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9本目 もふもふしたものを撫でるのはなんかいい

ブックマーク増えてて嬉しいです、ありがとうございます!

 さてどうするか。と、飛鳥は少しばかり悩む。

 つい先程、炎陽に言われた言葉にではない。

 今、目の前で飛鳥に頭を撫でられている少年(ウィル)へ自身の名前の間違いを訂正するかしないかをだ。


 ウィルと視線を合わせるためにしゃがんでいる飛鳥からは彼の表情が良く見える。こんなに嬉しそうな顔を曇らせるかもしれない事を言うのは少しばかり胸が痛む。


(おお“がみ”も、おお“かみ”も漢字で書いたら字は一緒だし、意味的にも大した違いはないんだけど、なんとなくおお“かみ”だと神様要素を強く感じちゃうんだよなぁ。さっき内緒にしてと言った手前やっぱり訂正しとくか?)


 この少年がこの場限りの関係であるのならば、いつものようにわざわざ名前の訂正をするのは面倒くさいというのが飛鳥の本音ではある。

 しかし異世界で初めて会った人間でもある少年と、このままさよならする、というのももったいない。


 飛鳥はこの世界の事を何も知らないのだ。


(たしか、聖地……なんだっけ? 忘れたけど、あそこに帰れる目処も立たねぇし、この辺がどうなってるのかもわかんねぇしなぁ。炎陽に聞けばなんとかなんのかもしんねぇけど、やっぱ現地の人間と友好関係築いといた方が後々の事を考えると良さそうではあるし……ん? 待てよ。よく考えたら炎陽に聞けばあそこに帰れるんじゃ――)

大神(おおかみ)様?」

「あぁ。ごめん」


 考え事に集中していたせいか、いつの間にかウィルの頭を撫でていた手が止まっていた。

 頭に乗せたままだった手を退かせると、ウィルは視線で飛鳥の手を追う。

 その表情が名残惜しそうにしているように見えた飛鳥は浮かせた手をもう一度ウィルの頭に戻し、わしわしと少しばかり乱暴に撫で、今度こそ放す。


「えっとなぁ、ウィル。一個だけ言っときたい事があるんだけど……いいかな?」


 飛鳥にぐしゃぐしゃにされた髪を手櫛で直していたウィルは元気よく「はいっ!」と良い子の返事を返す。

 そんな元気いっぱいなウィルに笑みを返しながら、飛鳥はまだ少し乱れているウィルの髪を先程とは違い優しく手櫛で直す。

 元は綺麗な金髪だったのだろう金色の髪は汚れ、くすみ、今は見る影もない。

 キチンと食べられていないのか、体つきも細く栄養状態が良いとは言えないような目の前の子供。

 着ている服もツギハギされサイズも合っていないようなボロボロの服。


 それは飛鳥が知っている子供らしい姿からはかけ離れた存在であった。


(こんな小さな子供が満足に食べられないような世界……か)


