十四、金棒を持った青年2
「ドラーッ!」
青年の持つ金棒が空気を切り裂いて……
「に、逃げろーっきい」
パニックを起こした猿は、一目散に逃げ出します。
「おい、バクダンっ」
おじいさんは野ウサギの耳をわしづかみにして、言いました。
「猿の言葉を覚えておるじゃろう。やつの弱点、足首を狙うんじゃ」
「ね、狙うって、どうやって?」
「わしと鍛えた技があろう」
「へ?」
「蹴手繰りじゃよ」
「え、あ……」
「ウラーッ!」
「ひえっ!」
おじいさんは野ウサギをつかまえたまま、「あらよっと」というイケメン風のセリフを吐きながら、相手の攻撃をかわします。
「な、なんで俺が」
「そりゃのう、バクダン。お前がわしよりちっこいからじゃ」
「へ?」
「ヒョヒョヒョっとあやつの腕の下へ潜り込んで、くるぶしのあたりをエイヤっとやるのには、ちっこいほうが適しとるじゃろう」
「でも……」
「ジョリャーッ!」
「ひえ!」
「あらよっと!」
「いくら弱点とはいえ、俺の攻撃で転ばすことができるとは思えない。というか、足首に当てられたとして、手をたぐったり肩をはたいたりできるとも思えない。それに……」
「それに、なんじゃ?」
「あんたに簡単に耳をつかまえられちまう俺が、ヒョヒョヒョっとあいつの腕の下へなんて、できっこないよ……」
おじいさんは、ドミニク・アングルの描いた『スフィンクスの謎を解くオイディプス』のような顔をして考え、言いました。
「それもそうじゃな」
「どうした老いぼれ小僧、避けてばかりじゃ試合にならんぞっ」
そう言う金棒の青年に答えて、おじいさんは言いました。
「おう、待たせたのう金棒。ようし、わしが相手じゃ、はっけよい」
本物の力士が土俵へまく清めの塩……あたかもその塩のように、おじいさんはつかんでいた野ウサギの耳をその手から華麗に離してやると、素早く金棒の青年へと向かっていきました。
「しっちじゅう越えてもたっけとりおっきな、わーぁしゃまだまだ元気じゃぞい、っとくらぁ」
「ちっこい老いぼれめが。こうしてやらっ!」
青年は金棒を捨て、おじいさんの肩をつかみ、軽々と持ち上げました。
「あ、危ないっ……」
野ウサギはすかさず、なぜか近くに落ちていた、青い青い渋柿を拾って投げつけました。するとそれは、青年の首へと当たり……
「うがっ……」
驚いた青年は、おじいさんの肩を離しました。
「ようし、今じゃ。くらえーいっ……!」
おじいさんの渾身の力のこもったけたぐりが、青年の身体を地面(=お餅製造工場の床)へと叩きつけました。
「よし、今じゃバクダンっ」
「お、おうっ」
おじいさんと野ウサギは、倒れた青年の足首へ、バシバシバコバコガリガリと追撃を加えました。
ところが……
「ガオーッ!」
青年は立ち上がり、「なんだコンナモンッ」と言いながら渋柿を踏みつぶしました。
「な、なんちゅうこっちゃ……」
さすがのおじいさんも腰を抜かします。なにせ、弱点だと思って攻撃を加えていた青年の足首には、傷ひとつついていないのですから。
「俺の歯型もついてないっ。……というか、気づいたら歯が痛くてグラグラな件について」
「はっはっは、なにを勘違いしている。俺様に弱点など、あるわけがなかろう。なんせ俺様は、今までかぐや姫さんのもとで数々の難行をこなしてきた豪傑だからな。森の魔女をかまどへぶち込んで退治したり、伝説のビネガーを手に入れるためにツバメとタカラガイのコンビと闘ったり、火鼠女王の衣を手に入れるための冒険をしたりな。ひとつこなすごとに10ポイント、120ポイント集めれば、もれなくかぐや姫さんから婚姻届が届くって約束だ」
「いや、たぶんそれハンコないよ……」
「近頃はやりの、婚約破棄っちゅう展開かのう……」
「とにかく俺様は最強無敵だ。フォンテーヌブローの森が向かってこない限り、俺様の勝利は保証されているっ」
「ん、それってもしかして……」
「ふむ、シェイクスピアの『マクベス』に出てくるセリフと似ておる。いわば古典的な破滅フラグじゃな」
ひゅーぅどらどらどらっ……。
おじいさんと野ウサギの言葉を聞いているのか聞いていないのか、とにかく青年は例の風の音を響かせて、ふたたび攻撃態勢へと……
「なにしてるの?」
……入ろうとしたところへ、カミーユ・コローの画集を携えた……
「か、かぐや姫さんっ……」




