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4本目 百聞は一見に如かずって言うじゃん

これだけ書くのに何年かかってるんだろうか?

 昔々、この惑星エンドラントに一人の心優しい神が降り立ちました。


 神はこの空白の惑星(ほし)生命(いのち)あふれる豊かな惑星(ほし)へと変えるため、海を創り、大地を創り、空を創り、沢山の生物(いきもの)を創り出しました。

 それぞれの生物は長い長い月日をかけ多様な形をとり海へ、大地へ、空へと根付きました。

 そうしてこの星は何も存在しない空虚な惑星(ほし)から、緑や命溢れる豊かな惑星(ほし)へと変わり、平和な世界が広がりました。


 しかし、そんな平和はある日突然終わりを迎えました。


 知恵をつけた人間(ヒト)同士が醜い争いを始めたからです。


 平和だった世から徐々に悪意が惑星(ほし)中に広がりました。

 人々は互いを傷つけ合い、あっという間に緑豊かだった惑星を大量の赤で塗りつぶしていきました。

 その光景を空から見ていた神は酷く嘆き悲しみましたが、近い将来人間達(かれら)自身の手できっとこんな争いを終わらせ、また皆が仲良く笑って暮らせる平和な世を作ると信じ人間達(かれら)のやる事を見守ってきました。


 しかし神の期待も虚しく人間達は終わりのない戦いをいつまでも続けてしまい、その事実に心痛めた神はとうとう御隠れになってしまいました。


 そうして神不在となり立ち行かなくなったこの惑星(ほし)はじわじわと終わりを迎えるだけの死の惑星(ほし)となり、滅びる運命でした。


「――貴女様が来るまでは」

「うん」


 食堂へと場所を移した飛鳥はリーフェの紡ぐ昔話をぼんやりと聞きながら相槌をこぼす。

 目の前に置かれた食器の上にはすでに何もなく綺麗に食べつくされていた。


 いつもなら面倒くさくてシリアルにするかパンを焼いて食べるなどの簡単な朝食が、今日はしっかりと手の込んだ和食が席に着くなり目の前に運ばれてきた。

 運んできたメイドに礼を言いつつも目はしっかり目の前の食事にくぎ付けだった。

 ほかほかと湯気を立てる白い御飯に味噌汁。香ばしく焼かれたサンマの脇には白い小さな山。さらには綺麗に巻かれた黄金色の卵焼きとお漬物。

 至れり尽くせりな待遇と文句の付けようのない――飛鳥にとって――素晴らしい朝食に飛鳥は感動していた。


 しかし空腹感が収まり、少しばかりの冷静さが戻ってきたいま、正体不明の相手が出したものを疑いもなく口にしてしまったのはいかがなものかとも考えるが、おいしかったし特になにも問題もないみたいなので良しと言い聞かせる。


「あの、おーかみ様。聞いておられますか?」


 思考を明後日(あさって)の方角へ飛ばしていた飛鳥だったが、正面に座るリーフェの困惑した声音を聞き、飛ばしていた意識を現実へと引き戻す。


「え? あぁうん聞いてる聞いてる。つまりあれでしょ。カミサマってのがいなくなっちゃったからこの星が危ない。だから私にその“カミサマ”ってのの代わり(・・・)になってほしいって話でしょ」

「……はい」

「でもなぁ。そんなこと急に言われても普通『はい、わかりました。任せてください』なんてすんなり信じられないし受け入れられないでしょ。そもそも本当にここはあんたの言う通り異世界? ゲームの中? あー、もうどっちでもいいけど、ともかく地球じゃないって事もまだ信じられないしさ。夜のうちに私を誘拐してきてあんたら全員で私を騙してるって言われた方がまだ現実味あるよ? そんな盛大なドッキリまがいな事仕掛けてあんたらにどんな得があるのかは知らないけどさ」


