十、蓮池のかぐや姫
「おお、ひどい汗じゃ」
おじいさんがそういって、イケメン級の微笑みをしながら野ウサギの額をなでている様子を、かぐや姫の潤んだ瞳が見つめておりました。
このみめうるわしい姫君は、オオオニバスの葉のうえへちょこんと腰かけ、蓮池の水晶のような水面を通して、栄えある勇者たちの様子を見守っているのでした。そうです、この池の底は特殊なガラスになっていて、ちょうどオペラグラスをかけたときのように下の様子がうかがえるのです。
「姫さま、どうなされました」
「えっ?」
「おめめがうるうるしておられます」
かぐや姫に声をかけたのは、黒とレモンイエローの縞模様がヴィヴィッドな、毒々しい蜘蛛のおばあさんでした。この蜘蛛は、むかしは若く、花も恥じらう容貌を誇っておりましたが、手芸の名手である鶴にタペストリーコンテストでの勝負を挑みやぶれ、「ワタクシが負けたらね、どんなペナルティでもお受けいたしますわよ、ケッ」という余計な宣誓が仇となり……
「あら、いいのかしら」
勝利者・鶴のためらいがちに開いた玉手箱の魔力によって……
ぱぱんどらどら、けむけむぽうんっ。
……といったぐあいで、今現在のヴィヴィッドカラーおばあさんへと変貌してしまったのでした。
「ねえ、ばあば」
かぐや姫は言いました。
「大好きなじいじはもとよりね、あれほどイタズラ好きな野ウサギであっても、やっぱり救いがあるべきだと思うのよ」
「姫さまはお優しい。さすがは月の都の姫君じゃ」
かぐや姫は、恥ずかしそうに顔を赤らめました。
「優しいだなんて……、なにもわたくしが特別なわけじゃないわ。げんに、ばあばにペナルティを課したというあの優美な鶴でさえ、ばあばの命を奪うことはなかった……」
それから、かなしげな瞳を遠くへ向けて……
「ばあばは知っているかしら、わたくしの兄に逆らった、かわいそうな月の獣の最期のこと……」
……姫さま、しかし、あんまりお怖いお話はなさいますな。もしもこれがネット小説であったなら、そのようなお話には、警告ワードなるものをつけなくてはなりませんから……




