二、かぐや姫の誕生
突如現れたかぐや姫に、おじいさんはびっくり仰天。あんぐり口を開けたまま思い出していたのは、大好きなドミニク・アングルの描いた絵のことでした。
「まさかこの歳になって、本物の『ヴィーナスの誕生』を目にするとは思いもせなんだわい……」
おじいさんはこう決めつけてしまいましたが、実はこれ、『ヴィーナスの誕生』ではありません。前回最後にもうしましたように、かぐや姫の誕生なのでございました。
「わたくし、かぐやともうします。本日よりごやっかいになります、どうぞよろしくお願いいたします」
あどけないながらも気品に満ちた姫君のみ言葉に、おじいさんは左右の目をとろんとさせて言いました。
「やっかいだなんてとんでもない。やっかいというのは、あのバクダン野ウサギのような輩のことをいうのじゃ。ウサギというのは一羽二羽と数えるが、鳥のように空を飛べるわけじゃあない。なにが言いたいかって、そう、飛んでもいないくせにとんでもないやっかい野郎ということじゃ。おお、笑っておられる、お優しい姫さまじゃ。やっぱりかの大悪党バクダン野ウサギとは格が違うのう。おお、話がそれた。ええ……、しかるに、お見受けしたところ、姫さまはまだ、ごく一般の人間でいうところの七歳のお姿であられる。姫さまはどうやら地球のおかたではござらぬようで、そういったおかたの歳のとり方というものは平凡極まるジジイのわしにはわかりかねるのじゃが、いずれにしてもわしの七十という年齢を考えると、いくらこのわしが稀代の楽観主義者であり、身体が丈夫であるとはいえ、結婚というのはさすがに……」
しかしながら、これはもちろんおじいさんの勝手な勘違いで、かぐや姫の「ごやっかい」になるという意味は、おじいさんの家に住まわせてもらい、おじいさんに育ての親になってもらうという意味でした。
「ほへ、そうじゃったか。そりゃあ、じゃんねんざぁ……」
「勝手な娘と思われることでしょう。しかし、わたくしはおっしゃる通り、この星の人間ではありません。わたくしのお父さまとお母さまは月の都におります。わたくしはお母さまのお腹の中にいるときに言いつけられたのです。『お前はどうやら、あまり丈夫ではないらしい。私はお前を、空気のきれいな地球という星で産むから、お前はそこで竹取翁の世話になり、私が迎えにいくまでに丈夫な身体をつくりなさい』と。身勝手なことをもうしてすみません。しかし、ご迷惑をおかけしないよう、精一杯つとめますので、どうかよろしくお願いいたします」
そういってこの純朴らしい、心のけなげな姫君は、ちょこんとお辞儀をしたのでした。こうなればもう、おじいさんは断るべくもなく、かぐや姫の申し出を受け入れざるをえません。
こうしてけなげなかぐや姫は、おじいさんとの歳の差同居生活を始めたのでした。