 そう一息に言いきると、飛鳥は食器が下げられ空いたテーブルに行儀悪くも頬杖をつきながら食堂(ココ)に来るまでに聞かされた簡単な説明を思い出していた。


 実は飛鳥が買ったあのゲームはただの作り物(ゲーム)ではなく、実際の世界をゲーム画面を通して見せていたにすぎない事。

 ゲームに出てきた自分そっくりのキャラクターは実際に飛鳥の――一時的ではあるが――分身体であった事。

 飛鳥をこの惑星(エンドラント)へ呼ぶさいには、初代の神と知り合いであった女神の力を借りた事。

 自分たち――飛鳥に創り出された者はもちろん、リーフェやブラット、レオンなど――が飛鳥に危害を加えることは無いので安心してほしい事。などなど――

 ――到底信じられないような内容のてんこ盛りに小さく息を吐いた飛鳥は横目でリーフェを盗み見る。


 地球では見かけないような深緑の長い髪はウィッグや染めたようにはまるで見えず、その髪から覗く耳は人間の耳とは違いまるで映画に出てくるエルフのように長い。

 左耳には一枚葉のイヤリングのようなものをつけていた。

 当然こちらの耳も作り物には見えない。


 特殊メイクの線もあるだろうが飛鳥にはそうとは思えなかった。

 多分あの髪と耳は天然物(本物)なんだろうなという謎の確信が飛鳥の胸にはある。

 もしかしたらココは本当に異世界なのかもしれないと信じそうになる。


 そう思う原因のもう一つは彼女の顔に問題がある。もちろん悪い意味、ではなくその反対。いい意味で、だ。


 整った、いや、あまりにも整いすぎた彼女の美貌は同性である飛鳥から見てもとても綺麗で眩しい。

 地球にも整った顔の人間はいることはいるがあくまで同じ人間として認識はできる。

 それに彼女のようにありえない髪色や耳を持っているわけではない。

 そんなことも相まって飛鳥には余計に現実感のない容姿に見えた。


 しかし彼女のその美貌は今や――飛鳥の態度や言葉が否定的なこともあり――不安の色に染められていた。

 ふいに彼女の碧の瞳と飛鳥の黒の瞳が交差する。

 当然だろう。こっそりとはいえ見ていることに変わりはない。

 彼女もこちらを伺い見つめているのだから視線がぶつかるのは当然の結果だった。


 バツが悪くなった飛鳥はなるべく自然を装いつつもすぐさま視線を外す。

 飛鳥を食堂へと案内していた時の彼女は笑顔だった。

 作り笑いではなくとても嬉しそうな、本心からの笑みだろう笑顔を浮かべていたが、今の彼女の顔に浮かぶのは不安という名の負の感情。

 あれから一時間も経っていないうちにリーフェから笑顔を奪ってしまったという事実に飛鳥の良心がズキリと痛むが、それに気づかないフリをして話を続けた。


「確かに、ゲームや小説とかの設定で異世界へ行ったりするのはあるし、そういうの私も好きだよ? でもさ、それって物語(フィクション)だから楽しめるし好きなわけで、実際問題自分がその主人公みたいに異世界へ行きたいかと言われれば答えはNOとしか言えない。それとこれとは話が別だと思ってるから」

「……」


 リーフェはなにも言わない。

 何かを言おうと口を数度開閉していたようだが結局その形の良い口から音が発せられることはなかった。


「……だからさ、もし本当にここがあんたの言う通り地球とは別の惑星で、私が此処に飛ばされてきたんだとしたら、正直早く地球に帰してほしい。というか帰りたいってのが本音、かな」

