1本目 大きなマナの樹の下で
本文とタイトルを修正しましたが、大筋は変わっていませんその2。
始まりは、なんとなく目についた――ただそれだけだった。
ある店のゲームソフトコーナー。新作ゲームが並ぶ棚には目もくれず、ワゴンセールとして一纏めに置かれたゲームソフト達を眺める一人の女。
肩で切りそろえられた黒い髪に黒いパーカー。
人より少しきつめの目を細め何を買うか吟味している。
手に取っては戻し、取っては戻しといった作業を繰り返す。数度繰り返した所で動きが止まった。
手にしたそのソフトのパッケージにはタイトルも説明文も何も書かれていない。
ただ真っ黒の背景に一本の枯れた木が描かれているのみ。
どのようなゲームか予想もつかないので買うのが躊躇われたが、その一方で不思議と興味をそそられる感覚を持った。
若干の不安はあるもののどうせワゴン品。ハズレだとしても大した額ではない。
それに先日までプレイしていたRPGをクリアしてしまい、次のお目当てのソフトが出るのもまだ先なので繋ぎには丁度いいと深く考えず購入した。
それが彼女、大神飛鳥の運命を大きく変える出来事となるなんて夢にも思わずに。
帰宅した飛鳥は早速ゲームをインストールし、起動させる。
モニタ上に四角く切り取られたゲーム画面が浮かび上がるも、そこにはOPや会社名などが映る様子もない。
ただ何もない真っ黒な画面に自分の姿がうっすらと写り込んでいるのみ。
そのまま三十秒程眺めていたが変化はなく、もしや不良品か? と訝しみ始めた飛鳥の思いとは裏腹に、何の変化も示さなかった画面にゆっくりと白い文字列が現れた。
【名前を入力してください】
ようやくゲームが進んだと、指示されるままキーボードを叩く。カタカタと音を鳴らしながら文字が打ち込まれた入力欄には“おーかみ”の文字。
そのままエンターを押すと画面が切り替わり、美しい景色が広がる。
色とりどりの綺麗な花が咲き乱れる広大な大地に大きな一本の樹が生えている映像が映し出された。それと共に文字が流れてくる。
【ようこそおーかみ様! どうぞこの世界をお楽しみください!】
突如画面が暗転し、なにやら荒れた大地の真ん中に恐らく主人公だろうキャラクターがポツンと立っていた。少し遅れてどこか不安になりそうなBGMも流れ始める。
タイトル画面すらなく突然開始されたゲームに小首をかしげながらも、飛鳥は一通りの操作を試す。
移動、メニュー画面、決定、取り消し――問題なし。
操作を確認した飛鳥はさらにメニュー画面の項目を一つづつ見ていく。
アイテム――なし。
装備――E:パーカー ごく普通の黒いパーカー。
E:ズボン ごく普通のズボン。
E:スニーカー ごく普通の赤いスニーカー。
E:魔核・黒 魔力の核。必ず人体のどこかに存在している。
魔法・特技――なし
ステータス――名前:おーかみ レベル1 種族:人間 職種:神見習い
能力値なども書かれていたが、どれも数値は低くレベル一では妥当な数字が並んでいる。
その他には“記録”や“世界からの離脱”などの項目があった。
記録はそのまま、セーブの事だろう。世界からの離脱はゲームをやめる事だと理解した飛鳥は、確認はそれくらいにしてゲームを続けるためにキャラクターを動かす。
ドットで表されたそのキャラクターはどことなくプレイヤーである飛鳥に似ている気もしたが、さして気にもせず周囲を軽く探索し始める。
何度かマップを切り替えながら探索を続けると廃墟のような大きな建物が見つかった。
その建物の入り口らしき場所には緑の髪の女と白い髪の男のようなキャラクターが立っている。
第一村人発見とばかりに早速女の方に話しかけてみると、“ぴぴぴぴぴ”という独特の会話音らしき音に合わせてメッセージが流れてきた。
『初めまして、おーかみ様。わたくしたちはこの世界の守人を務めさせていただいているリーフェと申します。そして隣にいる彼はブラット』