 現代日本にもこんな子供はいなかった。と言えば嘘になるが、少なくとも飛鳥の周囲にはいなかった。

 テレビの中の世界でしか知らない世界を感じながらも飛鳥は思っていたことを伝える。


「私の名前なんだけどな、おお“かみ”じゃなくて、おお“がみ”なんだよ。おおがみあすか。濁るんだ」

「……え! わっ、わっ! どうしよう!? ご、ごめんなさい! ぼく、思い込みで失礼なことしちゃった、です……」

「あー気にすんな気にすんな。失敗は誰にでもあるって」

「うぅ、はい」

「そんな顔すんなって。怒ってるわけじゃないから、な? とりあえず私の事は飛鳥って呼んでくれ。ほら、呼んでみ?」

「えっと。……アスカ、様?」

「様はいらないぞ? 飛鳥さんとか、なんだったら最初みたいに飛鳥おねえちゃんとかでもいいぞ」

「さ、さすがにそれはダメ、です!」


 そのあとも数度同じようなやり取りを繰り返したが、結局ウィルには飛鳥様と呼ばれることになった。

 その代わり敬語もどきは辞めさせることに成功したのでよしとする。

 明らかに話慣れてない様子だったので、無理して話すことはないと言うとしぶしぶだが納得してくれた。

 とりあえず、ウィルに話すべきことを話し終えた飛鳥は立ち上がり大きく伸びをする。


「終わりました? 終わったのならワタシから提案があるのですが」


 飛鳥とウィルのちょっとした攻防戦を黙って眺めていた炎陽は、話が一区切りついたのを見計らい飛鳥へと声をかけてきた。


「提案? なん――」


 飛鳥の言葉を遮るように大きな音が周囲に響く。


「お腹がすきました! そろそろお昼ご飯にいたしませぬか!」


 ぐーぐーとうるさく主張する炎陽の腹の虫に飛鳥とウィルは顔を見合わせて笑う。

 昼時なのには気付いていたが、戦ったり走ったりなんだり色々イベントが続いていたのでそれどころではなかったから意識していなかった。

 だから気にならなかったが、気付いてしまったらもうダメだ。

 飛鳥自身の腹も空腹を訴えるように小さく鳴る。

 朝食は食べはしたがブラット(誰かさん)のせいで全部吐いてしまったので、実質、今日口にしたものといえば水と癒しの実ぐらいなのだ。


「そだなー。私もさすがに腹減ってきたし、なんか食うか」

「わーい! でございます!」

「と言っても食料なんて持ってねぇし、まず探さないと、だけどな」

「やだー! ワタシもう空腹で一歩も動けませぬぅ!」

「ガキか……いや産まれたばっかだし合ってるか。むしろ赤ちゃん?」

「むっ! 子供扱いしないでくだされ。さっきのは冗談、冗談です。こう見えても立派な神獣なので!」

「はいはいそうでちゅねー。炎ちゃんのご飯探してくるので大人しくしててくだちゃいねー」

「ムキー! 主様のばかー!」

「おい、こら、足を噛むな、足を!」

「…………あ、あのー」


 遠慮気味に掛けられた声に飛鳥はじゃれあいをやめ、ウィルへと視線を向ける。


「ごめんごめん。どした?」

「はぐはぐ」


 足に炎陽をくっつけたままウィルと視線を合わせるように少し屈む。

 そんな飛鳥と炎陽を交互に見つめたウィルは何かを納得したのか一度頷き飛鳥と視線を合わせ口を開いた。


「良かったらこれ、食べて」


 そう言ってウィルは飛鳥達へどこからか持ってきた籠を差し出してきた。

 大きさはランドセルくらいだろうか。

 背負えるように紐が取り付けられた籠の中にはウィルが集めたのだろう色々な木の実やキノコが籠の半分くらいまで入れられている。

 あとは何かの草――飛鳥にはただの雑草にしか見えないが――も入っていた。


 こんな場所にこんな小さな子供が一人で何をしていたのかと思ってはいたが、食料を集めていたのかと納得する。


「これ君が集めたやつだろ? 貰えないよ。私らのは私らで探すから気にすんな」

「そうですよ。むしろ、あなたの分までアスカ様が、アスカ様が集めますから一緒にお昼にしましょう!」

「そうそう。炎陽が集めるから一緒に食べよう」

「いやいや主様が」

「いやいや炎陽が」

「もう主様! ここは快く引き受けて度量の広さを見せてくだされ!」