「っ! それはっ!」


 予想外の言葉だったのだろう、リーフェが表情を変える。不安から驚愕。そして焦りへ。

 それは周囲にいるものたち――話の邪魔にならないように少し離れて控えていたメイドや調理場の中にいる料理人(コック)など――も同じだった。


 大げさともいえる周りの反応に逆に驚かされた飛鳥だったが、リーフェが何かを言おうとしているのを察知し彼女へ手の平を向けてその発言を止める。


「あんた達の事情も聞いたし同情もする。でもさ、やっぱり私には出来ないと思うんだ。私のことを神だなんだと言われても、そもそも実感がわかないし、そんなすごい力を持ってるとも思えない。やっぱり私はゲームや漫画が好きってだけの、大した取り柄もないただの人間だよ。だから、あんた達の期待には応えられない」

「そのようなことはありません! おーかみ様には素晴らしい神の力があることを(わたくし)は、私達(わたくしたち)は存じております! 決してただの人間などとは誰も――」

「――だとしても。私にはあんた達の事も、この世界の事も、背負えない。そんな大きすぎる責任私には取れない……。知らなかったとはいえ皆に期待させてしまった事は謝る。ごめん」


 机に額を押し付けるように飛鳥は頭を下げる。


 正直、リーフェの話を完全に信じたわけではない。

 むしろよくできた夢か、その類だと今でも思っている。――いや、そうであってほしいと、願っている。

 今からでも『ドッキリ大成功!』のプラカードが出てこないかと期待をしている自分がいる。

 今まで生きてきた自身の常識と照らし合わせても、普通に考えてこんな事(異世界転移)が現実に起こるはずがないのだから。


 しかしその願いが、期待が、叶わない可能性の方が高い事も、頭の片隅では理解している。

 いま自分の身に起きていることが夢や冗談ではなく、確かな現実であるだろうということも。

 これまで培ってきた自身の常識(疑う自分)と、今日目覚めてから何度か感じた確信じみた思い(信じる自分)

 相反する二つの心に戸惑いながらも、何が自分にとって最善の選択か、それを考えた。


 疑うのもいい。嘘だと、信じないと、だだをこねて、あるいは適当にこの場を流してしまった場合。


 本当に嘘や夢、冗談の類だったならば――希望的観測ではあるが――自分は解放されるかもしれない。

 やれやれ、ひどい目にあった。と後日笑い話にできるかもしれない。


 だけど、本当だったら?


 嘘だと、信じないと、だだをこねても現状は変わらない。

 只々無意味に時間が過ぎていくだけ。いや、最悪こんな神は不要だと殺されてしまうかもしれない。

 殺されはしなくともここは後がない世界だ。

 役立たずに構っている暇はないだろうから放置される可能性もある。

 こんな右も左もわからない、知っている人間すらいない世界でどうしろというのか。

 リーフェの話を信じ、受け入れればこの世界での自分の居場所や安全は得られるのだろうが、それと引き換えに莫大な責任を背負うことにもなる。


 最悪自分一人だけの生存権がかかっているなら良い。なんとかする。


 しかし飛鳥には守らねばならない愛猫(家族)がいる。

 彼の為にも飛鳥は少なくとも平穏な生活が送れるような選択をする必要があるのだ。


 なので適当に流すという選択肢はない。ありえない。


 飛鳥が自らに出した選択肢は二つ。


 最悪の場合を考えリーフェの話が本当だと仮定したうえで、すべてを背負うか、背負わないか。その二択。


 飛鳥にすべてを背負う事などできはしない。

 故に相手にこれ以上希望を持たせてはならない。

 被害が少ないうちにきっちり断りを入れ穏便に断る。

 それが飛鳥の出した双方にダメージが少ないだろう答え。


「何の覚悟もないやつが中途半端に安請け合いしてやっぱり駄目でした、ってのも無責任だと思うんだ。だから、ごめん――申し訳ありませんが他を当たっていただけませんか」

「なぜそのようなことを……私たちには、もう貴女様しかいないのに――」


 リーフェの悲痛に満ちた声に、先程とは比にならないほどの胸の痛みを飛鳥は覚える。

 だが神様なんて責任重大な席に中途半端な覚悟で座っていいものではない。

 心苦しいが飛鳥は心を鬼にして対応するべく下げていた頭を上げ再度口を開く。


 が、その前に第三者の声が割って入った。


「そうは言ってもよぉ、もう嬢ちゃんの代わりなんて用意できねぇんだよ。時間だって残ってねぇし。さっき嬢ちゃんも言ってたがここまでこの世界に希望持たせといて知らんぷりだなんてそりゃねぇだろ?」


