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11本目

 そんな二人の会話に時折相槌を打ちながら歩みを進め、日も暮れ始めた頃に飛鳥の目が建物らしきものの影を捉えた。

 薄暗い景色の中に点々と浮かぶ明かりの数々。

 巨大な木のそばに見える人工物。森へと落とされてから初めて触れる文明の産物に飛鳥のテンションも上がる。


「なぁ、あれって町だよな?!」

「うん、そうだよ」

「よっしゃあ! やっと休める!」


 町の明かりより目立つ、しかしキツい光量ではない、夜の闇を暖かく照らす光が町に降り注いでいる。

 その光源の正体は、探すまでもなくあの巨大な木だ。


 まるで巨人の腕のように太い幹から伸びるたくさんの枝葉から光が漏れ広がる。

 見た事もない幻想的な雰囲気に目を奪われたのも一瞬。飛鳥の思考は疲れに支配され、すぐにでも休みたいという欲求に駆られた。


「あれがゼストーア。燈火の大樹の側に作られた大きな町で、昔はあそこにたくさんの人がいたんだって」

「おぉー。これは、これは。見事な大樹でございますなぁ!」


 あの幻想的な光景を作り出している存在は燈火の大樹というらしい。

 名前からして燈火の樹の上位互換といったところだろうか。


「昔はたくさんいたって事は、今はそんなにいねぇの? けっこうデカそうな町に見えっけど」

「うん。町の建物のほとんどは使ってないんだ。残った人達は大樹の側に新しく家を作って暮らしてるんだって」

「へー。んじゃあウィルの家もそこにあんのか」

「えっと、その。……ぼくたちの家は町からちょっと離れたとこにあって……」

「そっかぁ、離れたとこに…………って、はあ!?」


 ここは魔物が存在している世界。

 大樹の側で暮らしているというのならば、やはりあの大樹は魔物を寄せ付けないのだろう。

 あの大きさならば、あの町丸々ほぼ安全地帯みたいなものだ。


 実際遠目でしか確認できてはいないが、魔物に町が破壊されたような形跡は見えない。

 どちらかと言えば経年劣化で風化したような。崩れた建物に植物が絡み付いて人工物と自然が混ざり合っているような、不思議な町だ。


 建物の大半が崩れて使えないのだとしても、どこかしらに使える場所はあるはずだろう。

 ましてや子供達ばかりが集まって暮らしているのならば、なおさら安全圏での生活が望ましい。

 なのにわざわざ町から離れた場所に住んでいるという事実が信じられない。

 なぜ自分から危険な場所に住もうと思ったのか飛鳥には理解できなかった。


 驚きでまじまじとウィルの顔を見てしまう。

 ウィルは困ったように笑うだけで何も言わない。


「…………ふむ、なるほど。そういうことでございますか」

「どういうことだ?」

「つまりですな」


 飛鳥の肩から炎陽が飛び降りる。軽やかな着地とともにくるりと反転し飛鳥たちへと向き直った。


「あえて率直に申し上げますが、口減らしに近い事が行われたのでは、と推測いたします」

「くちべらし…………って、あの口減らし、だよな? え、いや、まじか……」


 飛鳥の困惑する声が薄闇に溶ける。

 しかし冷静になって考えてみればあり得る話だ。

 むしろなぜあり得ないと考えていたのだろうか。


「この世界はつい最近まで滅びの道を歩んでいました。それが持ち直し始めているとはいえ、圧倒的な物資不足食糧不足そして人手不足の中、まともな労働力になり得ない子供を養っていく余裕はなかったのでしょう」


 ウィルの体はとても小さく、痩せていて、ろくに食べられていないということは分かっていたはずだ。

 子供一人であんなに遠くまで食べる物を探しに行かなければならないほどには、食べる物がないのであろう。


「……ごめんウィル、考えなしで酷いこと言ったな。許してくれ」

「うぅん! いいんだ、気にしないで! あの、それより……その」

「ん?」


 下を向き何かを言いづらそうに言葉を濁しながら、ウィルは両の手をモジモジと組み替えた。

 飛鳥はウィルに視線を合わせるように覗き込む。

 頭を撫でながらできる限り優しく聞こえるように「どうした?」と問えば、ウィルはゆっくりと飛鳥と視線を合わせたのちおずおずと口を開いた。


「アスカ様とエンヨウ様は、その……やっぱり町の方に行くの?」


 そういえば、と飛鳥は思う。

 ウィルに町へ案内してほしいとは言ったが、それはウィルが住んでいる町という意味で告げていた。

 まさか町の外で暮らしているとは考えていなかったが故の凡ミス。

 ここまで世話になっておいて、恩人だけを危険な場所に一人で帰し、自分達は安全な場所へ行くのも気が引ける。


 そもそも平時ならいざ知らず、おそらく今はまだ何もかもが不足しているであろう時期。

 自分達だけで精一杯なところに何処の馬の骨とも知れぬ人間が突然現れ、コミュニティにしばらく入れてくれと言ってもあまり歓迎はされないだろう。


 正直、飛鳥は大人ではあるので労働力として働けはするだろうが、あまり体力に自信はない。

 それにこの世界の知識も常識も持ち合わせてはいない。

 現代日本でぬくぬくと育った故、生存スキルもお察しだ。

 つまりここでは役立たずになる可能性が高い。というかすでに役立たずになっている気もする。


 ならばウィルについて行った方がまだ良いのではないか。

 ウィル達の方も余裕は無いだろうし、家の人間達に歓迎されない可能性もある。

 というより、子供をこんな時間まで連れ歩いた挙句、危険に晒したということで罵倒されて追い返される可能性も無きにしも非ず。

 いや、むしろこっちの可能性の方が高い気もしてきた。


 チラッとウィルの様子を伺う。

 こちらを不安そうに見つめる瞳と飛鳥のパーカーの裾を遠慮がちに掴む小さな手。


(うん。やっぱり一人で帰す訳にはいかねぇよな)


 とりあえず怒られに行こう。

 そこで受け入れられたら儲けもの。断られたとしても急いで町の方に戻って隅っこで大樹の恩恵だけでも受けさせてもらおう。

 そして朝になってからまた考えよう。


 まさに明日の自分に丸投げというやつだ。


 そこまで考え、現状ウィルにおんぶに抱っこ状態なのに、泊めてもらえる事になったらさらに迷惑をかけてしまう事を申し訳ないと思いつつも、もういっそ開き直って世話になり、あとでまとめて恩を返した方が良いのではないかと思い始める。

 もちろん飛鳥もただ世話になるつもりは無いし、できる事はするつもり満々である。脱・役立たずである。


 しかし、生きるためとはいえ、いい大人が子供に頼りきり、悪くいえば利用しているような現状が情けなくもあり、飛鳥は心の中で深いため息を吐いた。


「なぁウィル」

「……なぁに」

「お前ン家に一緒に行ってもいいか?」

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