「断る! 私はノーと言える日本人だからな。つーか、こっちはずっと走って疲れてんだよ。むしろ炎陽は私に担がれてただけで体力残ってんだから炎陽が探せよ」

「主様……もう少し神としての威厳というか心の広さというか」

「知るか。私は庶民派なんだよ」

「……ぷっ。あはははははは」


 突然隣から聞こえてきた楽しそうな笑い声に二人の言い争いがやむ。


「…………とりあえず、あっちの川に魚いないか見てくる」

「…………ワタシも行きます」


 なんとなくばつの悪くなった飛鳥は逃げるように話題を変え、ここに来るまで並走するように走っていた川へと足を向ける。

 休憩していた時は騒いでいたので魚の姿は見えなかったが、何かしらはいるだろうと予想を立てて。

 いたとしても飛鳥は釣りすらしたことも無いし、ましてや素手で捕まえられるような技術も持ち合わせてはいないので魚がいたとしても捕まえられる自信は無い。

 その時はその時で別の食料を探せばいいだけだ。


「あ、待って。ふふ。ぼくも一緒に行く。でもその前に……」


 そう言ったウィルは一度木に近寄り持っていた籠を置くと、器用にするすると登っていく。

 いきなり木登りを始めた事に驚く飛鳥だが、あんなに小さな体と細い手足で木登りなんて落ちてしまわないかと心配になり川へ向けていた足を止め慌てて駆け寄る。

 いつウィルが落ちてしまっても受け止められるように下で様子を伺いながら見上げる飛鳥の心配などをよそに、ウィルは器用に登ってしっかりした枝までたどり着いた。

 そこでなにやらゴソゴソとしていたかと思ったら今度はスルスルと降りてくる。


「よっ、と」

「何やってたんだ?」


 危なげなく地面まで降り立ったウィルに怪我がないことを確認した飛鳥は疑問を口にする。


「アスカ様とエンヨウ様の分の葉っぱを取ってきたんだ」


 はい、これ。と差し出されたのは飛鳥の手より大きな葉がニ枚。

 一枚は丸に近い形に二つの切れ込みが入り、手のひらのような形をしている。

 もう一枚は切れ込みが入っていない丸みをおびた形をしていた。

 一つの木から違う形の葉っぱが取れたことを不思議に思い、飛鳥は視線を上げる。


 見上げた先には太陽の光を遮るように沢山の葉が茂り飛鳥達に影を落とした。

 木漏れ日に目を細めながらも一枚一枚を確認するように眺めると、先程確認した形の他に切れ込みの数が違う葉があるのに気付いた。

 多くて四つの切れ込みが入っているものがあり、まるで紅葉のようだ。

 飛鳥が普段何気なく見ている範囲では、一本の木から違う形の葉が生えているというイメージがあまりなく、これが異世界特有のものか、地球にもあるものなのかはわからなかった。

 なので、そういうものもあるのか、とあまり深くは考えない事にした。


 その点、色に関してはその辺で見る葉っぱと同じ緑色で、裏側は薄い緑という飛鳥にも馴染みのある色で少し安心する。

 適当なところで葉の観察を終えた飛鳥は先程から視界にチラチラと映り込んでいたものに目を移した。それは小さく丸い赤い実や黒い実。


「……あれって」


 飛鳥はその赤い実の方に見覚えがあった。炎陽が持っていたあのサクランボに似た果物によく似ている。


「あれは癒しの実だよ。赤いのは食べても美味しいけど、黒いのは苦くて食べられないんだ。その代わり黒いのは薬の材料になるって神子(みこ)様が言ってたよ」

「なるほど。見覚えがあると思った」

「あれ? 知ってたの?」

「赤い方だけな。炎陽が持ってたんだ」

「ふむぅ……たしかにあれは癒しの実。ということは、やはり、やはりこの木は〈燈火の樹(ともしびのき)〉でしたか」

「ともしびのき?」

「燈火の樹というのは、この世界のあらゆる場所に生えている神聖な樹です。主様が先日蘇らせたあの大きな樹――あれは世界樹(せかいじゅ)と呼ばれているものなのですが――」

「……せんじつ?」

「どした、ウィル?」

「あ、うぅん! なんでもない。エンヨウ様もごめんね」

「いえいえ。構いませんよ。それで話を戻しますが、燈火の樹というのはその世界樹の簡易版とでも申しましょうか。下界(げかい)の人々を魔物の脅威(きょうい)から守る為に世界樹から力を分け与えられている特別な、特別な樹なのでございます」