 突然の乱入者の声に首をめぐらせると、食堂の入り口に寄りかかりながらこちらに視線を向ける白い男と目が合った。

 瞬間、飛鳥の胸に言いようのない不安が襲う。


 冷たい蒼い目が飛鳥を見つめていた。


「ブラット、どうして此処に……えぇっと、貴方、めんどくさいから(わたくし)に全部任せると言ってませんでしたか?」

「あぁー。まぁそのつもりだったんだが気が変わってな」


 白い男。ブラットと呼ばれたその男はヘラヘラした笑顔を振りまきながら飛鳥達の元へと歩み寄る。

 その表情からは先程の冷たさなど微塵も感じさせなかった。

 まるでさっき感じた不安が何かの勘違いであるかのように愛想を振りまいている。


「とりあえずちょっと落ち着けよリーフェ。この嬢ちゃんも突然神だの世界を救ってくれだの言葉だけで言われてもイマイチ実感わかねぇんだよ。多分。知らねぇけど」

「なんですかそれ」

「だって嬢ちゃんの気持ちなんてわからねぇし、どう思ってるかも興味ねぇしな。アッハッハ!」


 わざとらしい笑い声をあげ、のらりくらりとリーフェとの会話を続ける乱入者を飛鳥は観察する。


 上から下まで白系統で纏められた衣服で身を包み、上半身には銀の胸当て。

 乱暴に後ろへとなでつけ低い位置で一つにまとめられた白い髪。

 だらしのない雰囲気とは裏腹に綺麗に纏められた衣服に整った容姿。

 一つだけ気になるところと言えば本来左腕がある場所には何もなく、ただ上着の袖がゆらゆらと揺らめいているだけだった。


 こちらもリーフェと同じく見覚えがある。

 というより“ブラット”と呼ばれていたので間違いないだろう。

 ゲーム――だと思っていた――にいた白い男。

 リーフェとともに守人(もりびと)なるものを務めている。


 この男もリーフェ同様長い耳と左耳にはおそろいのイヤリングをつけている。

 おそらくイヤリングは守人の証のようなものなのだろう。


 飛鳥より頭一つ分は高いであろう位置にある嫌味なほど整った顔には無精髭。

 そしてゲーム画面ではわからなかったが、この男もリーフェも日本人と比べて身長が高い。

 この世界では男女ともに身長が高いのか。この二人が高いだけなのか。


 飛鳥自身は日本人女性の平均身長はあるがもう少し伸びてほしかったという願望があるため背の高い二人にわずかばかりの嫉妬心が沸き起こる。


 (帰ったら毎日牛乳を飲もう……)


