一、光る竹
あるところに、竹取翁と呼ばれるおじいさんがおりました。
「しっちじゅう越えてもたっけとりおっきな、わーぁしゃまだまだ元気じゃぞい、っとくらぁ」
おじいさんは独り身でしたので、午前中は川へ洗濯に、午後には山へ竹取りにと、なんでもひとりでこなさなければなりませんでしたが、運の良いことに丈夫な身体の遺伝子と、根っからの楽観主義の遺伝子を親から継いでいましたので、それ相応の楽しい日々を過ごしておりました。ところがこのおじいさんには子供がありません。このお話で出会うことになる宿命の姫君も、おじいさんとは血がつながっていないため、残念なことに、おじいさんの持つ優秀な遺伝子の血筋は、途絶えることになってしまいます。
それはさておき、ある午後のことです。おじいさんはいつものように、マサカリを担いで山へと出向き、竹を取りつつ、休憩と称して猿や野ウサギと相撲を取ったりしながら過ごしておりました。陽が沈みかけて、おじいさんが家へ帰ろうとしますと、なにやら背中のほうで、「……かち……かち……」という、不気味な音が鳴り始めました。
「な、なんじゃ。まさか野ウサギのやつ、まーたイタズラで火をつけおったかっ、相撲に負けた腹いせかっ」
おじいさんが背中の竹を確認したところ、一本の竹が、レモンイエローの光に包まれていました。
「なんじゃ、火じゃなかったんかい。ホッとしたわ」
おじいさんは胸をなでおろし、山をおりて帰りました。
その日、おじいさんは取ってきた竹を倉庫へしまい、ご飯を終えるとすぐに寝てしまいましたので、気持ちの良い睡眠に光る竹の記憶をすっかり持っていかれてしまいました。おじいさんがふたたび光る竹のことを思い出したのは……というか、現にその異変をふたたび目にしたのは……、二日ほど経ったあとでした。
「な、なんじゃこりゃあっ」
この日も洗濯と竹取り、それに野獣との相撲などを終えたおじいさんは、取ってきた竹を倉庫へしまおうとしてびっくり仰天。なにせ、倉庫がレモンイエローの炎に包まれていたのですから。
「の、野ウサギめ、まーたイタズラをしおったなあっ」
おじいさんはあきれ顔でそう決めつけてしまいましたが、実はこれ、野ウサギによるイタズラではなかったのです。
しかし、おじいさんが真っ先に野ウサギを疑うのも不思議なことではありません。現に野ウサギはイタズラの常習犯で、真夜中におじいさんの書斎に忍び込んで、おじいさんの大切にしていたドミニク・アングルの画集にレモンジュースをぶちまけて台無しにしてしまい、そればかりか、その現場の写真を撮って、それを SNS にアップするなど、これまでおじいさんに対して、多大なる損害を与えてきたのですから。
「まったく、かわいくないやつじゃ。って、うおお、なんじゃこりゃっ」
おじいさんが炎を見つめながら「かわいくない」と言ったちょうどそのとき、その炎のレモンイエローの光の中から、みめうるわしい姫君が現れました。そうです、この姫君が、かの有名なかぐや姫、月の都のかぐや姫なのでございました。