『よぉ』
『さて、色々ご質問などございましょうが、ひとまずはこちらをお受け取り下さい』
その言葉と共にいくつかのアイテムが渡される。
アイテム欄を覗くと、ウェポンリング・神の証(仮)・癒しの実×五・白狐の球、とアイテムが増えていた。
どのようなアイテムなのかと説明欄を確認していくと次のような事が書かれていた。
ウェポンリングとは、赤・青・緑の三つの小さな水晶石がはめ込まれた指輪で、それぞれに武器を三つまで収納する事ができる装備品。
次に神の証(仮)とは、その名の通りこの世界の神である証となるものらしい。茶色い葉っぱが二枚ついたデザインのイヤリングだ。
癒しの実は予想通り体力・気力を小回復させる果物。所謂回復アイテムと言われる部類のものだ。
最後に白狐の球。これは白狐を召喚できる、とあるが今は使用できないのか文字が灰色に染まり選択してもブーと音が鳴るだけに終わった。
とりあえず飛鳥は早速ウェポンリングと神の証(仮)を装備し再びリーフェと名乗った女へと話しかける。
『よくお似合いです、おーかみ様。ではさっそくですが神としてのお仕事をお願いします。ここからまっすぐ行ったところにやせ細ってはいますが、一本の大きな樹がございます、その樹を蘇らせて欲しいのです』
『いくら神の証があってもそれが出来なきゃお前さんをこの世界の真の神とは認められねぇからな。精々頑張れ』
低音の“ぽぽぽぽぽ”という音と共にブラットと紹介された男が口を開く。
ぶっきらぼうな物言いに少々ムッとする飛鳥だったがゲームにイラついても仕方ないと言われた通りに足を進める。
後ろからは先程の二人が追従するように付いてきていた。
「あ、これかな?」
しばらく歩くと目的の樹がある場所に辿り着いた。
細い幹はひび割れ、葉はほとんど付いておらず、根元の方は黒く変色しているようだった。
「これを蘇らせればいいのかな? しかしどうやればいいんだ?」
とりあえず周囲を探索してみたが、特に何の発見も得られないので本命の樹を調べてみるとイベントが始まりキャラクターが飛鳥の意思とは無関係に動き出す。
そのままイベントを見守る体勢に入った飛鳥だったが、またもや不思議な感覚に襲われる。
モニタ越しに見ているはずのその光景が、まるで実際に目の前にあるかのような錯覚を起こす。
驚きに目を見張る飛鳥だったが、すぐにその感覚は無くなってしまった。首を傾げつつもイベントの進行を見守る。
幹に手をついた主人公から徐々に光が発せられ、それが画面いっぱいに広がる。
白一色だった画面が少しづつ治まっていくと、先程とは全く違う光景がそこには広がっていた。
「おー!」
地肌が見えて茶色一色だった地面は緑で覆われ色とりどりの花が咲き誇り、やせ細っていた幹は太くしっかりとした幹へと変わっていた。
枝葉の先には綺麗な桜のような花が満開に咲き乱れ、空や背景なども重苦しい色から一転、爽やかな色合いへと姿を変えた。
しかし幹の根元部分は黒く染まったままで変わりはない。それ以外の部分が綺麗に変化しただけに黒い変色部分が異様に目立つ。
『流石でございます、おーかみ様』
『……まぁ合格ってとこか』
見れば先程の二人組が頭を垂れるような仕草をしている。
振り返った主人公は二人の前へと進みそのまま立たせた。
そして立ち上がった二人に頷くと右耳部分がきらりと光りを放つ。
【おめでとうございます。神の証(仮)は神の証となりました】
メッセージウインドウに表示されたその文章にアイテム欄を確認してみると神の証の説明文が少しだけ変わっていた。
神の証:この世界の神である証。緑の葉っぱが二枚ついたデザインのイヤリング。外すことはできない。
外せないという部分で呪いの想像をした飛鳥の脳内には某有名どころのBGMが流れていたが、特にバッドステータスがあるわけでもないので気にせず先に進める事にした。