 一人新たな決意を胸に秘めた飛鳥の目の前ではいまだに二人が不毛なやり取りを交わしていた。


「だけど――」

「できねぇってんだから仕方ねぇだろ? それにこれじゃいつまでたっても平行線だ。だから……」


 こちらに振り向きにんまりと笑うブラットに不吉なものを感じた飛鳥は即座に逃げようと体を動かす。

 しかしこちらが行動を起こすよりも早く、行く手を塞ぐように立ちはだかったブラットによって飛鳥はあっさりと彼の手に落ちた。


「うわっ、なにすんだこの野郎! 放せ!!」

「おいおい、んな暴れんなって。落としちまうだろ」

「ふざけんなッ! 人を荷物みたいに扱いやがって! はなせ!」

「うるせー嬢ちゃんだなぁ。荷物みたいなもんだし、おとなしく運ばれとけって」


 抵抗もむなしくあっという間にブラットの肩へ担がれた飛鳥は彼の背をバシバシと叩くが、そんなことは意にも介さず男はさっさと歩き始める。


「ブラット! おーかみ様に対してあまり乱暴なことはしないでください!」

「してないって。ちゃーんと丁寧に運んでるからだいじょぶだいじょぶー」

「ぐえっ!」

「とても丁寧には見えないのですが!?」


 飛鳥を米俵のように担ぐブラットに並走する形――飛鳥が担がれている側とは反対側――で非難の声をあげるリーフェへ心の中で声援を送る。


 本当なら声に出して言いたいところだが、筋肉のついた太い腕に体を固定されている挙句、乱暴に運ばれているせいでブラットが歩くたびに彼のがっしりした肩が腹に食い込み飛鳥の胃を圧迫していた。

 必死に口を押さえさっき食べたものを吐き出さないように耐えるので精一杯の飛鳥には文句を言うだけの余裕はない。


 長い脚を存分に生かし足早に屋敷内を移動するブラット。

 リーフェもまた小走りになりながらもブラットへと並走し飛鳥を下すようにと言い続けているが、ブラットは聞く耳を持たず、さらに歩調が速くなる。

 さながら出来の悪い絶叫マシンにでも乗せられているようだ。


 絶叫マシン(ブラット)は悲鳴すら上げられず青い顔をした乗客などまるで気にもかけずにズンズン進む。

 飛鳥がいっそこいつに吐き散らかしてやろうかと思いはじめた頃にようやくブラットは足を止めた。

 飛鳥の不穏な考えを察知して止まったのかとも考えたが、その考えは次の瞬間には間違っていたと思い知らされる。


「よっ、と」

「ブラットッ!」


 背中を引っ張られた感覚のあとに少しの浮遊感。そして、全身に走る痛み。


 突然のことに受け身も取れず無様に転がる飛鳥をただ見下ろすブラットを押しのけリーフェは飛鳥へと駆け寄りそっと手をかざす。


 何をしているのか? まさか痛いの痛いの飛んでいけ、とでも言うつもりなのか? なめているのか?

 涙で滲む視界でこちらへと手をかざす女を睨みつけるように眺めながらそんなことを頭の片隅で考えていた時にそれはおこった。


 リーフェが光ったのである。

 正確に言えばしゃがみこんだリーフェの足元周辺を取り囲むようにきらきらと輝く魔法陣のようなものが現れそれが光を放っていた。

 周囲を漂う光の粒子に飛鳥は痛みも忘れまじまじと眺める。

 リーフェを照らす光はほどなくして一度収束し、再度あたたかな光となり飛鳥へと降り注ぎ消えていく。

 時間にして五秒もなかったかもしれない。


 そんな刹那の出来事が飛鳥の目に焼き付いた。


「大丈夫ですか、おーかみ様! まだどこか痛いところなどはありますか?」

「へ?」


 問われて気づく。そういえば痛みが消えている。

 先ほどの光景で一時的に痛みを忘れているわけではない。完全に体から痛みが引いていた。


(……魔法、とか? いやそんなばかな。でも本当に痛くないしそれにさっきの光――おっと)


 こちらを心配げに覗く瞳にまだ返事をしていなかったことを思い出す。


「あー、大丈夫、です。……ありがとうございます?」

「いえ、大したことが無くてよかったです!」


 よくはわからないがおそらく――いやほぼ確実だろう――リーフェが何かしらの力、認めたくはないが魔法かなにかの(たぐい)を使い怪我を治したとしか考えられない。


 マジック? トリック? いや、もうやめよう。


 そろそろ認めなくてはならない。


 ここが地球ではないどこかであるということを。

 でなければあんな発光現象に治癒行為なんて非科学的なことの説明ができない。


(まじかよ! 冗談であってほしかった! いや、魔法? が見られたことは素直にオタクとしては嬉しいけど! それはそれ! これはこれ!)


