14本目
お帰り、ただいまと子供達とも言い合う姿に少し離れた場所で笑顔を向けていた神子が不意に飛鳥へと視線を向け、ゆっくりと近づいてきた。
「すみません。もしかして貴女が――――ぇ?」
先程感じた焦りなどはなく、ただ穏やかな笑みを浮かべ飛鳥へと話しかけてきた神子だが、飛鳥と目が合った瞬間驚きに目を見開いた。
(薄暗いとはいえ気付いたか。やっぱ二人の言った通りだなぁ)
飛鳥と肩に乗る炎陽を見て固まってしまった神子。
己の黒い目はやはり特別な色なのかと引き攣りそうになる顔を必死に抑えて真面目な顔を作る。
あわよくば今晩ここでお世話になりたいと考えている相手へ無駄に悪印象を植え付ける意味はない。
そもそもその前にまずは謝罪をしなければいけない。
今すぐにでも落ち着ける場所で一息入れたい飛鳥だが先にやるべき事をしようと、すぐさまお辞儀をし自己紹介と要件を話す。
フードを被ったままというのが飛鳥の常識的に少しばかり居心地の悪さを感じさせるが、理由があるようなので失礼とわかってはいるが一応脱ぐことはしない。
「初めまして神子様。私の名前は大神飛鳥と申します。それでこっちが――」
「初めまして、神子殿。ワタシはアスカ様の相棒で炎陽と申します。どうぞお見知り置きを」
飛鳥の言葉を引き継ぎ自己紹介をする炎陽。
最後に軽く頭を下げたのを見た飛鳥は改めて神子へと口を開く。
「挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。そして、ウィル君には危ないところを助けていただいたうえ、厚かましくもお願いしてここまで一緒に連れてきてもらったのです。ですが道中、私がウィル君の足を引っ張ったせいで到着が遅れてしまいました。そのせいで皆様には要らぬ心労をかけてしまったようで……重ねてお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げ謝罪の意を示す飛鳥の後頭部に神子の慌てたような声が降りかかる。
「――ッ、ぃ、いえっそんな! どうぞ頭を上げてください! ウィルもこうして無事に帰ってきてくれましたし、私どもはそれで十分でございますッ」
「ですが……」
「それにウィルが貴女様の危機をお救いしたとのこと。きっとウィルが今日この日遠出をしたのは運命だったのでしょう」
(えぇー)
うんうんと一人何かを納得したように頷く神子に飛鳥は困惑する。
もっと責められると覚悟していたが肩透かしを食らったようだ。
そしてこの神子という人物が先ほどから飛鳥に向けてくる視線がどうにも落ち着かない。
尊敬のような信仰のようなそんなむず痒い視線だ。
そんな視線を向けられる覚えの無い飛鳥は視線を彷徨わせる。
ただ心当たりがあるとすれば一つだけだが。
もしかしなくても飛鳥が神だとバレているのだろう。
何故バレてしまったのか飛鳥には全くわからない。
神々しさなど皆無。むしろ一般庶民の雰囲気しか醸し出していない自分のどこに神要素を見出しているのかほとほと謎である。
「申し遅れました、偉大なる大神様。私は神都ゼストーアにて神子の職を務めさせていただいていたキールと申します。ようこそ我が家へお越しくださいました。子供たちともども歓迎いたします」
「え、えーっとですね。何か勘違いされているようなのですが、私は別にそんな偉大だとか偉いとかそんなんじゃ全然ないんですよ……ハハツ」
「…………ハッ! なるほどそういう事でしたか。これは気が利かず申し訳ありません」
なにがそういう事なのだろうか。まったく理解できない。
「ではただのアスカ様。今晩はもう遅いですし、どうぞ家でご休息を。大したおもてなしはできませんが、どうぞくつろいでいってくださいませ」
「……わ、わー。ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて今晩泊まらせていただいても? あははは……」
「勿論でございます!」
「ありがとうございます。すみませんが、お世話になります」
あまりに自分に都合のいいように進みすぎて怖くなってきた飛鳥だが、もう考える事も疲れてきたのでどうにでもなれという気分だ。
「お客様ー?」
「めずらしいねー」
「違うよ神様だって。さっき自分で言ってただろ<大神>だって」
(は?)
なにやら子供達が集まっている方から不穏な言葉が聞こえてくる。
「……ねぇウィル。あの人ほんとに神様なの? あんたも神子様も騙されてるんじゃない?」
「そんなことないよ。アスカ様はとっても優しくて良い神様だよ」
「そうよマリン、騙すだなんて失礼よ。あんなに綺麗な神獣様を連れてらっしゃるんだから本物に決まっているじゃない。それに着てる服だって……ちょっと汚れてるけど、高級そうな衣装だし」
「へんな服だよねー」
「みたことない服だねー」
「つーか神様って髪も目もほんとに真っ黒なんだな。すげー」
(変な服……てか、髪も目も黒だってばっちりバレてる。こんな暗いのによくそこから見えたな)
自分の着ている服を見る。
お気に入りのパーカー――ちなみに安物である――にシャツにズボン。
ごく普通のデザインだし日本ではありふれた格好ではあるが、当たり前だが異世界では違うようだ。
彼らの着ている服を見る。
お世辞にもいいものとは言えないレベルだが、今のこの世界ではそれが普通なのかもしれない。
「はいはい皆さんお喋りはその辺にして家に入りましょうね。もう完全に日も落ちましたし、魔物が出ては危険ですからね」
『はーい!』
神子の声によい子の返事が六つ返り、それぞれ小屋へと入っていく。
「さ、アスカ様とエンヨウ様もどうぞ」
「お邪魔します」
「お邪魔いたします」
「ところでその籠はもしや」
「あぁ、これはウィル君から預かっていたものです。お返ししますね」
地面に置いていた籠を拾い、中に入れていた木の棒を取り出し神子へと渡す。
「やはり、見覚えがあると……それにしても大神様に荷物運びをさせてしまうなんて……」
「あぁー。たいした重さじゃないですし、私が自分で運ぶって言いだしたんです。気にしないでください」
「……はい」
「本当にお気になさらず。この方はそんなに狭量ではありませぬゆえ」
「エンヨウ様……わかりました。ありがとうございます」
暗いので足元に気を付けてくださいという神子の言葉に従い玄関までの短い距離を飛鳥は慎重に歩く。
光源となるものが近くにはあるし月も出ているので、完全に真っ暗というわけでは無いが一応。
神子の後ろに付いて歩く飛鳥の耳元で炎陽が囁く。
「だから、だから言ったでしょう。無駄だと」
「……ハイハイソーッスネ」
(とりあえず今度から名字は名乗らないようにしよう……)




