八、レモンと山猫
まん丸の穴へと飛び込んだおじいさんと野ウサギは、一晩中、暗い洞窟を進みつづけました。
「やれやれ、さすがのわしも疲れたわい。もしもこれが、テレビやネットのゲームじゃったら、わしゃだーいぶ長い間プレーしていることになるわけじゃから、目がショボショボになっちまったであろうのう」
ぐうすかぴい。
「しかも、こんなバクダンまで背負わされて、もうやんなっちゃうわい」
文句をいいながらも、根っからの楽観主義者でそれなりに優しい心を持ったおじいさんは、背中へおぶさって気持ちよさそうな寝息をたてているイタズラ野ウサギをふりかえり、イケメン級のほほえみをしてみせたのでした。
「まあしかし、わしも眠くちゃ歩けんわい。ここらでちと、休ませてもらうかのう……、年寄りにも睡眠、ということわざがあろうがなかろうが、のう……」
「おい、起きろ。起きろってばあ」
「ばあじゃない、じいじゃて。……なんじゃ、バクダンか」
おじいさんを起こしたのは、チートアイテム「ジジイノセナカ」を使用した野ウサギでした。
「見ろって、ほら」
「ん? ……な、なんじゃこの、黄金色に輝く恐ろしい爆弾みたいな光はっ……」
なんと、おじいさんと野ウサギの目の前には、いつのまにか、レモンイエローにかがやく立派な扉が出現していたのでした。
「な、なんじゃ、あすこに、電光掲示板がついておるぞい」
__ 栄えある勇者たちよ、待っていたぞ。欲をいえば、ピンピンとした若鶏を望んでいたのだが、仕方あるまい。さて、諸君にはこの扉の先にあるプールを泳いできてもらう。まあ、先に進むための清めの儀式とでも思ってくれたまえ。では、健闘を祈る。
「よっしゃ、わしゃ、水泳は得意じゃ」
「これはまた、『ジジイノセナカ』発動かなあ」
「うんにゃ、オナカじゃ」
「え」
「わしゃ、背泳ぎが一番の得意泳法でのう」
「あ、はい……」
「はあ、わしゃもう、ダメじゃ……」
得意泳法の背泳ぎで、25メートルプールを一気に泳ぎ切ったおじいさんは、番犬サルベロスに引っかかれた腕の傷をおさえながら、青ざめておりました。
「まさか、プールの水が果汁100%のレモンジュースじゃとは、夢にも思わんかったわい……」
と、突然あたりが、レモンイエローの光に包まれて……
「ご苦労だったな」
「ひえっ……」
野ウサギはすかさず、おじいさんの背に隠れます。
「だ、だれじゃ、貴様はっ」
「わたしは山猫だ。先月、竜宮の亀をいじめてニュースに載ったが、そいつを助けた浦ノ島って野郎がさらわれたってんで、またニュースに載ることになっちまった、あわれな山猫よ」
「ああ、あの山猫かいの」
「浦ノ島をさらったのはわたしのボスであって、わたしではないのだがな」
「とばっちりじゃのう」
「おうよ」
「しかし、なんで長靴を履いとるんじゃ」
「ふ、それはだな、お前たちからしたたるレモンジュースに足をとられて転んでしまわないようにするためだ。万一そのままプールに落っこちたりすりゃ、わたしはトンカチだから、瞬く間に沈んじまって、ぷっくぷくの土左衛門ができあがっちまうからな」
「あ、なるほどのう」
とここで、隠れておびえていた野ウサギが、勇気をふりしぼって口を開きました。
「お、お前は俺たちを、どうするつもりなんだっ」
すると山猫は、不敵な舌なめずりをして……
「お前たちは、わたしのディナーだ」
「なんじゃそりゃ」
「察しが悪いな、じいさん。なんのために、わたしがお前たちをレモン味にしたのか、考えてみな」
「ま、まさか……」
「察しがいいな、野ウサギよ。そう、そのまさかさ」
山猫はもう一度、舌なめずりをしましたが、これはかなり意図的な演出効果を狙ったものでした。
「ボスに雇われた浦ノ島が汐汲みに出かけていった。夕方までには戻ってきて、お前たちを新鮮な塩水に浸してくれるだろう。内側にはレモンジュースがしみわたり、外側を塩水がコーティング。そんなお前たちが、わたしを満足の境地へといたらすのだ、はっはっは……」
こうしておじいさんと野ウサギは、実質的な第一の難関ともいえる、絶体絶命のピンチを迎えたのでした。