 飛鳥は炎陽の説明を聞きつつ手元の葉を頭上へと掲げ眺める。

 少し出た茎の部分を持ち手の中でくるくると意味もなく数度回し、視線を炎陽へと戻した。


「……つまり、さっき魔物どもが逃げてったのはこの木のおかげで、その葉っぱをわざわざ取ってきたって事は、葉っぱ単体でも魔物を寄せ付けない力がある……ってことか?」

「多少、ではございますが、概ねその認識で間違いありませぬ」

「多少?」

「あのね、強い魔物には葉っぱだけじゃ効果がないんだって。でもこの辺りに出る魔物なら葉っぱだけでも大丈夫だよ」

「まさにまさに。ウィル殿の言う通りでございます。お小さいのによくご存知ですな。ご立派ですぞ」

「えへへ」

「ふーん。万能ってわけじゃねぇのか、覚えとく」


 受け取った二枚のうち一枚を自身のパーカーのポケットへと仕舞い込んだ飛鳥は、残りの一枚を炎陽に渡そうとしてふと思う。

 炎陽にはポケットなど存在しないし持ち運ぶ為の鞄などもない。

 癒しの実を取り出した時にはどうやったのかわからないがふわふわの胸の毛から取り出していた。しかしこれは同じように仕舞い込めるほどの大きさでもない。


「心配御無用。で、ございます主様」


 そんな飛鳥の様子を見ていた炎陽が心得ているとばかりに飛鳥へ得意げな顔を返し勢いよくジャンプする。

 そのまま飛鳥へと飛びつき服を掴んで肩へとよじ登ってきた炎陽に服が伸びるだろと軽く睨みつけた。


「こうして主様に乗っていれば何も、何も問題はございませぬ。ささ、主様。そろそろ川へと向かいましょう!」

「主人を乗り物扱いしやがってこのやろう」


 こちらに良い笑顔を向けてくる炎陽の額を軽く(つつ)いたあと、そのままわしゃわしゃと撫でまわす。

 毛並みがぐしゃぐしゃになり慌てて毛繕いを始めた炎陽を見て笑みを浮かべた飛鳥は、隣で見ていたウィルに声をかけて一緒に川へと向かう。

 ウィルが置いていた籠を代わりに持っていくことも忘れない。


「ありがとうアスカ様」

「おぅ」


 左肩に炎陽と籠。空いた右手には武器としての木の棒を装備した飛鳥は、道すがらウィルに質問をしながらそう遠くない距離を歩く。


 飛鳥の予想通りウィルは食料を集めるために遠出をしていたようで、帰る前に休憩をしようと先程の燈火の樹で休んでいたところ飛鳥達を見つけたらしい。


 何故一人なのか、大人は一緒じゃないのか。との問いには、町の外は魔物がいて危ない。ウィルが子供の中で一番年上だから。神子様なる人物は他の子供の面倒を見なければいけないので自分一人で来た、らしい。


どうやら親のいない子供達が集まって一緒に暮らしているらしく、それを神子様という人物が世話をしているようだ。


 そしてその過程で驚くべき事実が判明した。

 飛鳥はウィルのことを十歳以下だと思っていたのだが、本人によれば十二歳だという。

 年齢の割に小さく見えるのは成長期なのに満足に食べられていないゆえの栄養不足かと飛鳥は思い至る。

 その境遇をただ可哀想だ、と哀れむのはエゴだろう。

 何もしようとしないうえ安全圏にいるであろう人物に、ただ同情されても良い感情は抱けない。

 だったらどうにかしてくれ、なんでも良いから助けてくれ。そう思ってしまうのが人間だと飛鳥は考えている。


 しかしウィルは飛鳥に助けを求めるどころか逆に助けてくれた。

 自分達のことで精一杯だろうに、神であろうとただの他人である飛鳥の為に貴重な食料を分けようとしてくれた。


 だから――


「……なに?」

「いや、なんとなく。……嫌だったか?」

「そんなことないよ!」


 左隣を歩く小さくも強く生きる少年の頭を撫でる。

 嬉しそうにはにかむ少年に自分ができること。


 答えはわかっている。でもまだ踏み切れない自分がいる。


 そんなことをぐだぐだと考えながら歩いていたら目的地へと着いた。

 炎陽とウィルが川へ駆け寄り覗き込んでいる背中を眺めながら飛鳥も二人の後に続いた。


「魚いたかー?」

「うん! いたー!」

「さっそく捕まえましょう主様ー!」

投稿遅くてすみません、がんばります。

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