 先ほど食堂で考えていたことが一気に現実味を帯びて飛鳥にのしかかる。


 もう、仮定の話などと、逃げることはできない。

 これはまぎれもない現実。

 リーフェの話は本当で飛鳥の力を必要としていること。

 自分はこの世界の神になってしまったこと。


 さっきまではすべてが嘘であるという一抹の望みをかけて――悪あがきだとしても――いたのでまだ精神的に余裕を持っていたが、認めてしまった今となっては駄目であった。


(にげてぇ!)

「あの、ご気分の方はどうでしょうか? まだ顔色が悪いようですが」


 頭を抱え動かなくなった飛鳥を気遣ってかそっと声をかけてくるリーフェ。


「…………きもちわるいかもしれない」


 精神的なモノもあるのだろうが、それ以上に絶叫マシンによって胃の中身がシェイクされていた事を思い出してしまった飛鳥に一気に吐き気がよみがえる。


 もうそこまでこみあげてきているものを我慢できず吐き出してしまった。


 人前で、しかも外で吐くという醜態を見られる事を嫌いせめてもの抵抗としてリーフェ達から少し離れたがあまり意味はない。


 朝食として食べたものを吐き出している間背中をさすってくれたリーフェには心の中で感謝を抱くと同時に、離れたところで「汚ねぇ」と呟いている男の小声を聞き逃さなかった飛鳥はブラットへ怒りを抱く。


(元はと言えば誰のせいだ! 絶対殴る! 泣かす! あいつは許さん!)


