15本目 長かった一日の終わり
神子に招き入れられた小屋の中へと足を踏み入れた飛鳥は、視線だけで中をぐるりと見回す。
家具も少なく、生活に必要最低限のものだけが揃えられただけの質素な部屋。
部屋の空間だけ見れば広そうに見えるが、子供六人に大人一人が生活するには少々手狭にも思える。
壁には蝋燭立てのようなものが何箇所かあったが、そのどれもに蝋燭は立てられていなかった。
よく見ると蝋燭の代わりに光る石のようなものが嵌め込まれており、その石から放たれる淡い光が部屋を照らす。
「汚いところですが、どうぞこちらでお待ちください。質素ではありますが、夕食をご用意させていただきますので」
入り口に突っ立ったまま不躾にも部屋を見回していた飛鳥に神子の優しい声が届く。
慌てて神子へと視線をやれば、彼は飛鳥に笑顔を向け部屋の中へと誘う。
「いえそんな。お構いな――」
「――ではでは。ご馳走になります!」
突然来てしまったのに申し訳ないと飛鳥が神子の申し出を辞退しようと言葉を発するが、それを掻き消すように炎陽が声をあげる。
そして飛鳥の肩からピョンと飛び降り、尻尾を振りながら奥へと進む。
「あ、おい!」
「おねえちゃんはここすわってー! ここー!」
「しんじゅうさまはここー!」
「はいはい。そこですね」
ペシペシと床を叩きながら飛鳥達の座る位置を教えてくれる幼子二人組。
その呼び声に素直に従った炎陽が、示された場所にちょこんと座った。
「お前な……ちょっとは遠慮しろよ」
炎陽の遠慮の無さに飛鳥は頭を抱えながら呆れる。
「ねーねー。おねえちゃん」
「ん?」
いつの間にこちらへ来たのか。
幼子の片割れが飛鳥の服の裾をくいくいと引いた。
そちらへと視線を向けると、赤茶色の長い髪をした小さな女の子がこちらを見ている。
「わたしね、エミリーっていうの!」
飛鳥と視線が合うと、にぱっと花が咲いたように満面の笑みを浮かべ、楽しそうに自己紹介を始めたエミリー。
可愛らしい挨拶に飛鳥も笑顔になると、膝を屈め挨拶を返す。
「これはご丁寧に。私は飛鳥っていうんだ。よろしくなエミリーちゃん」
「えへへ。あのねあのね、わたしね、おねえちゃ、じゃなくて、大神様に会えてすっごくうれしい、です!」
「そうなのか?」
「うん! じゃなくて、はい!」
照れたように笑っていたエミリーは急に表情を変えると、思い出したように飛鳥の手を引く。
「あのねー。神子様のごはんは、とっても美味しいから、大神様もきっと気にいると思うよー。あ、です」
「無理しなくていいよ」
「……いいの?」
「もちろん」
「へへー。ありがとー」
にこにこ笑顔のエミリーに引っ張られるまま、飛鳥は炎陽の隣に腰を下ろす。
「大神様ー」
「ん?」
着席と同時、今度はもう一人の幼子から呼びかけられ、飛鳥はそちらへと顔を向けた。
そこには少し癖のある金色の髪を後ろで一つにまとめた少年。
キラキラした視線を飛鳥へと向ける純粋な少年の瞳が眩しく、飛鳥は一瞬目を逸らしたくなるが、こらえて笑みを浮かべる。
「ボクはフランツっていいます、です。よろしくおねがいします、です」
不慣れな敬語を使い、ぺこりとお辞儀をする少年――フランツに飛鳥もエミリーのときと同様、挨拶を返した。
今ここにいるのは飛鳥と炎陽。そしてこの幼子、フランツとエミリーの二人だけ。
他の子供たちは神子の手伝いをしながら飛鳥を遠巻きに眺めていた。
その好奇の眼差しに気付かないフリをし、飛鳥は子供達二人と少しの間お喋りを楽しむ。
内容は当然ながら飛鳥自身のこと。
髪や目をもっとよく見せてくれとせがまれたので、飛鳥はフードに手をかける。
もはや隠す意味もない。
乱雑にばさりとフードを脱ぐと、幼子二人から注がれるキラキラした視線が増した気がした。
そして離れた場所にいる神子達の方からも「おぉ」と驚きの声が聞こえる。
ほかにも「まじで黒い」「真っ黒。すごっ」「綺麗な黒髪……」「かっこいいよね」などなどが子供達の口から放たれる。
集まってひそひそと話しているつもりなのだろうが、声が大きいのでこちらまで聞こえてきていた。
飛鳥としては黒い髪に黒い目など珍しくもなんともない。
しかしこの世界では珍しいのだ。
なのでその反応もわからなくはない――が、見世物になっているようで少しばかり居心地が悪い。
引きつりそうになる口を無理に笑顔に変え、炎陽と二人で幼子コンビの相手を再開する。
そうやって食事ができるまでの時間をなんとかやり過ごす。
そして、炎陽がフランツとエミリーにもみくちゃにされ毛並みがボサボサになった頃、神子が出来上がった食事の入った鍋をもって帰ってきた。
「お待たせしました。大神様にお出しするには粗餐ではございますが、どうぞお召し上がりください」
ふちが欠けた木の皿に注がれたスープと黒パンが飛鳥と炎陽の前に置かれ、次に子供達へと配られる。
「わぁすごい! 具がいっぱい入ってる! 今日はごちそうだね!」
「ほんとだ! それにパンもある! 神子様ー、ほんとにこれ食べていいの?」
「あぁもちろんだ。今日はお客様がいて特別な日だからね」
「やったー!」
「わーい!」
夕食を見た幼子二人は手を取ってはしゃいでいる。
「ほら、みんなも食べなさい」
「神子様は?」
「私はあとで頂くから。ほら、せっかくのごちそうが冷めてしまうよ」
「……はい」
神子に促され食卓へとついた四人の子供達は、幼子二人とは違い、表情が暗い。
おそらく神子の分は無いのであろう。
飛鳥は静かに目の前の皿へと視線を移す。
大きめに切られた野菜類に、薄く切られた肉のようなものが入ったスープ。
食事の内容に思うところが無いわけではないが、出されたものに文句を言うつもりはない。
これでも彼らにとっては精一杯のおもてなしをしてくれているのだから。
その程度の事は飛鳥にも理解できる。
しかも明らかに飛鳥と炎陽の皿には子供達よりも多くの具が入れられている。
改めてウィル達が置かれている立場を目の当たりにし、飛鳥は彼らに見えないテーブルの下で拳を握る。
この食事内容が特別だとはしゃぐ幼子。
この食事を純粋に喜べない少年少女。
自分は食べずに子供を優先している神子。
これを自分には関係ないと切り捨て、憐れむだけで手を出さず、そのまま目を背けてしまうのは簡単だ。恐らく日本にいたのなら飛鳥だってそうしていただろう。なぜなら自分にできることなんてないのだから。
だがここは日本ではない。そして今の自分にはここにいる存在を助けられるかもしれない力がある。
助けられなくても、現状を良くすることは、恐らく可能なのだ。出来てしまうのだ。
覚悟さえ決めれば。
もう何度目になるかわからない思考を重ねて、飛鳥は子供達と食事を開始する。
せっかくの心遣いを無駄にせぬように全てありがたくいただくとともに、飛鳥は一つのことを心に決めた。




