとか言って持ち上げるならもっとそれなりの扱いを……いや、まぁ、グダグダ言って拒否ろうとした私も悪かった、のか? でも急に拉致られて神になってくれなんて言われても――)
ガサリ、と背後の草むらが揺れる音に敏感に反応した飛鳥はリラックスしていた体に瞬時に力を入れいつでも逃げられる体勢をとる。
注意深く音がした場所を睨む飛鳥だったが、いくら素人が気を張ったところで高が知れている。
そこから飛び出してきた何かに反応しきれずに飛鳥はあっさりと視界を奪われた。
半ばパニックになりつつ、反射的に顔に張り付いた何かを剝がそうと手に力を籠める。
「やっと見つけましたぞ主さ――いだだだだだだだ! 痛いです主様! やめてくだされ主様!」
むんずと掴み引っ張った『何か』は引き剥がされまいと力を込めたのか飛鳥の頭をさらに力強く掴む。
「いたたたた! 痛い痛い痛い!」
頭と鎖骨あたりに食い込む鋭い爪の痛みにさらにパニックになった飛鳥はその『何か』を剝がそうと必死になる。
叩き、はたき、引っ張る。
飛鳥が動けば動くほど『何か』は力を込めるのか痛みが増す。
そして『何か』と飛鳥の顔の密着度が上がり呼吸が苦しくなる。
「うぐぐぐぐぐっ!」
「びえー! 暴力反対、暴力反対ですー!」
「――――ッ!」
痛みもさることながら、満足に呼吸もできず、私はここで死ぬのかと、人生で一番死を身近に感じた飛鳥の脳裏に大切な存在の姿が浮かぶ。
(だいふくの為にもこんなとこで死んでたまるかッ――)
今頃一人ぼっちで寂しい思いをしているに違いない。
あの子は人見知りだから知らない人間が部屋に入ってきて怖がっているかもしれない。
だから、こんなところで死んでいる場合ではない。
だいふくの為にも早く帰らないと。
飛鳥は雄たけびを上げながら全身に力を込める。
「うわぁあぁああぁ!!」
「ぎゃん!」
瞬間、自分でも信じられない力で『何か』を引き剥がし地面へと投げ捨てた飛鳥は、荒い呼吸をそのままに即座に踵を返し逃げだす。
だが飛鳥は方向転換した一瞬、視界に入った白い『何か』に違和感を覚え、勢いよく駆け出したはずの足を止めた。
勢いよく駆けたために距離はあいたがまだ安心できる距離ではない。
しかし飛鳥の耳に届く小さくも確かな悲しみの声が飛鳥の危機感を薄めさせる。
逃げる飛鳥に追撃を加えるわけでもなく、何もしないどころか小さな泣き声が聞こえてくる。
困惑気味に背後を振り返った飛鳥の目に飛び込んできたのは小型犬くらいの大きさの毛玉。
白に赤が混じった大きな毛玉。
いや、よく見たら手や足、大きな耳も確認できることから毛玉ではなく小動物の類なのだろう。
泣き声はその謎の小動物が発生源のようだ。
「うっ、えうっ、びどい、でずぅ、ワダシが、何をしだと、いうのでずがぁぁ。ひっく。よ、ようやぐ、ありゅじざまを見つげたと思っ、だら、この仕打ち。主ざまのおにぃいいい。えーーーん」
「…………はい?」
幼さの残る高い声が飛鳥に対してであろう恨み言を並べ嘆く。
状況に追いつけない飛鳥の目に映る生き物は明らかに小動物の類。
異世界では動物も喋るのか? と頭の片隅で考えながら、害はなさそうだと判断した飛鳥は小さな手足をバタつかせて地面をぽふぽふと殴り泣き続けている白い小動物へと声をかける。
もちろん距離は取ったままだ。
「あー。ごめんな? 悪気は無かったんだよ。こっちもパニックになっちゃってて、きみのことモンスターかなんかが襲ってきたんだと勘違いしちゃったんだ。ひどい事してごめん。えっと、泣き止んでくれない? ほんとごめん」
「――ら――に――――ぅか?」
「うん?」
「だったらなんでそんなに遠くにいるのですかぁ! まだワタシのこと警戒しているからそんなに遠くにいるのでしょう!? びえーーーー! 主様の馬鹿ー! ツリ目ー! 乱暴者ー! えーーーーーーーーん!」
「うるせぇぇええぇぇえええええ!」
とっさに耳を塞いだ飛鳥だったが時すでに遅く甲高い声が飛鳥の耳を貫く。
キンキンする頭を軽く振り、ぎゃんぎゃんと泣きわめく小動物を落ち着かせようと声をかけるが、その行為もむなしく小動物の泣き声によって搔き消される。
先程の焦りとは別の焦りがじわじわと飛鳥の胸を焦がす。
この事態は良くない。非常によろしくない。
ここには正体不明のモンスターらしき生き物が存在する。
森中に響いているんじゃないかと思われるほどの小動物の嘆きが、そのモンスターたちを引き寄せてしまう可能性が高くなる。
日本の熊のように音を出していたら人間から離れていくという場合もあるかもしれないが、それはただの希望的観測に過ぎない。
日本の熊でも一度人間の味を覚えた熊は人間がいる場所に逆に寄って来るという。
そしてここのモンスターたちの生態系がわからない以上、慎重に行動するに限る。
そう判断した飛鳥の行動は早かった。
とにかく目の前で泣きわめく小動物を何とかして、すぐにここから離れる。
飛鳥はいまだ泣き続ける小動物の正面へとしゃがみこみ彼――多分――の涙を拭う。
あいにくとハンカチなどは持ち合わせていないためにパーカーの袖口でだが。
(あ、鼻水ついた。……まぁ洗えばいいか)
優しく声をかけ、拒否されなかったので、というか自分から擦り付けてきたので頭を撫でたり背中を撫でたりしてると、目の前の小動物は顔中の穴という穴から色々なものを垂れ流すことをやめたが、彼の赤く泣き腫らした目と飛鳥の目が合い、かわいそうな事をしたなと反省する。
パニックになって視野が狭まっていたとはいえ、こんな小さな動物に酷いことをしてしまった己を恥じる。
「本当にごめんな。許してくれるか?」
「ぐすっ。……特別ですよ?」
「ありがとう」
今日は朝から散々だなと、苦笑う。
朝起きたら知らない人間がいて、荒唐無稽な話を聞かされた挙句、問答無用で森に捨てられたと思ったら、飛鳥の事を『主様』と呼ぶ謎の小動物の出現。
先程の慟哭が嘘のように嬉しそうに胸へと飛び込んできた大きな毛玉を飛鳥は落とさないように抱え直す。
足早にその場を後にした飛鳥は周囲を警戒しつつも決して足を止めることなく進み続けた。
その間に胸に抱く小動物が何かを言おうとしていたが、しばらく黙っているようにと言えば以外にも大人しく従い口を閉ざした。
幸い警戒するような相手に出くわすこともなく、順調に距離を稼いだ飛鳥は休憩できそうな場所を探す。