 本日二度目の決意を胸に秘めた飛鳥はブラットを睨みつけながらフラフラと立ち上がる。

 吐瀉物をどうしようか逡巡している飛鳥に気が付いたリーフェがこのままでいいと言ってくれたので、ありがたくその言葉に甘えることにした。


 吐いて気分はスッキリしたが、今度は口の中が気持ち悪くてしょうがない。

 うがいをしたいがうがいができるような場所どころか水すら見当たらない。

 目につくものといえば、背後にある赤い色をした巨大な鳥居のみ。

 鳥居の先はよく見えない。

 遠くてよく見えないというわけではない。言葉通りの意味だ。

 白く濁ったような靄のようなものが漂っている。


 鳥居の反対側、飛鳥達が来た方向にはいくつかの建物が見えるが、かなり距離があるように見える。

 恐らくはあそこに見えるどこかの建物から此処へ移動してきたのだろうが、どの建物かは予想がつかない。


 確かに長い時間移動していたとは思うが、これほどまでに移動距離があったようには感じられなかった。


 しかし飛鳥は移動途中では口はもちろん、目も塞いでいたのでもしかしたらこれだけ移動していたのかもしれないと無理やり自分を納得させる。

 そんなことよりもやるべきことがあると、飛鳥は少し距離のある男へ視線を向ける。


「よくもやってくれたな、おっさん。折角の朝メシを台無しにしてくれた挙句、私を放り投げやがって。めっちゃ痛かったんですけど?」

「ハハハ、めーんご」


 語尾にハートマークでもついていそうな、いささかも悪いと思っていない声音と謝罪のポーズにイラっとさせられた飛鳥は握り拳を作る。


「歯ァ食いしばれ」

「そんな怒んなよ嬢ちゃん。ハゲんぞ」

「頼むから一回殴らせて! 金払うから!」

「えー、やだー、いらなーい」

「ちくしょうムカつくッ!」


 現代日本で至極平凡に生きてきた飛鳥は当然のことながら人を殴ったことなどない。

 もちろん殴りたいと思うような相手も場面も無かったと言えば嘘になるが、実際に手を出すような事はなかった。

 殴った後の事を考えると確実に面倒くさいことになることがわかりきっているし、くだらない相手の為に加害者になるつもりもない。


 故に今回も理性で直接的な暴力性を抑え込み、実際に手を出すつもりはない。いわゆる口だけというやつである。

 拳を振り上げては下げ振り上げては下げと無意味に数度続け地団太を踏む飛鳥をブラットはからかう。

 リーフェのたしなめる声を聞き流しながらも飛鳥を一通りおちょくり終わったブラットは「さて」と独り言をこぼしたのち無造作に飛鳥との距離を詰めてきた。


 警戒し身構えるも特に何もせず横をすり抜けて通り過ぎたブラットに飛鳥は安堵のため息をついた。

 直後に息が詰まる。ブラットが通り過ぎざまに飛鳥のパーカーについているフード部分を掴み、引っ張ったために服が喉を絞めているのだ。


 そのまま後方に引きずられるように連れていかれつつも体の向きを変え転ばないように必死に足を動かす。


「おい、なにすんだよ!」


 飛鳥の問いに答えはない。

 もはやBGMと化したリーフェの非難の声が耳に届くのみだ。


 この男の乱暴な扱いに、もはや慣れつつある飛鳥は、これ以上被害を受けないようにとなんとか脱出を試みるが体勢も相まってうまくブラットの手を外せない。

 四苦八苦している間にもブラットは歩みを進める。

 歩幅の違いで何度も転びそうになりながらもブラットが向かう方向へ視線を向ければ真っ赤な鳥居が飛鳥の目に映る。

 鳥居の下まで連行されたところでようやく手が離れた。


 文句を言ってやろうと思ったがどうせまた涼しい顔でスルーされるかおちょくられるのがオチだと予測をつけた飛鳥はブラットを無視して周囲を見渡す。

 先ほど見た光景とあまり変わっていないが、少し気持ちの余裕ができたこともあり先ほどよりもじっくり観察できた。


 飛鳥が現在立っている場所は十人ほどが横に並んで歩いても余裕がある石畳。

 視線の先には下り階段が見えるが階段の途中から景色同様白い靄のようなものがかかり先は見えない。

 肩越しに反対方向へと視線を向けると、石畳の先は開けた空間になっており目ぼしいものは何も見当たらない。

 強いていうなら、木々の先に先ほども見たいくつかの建物が見えるだけだ。


 飛鳥は脳内でゲームマップを思い出す。

 セリオル内で設定した場所は屋敷の中と外。

 その中で自分は外の配置をどうしただろうか。

 脳内マップと照らし合わせて現在の場所を割り出そうと試みる。

 目印は赤い鳥居。それがあった場所は――


(マップの端……だったっけ?)


 南側の端に赤い鳥居があった気がする。

 屋敷はマップ中央より北側に配置されていたので、それを考えると、やはりかなりの距離を移動していることになる。


(どうなってんだ? 歩く速さを考えても移動距離と時間が合わない気がするんだけど……うーん?)


 屋敷周辺から設定を埋めていた飛鳥にとって、手付かずだった場所は多々ある。

 ここはその一つでもあった。


(そういえば白い靄の場所ってマップ外の場所か? 現実ではこうなるのか)

「聞いても信じられねぇってんなら、自分で見て、知って、体験すりゃ信じられんだろ。それに――」


 階段の上からのぞき込むように靄を観察していた飛鳥の背後にブラットが近づき、思考を飛ばしていた飛鳥の背を押す。


 トンッ、と軽い衝撃とともに本日二度目の浮遊感。


「――は?」


 階段から突き落とされた、と理解したと同時に背後の男を睨みつける。


「テメェ……!」

「できる、できねぇ、じゃなくて――やるしかねぇんだよ」


 体をひねり視界に入ったのはニヤケた顔で手を振るブラットと、こちらへ手を伸ばすリーフェの姿。

 無駄だと知りつつも反射でリーフェへと手を伸ばすが、その手が何かを掴むことはなかった。


「ふ、ふざけんなぁあああああああああ!」


 あのおっさんは絶対殴る。

 今度は口だけではなく死んでもブン殴るという強い決意を飛鳥は胸に秘め、落下の衝撃に備え体を丸めた。

うまく表現できてなかったらすみません。

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